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第二章 リーベン島編
二本の刀
しおりを挟むヤンガスはエミリーの前に歩を進め、一本の刀を差し出した。
「エミリー、お前ぇにはこの刀だ」
ヤンガスは腰に差していた刀を鞘ごとエミリーに手渡した。
「直刀だ。太刀ほど長くねぇ、女でも扱いやすい刀だ」
「私の刀!? すごい……ユーゴのと違って真っ直ぐなんだね。反射したら青く光ってるように見えるんだ、綺麗……」
エミリーが刀を目の前にかざして観察している。刃紋は春雪と同じ直刃、手入れが行き届いた綺麗な刀だ。
「ユーゴの春雪には少し劣るが、一級品でも上位だ。名前はお前ぇが決めたらいい」
「うーん……青い眼ってこの里では何ていうの?」
「なら『青眼』だろうな」
「じゃ、それにする! 私の眼は隠してるけど、この青い眼で戦うんだ!」
「青眼は、正眼と共に中段の構えの意味もある。思いつきにしては良き名であるな」
エミリーは初めて持つ武器にご機嫌。何度も鞘から出し入れし、舐め回すよう観察していた。
「次はお前ぇだトーマス」
「え、僕にもですか!?」
羨むようにエミリーを見ていたトーマスは、自分に話を振られるとビクリと身を震わせた。
「当たり前ぇだ。俺の弟子なんだ、半端な刀は使わせられねぇよ」
ヤンガスはそう言ってトーマスに刀を渡した。ユーゴの春雪より少し短い刀だ。これも直刃の刀だ。
「脇差だ。お前ぇは盾士だからよ、片手で扱えるこいつが良いだろ。長めの脇差だ、武器としても問題ねぇ」
「親方! ありがとうございます!」
「こいつは、ユーゴの春雪の対で打った刀だ。青眼と同じく一級品でも上位だな。名前は無ぇ、付けてやれ」
そう言われてトーマスは悩む。
「春雪の双子という事ですよね?」
「あぁ、まぁそうなるな」
「僕も元は双子だ。春雪と一緒にできた刀……」
刀を右手に持ち、顔の前で回す様に翳し観察している。すぐに刀を下ろし、一つ頷いた。
「よし『双葉』にします」
ヤンガスは二人の名付けに満足そうだ。
大きく口を開けて声を出して笑った。
「二人共いいじゃねぇか! シュエンの野郎とはえれぇ違いだ! よし、大事に使ってくれよ。もちろんお代はいらねぇ」
「え? いいんですか!?」
「あぁ、俺ぁ信頼する奴からは金は取らねぇ」
「ありがとうございます!」
「ヤンさん、大事に使うね! ありがとう!」
こうしてユーゴ達は三人揃って、ヤンガスが打った一級品の刀を持つことになった。
雲ひとつない秋晴れの空の下。
動けば額に汗するが、暑くも寒くもなく、修練するにはこの上ない爽やかな陽気だ。
今、ユーゴとトーマスは、メイファの指導で治療術を習得している。過ごしやすい陽気とは関係なく、厳しい奥様の罵声で緊張の汗を背中に感じていた。
「時間の無駄だな。そもそもお前らは、回復術の基礎も無いと見ていいんだな?」
「はい……習得しようと思った事もありません……」
「なら基礎から叩き込む必要があるな。少し休憩しろ」
促されて低い岩に腰掛けた。
投げ渡されたコップに、メイファの水魔法が満たされる。
「久しぶりに魔力を使うんじゃないか?」
「いえ、毎日魔力は消費してます。なんか、今までずっと魔法使ってたので、身体から出さないと落ち着かないんですよね。父からも日頃から魔力の扱いに慣れるよう言われてましたし」
「ほう、珍しい奴だな。まぁ、魔力の扱いに慣れておくのは良いことだが」
二人は回復術すら扱えない。その為、魔力を回復用に変換と言われてもピンと来ない。
エミリーの方に目を向けると、初めて握る武器の扱いに手こずっているようだ。ユーゴと同じく、まずは刀の構え方から里長の指導を受けている。
トーマスもまた、刀の構え方を後日ヤンガスから教えてもらうようだ。
