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第二章 リーベン島編

遁術

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 次の日の朝、いつもの様に三人の師匠からの直接指導が始まる。三人は日に日に強くなっているのを感じる。気のせいではない事は、手に持った刀の斬れ味が物語っていた。
 
「おはよう。今日はお主らに『遁術』を習得してもらう」
「船で見たやつだね!」

 メイファの挨拶の後、早速里長の講義から一日が始まった。
 
「魔法とは、そのままの魔力を各属性に変えて放つ物だ。魔族が得意とする戦闘法だが、他の種族は魔族ほど魔力量が無い。我々は、練気に各属性の魔力を混ぜ込んで放つ。これを『遁術』と呼んでおる。要領は、治療術や強化術となんら変わらん。とりあえずやってみせようかの」

 里長の実演が始まる。
 始祖四王の術を間近に見ることが出来るチャンスなど、そうある事ではない。三人は瞬きすら忘れて見入っている。

「先ずは、練気を手に集めるところまでは同じだ。それに、各属性の魔力を練り込む。それを魔力に乗せて放出だ」

『火遁 ほむら

「練り込む魔力の量によって、術の威力は上がる。もちろん、それだけが要因では無いがな」

 喋りながら軽く放った火遁の基本術ですら、三人の中で一番の術士であるエミリーの魔法を凌駕した。

「魔法と同じだ。火遁、風遁、水遁の三属性に別れておる。土遁もあるが、扱い方が限定的で使用頻度は少ない。飛ばない魔物の足止めや、土の壁で防御等かの。やってみろ」

 三人はそれぞれ練気に火属性の魔力を練り込み、そして放出した。ただ、里長の術とは雲泥の差だ。里長の話にあった、その他の要因が関係しているのだろう。

「なるほど、これが火遁の基本ですね」
「様々な術がある。ほれ、遁術や剣術がまとめてある書物だ」

 文字や図で分かり易く纏めてある書物を各自受け取り、空いた時間に学習する様に言われた。
 話の続きを聞くべく里長に向き直る。

「勘違いしてもらいたくないのだが、魔法が弱いと言っておる訳ではない。魔族の魔法は儂等とはまた違った技術で効果を高めておるし、奴らは禁術の類も持ち合わせておるようだ。儂等はそのすべを知らぬ。人族が習得しておる魔法よりは、遁術の方が優れておる事ということだ」
「はい、使ってみて、はっきりと違いがわかります」

 今までの魔法を使うメリットが見当たらない。他の種族はどのような術を使うのか、師匠達の本気はどんなレベルなのか、三人の興味は尽きない。
 
「お主ら、術の習得ばかりで身体がなまっておらぬか?」
「そうですね、もちろん運動不足なんてことはないですが、戦闘の感は鈍ってるかもしれないですね」
「では、新しい武器を手に入れた者もおることだ、お主らに魔物の討伐を依頼しようかの」

 三人共に一級品の武器を手に入れた。各自の役割は変わらずとも、明らかに出来ることは増えている。

「うん、青眼の試し斬りもしたいです!」
「良し、では余裕を持って依頼は一月後だ。それまでに、それぞれ今日学んだ事をしっかり反復して修練に励むように。この修練場で三人で励むのも良かろう。お互い助言が出来る」

「じゃ、明日からここで三人で修行するか!」

 久しぶりの戦闘だ。 
 一ヶ月後に向けて特訓が始まった。


 ◇◇◇
  
 
 過ごしやすい晴れの日が続いている。この島は比較的気候が良く、雨が長く続く事は無かった。
 シュエンの日記にもあったナグモ山は、高い建物がない里から良く見える。南東の方向にあるその山は、秋の空に合わせて木々を赤や黄色に染め始めていた。
 里長から依頼された魔物の生息地は、そのナグモ山だ。討伐まで一ヶ月の殆どを、学んだ術の精度を更に上げるための修練に費やした。

