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ガクとヴァイオリン【再公開】
しおりを挟むなぜだろう。あいつの歌を聞いた時、遠い昔に感じたあの奇妙な感覚に襲われた。
あいつの歌は、あの女が弾いたヴァイオリンの音に似ていた。
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『あら?ふふふっ、これが気に入ったの?坊や。』
『……』
家の前に置いてある古びたテーブルの上に、見つけた変な物を怪しいと思い観察していると、見知らぬ女がやってきた。
『見るのは初めてかしら?これはヴァイオリンという楽器なの。』
こうやって弾くのよと、背の高い大人の女は、桜色の唇に柔らかい笑みを浮かべ、その奇妙な楽器に顎を乗せた。女はピンと張った弦の上に長い枝を滑らせる。
同時に、全身に寒気に似た感じの何かが駆け抜けた。聞いたことのない音が、女の構える物から勢いよく飛び出していく。
まるで音の銃弾のように、全ての音が俺の体を突き抜ける。いくつかの音は心臓に突き刺さり、
チクチクと初めは鈍い痛みを感じたような気がした。
奇妙な感覚に焦り、この女は敵で、俺の知らない武器で俺を殺そうとしているのかと疑った。
しかしそれもほんの数秒で、すぐにあのチクチクした痛みは消え去り、代わりに暖かいものが胸の中に広がって行くのを感じた。
気づくと身体中に刺さって来ていた音は、優しく体に溶け込んでいる。
女は目を伏せ、始めと同じ笑みを浮かべたまま、ヴァイオリンと呼んでいたその奇妙な楽器を枝で撫で続ける。
ーー美しいと思った。 6年間生きてきた中で初めて、これ以上に美しいのは無いと感じた。
小さな楽器から響く音の一つ一つが、青く澄み渡る空に吸い込まれていく。
いつもは何もないただの草っ原は女の手により、長い一音、短い一音、高い一音、低い一音……様々な音が滑らかに連なってできた音の波で満たされていく。
美しい音楽を奏でている女も、それを聴いている俺も、空を飛んでいた小鳥も、足元に広がる草も、女の奏でる音の波に揺られている。
心地よい波に身を任せて、ゆらゆらと揺られている。
波に揺られているものは全て、幸せを感じている。何故だかそんな気がした。
不思議な感覚だった。永遠に続いて欲しいと思っていた。そして永遠に続く、とも思っていた。
ふと気がつくと、音は止んでいた。いつから止んでいたのかわからなかった。いつのまにか聴いていたはずの音は余韻にすり替わっていたようだ。
女はヴァイオリンという楽器を下ろし、満足げな顔で微笑みながら俺を見ていた。
俺はなんと言葉を発したらいいのかわからず、無言で女の顔を見つめた。
女はただ幸せそうな顔をするだけで、何も言わない。辺りには風に揺られてこすれあう草の音と、鳥のさえずりだけが響く。
かすかに、草の音に紛れてさっきのヴァイオリンの音色が聞こえて来る気がした。
女は何も言わない。
ヴァイオリンというその楽器は、女の手の内で太陽の光を反射して輝いている。なんだか妙にそれは魅力的に見えた。
女は何も言わない。ただ、微笑んでいる。
俺はヴァイオリンに吸い寄せられるようにゆっくりと近付いた。
女は何も言わない。微笑みながら、ヴァイオリンをよく見えるように、俺の目の前に差し出した。
俺は近くでヴァイオリンを眺め、これから飛び出していく音を想像した。
心臓の鼓動が速くなり、突然この楽器に触れたいという感情が湧いてきて、右手の指がぴくっと動いた。
顔を上げると、女と目があった。
『ふふっ、大丈夫よ。』
女は俺の手を取り、ヴァイオリンの、長い棒の部分に当てた。
いつもなら反射的にその手を振り払い、背後に回るが、その時はされるがままになった。
大きな大人の女が構えていた時はちっぽけに見えていたヴァイオリンは、まだ幼かった俺が持つととても大きく、重たいものだった。
あの日、人生で初めて聴いた音楽と、ずっしりとしたヴァイオリンの重み、そしてやけに嬉しそうだった女の顔は今でもはっきりと覚えている。そしてこれはきっと一生忘れることは無いだろう。
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あいつの歌を聞く度に、あの記憶が鮮やかに浮かんでくる。
そして、なぜだかとても弾きたくなる。あの声に合わせて音を鳴らしたいという思いが胸の中に広がり、そこにヴァイオリンが無いことに腹が立った。
いつか聴かせることができたら、あいつは俺の演奏に合わせて歌ってくれるだろうか。
(終)
すみませんこれはめっちゃ番外編みたいなやつで私が急に書きたくなって衝動がきしちゃったやつなので本編に繋がってないです。次の話も……なのですぐ消します。すみませんん!!!!!
いや早く本編書けってはなしですよねすみません。18に更新するって言ったのに意外と忙しかったので、前に書いて非公開にしてたのまた公開しただけですすみません。
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