【完結】ミックス・ブラッド ~とある混血児の英雄譚~

久悟

文字の大きさ
上 下
7 / 253
第一章 旅立ち

冒険の始まり

しおりを挟む

 幾重にも重なる野鳥の鳴き声が、旅立ちを彩るファンファーレの様に耳を楽しませる。ユーゴにとってゴルドホークは、18年過ごした故郷だ。しかし未練は特に無い。信頼する仲間との冒険の始まりに、逸る気持ちを抑えられないでいる。

 レトルコメルスまでは徒歩でおよそ一週間の道のりだ。
 貴族等は飼い慣らしたスレイプニルで移動するらしいが、ゴルドホークの様な田舎町ではレース用のスレイプニル以外見た事がない。馬での移動も考えたが、餌の事もあるうえに、魔物に食い殺される事もある。荷物はエミリーの空間魔法があるので荷馬も要らない。徒歩で移動する事にした。
 
 不揃いの石畳で舗装された街道は、馬車が行き違っても余裕がある程に広い。行き交う人々は商人や冒険者。街道沿いでも魔物は出る。盗賊の類もいる為、商人は冒険者を雇って町を移動するのが普通だ。
 
「トーマスはここに来て三年だったっけ? 『ノースライン』出身だったよな?」
「うん、この町に着いて少ししてユーゴと出会ったんだよね」

 ノースラインは、ウェザブール王国の最北端の町だ。ゴルドホークの北西にある。らしい……さっきトーマスに教わったところだ。

「エミリーは? そういや聞いたことなかったな」
「私は四年くらいになるかな。過去は……あんまり話したくないかな……」
「あ……いや、無理に話す必要ないよ。ごめん」

 いつも明るいエミリーが、珍しく顔を曇らせて俯いた。ユーゴは急いで話題を変える。
 
「Bランクの試験も三人で受けたんだよな。懐かしいな、二人と出会えて良かったよ」

 昔話をしながら、真っ直ぐに伸びる街道を進む。歩を進めるにつれ、エミリーはいつもの笑顔を取り戻し、二人はホッと胸を撫で下ろした。

 
 日が暮れる前に、野営の準備をしなければならない。まだ日が高いうちにちょうどいい河原を見つけた。
 川のせせらぎが耳に心地よい。川で汗も流せるし、衣類も食器も洗える。水辺は野営に最適な環境だ。

「オレ、薪になるような物見てくる。トレントがいれば良いけどな。晩飯も良いのがいたらゲットしてくる!」
「私も行くよ! 薪と食料運びするよ!」
「じゃあ、僕はテント張って準備しとくかな」

 トーマスは盾役だが、ユーゴと出会う前は一人でも依頼をこなしていた。片手剣で攻撃するし、魔法も使える。街道の魔物くらいなら一人でも問題ない。

 森に入って割と歩いたが、獲物はいない。迷わないように気をつけて進む。
 ガサッと何かが動いた。周りを注意深く見渡すと、周りの樹木とは少し違う低い木見つけた。
 Dランクの木の魔物、トレントだ。周りの木に同化して、近づいて来た獲物を襲う。ただ、すこぶる弱い。わざわざ薪を持ってきてくれるとは、手間が省けていい。

「私に任せてよ! 新しい杖試したいし」
「よし任せた、間違っても火魔法ぶっ放すなよ」
「そこまで馬鹿じゃないし!」

 エミリーは回復補助役に回っているが、魔法アタッカーとしても優秀だ。

『火魔ほ……』
「ぅおーい!!」
「いらないこと言うから釣られちゃったじゃん!」

 エミリーは息をフゥと吐き出し、気を取り直して杖を構える

『風魔法 殺戮の斬風ウインド オブ スレイ!』

 無数の風刃が、風切り音と共にトレントを襲う。 あっという間に薪サイズに切り刻まれた。

「Dランクに対してえげつない魔法使うんだな……」
「あっ! あっちにイノシシいるよ!」

『風魔法 風の矢ウインドアロー!』

 風の矢がイノシシの頭を貫通し、少し走って倒れた。

「うん、威力も精度も上がってる!」
「オレ何もしてねーよ……」

 トレントの薪とイノシシをエミリーが異空間に収納し、傷を付けた木を頼りに慎重に引き返す。 
 
 トーマスの元に帰ると、テントの設営、かまどと鍋料理の準備、食器の配膳まで全て終わっていた。
 何かの肉まで準備してある。

「さっき野生のスレイプニルが近くを通ったから、狩ってある程度処理しといたよ。イノシシは早く血抜きしないと臭みが出るから処理してくるね。火を起こして鍋を煮ておいてくれるかい?」

