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第二章 リーベン島編
シュエン・フェイロックの日記 3
しおりを挟む俺は臆病だった。
思っていても言えなかった事。
俺の望みはもう決まっている。
「父上、お言葉ですが。何故他国の風を入れようとなさらないのですか。龍王と言う名の上にあぐらをかいているだけではないのですか」
「貴様っ!」
「良い!」
父が右手を上げ、兄を制止する。
「俺は外の世界を知らない。この里に生まれて百年以上、一度も出た事がないのです。父上がこの里に異国の文化を入れたくないと言うのであれば、俺はこの島から出てみたい。異国の文化に触れてみたい。それが俺の唯一の望みです」
父は目を瞑り少し考えている。
「シュエンよ。お主はいささか思い違いをしておるな」
「と、おっしゃいますと?」
「まず、儂は龍族が島から出ることを禁止してはおらぬ。そして、龍王の名など何の意味も成さぬ」
意外な返答だ。
「順を追って話そう」
父は、この世界の歴史を語り始めた。
「『始祖四王』の名は知っておるな? 『鬼王』『仙王』『魔王』そして『龍王』だ。古来より四種族の間には争いが絶えんかった。儂は多くの仲間、家族を亡くした。この不毛な争いに辟易した。儂だけではない、龍族全員がこの争いを終わりにしたかった。そして、比較的友好関係あった仙王に頼み、仙族の後方に位置するこの島に移住したのだ。龍族はその争いから降りた。いや、逃げたと言っても良い」
俺は、いつの間にか正座して聞いていた。
「長い大戦で各国は疲弊していた。そして三国は停戦する事になる。魔族と鬼族はそのまま国力の増強に。仙族は新たな種族を生み出した。それが『人族』だ。ここまではよいか?」
「はい」
「鬼族、仙族、魔族、我々龍族は、その魔力の高さ故か、なかなか子が出来ぬ。二千年以上生きている儂ですら子は八人だ。三人は戦で亡くしたがな」
「……」
「我々を含む四種族は、個人差はあるが最低でも千年は生きる。しかし、仙族が生み出した人族は、長くとも百年程しか生きる事が出来ぬが、代わりに子を多く産む。今やこの大陸で一番多いのは人族である。他種族間では子は出来ぬ。それが我々の共通の認識であった。しかし、鬼族と人族の間に子が産まれたのだ」
兄たちも知らなかった話なのだろう。
身を乗り出して聞いている。
「その子は『鬼人』と呼ばれ恐れられた。その高すぎる魔力故に、自我の制御ができず暴れまわり、鬼族の実に四分の一を壊滅させるに至った。それを好機とみた魔族が攻め入った結果、鬼人一人により壊滅的な被害を受けた」
「……その鬼人はどうなったのですか?」
「鬼族と魔族が協力して封印したのだ。敵対する種族が協力するなど、事態がいかに深刻だったかが窺えよう。それ以降、種族間の争いは起きておらぬ。これがこの世界の話だ。理解したか? 故に、龍王の名には何の意味もない。意味を付けるとすればとすれば、負け犬かの」
「はい……よく分かりました」
父は俺の反応を確認し、一息ついてから話を続けた。
「よし、では始めに龍族は争いから降りたと言ったな? その後に生まれた人族は、龍族の存在をお伽噺としてしか知らぬ。彼らは我々を『髪が黒い人族』と思っておるのだ。壊滅的な被害を受けた鬼族と魔族の中でも、我々の存在を知るものは少数しかおらぬ上、歯牙にもかけておらぬ。仙族は、我々の想いを汲んでおる。故に、この黒髪が龍族の証と知っておる者は、我々を除いて殆どおらぬ。そもそもこの里は、大陸の者を迎える事は禁止しておらぬ。そして里の民は、我々が龍族であることを口外せぬと誓うならば、島外に出ることを咎めぬ。それが我々龍族の総意だ。儂が勝手に決めたことではない」
「それでは、私が島外に出ても良いと?」
「構わぬ、人族として生きるならな」
俺は父を見誤っていた。
誰よりも龍族を想っていた。
「それでは、龍族であることを口外しないと誓います。あと、刀や防具、織物を大陸に持ち出しても?」
「それらは我が里の産業だ。既に大陸に流通しておるわ。あと、異国の文化を取り入れぬのかと言う問に関してだが、見当違いも甚だしい。この島の灯具や空調器具、快適便利な魔法具は全て人族の技術である」
そうなのか……俺は里の事を知ろうともしていなかったんだな……。
急に恥ずかしさが込み上げて、耳が熱くなった。
「練気術や遁術を扱うことに関しては?」
「構わぬ。人族には適した戦闘法である。教えてやっても良かろう」
「他に条件はありますか?」
「条件ではないが、我々は有事の際はこの里を守らねばならぬ。その為に日々鍛錬は欠かさぬ。お主もその心得は持っておくことだな。外に出るのなら、儂等は仙族に恩義がある。人族も友好関係にある。何かあれば助けてやるがよい」
「はい」
「あとは、そうだな……他種族と子を作るときは気をつけることだ。出来るとは思わぬがな」
「分かりました。ありがとうございます。近日中に旅に出ようと思います。その時には挨拶に参ります」
一礼して屋敷を後にした。
◆◆◆
四日後、ヤンの屋敷に行った。
「おぅ、出来てるぞ」
二本の刀を受取り腰に差す。
「これ見てみろよ。ヤマタノオロチの革の防具だ」
そう言って革鎧、篭手、脛当てを並べた。
「軽くて信じられんくらい丈夫だ。こんな素材他にはねぇよ。着けてみな」
確かにすごく軽い。
丈夫な上に柔らかく、着けてる感じがしない。
「これはすごいな。ヤン、いつも貰ってばかりだ。こいつのお代くらいは払わせてくれ」
「しつけぇ奴だな。要らねえって言ってんだろ。あんな化物の首が飛ぶ瞬間なんて見せてもらったの俺くれぇだよ。皮や魔晶石まで貰ったんだ、報酬としちゃ十分すぎんだろ」
「しかし、手間賃があるだろ」
「いや、こりゃ俺の仕事である前に趣味だ。手間だなんて思っちゃいねぇ」
こいつは言い出したら絶対に引かない。
「はぁ……お前には世話になりっぱなしだな。いつもありがとな」
「構わねぇよ」
そして、ヤンに話を切り出す。
「ヤン……俺、この島から出るよ」
「そうか。そりゃ寂しくなるな」
「なんだ、えらくあっさりだな」
拍子抜けした。
「俺ぁこの島でしか作れねぇもんに全てを捧げちまってるから、出ることはできねぇ。でもお前ぇは違うだろ? お前ぇにはこの里は狭すぎる。お前ぇと俺の刀の名を世界に轟かせてこいよな」
泣きそうになった。
「あぁ、悪名にならないようにしないとな」
「いつでも帰ってこい。刀も防具も最高の状態にして送り出してやる。旅の話も聞かせてくれよ」
「あぁ、行ってくるよ」
シュエン・フェイロックとしての人生はこの島に置いて行く。
これからはただのシュエンだ。
俺の第二の人生が始まる。
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