22 / 241
第二章 リーベン島編
修行の成果
しおりを挟む各々が修行を開始して二ヶ月が経った。
日中の暑さは、数日前の大雨で少し和らいだ。あれだけ騒がしかった虫の声も落ち着き、肌寒くなってきた晩には、秋の虫が奏でる音色が耳に心地いい。
あれからユーゴは、タダ飯を食らう事に抵抗があったのだろう。屋敷で手伝いをするようになった。
今では家事仕事も料理も手伝い、教養もついてきている。料理の盛り付け、掃除洗濯も一通りこなす様だ。
今日は朝から、修練場での進度確認だ。
里長はユーゴと共に修練場に着くと、四人は既に待っていた。
「二月ご苦労であったな。一先ずここで成長を見せてもらうとしようか」
まだ修行開始から二ヶ月。斬撃を放つなど、早くとも後半年はかかる。今回は、刀に練気を纏うことが出来れば満点合格だ。
「まずはユーゴ。お主から行くか」
「はい、的はあの大岩でよろしいですか?」
――何だと? いささか頭に乗っておるな。
「出来るものなら当ててみよ」
「分かりました」
ユーゴは細く息を吐くと、刀を正眼に構えた。
――成る程、良い構えだ。
反復して修練している証拠だと、里長は感心して二、三度頷いた。
――ほぉ、練気も綺麗に纏えておる。ここまで仕上げるとはの、合格で良かろう。
「よし、なかなか良い。合か……」
『剣技 剣風!』
――何っ!?
ユーゴは錬気を纏った刀を脇に構え、横薙ぎに払った。鋭く刀を離れた斬撃は、大岩の中に吸い込まれていった。
「里長、すみません。大岩を切断するつもりで放ったのですが……」
里長はもちろん、他の二人も口を開けたまま絶句している。
「え……? 何か……?」
「お主……まさか剣風まで放つとは……まだ刀に纏うのもままならぬと思うておったが……」
「はい、お陰様で何とか形にはなりました」
勿論まだ実践で使えるレベルでは無い。
ただ、まだ二ヶ月しか経っていない事を考えると、途轍も無い進歩である。
「よ……良し、次はエミリーだ」
自信満々に胸を張ったエミリーが前に出る。
「ユーゴ、刀貸してよ!」
「へ? 何に使うんだよ」
――何だ? 何をする気だ。
エミリーは刀を受け取ると、いきなり自らの腕を切り付けた。
「おい、エミリー!」
突然の奇行に、メイファが叫ぶ。
『治療術 再生!』
エミリーの傷が跡形も無くなった。
そしてメイファが固まった。
――こやつもか……。
『強化術 剛力!』
自らに強化術を施し、足元に転がる拳大の石を握り、粉々に砕いた。
「奥様にはまだまだ届かないけど、形にはできました!」
――もう、声も出ん……。
「親方ぁ! 見ててください!」
「お……おぅ」
――トーマス……あやつ、あのような元気者だっかの……。
『守護術 堅牢』
構えた盾には綺麗に錬気を纏い、周りに蜂の巣状のシールドを張り巡らせた。
――当然こやつもであろうな……。
「親方……すぐに習得しろと言われたのに、二ヶ月もかかってしまいました……すみません」
「いや……あんなの真に受けんじゃねぇよ……」
「まさかお主ら二月でここまで仕上げるとは……」
「お前ぇら、すげぇな……俺ぁ守護術なんてまだ教えてねぇぞ……」
「私も強化術など、やって見せただけだ……」
――儂も剣技なんぞ教えておらぬ……。
「「「ありがとうございます!」」」
――どうする……助言をして一日見てやろうと思ったが……。
「よ……よし、お主ら二月の間で良く励んだ。今日のところはこれで仕舞いにする。一日の休みを与える、鋭気を養うが良い。明日の朝またここに来るように。次の段階に進もう」
「えっ! 奥様、いいんですか!?」
「あぁ、構わん。よくここまで物にした。門は開けておく、羽目を外してこい。ランには伝えておく」
「やった! ありがとうございます!」
「トーマス、お前ぇもゆっくり遊んでこい。ユウロン達には俺から伝えとくからよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ユーゴお主もな、良くやった。風呂はシュエンの屋敷のものを使え。掃除はしておく様にな」
「ありがとうございます! 里長、外で食べる昼ご飯、おすすめはありますか?」
「そうだな。儂は鍛冶屋街近くの、なから屋のすき焼きが好物だ」
「すきやき? 聞いたことない食べ物だ。行ってきます! では、また明日お願いします!」
三人は笑顔で修練場を後にした。
「あやつら、予想を遥かに超えて来たのぅ……」
「はい、相当努力をしたのでしょうね」
「俺ぁ何しに来たんだ……?」
里長には一つ気にかかる事があった。本人には勿論伝えてはいない。それをメイファに問いかけた。
「して、メイファよ。お主は気付いておるのか?」
「えぇ、何か事情があるのだろうと見ています。あの明るさの奥に、仄暗さが見える時がありますので」
「左様か、明日問いただしてみるかの」
◇◇◇
「とりあえず、第一段階突破ってとこかな」
「てかトーマス、キャラ変わってんじゃん!」
「いや、二ヶ月あんなに元気な人達と過ごせば声も大きくなるよ……基本的には変わってないよ」
「エミリーこそ、敬語を使うようになってるとはな」
「ランさんにいつも指導されてるからね! ランさん、おっぱい大っきいよぉ?」
「なんだと? それはお近づきになりたいもんだな」
三人は久しぶりの再会に、各々が堰を切ったように喋りだした。単独修行に明け暮れた二ヶ月間、その成果を遺憾無く発揮できた事による安堵も大きかった。
喋っていると、里長おすすめのお店に着いた。中に入り、すき焼きをオーダーする。
牛の獣の肉を薄く切って、野菜と一緒に醤油ベースの甘いタレで煮込んだ料理だ。
生の卵に付けて食べるらしい。
「おぉ……これはまた美味いな……」
「ほんと、いつもの料理と違ってガツンとくる系だね!」
「これは吟醸酒が合うだろうね。醤油と砂糖を買って帰ろう。すき焼きは外でも再現できるね」
三人は、二ヶ月ぶりの自由な時間を楽しんだ。
「ふぅ、食った食った。二人は今日は何するんだ?」
