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第二章 リーベン島編
基礎の基礎 トーマスの場合
しおりを挟むヤンガスは頑固でせっかちだ。そして口が悪い。温厚で怒りを露わにすることが無いトーマスとは真逆の男だった。
しかし、根は優しく、面倒見が良かった。弟子達もヤンガスを心から尊敬し、慕っているのが分かる。
「おう、トーマス! お前ぇも今日からここの一員だ、戦闘の技術は教えてやる。しかしだ、大陸の鍛冶の技術、ありゃ駄目だ。お前ぇに刀の研ぎ方を叩き込む。シュエンの倅の刀、お前ぇが責任を持って整備しろ!」
「分かりました。お願いします!」
「とりあえず今日のところは休め。おい、トーマスを部屋に案内してやれ!」
「へいっ!」
今日から弟子達の一員だ。部屋に案内してもらう。
四人部屋だ、ここには七人の弟子が居る。トーマスを加えて八人、二部屋に別れている。
ここは、鍛冶場とヤンガスの屋敷が隣接しており、弟子達は住込みで修行をしている。
他の屋敷は女中が家の世話をしているようだが、ここでは弟子達が家事を担当する。
ヤンガスはグルメだ。
料理はヤンガスの妻が指揮を執り、数人の料理人を雇っているらしい。この島の料理に興味があるトーマスは、頼み込んで見学させて貰おうと決めていた。
「トーマス、 相部屋のよしみだ、よろしく頼むよ!」
「はい、よろしくお願いします。分からない事ばかりなので色々教えてください」
七人の弟子達とは、昨日の宴会で少し距離が縮まっている。話せば気のいい男達だ。
「よし、飯が出来上がる前に掃除だ!」
「「おう!」」
屋敷内の掃除は弟子の仕事。
各自の部屋、廊下、トイレ。広い屋敷だ、丁寧にはできないが、毎日掃除しているため綺麗に片付いている。
風呂掃除だけは当番制で、最後に入った者達が掃除する決まりらしい。
「よし、配膳に行くか!」
魚料理や肉料理、小鉢の一品料理などを膳に並べる。盛り付けが本当に美しい。
キッチンの料理人達に声をかけた。
「お疲れ様です。今日からお世話になっています、トーマスといいます。よろしくお願いします」
「あぁ、トーマス君ね! あの人から聞いてるよ!」
ヤンガスの妻だ。
背が低く華奢だが、声のトーンから活発な印象を受ける。
「この島の料理は本当に美しいですね。僕も興味があるのですが、また調理に参加させていただくことは出来ませんか?」
「綺麗だろ? 盛り付けはここの料理の命だよ! 興味があるのかい? いつでも厨房に来るといいよ!」
「ありがとうございます」
配膳を終え、今日も宴会が始まった。
毎日がパーティーだ。二日酔いには気をつけよう。
「今日の風呂掃除担当は俺達だ! 最後に入って、ササッと済ませて早く寝よう」
風呂で一日の疲れを癒やす。
良い香りだ。
「ユウロンさん、この湯船に使われている木は何ですか?」
「こりゃヒノキだ、いい匂いだろ?」
「はい、本当に落ち着く香りです」
「俺もこの時間が一番の癒やしだ……」
さっき知った事だが、同部屋のユウロンはヤンガスの息子らしい。息子とはいえ特別扱いはしない。実にヤンガスらしい。
「よし、風呂掃除して出るか!」
ヒノキの浴槽にお湯を張ったままだと、ヌメリの原因になる様だ。その為、最後に入った者が掃除する決まりになっている。
女風呂もそういう決まりらしい。
一日が終わった。
明日からは修行に鍛冶仕事、屋敷の掃除に大忙しだ。
初日の気疲れもあってか、すぐに眠りに落ちた。
◇◇◇
弟子達の朝は早い。
鍛冶場の準備をしてから、主人達の配膳だ。弟子達はその後に朝食を頂く。
「よし、トーマス! 少ししたら準備して修行だ! 派手な事はしねぇからウチの庭でいいだろ」
「へい! 分かりました!」
「お前ぇ、ウチの弟子らしくなってきたじゃねぇか!」
ヤンガスはガハハと笑って準備に行った。
これだけ大きな屋敷の庭だ、相当広い。
綺麗に整えられた木々が美しい。手入れが行き届いた素晴らしい庭園だ。
「昨日の里長の話は覚えてるな? 里長は刀に練気を纏ったが、お前ぇは盾に纏うだけの話だ。俺ぁ細けぇ話は苦手だ、話しぃ思い出してとりあえずやってみろ」
――よし、まずは体中の気力を練り上げるんだったな。
それを盾を持つ左手に集める……いい感じだ。
「よっしゃ、それを盾に練り込む様に纏うんだ。薄く伸ばすように盾全体に纏わせろ」
盾に練り込む様に……体の中でただ練り込むのとは段違いだ。体の外に出すのが難しい。
ゆっくり盾に練り込むイメージで体から出す。が、そのまま留める事が出来ない。
「駄目だ……これは一筋縄じゃ行かないですね」
「あぁ、これさえできりゃ、守護術なんて出来たも同然だ」
「頑張ります!」
「今頃ユーゴの奴も手こずってるだろうよ。あんまり気張り過ぎんじゃねぇぞ。じゃ、俺ぁ鍛冶場に居るからな、何かあったら声掛けろ」
「分かりました!」
――これを盾に張ることができれば、僕はもっと強くなれる。
◇◇◇
練気を無駄に放出し続ける。
息を整える為に地面に尻餅をついた。目線を少しあげると、空が夕日で赤く染まっていた。
――もうこんな時間か……少しはマシになった気もするけど、まだまだ遠い……。
立ち上がり修練を再開し始めた時、ヤンガスが様子を見に来た。
「何だお前ぇ、まだその程度かよ。それの他にも刀研ぎが有るんだからよ、サクッと習得しちまぇよ。まぁ、今日は安め。ご苦労さん」
「はい!」
――僕は才能無いのかな……頑張らないと二人に迷惑がかかる。
疲れていても関係ない、今から家事仕事だ。
一通り仕事を終え、食事を済ませ風呂に入った。今日は、お風呂掃除の当番ではない、早めの就寝だ。
「トーマス、どうだ? 修行に家事仕事に大変だろ?」
「ユウロンさん……僕は元々、盾士の才能がなかったのかもしれないです……Aランクになって調子に乗っていたのかもしれません……」
「お前……何言ってんだ……? 俺なんて練気術を習得するのに二ヶ月かかったんだぞ……更に練気を盾に纏うのに半年だ。お前言われただけで直ぐに練気術出来たんだろ? だったら俺は相当な能無しじゃねぇか! 勘弁してくれよ!」
――慰めてくれる人が居るって心強いな……。
「ユウロンさん……ありがとうございます」
「……ん? いやいや、慰めてるんじゃねーんだよ!」
「僕、頑張ります!」
「ぉ、おぉ……がんばれよ……」
ゆっくり寝て気力を回復させないと持たない。
明日からも頑張ろうと、布団に身体を預け目を閉じた。
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