 トーマスに言われた通り、河原の石で作ったかまどにトレントの薪をやぐら状に組み、火魔法で着火する。
 
 鍋が煮えた頃トーマスが戻ってきた。

「鍋の中は馬肉のポトフだよ。馬系の魔物は体温が高くて、雑菌が繁殖しにくいから生でも食べられるんだ。お皿の生肉は塩で食べてみてよ。生レバーも美味しいよ」

 ポトフは馬肉と野菜の旨味がスープに溶け込んで、すごく美味しい。
 生の馬肉は初めて食べる味だった。さっぱりとした良質な脂がほんのり甘い。生のレバーもクセがなく食べやすい。
 これ程の料理が野営で食べられるのは、間違いなくトーマスのお陰だ。
 
 ユーゴは、ただ食べているだけの自分を客観視し、情けなくなってきた。

「おいしー! 野営のご飯じゃないね! スレイプニルってお金賭けるだけじゃなかったんだ!」
「エミリーのお陰で、野菜も調味料も大量に持ち運べるからね。栄養が偏らずにありがたいよ」

「てか、なんでユーゴは落ち込んでんの?」

 エミリーのその言葉でハッと我に返った。
 露骨に落ち込みすぎたらしい。

「いや……トーマスは盾役をこなしながら一人でも魔物を倒せるし、野営の知識や料理の腕もある。エミリーの魔法も強力だし、回復、補助は完璧だ。空間魔法もすごいよ。オレは今日何もしてないし役に立ってない。二人より優れてることが見当たらなくてさ……」

 トーマスとエミリーは、首を傾げて目を見合わせた後、ユーゴに向き直った。

「何言ってんの? ユーゴがいなかったら、誰がAランクの魔物なんて斬り倒せるのさ。Bランクでも私達だけじゃきついよ」
「そうだよ。ユーゴほどの剣士、探したってそう見つかるもんじゃないんだから。僕達二人はラッキーなんだよ」

 二人はユーゴが思うよりもずっと彼を信頼していた。それを聞いて安心したユーゴの目から、ツーっと涙がこぼれ落ちた。

「あー! ユーゴが泣いてるぅー!!」

 エミリーが腹を抱えて笑っている。
 だが、悔しいことに涙は止まらない。

「トーマス……野営の方法や料理、オレにも教えてくれよ……」
「そんな事気にすることないのに……。分かったよ、明日から一緒に準備しよう。食材は十分にあるからね」

 美味しい料理を腹いっぱい楽しんだ後、お姫様を一人テントに寝かせて、ユーゴとトーマスは交代で見張りをした。どんな魔物に襲われるか分からない。街道沿いとはいえ見張りは必須だ。
 
 特に何事もなく朝を迎え、旅を再開する。
 次の日も順調に旅を進めた。

 
 しかし、三日目の夜だった。
 ユーゴが見張りの番の時に、周りに多数の気配を感じた。

「おいトーマス、お客さんだ。エミリーは起こさなくてもいい」
「魔物かい?」
「いや、盗賊か何かだろう。弓兵が伏せてる。エミリーのテントごと盾を張れるか?」
「分かった」
 
