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憂鬱な転生【カノンの場合】
17.雨上がりの空 3
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城野院を見上げるカノンの瞳は、未だ涙にその色を揺らめかせ、結んだ唇は微かに震えていた。
できるだけ素直に話そう、そう思ってカノンは口を開いた。
「こう……、あの今後に予定していたことがあって、それに向けた役割があったんです……」
「役割?」
「そう、あの、自分なりに。……それで、その予定通り進むものだとばかり思っていて。その予定を信じて、頑張って役割を演じていたら、全然うまくいかなかったというか……。予定は、私の勘違いで、全然予定じゃなかったかもしれない、というか……」
自分で話していても要領を得ていないことがわかる。知らずあわあわと身振り手振りをしていたことに気が付き、カノンは頬を赤らめた。
そっと城野院を窺うが「役割ねぇ……」と呟きながらバカにするでもなく、真面目に聞いてくれていた。言いようもない所在なさに、ぱたぱたしていた手をまた膝に戻して、城野院が何を言うかを待った。
「うん……、君は、この先の何が起こるかという『予定』をかなり具体的に信じていたみたいだね?」
「……ここ1年くらいのことは割と…具体的に……。うーんと、あの、夢でみて……?」
「ははっ、1年かぁ」
城野院はそう言って少し笑ったけれど、こちらを揶揄するような類の笑みではなかった。相変わらずぽんぽんと、幼子を慰めるように頭を撫でてくれている。
そうして「うーん」と少し考える素振りを見せたあと、城野院はまたカノンに向かって優しく語りかけた。
「君のいう『予定』と関係するかはわからないけれど……。以前君が玲央君と練習しているときのヴァイオリンを聞いたことがあるんだけど、素晴らしかったよ。君には間違いなく、誰もが羨む才能がある。そしてそれを伸ばす力もある。……でも、なぜか普段の君はそれを恐れている気もした。時に、音楽を遠ざけようとしているようにも見えた、かな」
「……」
――それは、私には、才能なんてないからです。全てはブローチの魔法の力で、この世界でキャラクターとして与えられた力で、私自身は何も、何も持っていないからです。
そう答えられたら、今そう言って懺悔できたら、心が軽くなったかもしれない。本来の自分はヴァイオリンなんて満足に弾くことすらできないのだと。でも、まだその時ではない。せめて、この1年が終わるまでは。
何も答えることが出来ず、カノンは胸元の星屑のブローチを、きゅっと握りしめた。
「僕にはそれが、君があんなに音楽を、ヴァイオリンを愛して見えるのに、不思議でならなかったんだ。その『予定』の為なのかは分からないけれど、なんだか方向性が違う、歪な努力をしているように見える時があるというか……」
「……ッ」
「あぁ、いや、失礼。歪なというのは語弊があるね、とにかく――……」
グラリ、と大きく視界が揺れた。
――そうだ、私が歪だから。
だからきっと世界が歪んで見えてしまうんだ。
だから、私という器には水がたまらない。歪んだこの器からは、流れこぼれていってしまう。あぁ、そうか、なんて滑稽なんだろう。
せっかく可愛い見た目になっても、憧れた大好きな世界に生まれ変わったとしても。
何も、なにも、ない。すべて、流れて、なにも残らない。
止まったと思った涙が、またポロポロと頬を伝った。
「舞宮さん?――あぁごめんね、君を貶める意図は全くないんだ、言い方が悪かったね。本当にごめん……、泣かすようなことを言ったくせになんだけど……、僕は君のことを泣かしたい訳じゃないんだ。君には、笑っていてほしい、と思う」
「う……いや、私が勝手に泣いているだけで……、すみません……」
城野院はまた涙をハンカチで拭った。それになすがままになっているけれど、こんな泣いてばかりで本当に申し訳なさが募っていく。城野院はカノンの言葉に苦笑した。
「謝らなくてもいいよ。うーん、……あぁ、分かった。君は何やらその予定に向けて失敗を恐れて、『やらなきゃ』『すべきだ』を優先して考えるから、予定が狂った時にどうしていいかわからないなんて言って迷うんだよ。その予定のことは置いておいて、君の『したい』ことをすればいいんじゃないかい?」
「……したい、こと……?」
「そう。あるだろう? 君のしたいこと」
そう城野院に言われても、いまのカノンには全くと言っていいほど思いつかなかった。思いもよらないその言葉に、カノンの瞳はどこか遠くの一点を凝視するように顰められた。
――自分のしたいこと、諦めていたこと……。
『あなたになんて、できるはずがないわよ』
何が自分の望みであったか、思い出そうとすると、母親の声がよみがえる。――そうだ、これまで望むことすら意識する前に、自らうち消してしまっていた。
でも、あったはずだ。このゲームを買った時に思い出したこと。自分が知らず、諦めていたこと。そのことに気が付き、深く、悔やんだこと。
優しくこちらを見つめる城野院は、責めるようでも、答えを促すようでもない。
「わたし……が、したいことを、して、いいんでしょうか……?」
――こんな私に、そんなことをする資格があるんでしょうか? 何かを持つことを、それを望むことをして、いいんでしょうか?
