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3.入学式

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 季節は春。ゲーム内の暦は日本と同じように刻まれていくので今は4月。
 とうとうこの日が来てしまった……。
 王都の中でもひときわ大きな建物、魔法学園の門をくぐり、その既視感に眩暈がした。
 ここ国立魔法学園は『ルナと魔法の花飾り』の舞台だ。

(うん、この光景めっちゃ見た覚えある……。やっぱり現実か……)

 魔法と、魔力を持つ者によって繁栄してきたこの国らしく、重厚な門構え、門を抜けてすぐに大きな噴水、門から学園の玄関までは美しい花々がその道を飾る。ザッと見上げただけでも、何棟建ってるのか分からないくらい、広大な敷地内にはたくさんの建物が並んでいる。

(結局1か月ではなんの対策もできないまま、この日を迎えてしまった………)

 だけどここがいくら乙女ゲームの世界だとしても、私の目下の目標は、乙女ゲームにはあるまじき、誰とも結ばれないエンド!
 学園で誰との好感度も上げずに迎えるエンディングのスチルでは、ヒロインが1人で自然の中孤独に微笑んでいるものだった。そこを狙っていくしかない!

(……でもそのエンドはスチル回収のためだけに、一応プレイしただけだからなぁ)

 存在は覚えてるけど、会話の分岐めっちゃ難しくて、攻略サイト頼みだった……うぅ。

 このゲームの攻略対象は4人。
 1人のエンドが複数あるから、乙女ゲームにしては攻略対象が少ない。
 その代り、ストーリーは濃厚だし、スチル盛りだくさん! 満足度は他のゲームと遜色なかった。隠しキャラもいなかったはずだから、とにかくこの4人との接触はひたすら避けていこう! 頑張る!

(まずは……)

 私はまず入学式のイベントを思い出す。

 ♦♦

 この学園の門から玄関までは並木道になっていて、この季節はその木々桜の花が咲き乱れる。
 あまりの学園の広大さとその建築の荘厳さに圧倒されるヒロイン。
 ぼんやりと歩いていると、道に迷ってしまい、入学式の時刻にぎりぎりになってしまった。
 開会を告げるベルの音に焦って走り出すヒロイン。

「きゃっ」
「―――危ないよ」

 小石に躓いて転びそうになったのを助けてくれた、その手。
 ……それはなんとアルレーヌ王子だった……!

「すすす、すみません!!! ……有難うございました」
「ふふ、いいよ。気を付けてね、お転婆さん」

 ~~~イベントEND~~~


 はいはいはいはいっ、なーーーーっし!!
 第一このゲーム18禁のくせに、なんでこんな王道な始まり方……。
 いや、得てして人の心を掴むのは王道なのかな……うんうん。

 私は並木道から少し離れた、並木道を見下ろせる少し丘のように高くなった場所、そこの中でも人目につかない木陰に腰を下ろした。

「さて、どうしようかな……」

 要は、走って玄関に向かわなければいいのだ。昨日は全然眠れなくて、早く着きすぎてしまったので、幸い入学式の時間まではこれから3時間程ある。
 見渡した学園内は、人もまばらで閑散としている。
 ここで入学式の時間を待って、ゆっくりと入学生の人ごみに紛れて向かおう。

(うん、そうしよう。茶色の髪だなんて多くはないけど、少なくもないだろうし。モブに紛れていこう。いや、むしろモブになりたい)

 入学式の後に制服が配布されるため、私はどこからどうみても“町娘A”といった感じの、青の凡庸なワンピースを着ている。まぁこれも一生懸命新調したものなんだけども。

 ふぅと一息つくと、私はゆっくりと目を閉じた。





「――――君?遅れてしまうよ?ねぇ、君?」

(ん……?)

 頬に冷たい指の感触がある。なんだろう、この声。教会に男のひとなんていないのに……。

「……アルレーヌ様、私がこの娘を見ますので、貴方様はお先に」
「ふふ、こんなところで眠ってしまうだなんて。何をされても文句は言えないよ?」
 
 再び頬を冷たい手で撫でられる。

「え……!?」

 徐々に意識が覚醒してくると共に、視界に金色の髪が揺らめいた。……って、え、ちょっと、え……!?

「え、あ……?え、あ、アルレーヌ殿下……!?」
「あぁ、起きたね。君も入学生だろう? 遅れてしまうよ?」

(うぇええーーーー!!こんなところで寝ちゃってたの!?しかも、あああアルレーヌ!!)

 まばゆいばかりのアルレーヌの顔が目前にある。あまりの事態に羞恥と動揺で二の句が継げない。
 それ以上言葉の発せない私を見て、アルレーヌは微笑むと手を差し出してくれた。促されるまま立ち上がる。

(やってしまった……!! しかも、近衛のキースまでいる……!)

 キラキラしたアルレーヌの横には、これまた攻略対象の近衛騎士のキースまで立っている。
 なんてこった。本編では1人とのエンカウントを、倍にしてしまった。なにやってんだ、自分!

「ほら、サクラの花びらがこんなについているよ? 気を付けてね?」

 そう言って、アルレーヌは私の髪の毛に触れた。
 ばっ、とのけ反るようにして距離を取る。

「はいっ! ……有難うございます。失礼しました……ッ!」

 私は矢継ぎ早にそう告げて、ばっとお辞儀をすると、そのまま玄関に向かって走り出した。

(ヤバいヤバいヤバい……! どうかこんな一介のモブのことはこのまま今すぐ記憶から抹消してください……!)



「……慌ただしい娘でしたね」
「ふふふ、可愛い子だったじゃないか。あわてんぼだねぇ」
 
 アルレーヌはそう言い膝についた埃を払うと、何事もなかったかのように、学園の入り口に向かって歩き始めた。
その様子に、傍に付き従う青い髪の騎士も無言でそれにならう。
 そうして歩みを進めながら、アルレーヌはふと、己の礼装についたサクラの花弁を見つけた。
  そして先ほどの、花弁を無数につけて、うたた寝していた少女の慌ただしい後ろ姿を思い出し、口角を上げる。

 --妖精のようだ、だなんて言ったら大げさだが、サクラの木の下、花びらを浴びながら眠る姿はなかなか悪くなかった。    ……だが、あの髪色は良くない。お世辞にも美しいとは言えない茶色だった。

 一歩下がったところを歩む耳敏い騎士に聞こえないくらいの声音で、口の中で呟いた。

「……あんな凡庸な髪色じゃなかったら、欲しいところだったけどね……」



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