『守護術 シールドシェルター』

 トーマスが気力のバリアを張り巡らせる。 
 思ったより大人数だ、魔法で応戦する。

『火魔法 火炎殺ブレイズキル

 先制攻撃だ。
 ゆっくり近づいてきていた剣士達を、火魔法で炙る。

「「「ギャァァァ!」」」

 その声で、バラバラに四方から気力を帯びた矢が飛んできた。が、トーマスの守護術が全てを防ぐ。

『風魔法 魔の暴風エビルストーム

 中距離魔法で、弓の出処に攻撃する。
 魔力の嵐が弓兵達を巻き上げた。

 炎で炙られた者、嵐で地面に叩きつけられた者、盗賊全員がうめき声を上げてのたうち回っている。
 ユーゴはゆっくりと歩いて近づき、静かに声を掛けた。
 
「まだやるか?」

「「「ひぃー!」」」

 盗賊達は、バラバラに逃げて行った。
 瀕死の者はいるだろうが、恐らく殺してはいないだろう。
 
「オレ、人族の相手なんて初めてしたよ」
「この暗い中でよく全滅させたね……」

 エミリーは朝までぐっすり寝ていた。
 お金は銀行に預けているとはいえ、割と持っている。気を引き締めなければならない。

 その後は実に平和な旅路だった。
 そして、ゴルドホークを出て一週間、予定通りに次の町に到着した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とあるおっさんのVRMMO活動記

椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。 念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。 戦闘は生々しい表現も含みます。 のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。 また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり 一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。 また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や 無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという 事もございません。 また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

本所深川幕末事件帖ー異国もあやかしもなんでもござれ!ー

鋼雅 暁
歴史・時代
異国の気配が少しずつ忍び寄る 江戸の町に、一風変わった二人組があった。 一人は、本所深川一帯を取り仕切っているやくざ「衣笠組」の親分・太一郎。酒と甘味が大好物な、縦にも横にも大きいお人よし。 そしてもう一人は、貧乏御家人の次男坊・佐々木英次郎。 精悍な顔立ちで好奇心旺盛な剣術遣いである。 太一郎が佐々木家に持ち込んだ事件に英次郎が巻き込まれたり、英次郎が太一郎を巻き込んだり、二人の日常はそれなりに忙しい。 剣術、人情、あやかし、異国、そしてちょっと美味しい連作短編集です。 ※話タイトルが『異国の風』『甘味の鬼』『動く屍』は過去に同人誌『日本史C』『日本史D(伝奇)』『日本史Z(ゾンビ)』に収録(現在は頒布終了)されたものを改題・大幅加筆修正しています。 ※他サイトにも掲載中です。 ※予約投稿です

あなたは異世界に行ったら何をします?~良いことしてポイント稼いで気ままに生きていこう~

深楽朱夜
ファンタジー
13人の神がいる異世界《アタラクシア》にこの世界を治癒する為の魔術、異界人召喚によって呼ばれた主人公 じゃ、この世界を治せばいいの?そうじゃない、この魔法そのものが治療なので後は好きに生きていって下さい …この世界でも生きていける術は用意している 責任はとります、《アタラクシア》に来てくれてありがとう という訳で異世界暮らし始めちゃいます? ※誤字 脱字 矛盾 作者承知の上です 寛容な心で読んで頂けると幸いです ※表紙イラストはAIイラスト自動作成で作っています

神々の間では異世界転移がブームらしいです。

はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》 楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。 理由は『最近流行ってるから』 数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。 優しくて単純な少女の異世界冒険譚。 第2部 《精霊の紋章》 ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。 それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。 第3部 《交錯する戦場》 各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。 人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。 第4部 《新たなる神話》 戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。 連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。 それは、この世界で最も新しい神話。

【禁術の魔法】騎士団試験から始まるバトルファンタジー

浜風 帆
ファンタジー
辺境の地からやって来たレイ。まだ少し幼なさの残る顔立ちながら、鍛え上げられた体と身のこなしからは剣術を修練して来た者の姿勢が窺えた。要塞都市シエンナにある国境の街道を守る騎士団。そのシエンナ騎士団に入るため、ここ要塞都市シエンナまでやってきたのだが、そこには入団試験があり…… ハイファンタジー X バトルアクション X 恋愛 X ヒューマンドラマ 第5章完結です。 是非、おすすめ登録を。 応援いただけると嬉しいです。

処理中です...