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第四章 新魔王誕生編
鬼人誕生 5
しおりを挟む鬼王イバラキは、右手に持った大きな金棒を肩に乗せてスズカを睨みつけている。
「オメェだなぁ? 人族との子を作ったってのはぁ。誇り高い鬼族の血を汚しやがってぇ。さすがは小鬼族だなぁ。何にでもすぐに股を開きやがる」
子を取り出した女達が今更どこかでこぼしたか。今にも飛びかかりそうなスズカを制止して、ベンケイが前に出る。
「おいイバラキ……言葉を選べよ。こやつらはワシの子も同然じゃ。いくらお前でもさっきの様な暴言は許さんぞ」
「へぇ、許さなかったらどうだってんだぁ? 事実股開いて子まで作ってんじゃねぇか。だいたいこの人数に対して何が出来る?」
本当にこの男は一国の王なのか。
自らが差別や虐めを助長して追い出した上に、大人数で集落まで出向いてわざわざ罵声を浴びせに来ている。
「ワシはお前に追い出された訳では無い。お前の器の小ささに呆れて見限ったのじゃ。まさかこんな日が来るとはな。もう我慢ならん……」
ベンケイは薙刀を構え大声で怒鳴った。
「皆を呼べぇ!! すまん! ワシに命を預けろぉ!」
『ゥオォォォ――!!!』
鬱憤を溜めていたのは皆一緒だ。皆が一斉に大鬼族達に飛びかかった。
この集落の鬼族達は弱くない。むしろ速さで大鬼族達を翻弄し、中距離からは闘気砲で牽制できる。
オーステンとテンも後ろから出てきて戦っている。イバラキは急いで軍の後ろに隠れた。
「お前はいつもそうじゃ! 不利になったらすぐに隠れる! こやつらがワシの愛弟子達じゃ! 覚悟せぇ愚王がぁ!」
ベンケイ達の勢いは凄まじかった。
しかし、いきなり横槍が入った。魔力を抑えて伏せていた軍勢がいた。
鬼王の側近、キドウの軍勢だ。
「おい……オーステン……?」
「スズカ……大丈夫だったか……?」
突然の横槍から、妻を守護術で守ったオーステンの腹には刺股が刺さっている。
オーステンは刺股を引き抜いた後、守護術を広く張りそのまま伏兵達に斬りかかった。
皆目の前の敵の相手に必死だ。オーステンの善戦も虚しくそのまま力尽きた。
「父ちゃ――ん!!」
「流石はベンケイだな。念には念を入れて正解だった。まぁ人族は殺したな、汚らわしい。その間の子も早う殺せ!」
キドウは鬼国の参謀、イバラキと同じく大鬼族至上主義者だ。
すぐに動いたのはスズカだった。
「クッソ野郎がァー!!」
スズカの勢いは凄まじかった。何十という大鬼族を斬り倒してキドウに迫った。
しかし、キドウを前に力尽きた。
「かっ……母ちゃん……?」
「お……驚かせおって……早う汚らわしい間の子を殺さんか!」
『ゥオォォォ――! オメェらぁ! ぶっ殺してやる!!』
テンの魔力量が一気に跳ね上がった。
そのまま見境なく暴れ回った。これでは味方まで巻き込む。
「みんなァ! テンから離れろぉ――!」
皆が急いで集落側に引く。
テンは前方の大鬼族達に、凄まじい威力の闘気砲を放ち続けた。
「ひっ……引けェ――!!」
鬼王イバラキと参謀キドウの声が響き渡る。
「姉ちゃんとオーステンはどこだ! 他に倒れた奴も探してこい!」
大鬼族の死体の中から二人を見つけ出し、集落に連れていく。
他にも重症の三人が担がれてきた。こっちは大丈夫そうだ。
「テ……テンは大丈夫か……? スズカは……?」
「喋るな! テンは大丈夫だ! おい、早く加療しろ!」
「ウチはここだよ……サンキチ、ウチらはもうダメだ……最期くらい分かるよ……」