「私は二ヶ月前から決まってるよ。賭場に行くんだ!」
「そうか、だいぶお預け食らってるもんな」
「僕はこの島の特産品を見て回ろうかな」
「そうか、オレは何するかなぁ。いきなり休みって言われても困るもんだな。適当にウロウロするかな。夜はまた集まって飲まないか?」
「いいよ! 奥様がよく行くお店教えてもらったから、そこに行こうよ」
「うんうん、特産品買ってきたらエミリーに渡してもいいかい?」
「うん、もちろん!」
ユーゴは里を歩き回った。
シュエンの故郷だ、日記にあった場所を巡ってみる。
――次に会った時には、里の思い出を共有出来るかな。
夜になり、エミリーに聞いたメイファおすすめの店に行く。スシという料理だ。
「この島は醤油が大活躍だな! 刺身とはまた違って美味しい」
「うん! 奥様に美味しかったって伝えなきゃ」
「大将、おすすめの吟醸酒ください」
「トーマス、ここの酒気に入ってるな」
「ヤンさんの家は毎日が宴会だからね」
「そういえば、賭場はどうだった?」
エミリーの機嫌は損なわれてはいない。ギャンブルで負けたあとは決まって落ち込んでいたが。
「うん、サイコロ賭博って言って、サイコロの目が奇数が偶数かを賭けるゲームなんだけど、凄く楽しかったよ! ハン! チョウ! ってね!」
「で、勝ったのか?」
「いや、負けたけど……」
「二択でも負けるのかお前は」
「奥が深いよギャンブルは……」
久しぶりの休み。
三人は心ゆくまで楽しんだ。
◇◇◇
次の日、各々が時間通りに修練場に集まった。
「昨日は楽しめたか?」
「「「はい!」」」
「それは良かった。今日からは、もう一段階上にいこうかの」
第一段階で褒められた三人は、次の段階への期待に胸を膨らませている。
「その前に、エミリーよ。お主『仙族』だな。返答次第では詳しく話を聞かねばならぬ」
「えっ……?」
エミリーは驚いた表情で少し声を漏らし、その後俯いた。
――エミリーが仙族? どういうことだ?
ユーゴもトーマスも驚きを隠せない。
「青い眼を隠して生きておるのは察しておる。そうせざるを得ぬ理由があるのであろう?」
二人は一度、エミリーの青い眼を見ている。
その後、エミリーは激しく取り乱した。触れられたくない過去があるのは間違いなかった。
「里長! ちょっと待ってください!」
「ユーゴ、いいよ。大丈夫」
エミリーはそう言うと顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「里長さん、私は仙族と人族の間に生まれた子供です」
「成る程の……それで分かった。皆までは聞くまい」
――エミリーもミックス・ブラッドなのか……?
「……いえ、まだユーゴとトーマスには話せていないの。私の過去を二人には話しておきたい。二人共、聞いてくれる?」
「もちろんだよ」
「心の整理が出来たんだな」
そして、エミリーは真っ直ぐな目で、自分の過去を語り始めた。
6
お気に入りに追加
113
あなたにおすすめの小説
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
【完結】炒飯を適度に焦がすチートです~猫神さまと行く異世界ライフ
浅葱
ファンタジー
猫を助けようとして車に轢かれたことでベタに異世界転移することになってしまった俺。
転移先の世界には、先々月トラックに轢かれて亡くなったと思っていた恋人がいるらしい。
恋人と再び出会いハッピーライフを送る為、俺は炒飯を作ることにした。
見た目三毛猫の猫神(紙)が付き添ってくれます。
安定のハッピーエンド仕様です。
不定期更新です。
表紙の写真はフリー素材集(写真AC・伊兵衛様)からお借りしました。
目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し
gari
ファンタジー
突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。
知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。
正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。
過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。
一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。
父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!
地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……
ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!
どうする? どうなる? 召喚勇者。
※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。
地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。
異世界転移に夢と希望はあるのだろうか?
雪詠
ファンタジー
大学受験に失敗し引きこもりになった男、石動健一は異世界に迷い込んでしまった。
特殊な力も無く、言葉も分からない彼は、怪物や未知の病に見舞われ何度も死にかけるが、そんな中吸血鬼の王を名乗る者と出会い、とある取引を持ちかけられる。
その内容は、安全と力を与えられる代わりに彼に絶対服従することだった!
吸血鬼の王、王の娘、宿敵、獣人のメイド、様々な者たちと関わる彼は、夢と希望に満ち溢れた異世界ライフを手にすることが出来るのだろうか?
※こちらの作品は他サイト様でも連載しております。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる