上 下
21 / 241
第二章 リーベン島編

基礎の基礎 トーマスの場合

しおりを挟む

 ヤンガスは頑固でせっかちだ。そして口が悪い。温厚で怒りを露わにすることが無いトーマスとは真逆の男だった。
 しかし、根は優しく、面倒見が良かった。弟子達もヤンガスを心から尊敬し、慕っているのが分かる。

「おう、トーマス! お前ぇも今日からここの一員だ、戦闘の技術は教えてやる。しかしだ、大陸の鍛冶の技術、ありゃ駄目だ。お前ぇに刀の研ぎ方を叩き込む。シュエンの倅の刀、お前ぇが責任を持って整備しろ!」
「分かりました。お願いします!」
「とりあえず今日のところは休め。おい、トーマスを部屋に案内してやれ!」
「へいっ!」

 今日から弟子達の一員だ。部屋に案内してもらう。
 四人部屋だ、ここには七人の弟子が居る。トーマスを加えて八人、二部屋に別れている。
 
 ここは、鍛冶場とヤンガスの屋敷が隣接しており、弟子達は住込みで修行をしている。
 他の屋敷は女中が家の世話をしているようだが、ここでは弟子達が家事を担当する。
 
 ヤンガスはグルメだ。
 料理はヤンガスの妻が指揮を執り、数人の料理人を雇っているらしい。この島の料理に興味があるトーマスは、頼み込んで見学させて貰おうと決めていた。

「トーマス、 相部屋のよしみだ、よろしく頼むよ!」
「はい、よろしくお願いします。分からない事ばかりなので色々教えてください」

 七人の弟子達とは、昨日の宴会で少し距離が縮まっている。話せば気のいい男達だ。

「よし、飯が出来上がる前に掃除だ!」
「「おう!」」

 屋敷内の掃除は弟子の仕事。
 各自の部屋、廊下、トイレ。広い屋敷だ、丁寧にはできないが、毎日掃除しているため綺麗に片付いている。
 風呂掃除だけは当番制で、最後に入った者達が掃除する決まりらしい。

「よし、配膳に行くか!」

 魚料理や肉料理、小鉢の一品料理などを膳に並べる。盛り付けが本当に美しい。
 キッチンの料理人達に声をかけた。

「お疲れ様です。今日からお世話になっています、トーマスといいます。よろしくお願いします」
「あぁ、トーマス君ね! あの人から聞いてるよ!」

 ヤンガスの妻だ。
 背が低く華奢だが、声のトーンから活発な印象を受ける。

「この島の料理は本当に美しいですね。僕も興味があるのですが、また調理に参加させていただくことは出来ませんか?」
「綺麗だろ? 盛り付けはここの料理の命だよ! 興味があるのかい? いつでも厨房に来るといいよ!」
「ありがとうございます」

 配膳を終え、今日も宴会が始まった。
 毎日がパーティーだ。二日酔いには気をつけよう。

  
「今日の風呂掃除担当は俺達だ! 最後に入って、ササッと済ませて早く寝よう」

 風呂で一日の疲れを癒やす。
 良い香りだ。
 
「ユウロンさん、この湯船に使われている木は何ですか?」
「こりゃヒノキだ、いい匂いだろ?」
「はい、本当に落ち着く香りです」
「俺もこの時間が一番の癒やしだ……」

 さっき知った事だが、同部屋のユウロンはヤンガスの息子らしい。息子とはいえ特別扱いはしない。実にヤンガスらしい。

「よし、風呂掃除して出るか!」

 ヒノキの浴槽にお湯を張ったままだと、ヌメリの原因になる様だ。その為、最後に入った者が掃除する決まりになっている。
 女風呂もそういう決まりらしい。

 一日が終わった。
 明日からは修行に鍛冶仕事、屋敷の掃除に大忙しだ。
 初日の気疲れもあってか、すぐに眠りに落ちた。
 

 ◇◇◇
 

 弟子達の朝は早い。
 鍛冶場の準備をしてから、主人達の配膳だ。弟子達はその後に朝食を頂く。

「よし、トーマス! 少ししたら準備して修行だ! 派手な事はしねぇからウチの庭でいいだろ」
「へい! 分かりました!」
「お前ぇ、ウチの弟子らしくなってきたじゃねぇか!」