 ユーゴは剣技、トーマスは守護術、エミリーは治療術と強化術を、それぞれにアドバイスする。疑問や不明点はすぐに質問。人に教える事は自分の気付きにもなり、とても効率がいい。
 各自それぞれの師匠からある程度の技や術を学んでいる。そして剣技と遁術の指南書もある。

「だいぶ武器に纏う練気が安定してきた。抜いた時にすぐ纏える様になってきたな」
「うん、強化術からの攻撃や防御は今までとはレベルが違うね」

 ユーゴは練気を纏った刀を岩の上に乗せて、少し押してみる。が、里長のようにはいかない。

「やっぱり、里長レベルの練気術は凄いんだな……」
「そりゃそうでしょ! 使ってきた年月が違うんだから」

 刀を高く持ち上げて振り下ろすと、岩は真っ二つになった。

「でも、斬れ味は前とは段違いだ。オレたちは確実に強くなってる」

 学んだ事をひたすら繰り返した。
 刀を振り続けた手のマメが潰れる、それを習得した治療術で治す。食事に使う箸、掃除に使うホウキにすら練気を纏ってみる。常に体の中で気を練った。魔力を練気に練り続けた。練気術を日常にした。


 ◇◇◇
 
 
 一ヶ月後。
 明日が魔物の討伐の日。三人は明らかに強くなっていた。
 
「ちょっと守護術を張ってみるから、遁術で攻撃してみてくれるか?」
「分かったよ!」

『火遁 業火殺ごうかさつ!』

 ユーゴはエミリーの放った火遁に身の危険を感じ、守護術をその場に残したまま横へ飛んで逃げた。
 残った堅牢は、高温に溶かされて穴だらけだった。ユーゴは、顔からサーッと音を立てて血の気が引くのを感じた。
 
「うぉい! 人に向けてどんなレベルの火遁使うんだよ! 焔くらいだと思うだろ! 殺す気か!」
「遁術撃てって言うから……」

「まぁ、いいけど……よし、オレの堅牢このまま置いとくから二人共切ってみてくれよ」

「よし!」

『剣技 撫斬なでぎり』
『剣技 剣戟けんげき

 二人は、軽くユーゴの守護術に刃を通した。

「やっぱ、まだまだトーマスの守護術には及ばないか」
「僕達もユーゴの剣技には遠く及ばないね」
「遁術はエミリーだな。魔晶石っての使ったら、どうなるか恐ろしいレベルだ……」
「魔晶石楽しみー! どんな敵が落とすのかな?」

 各自が強化術で身体能力を上げて修行している。その状態が普通になるように、一日中強化術をキープした。
 怪我をしたら自分で治す。しかし、エミリーの治療術はやはり凄かった。トーマスの守護術は硬い。ユーゴはやっと修練場の大岩を剣風で切断した。
 各自が得意を伸ばしつつ、皆に水平展開し、三人は全てを高レベルで扱えるようになった。
 

「やっておるな」
「里長さん、こんにちは!」
「魔物の討伐が明日になったが、行けそうか?」
「はい、一ヶ月前とは比にならないほど術の精度が上がってます」
「うむ、見てわかる程に成長しておる。では前にも言うたが、明日は南東にあるナグモ山に行ってもらおう。討伐対象は『ヌエ』という魔物だ。人族が定めたものに照らし合わせると、Aランク程の魔物であろうな。複数体おるようだ、今のお主らなら一人づつで相手しても良かろう。道中の虎は増え過ぎておる故、狩りながら進んでくれ」

 ――父さんの日記に出てきた魔物だ。
 
「では、明日は頼んたぞ。早めに休むと良い」
「はい!」

 それだけを伝えて、里長は後ろ手のまま屋敷に戻って行った。

「Aランクを一人で倒せたら、Sランク相当になってるんだろうね!」
「今のオレ達ならやれるだろ」

「じゃ、明日に備えて今日は終わりにするか」
「ゆっくり休んで、また明日ね!」
「今日は気力を回復させないとね」

 二人はそれぞれの師匠の元に帰っていった。
 ユーゴは走って里長に追い付き、共に家路についた。
 
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