そう言葉に出すだけで、目頭が熱く、また視界が潤んだ。手も小刻みに震えているようだった。
それはカノンの口からでた、祈りにも似た言葉だった。
誰かに、誰かに言ってほしかった。許してほしかった。でも、その言葉をくれたひとはこれまで誰もいなかった。いつしか許しを得ることを、他人に対しても自分に対してすら諦めていた。
そんなカノンを見つめた城野院は、その美しい顔を、花が咲くように大きくほころばせて言った。
「もちろんだよ」
できるだけ素直に話そう、そう思ってカノンは口を開いた。
「こう……、あの今後に予定していたことがあって、それに向けた役割があったんです……」
「役割?」
「そう、あの、自分なりに。……それで、その予定通り進むものだとばかり思っていて。その予定を信じて、頑張って役割を演じていたら、全然うまくいかなかったというか……。予定は、私の勘違いで、全然予定じゃなかったかもしれない、というか……」
自分で話していても要領を得ていないことがわかる。知らずあわあわと身振り手振りをしていたことに気が付き、カノンは頬を赤らめた。
そっと城野院を窺うが「役割ねぇ……」と呟きながらバカにするでもなく、真面目に聞いてくれていた。言いようもない所在なさに、ぱたぱたしていた手をまた膝に戻して、城野院が何を言うかを待った。
「うん……、君は、この先の何が起こるかという『予定』をかなり具体的に信じていたみたいだね?」
「……ここ1年くらいのことは割と…具体的に……。うーんと、あの、夢でみて……?」
「ははっ、1年かぁ」
城野院はそう言って少し笑ったけれど、こちらを揶揄するような類の笑みではなかった。相変わらずぽんぽんと、幼子を慰めるように頭を撫でてくれている。
そうして「うーん」と少し考える素振りを見せたあと、城野院はまたカノンに向かって優しく語りかけた。
「君のいう『予定』と関係するかはわからないけれど……。以前君が玲央君と練習しているときのヴァイオリンを聞いたことがあるんだけど、素晴らしかったよ。君には間違いなく、誰もが羨む才能がある。そしてそれを伸ばす力もある。……でも、なぜか普段の君はそれを恐れている気もした。時に、音楽を遠ざけようとしているようにも見えた、かな」
「……」
――それは、私には、才能なんてないからです。全てはブローチの魔法の力で、この世界でキャラクターとして与えられた力で、私自身は何も、何も持っていないからです。
そう答えられたら、今そう言って懺悔できたら、心が軽くなったかもしれない。本来の自分はヴァイオリンなんて満足に弾くことすらできないのだと。でも、まだその時ではない。せめて、この1年が終わるまでは。
何も答えることが出来ず、カノンは胸元の星屑のブローチを、きゅっと握りしめた。
「僕にはそれが、君があんなに音楽を、ヴァイオリンを愛して見えるのに、不思議でならなかったんだ。その『予定』の為なのかは分からないけれど、なんだか方向性が違う、歪な努力をしているように見える時があるというか……」
「……ッ」
「あぁ、いや、失礼。歪なというのは語弊があるね、とにかく――……」
グラリ、と大きく視界が揺れた。
――そうだ、私が歪だから。
だからきっと世界が歪んで見えてしまうんだ。
だから、私という器には水がたまらない。歪んだこの器からは、流れこぼれていってしまう。あぁ、そうか、なんて滑稽なんだろう。
せっかく可愛い見た目になっても、憧れた大好きな世界に生まれ変わったとしても。
何も、なにも、ない。すべて、流れて、なにも残らない。
止まったと思った涙が、またポロポロと頬を伝った。
「舞宮さん?――あぁごめんね、君を貶める意図は全くないんだ、言い方が悪かったね。本当にごめん……、泣かすようなことを言ったくせになんだけど……、僕は君のことを泣かしたい訳じゃないんだ。君には、笑っていてほしい、と思う」
「う……いや、私が勝手に泣いているだけで……、すみません……」
城野院はまた涙をハンカチで拭った。それになすがままになっているけれど、こんな泣いてばかりで本当に申し訳なさが募っていく。城野院はカノンの言葉に苦笑した。
「謝らなくてもいいよ。うーん、……あぁ、分かった。君は何やらその予定に向けて失敗を恐れて、『やらなきゃ』『すべきだ』を優先して考えるから、予定が狂った時にどうしていいかわからないなんて言って迷うんだよ。その予定のことは置いておいて、君の『したい』ことをすればいいんじゃないかい?」
「……したい、こと……?」
「そう。あるだろう? 君のしたいこと」
そう城野院に言われても、いまのカノンには全くと言っていいほど思いつかなかった。思いもよらないその言葉に、カノンの瞳はどこか遠くの一点を凝視するように顰められた。
――自分のしたいこと、諦めていたこと……。
『あなたになんて、できるはずがないわよ』
何が自分の望みであったか、思い出そうとすると、母親の声がよみがえる。――そうだ、これまで望むことすら意識する前に、自らうち消してしまっていた。
でも、あったはずだ。このゲームを買った時に思い出したこと。自分が知らず、諦めていたこと。そのことに気が付き、深く、悔やんだこと。
優しくこちらを見つめる城野院は、責めるようでも、答えを促すようでもない。
「わたし……が、したいことを、して、いいんでしょうか……?」
――こんな私に、そんなことをする資格があるんでしょうか? 何かを持つことを、それを望むことをして、いいんでしょうか?
そう言葉に出すだけで、目頭が熱く、また視界が潤んだ。手も小刻みに震えているようだった。
それはカノンの口からでた、祈りにも似た言葉だった。
誰かに、誰かに言ってほしかった。許してほしかった。でも、その言葉をくれたひとはこれまで誰もいなかった。いつしか許しを得ることを、他人に対しても自分に対してすら諦めていた。
そんなカノンを見つめた城野院は、その美しい顔を、花が咲くように大きくほころばせて言った。
「もちろんだよ」
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