上 下
18 / 241
第二章 リーベン島編

シュエン・フェイロックの日記 3

しおりを挟む

 俺は臆病だった。
 思っていても言えなかった事。
 俺の望みはもう決まっている。

「父上、お言葉ですが。何故他国の風を入れようとなさらないのですか。龍王と言う名の上にあぐらをかいているだけではないのですか」

「貴様っ!」
「良い!」

 父が右手を上げ、兄を制止する。

「俺は外の世界を知らない。この里に生まれて百年以上、一度も出た事がないのです。父上がこの里に異国の文化を入れたくないと言うのであれば、俺はこの島から出てみたい。異国の文化に触れてみたい。それが俺の唯一の望みです」

 父は目を瞑り少し考えている。

「シュエンよ。お主はいささか思い違いをしておるな」
「と、おっしゃいますと?」
「まず、儂は龍族が島から出ることを禁止してはおらぬ。そして、龍王の名など何の意味も成さぬ」

 意外な返答だ。

「順を追って話そう」

 父は、この世界の歴史を語り始めた。

「『始祖四王』の名は知っておるな? 『鬼王』『仙王』『魔王』そして『龍王』だ。古来より四種族の間には争いが絶えんかった。儂は多くの仲間、家族を亡くした。この不毛な争いに辟易した。儂だけではない、龍族全員がこの争いを終わりにしたかった。そして、比較的友好関係あった仙王に頼み、仙族の後方に位置するこの島に移住したのだ。龍族はその争いから降りた。いや、逃げたと言っても良い」

 俺は、いつの間にか正座して聞いていた。

「長い大戦で各国は疲弊していた。そして三国は停戦する事になる。魔族と鬼族はそのまま国力の増強に。仙族は新たな種族を生み出した。それが『人族』だ。ここまではよいか?」
「はい」

「鬼族、仙族、魔族、我々龍族は、その魔力の高さ故か、なかなか子が出来ぬ。二千年以上生きている儂ですら子は八人だ。三人は戦で亡くしたがな」

「……」

「我々を含む四種族は、個人差はあるが最低でも千年は生きる。しかし、仙族が生み出した人族は、長くとも百年程しか生きる事が出来ぬが、代わりに子を多く産む。今やこの大陸で一番多いのは人族である。他種族間では子は出来ぬ。それが我々の共通の認識であった。しかし、鬼族と人族の間に子が産まれたのだ」

 兄たちも知らなかった話なのだろう。
 身を乗り出して聞いている。

「その子は『鬼人』と呼ばれ恐れられた。その高すぎる魔力故に、自我の制御ができず暴れまわり、鬼族の実に四分の一を壊滅させるに至った。それを好機とみた魔族が攻め入った結果、鬼人一人により壊滅的な被害を受けた」

「……その鬼人はどうなったのですか?」

「鬼族と魔族が協力して封印したのだ。敵対する種族が協力するなど、事態がいかに深刻だったかが窺えよう。それ以降、種族間の争いは起きておらぬ。これがこの世界の話だ。理解したか? 故に、龍王の名には何の意味もない。意味を付けるとすればとすれば、負け犬かの」

「はい……よく分かりました」

 父は俺の反応を確認し、一息ついてから話を続けた。

「よし、では始めに龍族は争いから降りたと言ったな? その後に生まれた人族は、龍族の存在をお伽噺としてしか知らぬ。彼らは我々を『髪が黒い人族』と思っておるのだ。壊滅的な被害を受けた鬼族と魔族の中でも、我々の存在を知るものは少数しかおらぬ上、歯牙にもかけておらぬ。仙族は、我々の想いを汲んでおる。故に、この黒髪が龍族の証と知っておる者は、我々を除いて殆どおらぬ。そもそもこの里は、大陸の者を迎える事は禁止しておらぬ。そして里の民は、我々が龍族であることを口外せぬと誓うならば、島外に出ることを咎めぬ。それが我々龍族の総意だ。儂が勝手に決めたことではない」

