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第二章 リーベン島編
修行の成果
しおりを挟む各々が修行を開始して二ヶ月が経った。
日中の暑さは、数日前の大雨で少し和らいだ。あれだけ騒がしかった虫の声も落ち着き、肌寒くなってきた晩には、秋の虫が奏でる音色が耳に心地いい。
あれからユーゴは、タダ飯を食らう事に抵抗があったのだろう。屋敷で手伝いをするようになった。
今では家事仕事も料理も手伝い、教養もついてきている。料理の盛り付け、掃除洗濯も一通りこなす様だ。
今日は朝から、修練場での進度確認だ。
里長はユーゴと共に修練場に着くと、四人は既に待っていた。
「二月ご苦労であったな。一先ずここで成長を見せてもらうとしようか」
まだ修行開始から二ヶ月。斬撃を放つなど、早くとも後半年はかかる。今回は、刀に練気を纏うことが出来れば満点合格だ。
「まずはユーゴ。お主から行くか」
「はい、的はあの大岩でよろしいですか?」
――何だと? いささか頭に乗っておるな。
「出来るものなら当ててみよ」
「分かりました」
ユーゴは細く息を吐くと、刀を正眼に構えた。
――成る程、良い構えだ。
反復して修練している証拠だと、里長は感心して二、三度頷いた。
――ほぉ、練気も綺麗に纏えておる。ここまで仕上げるとはの、合格で良かろう。
「よし、なかなか良い。合か……」
『剣技 剣風!』
――何っ!?
ユーゴは錬気を纏った刀を脇に構え、横薙ぎに払った。鋭く刀を離れた斬撃は、大岩の中に吸い込まれていった。
「里長、すみません。大岩を切断するつもりで放ったのですが……」
里長はもちろん、他の二人も口を開けたまま絶句している。
「え……? 何か……?」
「お主……まさか剣風まで放つとは……まだ刀に纏うのもままならぬと思うておったが……」
「はい、お陰様で何とか形にはなりました」
勿論まだ実践で使えるレベルでは無い。
ただ、まだ二ヶ月しか経っていない事を考えると、途轍も無い進歩である。
「よ……良し、次はエミリーだ」
自信満々に胸を張ったエミリーが前に出る。
「ユーゴ、刀貸してよ!」
「へ? 何に使うんだよ」
――何だ? 何をする気だ。
エミリーは刀を受け取ると、いきなり自らの腕を切り付けた。
「おい、エミリー!」
突然の奇行に、メイファが叫ぶ。
『治療術 再生!』
エミリーの傷が跡形も無くなった。
そしてメイファが固まった。
――こやつもか……。
『強化術 剛力!』
自らに強化術を施し、足元に転がる拳大の石を握り、粉々に砕いた。
「奥様にはまだまだ届かないけど、形にはできました!」
――もう、声も出ん……。
「親方ぁ! 見ててください!」
「お……おぅ」
――トーマス……あやつ、あのような元気者だっかの……。
『守護術 堅牢』
構えた盾には綺麗に錬気を纏い、周りに蜂の巣状のシールドを張り巡らせた。
――当然こやつもであろうな……。
「親方……すぐに習得しろと言われたのに、二ヶ月もかかってしまいました……すみません」
「いや……あんなの真に受けんじゃねぇよ……」
「まさかお主ら二月でここまで仕上げるとは……」
「お前ぇら、すげぇな……俺ぁ守護術なんてまだ教えてねぇぞ……」
「私も強化術など、やって見せただけだ……」
――儂も剣技なんぞ教えておらぬ……。
「「「ありがとうございます!」」」
――どうする……助言をして一日見てやろうと思ったが……。
「よ……よし、お主ら二月の間で良く励んだ。今日のところはこれで仕舞いにする。一日の休みを与える、鋭気を養うが良い。明日の朝またここに来るように。次の段階に進もう」
「えっ! 奥様、いいんですか!?」
「あぁ、構わん。よくここまで物にした。門は開けておく、羽目を外してこい。ランには伝えておく」
「やった! ありがとうございます!」
「トーマス、お前ぇもゆっくり遊んでこい。ユウロン達には俺から伝えとくからよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ユーゴお主もな、良くやった。風呂はシュエンの屋敷のものを使え。掃除はしておく様にな」
「ありがとうございます! 里長、外で食べる昼ご飯、おすすめはありますか?」
「そうだな。儂は鍛冶屋街近くの、なから屋のすき焼きが好物だ」
「すきやき? 聞いたことない食べ物だ。行ってきます! では、また明日お願いします!」
三人は笑顔で修練場を後にした。
「あやつら、予想を遥かに超えて来たのぅ……」
