上 下
21 / 22

ガクとヴァイオリン【再公開】

しおりを挟む

なぜだろう。あいつの歌を聞いた時、遠い昔に感じたあの奇妙な感覚に襲われた。
あいつの歌は、あの女が弾いたヴァイオリンの音に似ていた。


━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━


『あら?ふふふっ、これが気に入ったの?坊や。』

『……』


家の前に置いてある古びたテーブルの上に、見つけた変な物を怪しいと思い観察していると、見知らぬ女がやってきた。

『見るのは初めてかしら?これはヴァイオリンという楽器なの。』

こうやって弾くのよと、背の高い大人の女は、桜色の唇に柔らかい笑みを浮かべ、その奇妙な楽器に顎を乗せた。女はピンと張った弦の上に長い枝を滑らせる。






同時に、全身に寒気に似た感じの何かが駆け抜けた。聞いたことのない音が、女の構える物から勢いよく飛び出していく。

まるで音の銃弾のように、全ての音が俺の体を突き抜ける。いくつかの音は心臓に突き刺さり、
チクチクと初めは鈍い痛みを感じたような気がした。

奇妙な感覚に焦り、この女は敵で、俺の知らない武器で俺を殺そうとしているのかと疑った。


しかしそれもほんの数秒で、すぐにあのチクチクした痛みは消え去り、代わりに暖かいものが胸の中に広がって行くのを感じた。

気づくと身体中に刺さって来ていた音は、優しく体に溶け込んでいる。

女は目を伏せ、始めと同じ笑みを浮かべたまま、ヴァイオリンと呼んでいたその奇妙な楽器を枝で撫で続ける。



ーー美しいと思った。 6年間生きてきた中で初めて、これ以上に美しいのは無いと感じた。


小さな楽器から響く音の一つ一つが、青く澄み渡る空に吸い込まれていく。

いつもは何もないただの草っ原は女の手により、長い一音、短い一音、高い一音、低い一音……様々な音が滑らかに連なってできた音の波で満たされていく。


美しい音楽を奏でている女も、それを聴いている俺も、空を飛んでいた小鳥も、足元に広がる草も、女の奏でる音の波に揺られている。

心地よい波に身を任せて、ゆらゆらと揺られている。
波に揺られているものは全て、幸せを感じている。何故だかそんな気がした。

不思議な感覚だった。永遠に続いて欲しいと思っていた。そして永遠に続く、とも思っていた。


ふと気がつくと、音は止んでいた。いつから止んでいたのかわからなかった。いつのまにか聴いていたはずの音は余韻にすり替わっていたようだ。

女はヴァイオリンという楽器を下ろし、満足げな顔で微笑みながら俺を見ていた。

俺はなんと言葉を発したらいいのかわからず、無言で女の顔を見つめた。

女はただ幸せそうな顔をするだけで、何も言わない。辺りには風に揺られてこすれあう草の音と、鳥のさえずりだけが響く。

かすかに、草の音に紛れてさっきのヴァイオリンの音色が聞こえて来る気がした。

女は何も言わない。

ヴァイオリンというその楽器は、女の手の内で太陽の光を反射して輝いている。なんだか妙にそれは魅力的に見えた。

女は何も言わない。ただ、微笑んでいる。

俺はヴァイオリンに吸い寄せられるようにゆっくりと近付いた。

女は何も言わない。微笑みながら、ヴァイオリンをよく見えるように、俺の目の前に差し出した。

俺は近くでヴァイオリンを眺め、これから飛び出していく音を想像した。

心臓の鼓動が速くなり、突然この楽器に触れたいという感情が湧いてきて、右手の指がぴくっと動いた。

顔を上げると、女と目があった。

『ふふっ、大丈夫よ。』


女は俺の手を取り、ヴァイオリンの、長い棒の部分に当てた。

いつもなら反射的にその手を振り払い、背後に回るが、その時はされるがままになった。


大きな大人の女が構えていた時はちっぽけに見えていたヴァイオリンは、まだ幼かった俺が持つととても大きく、重たいものだった。
 




あの日、人生で初めて聴いた音楽と、ずっしりとしたヴァイオリンの重み、そしてやけに嬉しそうだった女の顔は今でもはっきりと覚えている。そしてこれはきっと一生忘れることは無いだろう。



━━━━━━━━━━━━━━━
━━━━━━━━



あいつの歌を聞く度に、あの記憶が鮮やかに浮かんでくる。
そして、なぜだかとても弾きたくなる。あの声に合わせて音を鳴らしたいという思いが胸の中に広がり、そこにヴァイオリンが無いことに腹が立った。


いつか聴かせることができたら、あいつは俺の演奏に合わせて歌ってくれるだろうか。




(終)


すみませんこれはめっちゃ番外編みたいなやつで私が急に書きたくなって衝動がきしちゃったやつなので本編に繋がってないです。次の話も……なのですぐ消します。すみませんん!!!!!

いや早く本編書けってはなしですよねすみません。18に更新するって言ったのに意外と忙しかったので、前に書いて非公開にしてたのまた公開しただけですすみません。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

白花の咲く頃に

夕立
ファンタジー
命を狙われ、七歳で国を出奔した《シレジア》の王子ゼフィール。通りすがりの商隊に拾われ、平民の子として育てられた彼だが、成長するにしたがって一つの願いに駆られるようになった。 《シレジア》に帰りたい、と。 一七になった彼は帰郷を決意し商隊に別れを告げた。そして、《シレジア》へ入国しようと関所を訪れたのだが、入国を断られてしまう。 これは、そんな彼の旅と成長の物語。 ※小説になろうでも公開しています(完結済)。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

当然だったのかもしれない~問わず語り~

章槻雅希
ファンタジー
 学院でダニエーレ第一王子は平民の下働きの少女アンジェリカと運命の出会いをし、恋に落ちた。真実の愛を主張し、二人は結ばれた。そして、数年後、二人は毒をあおり心中した。  そんな二人を見てきた第二王子妃ベアトリーチェの回想録というか、問わず語り。ほぼ地の文で細かなエピソード描写などはなし。ベアトリーチェはあくまで語り部で、かといってアンジェリカやダニエーレが主人公というほど描写されてるわけでもないので、群像劇? 『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

処理中です...