「それでは、私が島外に出ても良いと?」
「構わぬ、人族として生きるならな」

 俺は父を見誤っていた。
 誰よりも龍族を想っていた。

「それでは、龍族であることを口外しないと誓います。あと、刀や防具、織物を大陸に持ち出しても?」
 
「それらは我が里の産業だ。既に大陸に流通しておるわ。あと、異国の文化を取り入れぬのかと言う問に関してだが、見当違いも甚だしい。この島の灯具や空調器具、快適便利な魔法具は全て人族の技術である」

 そうなのか……俺は里の事を知ろうともしていなかったんだな……。
 急に恥ずかしさが込み上げて、耳が熱くなった。
 
「練気術や遁術を扱うことに関しては?」
「構わぬ。人族には適した戦闘法である。教えてやっても良かろう」
 
「他に条件はありますか?」
「条件ではないが、我々は有事の際はこの里を守らねばならぬ。その為に日々鍛錬は欠かさぬ。お主もその心得は持っておくことだな。外に出るのなら、儂等は仙族に恩義がある。人族も友好関係にある。何かあれば助けてやるがよい」
「はい」

「あとは、そうだな……他種族と子を作るときは気をつけることだ。出来るとは思わぬがな」

「分かりました。ありがとうございます。近日中に旅に出ようと思います。その時には挨拶に参ります」

 一礼して屋敷を後にした。
 

 ◆◆◆
 

 四日後、ヤンの屋敷に行った。

「おぅ、出来てるぞ」

 二本の刀を受取り腰に差す。

「これ見てみろよ。ヤマタノオロチの革の防具だ」

 そう言って革鎧、篭手、脛当てを並べた。

「軽くて信じられんくらい丈夫だ。こんな素材他にはねぇよ。着けてみな」

 確かにすごく軽い。
 丈夫な上に柔らかく、着けてる感じがしない。

「これはすごいな。ヤン、いつも貰ってばかりだ。こいつのお代くらいは払わせてくれ」
「しつけぇ奴だな。要らねえって言ってんだろ。あんな化物バケモンの首が飛ぶ瞬間なんて見せてもらったの俺くれぇだよ。皮や魔晶石まで貰ったんだ、報酬としちゃ十分すぎんだろ」
「しかし、手間賃があるだろ」
「いや、こりゃ俺の仕事である前に趣味だ。手間だなんて思っちゃいねぇ」

 こいつは言い出したら絶対に引かない。

「はぁ……お前には世話になりっぱなしだな。いつもありがとな」
「構わねぇよ」

 そして、ヤンに話を切り出す。

「ヤン……俺、この島から出るよ」
「そうか。そりゃ寂しくなるな」
「なんだ、えらくあっさりだな」

 拍子抜けした。

「俺ぁこの島でしか作れねぇもんに全てを捧げちまってるから、出ることはできねぇ。でもお前ぇは違うだろ? お前ぇにはこの里は狭すぎる。お前ぇと俺の刀の名を世界に轟かせてこいよな」

 泣きそうになった。

「あぁ、悪名にならないようにしないとな」
「いつでも帰ってこい。刀も防具も最高の状態にして送り出してやる。旅の話も聞かせてくれよ」

「あぁ、行ってくるよ」

 シュエン・フェイロックとしての人生はこの島に置いて行く。
 これからはただのシュエンだ。

 俺の第二の人生が始まる。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう

天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。 侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。 その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。 ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。

この称号、削除しますよ!?いいですね!!

布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。  ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。  注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません! *不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。 *R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

夫に用無しと捨てられたので薬師になって幸せになります。

光子
恋愛
この世界には、魔力病という、まだ治療法の見つかっていない未知の病が存在する。私の両親も、義理の母親も、その病によって亡くなった。 最後まで私の幸せを祈って死んで行った家族のために、私は絶対、幸せになってみせる。 たとえ、離婚した元夫であるクレオパス子爵が、市民に落ち、幸せに暮らしている私を連れ戻そうとしていても、私は、あんな地獄になんか戻らない。 地獄に連れ戻されそうになった私を救ってくれた、同じ薬師であるフォルク様と一緒に、私はいつか必ず、魔力病を治す薬を作ってみせる。 天国から見守っているお義母様達に、いつか立派な薬師になった姿を見てもらうの。そうしたら、きっと、私のことを褒めてくれるよね。自慢の娘だって、思ってくれるよね―――― 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...