 ヤンガスはガハハと笑って準備に行った。
  
 
 これだけ大きな屋敷の庭だ、相当広い。
 綺麗に整えられた木々が美しい。手入れが行き届いた素晴らしい庭園だ。

「昨日の里長の話は覚えてるな? 里長は刀に練気を纏ったが、お前ぇは盾に纏うだけの話だ。俺ぁ細けぇ話は苦手だ、話しぃ思い出してとりあえずやってみろ」

 ――よし、まずは体中の気力を練り上げるんだったな。
 
 それを盾を持つ左手に集める……いい感じだ。

「よっしゃ、それを盾に練り込む様に纏うんだ。薄く伸ばすように盾全体に纏わせろ」

 盾に練り込む様に……体の中でただ練り込むのとは段違いだ。体の外に出すのが難しい。
 ゆっくり盾に練り込むイメージで体から出す。が、そのまま留める事が出来ない。

「駄目だ……これは一筋縄じゃ行かないですね」
「あぁ、これさえできりゃ、守護術なんて出来たも同然だ」
「頑張ります!」
「今頃ユーゴの奴も手こずってるだろうよ。あんまり気張り過ぎんじゃねぇぞ。じゃ、俺ぁ鍛冶場に居るからな、何かあったら声掛けろ」
「分かりました!」

 ――これを盾に張ることができれば、僕はもっと強くなれる。
 

 ◇◇◇

 
 練気を無駄に放出し続ける。
 息を整える為に地面に尻餅をついた。目線を少しあげると、空が夕日で赤く染まっていた。
 
 ――もうこんな時間か……少しはマシになった気もするけど、まだまだ遠い……。

 立ち上がり修練を再開し始めた時、ヤンガスが様子を見に来た。

「何だお前ぇ、まだその程度かよ。それの他にも刀研ぎが有るんだからよ、サクッと習得しちまぇよ。まぁ、今日は安め。ご苦労さん」
「はい!」

 ――僕は才能無いのかな……頑張らないと二人に迷惑がかかる。

 疲れていても関係ない、今から家事仕事だ。

 一通り仕事を終え、食事を済ませ風呂に入った。今日は、お風呂掃除の当番ではない、早めの就寝だ。

「トーマス、どうだ? 修行に家事仕事に大変だろ?」
「ユウロンさん……僕は元々、盾士の才能がなかったのかもしれないです……Aランクになって調子に乗っていたのかもしれません……」
「お前……何言ってんだ……? 俺なんて練気術を習得するのに二ヶ月かかったんだぞ……更に練気を盾に纏うのに半年だ。お前言われただけで直ぐに練気術出来たんだろ? だったら俺は相当な能無しじゃねぇか! 勘弁してくれよ!」

 ――慰めてくれる人が居るって心強いな……。

「ユウロンさん……ありがとうございます」
「……ん? いやいや、慰めてるんじゃねーんだよ!」
「僕、頑張ります!」
「ぉ、おぉ……がんばれよ……」

 ゆっくり寝て気力を回復させないと持たない。
 明日からも頑張ろうと、布団に身体を預け目を閉じた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】結婚前から愛人を囲う男の種などいりません!

つくも茄子
ファンタジー
伯爵令嬢のフアナは、結婚式の一ヶ月前に婚約者の恋人から「私達愛し合っているから婚約を破棄しろ」と怒鳴り込まれた。この赤毛の女性は誰?え?婚約者のジョアンの恋人?初耳です。ジョアンとは従兄妹同士の幼馴染。ジョアンの父親である侯爵はフアナの伯父でもあった。怒り心頭の伯父。されどフアナは夫に愛人がいても一向に構わない。というよりも、結婚一ヶ月前に破棄など常識に考えて無理である。無事に結婚は済ませたものの、夫は新妻を蔑ろにする。何か勘違いしているようですが、伯爵家の世継ぎは私から生まれた子供がなるんですよ?父親?別に書類上の夫である必要はありません。そんな、フアナに最高の「種」がやってきた。 他サイトにも公開中。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...