ヒミツの夏休み ~性に目覚めた少年少女~

一色 清秋

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8月8日

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 ピピピッと音を立てる体温計を脇の下から取り出す。そこには37.8度と表示されていた。

 ――昨日のお風呂上りにわずかに身体のだるさを感じながら床に就いたが、今朝目覚めると風邪を引いた時の重たい感覚が身体にあった。気だるさを感じながら、洗面所で顔を洗い、歯を磨く。そのまま朝食の用意をしている祖母に、風邪をひいたかもと伝えたのだった。

 祖母は私の額に手をあてると、「少し熱いねぇ」と呟き、体温計を持ってきてくれた。――表示された数字を祖母に見せる。

「……うん、今日は薬飲んで横になってな」

「食欲はあるかい? 少しでも食べて元気をつけなきゃ」

 食欲は特にいつもと変わらずだったので、私は朝食を取り祖母が薬箱から出した薬を飲み、部屋に戻った。とは言え食後にすぐ横になるのも辛いので、しばらく布団の上に座っていたが、熱のせいか眠くなってくる。風邪をひくと妙に心細い気分になるのは何故なんだろうと考えながら、私は横になりいつのまにか眠りについていた。
 
 目を覚まし、壁に掛かった時計に目をやると、時計の針はちょうど11時を指していた。私は枕元に置かれていた水差しからコップに水を注ぎ飲み干した。そして一緒に置かれていた体温計を脇に挟み、再び横になった。

 体温は今朝よりも少し下がっていた。ほっとしたが、そのせいかあまり眠気も訪れず、ただぼーっと天井を眺める時間が過ぎていった。

 しばらくして、祖母がお盆に昼食のうどんを乗せて部屋に入ってきた。――おろした生姜が入ったうどんを平らげると、薬を飲み再び横になる。退屈な時間が過ぎていくが、起きて何かするわけにもいかず、布団を被り目を閉じる。

 いつもなら秘密基地で桜と過ごしている時間のはずなのに――そんなことを考えると、頭の中は桜のことでいっぱいになった。出会ってまだ1週間ほどしか経っていないが、一緒にした様々な行為が頭の中を駆け巡っていった。そんなことを考えていると私の股間は硬さを増して、風邪の時でもしっかりと勃つそれに私は自分のことながら少し可笑しさを覚えた。

 ――ギシギシと廊下を歩く音が聞こえる。それは部屋の前で立ち止まったので、私は当然祖母が来たのだと思った。目を開け、入口のふすまに視線を向けた。

 スッと開いたふすまの先に立っていたのは――桜だった。驚いて身体を起こそうとすると、トトトと駆け寄った桜に止められ、そのまま布団に押し戻された。

「風邪ひいたって、おばあさんに聞いた」

「う、うん。そうだけど……婆ちゃんは?」

「買い物に行くって、ちょどいいから見ててって」

 ちょうど家の外から、祖母の原付スクーターのエンジン音がして、家から遠ざかっていった。静かになった室内で見つめ合う形になると、桜は私の額に手をあてた。「うーん、少し熱い、かも」そう言い、今度はコツンと桜の額を私の額にあてた。鼻先が触れ合うほどの近さに桜の顔がある。私は思わず息を止め、全身に力を入れた。桜はすぐに離れたが、私の心臓はしばらくの間バクバクと大きな音を立てていた。

「あ、桜……せっかく来てくれたのにごめんな。風邪うつると悪いし、俺も1人で大丈夫だから帰っても――」

 続く言葉を、桜は人差し指を私の口に押し当て遮った。

「おばあさんに頼まれたもん」

「じゃあ、他の部屋で待っててくれれば……」

 桜は首を横に振り、私の手を握って「ここでみてる」とはっきり口にした。

 部屋には時計の針の音が微かに響いていた。桜は私の手を握ったまま、優しい顔で私を見つめている。照れくさくなった私は目を閉じ、ただ黙っていることしかできなかった。そんな私に桜はもう一方の手でポンポンと布団の上から眠りにいざなう様に、優しく叩いてくれた。その心地よさと桜の手から伝わる体温に安心したのか、私の意識は次第に遠くなっていった。

「……元気になったら、また――」
 
 眠りにつく直前、桜は私の耳元で何かを呟いたが、聞き取ることは出来なかった。

 ――目が覚めると桜の姿はなかった。身体を起こしグッと伸びをする。身体はすっかり軽くなり、熱を測ってみるとすっかり平熱になっていた。風邪と言うより、環境の変化による疲れからの発熱だったのかもしれない。私は部屋を出て台所へと向かった。

 祖母はもう帰ってきているようで、夕飯の香りが漂っている。台所を覗くと、祖母がこちらに気付いた。

「どうだい、調子は?」

「あ、うん。よくなってるよ。……あの、桜は?」

「あの子ならもう帰ったよ。新穂さんのところの子だってね、あんなに大きくなってたんだねぇ」

 祖母の話によると、祖母が帰ってくるまで、桜はずっと私の傍で見守っていてくれたらしい。照れくさくなり私は祖母から視線を逸らした。

「あのさ、新穂さん家の電話番号……わかる?」

 私は祖母から教わった電話番号に電話をかけた。数回の呼び出し音の後、電話から聞こえてきたのは桜の声だった。

「もしもし桜? 俺、達郎だけど」

「うん。どうしたの?」

「いや、今日のお礼が言いたくて。……桜のおかげですっかり元気になったよ。ありがとうな」

「……うん」

 電話口から聞こえる桜の声は少し照れたような音を含んで、私もそれにつられて気恥ずかしい気持ちが溢れてきた。

「あ、その、それじゃ、それだけ。また秘密基地でな」

 受話器を置くと、なんだか胸のあたりがムズムズとするような感覚が走り、思わず胸のあたりを手で押さえた。普段より早いリズムを刻む鼓動を手のひらに感じながら、私はしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
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