刀を振るうエミリーを見て、魔石入りの杖の事を思い出した。三人が刀を手に入れた。刀に魔石を埋める訳にはいかない。
「すみません、エミリーはいつも魔石入りの杖で戦ってたんですが、それはもういらないって事ですか?」
「あぁ、それはお前らにも通じる事だな。ヤンガスの専門だ、説明させよう」
メイファがヤンガスを手招きして呼び寄せた。
「魔石は魔力の増幅に良ぃからな、俺達も戦闘の時は装備してるぜ」
「え、刀にですか? あんなに大きい魔石を?」
「あんなデケぇもん刀に付けるわけねぇだろ。魔晶石だよ。刀に付ける訳じゃねぇけどな」
「魔晶石?」
ユーゴは口に出して思い出した。シュエンの日記に出てきた言葉だからだ。
「簡単にいえば、長い年月で何層にも重なって凝縮された魔石だ。小さめの魔晶石を篭手に着ける。大きな魔石より小さい魔晶石の方が何倍もの力が凝縮されている」
「この修行が終わったら、お前ぇらだけで魔物の討伐に行ってきても良いかもな。ある一定以上の格の魔物じゃないと魔晶石は落とさねぇからな」
確かにメイファの篭手にも魔晶石が付いている。この里の術士は杖を持たないらしい。効率の良いアイテムを装備することで、更に武器を装備する。魔晶石が無いと実現できない。
二人の提案通り、自分達の力を試す為にも魔物の討伐に行くのもいい。
「ヤンガス、こいつら魔力の変換がうまくいかないようだ。お前から助言はないか?」
「助言ってもなぁ……お前ぇらは、火や風、水ってどうやって放ってんだ?」
「んー、イメージですかね」
「じゃあそういうことだろ。痛てぇ痛てぇ、傷を治してぇって思ったら良いんじゃねぇか?」
「なるほどな」
メイファはおもむろに近づき、ユーゴの腕を切りつけた。
「痛った!」
右手に持ったコップが地に落ち、中の水が土に染み込む。
「ほら、痛いだろ。早く回復用の魔力を練り込んでみろ」
痛みと出血でパニックのユーゴに、無理難題が飛び掛かる。ただ、慌てふためいている暇は無い。目の前のサディスト奥様は、すぐに直してくれるほど優しくはない。
何も掴めないまま、痛みが増していく。早く治さないと出血もどんどん増えていく。
――早く治さないと……か。
掴めた気がした。なるほど、他の魔法と何ら変わらない、イメージする力だ。
練気に魔力を練り込む。刀に練り込むように。それを傷に纏わせる。
『治療術 再生』
ユーゴの傷にまとわりつく様に一瞬眩い光が発生し、それが消える頃には跡形もなく刀傷は消えていた。
「ほう」
「トーマス! イメージだ! 他の魔法と何ら変わらない」
メイファは目に見えぬ程のスピードで、トーマスにも切りかかった。
「痛い痛い!」
トーマスもユーゴのアドバイスを頭の中で噛み砕きながら、少し時間をかけて傷を再生させた。
「お前らは本当に感が良いんだな。感心する」
メイファの視線の先のエミリーも、なんとか刀に練気を纏えているようだ。
「強化術も同じ要領だ。剛力、剛健、迅速、身体能力の強化が高い戦闘能力に繋がる事は分かるだろう。戦闘前に無意識にかけられるくらい当たり前に使えるようになっておく事だな」
「まだまだ精度を上げないとですね」
休みなくそれぞれの修練に夢中になっていると、いつの間にか日が西に沈みかけていた。
「武具に練気を纏えるようになった。治療術や強化術も形にはなった。これからお主らがすることは、それらの精度を更に高めていくことだ。刀を抜いた瞬間に刀身には練気が纏わっている事、盾を構えた瞬間にもだ。治療術、強化術もより精度を高める事だ」
「頑張ります!」
「では、明日は『遁術』だ。朝にここに集まるように」
「「「はいっ!」」」
元気よく返事を返した三人は、それぞれの屋敷へと帰って行った。
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