「はい、相当努力をしたのでしょうね」
「俺ぁ何しに来たんだ……?」
里長には一つ気にかかる事があった。本人には勿論伝えてはいない。それをメイファに問いかけた。
「して、メイファよ。お主は気付いておるのか?」
「えぇ、何か事情があるのだろうと見ています。あの明るさの奥に、仄暗さが見える時がありますので」
「左様か、明日問いただしてみるかの」
◇◇◇
「とりあえず、第一段階突破ってとこかな」
「てかトーマス、キャラ変わってんじゃん!」
「いや、二ヶ月あんなに元気な人達と過ごせば声も大きくなるよ……基本的には変わってないよ」
「エミリーこそ、敬語を使うようになってるとはな」
「ランさんにいつも指導されてるからね! ランさん、おっぱい大っきいよぉ?」
「なんだと? それはお近づきになりたいもんだな」
三人は久しぶりの再会に、各々が堰を切ったように喋りだした。単独修行に明け暮れた二ヶ月間、その成果を遺憾無く発揮できた事による安堵も大きかった。
喋っていると、里長おすすめのお店に着いた。中に入り、すき焼きをオーダーする。
牛の獣の肉を薄く切って、野菜と一緒に醤油ベースの甘いタレで煮込んだ料理だ。
生の卵に付けて食べるらしい。
「おぉ……これはまた美味いな……」
「ほんと、いつもの料理と違ってガツンとくる系だね!」
「これは吟醸酒が合うだろうね。醤油と砂糖を買って帰ろう。すき焼きは外でも再現できるね」
三人は、二ヶ月ぶりの自由な時間を楽しんだ。
「ふぅ、食った食った。二人は今日は何するんだ?」
「私は二ヶ月前から決まってるよ。賭場に行くんだ!」
「そうか、だいぶお預け食らってるもんな」
「僕はこの島の特産品を見て回ろうかな」
「そうか、オレは何するかなぁ。いきなり休みって言われても困るもんだな。適当にウロウロするかな。夜はまた集まって飲まないか?」
「いいよ! 奥様がよく行くお店教えてもらったから、そこに行こうよ」
「うんうん、特産品買ってきたらエミリーに渡してもいいかい?」
「うん、もちろん!」
ユーゴは里を歩き回った。
シュエンの故郷だ、日記にあった場所を巡ってみる。
――次に会った時には、里の思い出を共有出来るかな。
夜になり、エミリーに聞いたメイファおすすめの店に行く。スシという料理だ。
「この島は醤油が大活躍だな! 刺身とはまた違って美味しい」
「うん! 奥様に美味しかったって伝えなきゃ」
「大将、おすすめの吟醸酒ください」
「トーマス、ここの酒気に入ってるな」
「ヤンさんの家は毎日が宴会だからね」
「そういえば、賭場はどうだった?」
エミリーの機嫌は損なわれてはいない。ギャンブルで負けたあとは決まって落ち込んでいたが。
「うん、サイコロ賭博って言って、サイコロの目が奇数が偶数かを賭けるゲームなんだけど、凄く楽しかったよ! ハン! チョウ! ってね!」
「で、勝ったのか?」
「いや、負けたけど……」
「二択でも負けるのかお前は」
「奥が深いよギャンブルは……」
久しぶりの休み。
三人は心ゆくまで楽しんだ。
◇◇◇
次の日、各々が時間通りに修練場に集まった。
「昨日は楽しめたか?」
「「「はい!」」」
「それは良かった。今日からは、もう一段階上にいこうかの」
第一段階で褒められた三人は、次の段階への期待に胸を膨らませている。
「その前に、エミリーよ。お主『仙族』だな。返答次第では詳しく話を聞かねばならぬ」
「えっ……?」
エミリーは驚いた表情で少し声を漏らし、その後俯いた。
――エミリーが仙族? どういうことだ?
ユーゴもトーマスも驚きを隠せない。
「青い眼を隠して生きておるのは察しておる。そうせざるを得ぬ理由があるのであろう?」
二人は一度、エミリーの青い眼を見ている。
その後、エミリーは激しく取り乱した。触れられたくない過去があるのは間違いなかった。
「里長! ちょっと待ってください!」
「ユーゴ、いいよ。大丈夫」
エミリーはそう言うと顔を上げ、ゆっくりと話し始めた。
「里長さん、私は仙族と人族の間に生まれた子供です」
「成る程の……それで分かった。皆までは聞くまい」
――エミリーもミックス・ブラッドなのか……?
「……いえ、まだユーゴとトーマスには話せていないの。私の過去を二人には話しておきたい。二人共、聞いてくれる?」
「もちろんだよ」
「心の整理が出来たんだな」
そして、エミリーは真っ直ぐな目で、自分の過去を語り始めた。
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