「せっかく……長寿になって長生きして……死ぬ時は一緒だと思ったのにな……まぁ早くなっただけか……愛してるぞ……スズカ」
「ウチもだよ……ありがとな……」
二人は手を繋いで同時に息を引き取った。
「クッソォ――!!」
サンキチ達は二人を見届けた後、戦場に戻った。
しかし、呆然と立ち尽くすベンケイ達がいるだけだった。
「何があった爺さん……」
「テンが……奴らを追い返した上に、ソウジャに向かって追い打ちをかけに行った……」
「ボーッとしてんじゃねぇよ! 追いかけねぇと」
「駄目じゃ! テンは今、敵味方見境なく暴れ回っている……あれは魔力過多により意識障害を起こしている状態じゃ。巻き添えを食ってワシらも全滅するぞ……」
確かに異常な程にテンの魔力が上がった。サンキチも見てしまった手前、何も言えなかった。確かに、あの状態のテンを止められる者はいないだろう。
集落に戻り、死んだ二人の墓を作った。
「すまん二人共……ワシが我慢出来んかったばかりに……」
「いや、爺さんが行かなかったら姉ちゃんが飛びかかってた。オラァもだ」
「せめてテンが無事に帰ってきてくれればいいが……あの魔力量の意識障害を治すのは至難の業じゃ……おそらくは……」
皆が押し黙った。
「いつから鬼族はこうなった……誰が悪いんじゃ……ワシがイバラキに媚びへつらっていれば良かったのか……」
「爺さんのせいじゃ絶対無ぇ……悪ぃのはあの愚王達だ」
いっその事、テンが鬼国を壊滅させてくれと思った。
◆◆◆
皆の気持ちは一緒だ、テンを見放したくは無かった。近付けば巻き添えを食う。かと言って力尽きればテンが殺される。可能な限り近付き見守った。
テンはそのままソウジャの手前で暴れ回っている。殺した鬼族の肉を食み血を飲み、止まることなく暴れ続けた。まさに鬼そのものだった。
テンは変わらず暴れ回り、疲れたら引いて休む。しかし迂闊に近付けば暴れ始める。ソウジャの鬼族も疲弊しているだろう。
もうテンに言葉は届かない。
一月近く経った時、後方から多数の魔族の魔力を感じ取った。
恐らく斥候がいたのだろう。魔族達が好機と攻めてきた。
テンは反転し、魔族側に向き直った。東に向けて魔族を食い殺していった。
ここからは、後に集落に移住してきた者から聞いた話だ。
魔族たちは恐怖した。
このまま逃げれば魔都まで追いかけて来るかもしれない。そんな恐怖から、鬼国への使者と魔都へ戻る者を立て、二つの宝玉を要請した。
鬼族と魔族でテンを封印するという苦肉の策を取った。
魔族の精鋭で逃げながらテンを抑え、山脈の麓で二つの宝玉が揃った。魔族の魔法で開けた穴に、鬼族と魔族は命懸けでテンを封印した。
イバラキとその側近達はソウジャに篭もり、部下に指示を出すだけだった。愚王イバラキの名は大きく落ちた。
しかし、鬼国の民は行くあても無い。鬼王の軍勢に押さえつけられる生活を許容する他ないのが現状らしい。
その後、ベンケイの集落の話を聞いた小鬼族達が、ここに次々と移住して来たことにより人口が増え、村となった。
小鬼族を蔑み続けた大鬼族達は、そんな村に移住する事など叶わない。
鬼族は王として担ぐ者を間違えた。これから鬼国は傾き続けるだろう。
しかし、小鬼族の村に住む者には関係の無い話だ。
誰に聞いても、どこを調べてもテンが封印された場所は分からなかった。分かったところで為す術も無い。
ベンケイ達集落の鬼族は、スズカとオーステン、息子のシュテンによってもたらされた500年の平和を噛み締めて生きる他なかった。
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