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第一章 旅立ち
旅の準備
しおりを挟む18年住んだ家の不動産手続きを終えた。
優しくて暖かかった母親との思い出。厳しくも優しく、生きる術を叩き込んでくれた父親との思い出。大切な思い出は心に刻み、最低限の荷造りをして我が家を後にした。
ギルドに行くと既に二人は待っていた。
えらくエミリーの機嫌がいい。
「あれ、ごめん。待たせたか?」
「いや、さっき来たとこだよ」
「そうか。で、エミリーえらく上機嫌だけどどうした?」
理由は大体分かっている。が、ずっとニコニコして鼻歌を奏でているエミリーに話を振った。
「ふふふ。今の私は大金持ちだよ! こないだの報酬十倍にしたからね!」
「スレイプニルレースで大勝したらしいよ」
「世界のギャンブルを楽しむ軍資金が出来たよ!」
ユーゴの率直な思いは、安堵だった。
当分は食事を奢らなくてもいい、それだけで負担が軽減された気がした。
そもそも、彼女がギャンブルに負ける度にユーゴが奢ってやる必要は無いのだが、数年の付き合いでそれが当たり前になっている。慣れとは怖いものだが、トーマスはそれを口にはしない。自分に降りかかるのを防ぐためにも。
「よし! じゃあ、ダンさんのとこに行くか!」
ロックリザードの体皮をダンの店に持って行って、三人分の防具をお願いしていた。
スキップで移動するエミリーを先頭に、鍛冶屋街に向かう。
三人がパーティーを組んで、もうすぐ三年になる。
ユーゴは15歳になった頃から、一人でギルドに行くことが増えた。そこで知り合い、一緒に依頼を受けたのがトーマスだった。トーマスとは同い年という事もあり馬が合った。何より盾役として信頼出来た。
二人で依頼をこなすにつれて、回復サポート役の必要性を感じ始めた頃、道を歩いていると目の前の女が倒れた。放っておく訳にもいかず病院に運んだが、無一文でご飯を食べてないだけだった。
言うまでもなく、それがエミリーだ。
ご飯を奢り喋っていると、私は回復術師だと言う。次の依頼に付いてきてもらったところ、依頼の効率が跳ね上がった。
食事のお礼で偶然今のパーティーが出来上がったと言う訳だ。
「エミリー、旅に出るってのに今日も手ぶらなの?」
既に皆が数年住んだ自宅を引き払っている。にも関わらず、何も持たず身軽なエミリーに対してのトーマスの問いは当然の事だった。
エミリーはいつもバッグすら持たない。常に手ぶらだ。旅に出るというのに何も持っていないのは流石に心配になる。
「は? いっぱい持ってるけど? てかあんた達なんでそんな一杯背負ってるの?」
二人の頭にハテナが浮かぶ。何を言っているのかさっぱり分からない。
するとエミリーが色んな物を出現させた。
「ちょっと! どうやってんの!?」
「え? もしかして空間魔法知らないの!?」
勿論二人は何の事か分からない。
どうやらエミリーは、異空間を生成してその中に全ての荷物を収納しているらしかった。
「そんな便利な魔法があるなら早く教えてくれよ!」
「だって、聞かれなかったらみんな知ってると思うじゃん!」
しかし、教えて貰った所で二人とも出来なかった。どうやら、エミリーの特異能力らしい。
「みんな出来なかったんだ……なんでカバンなんて持ってるんだろうと思ってたんだ。ただのオシャレだって聞いてたけど……」
「魔力消費量とかは問題ないのか?」
「うん、ほとんどないよ。私にとっちゃ呼吸と同じ」
荷物持ちは決まった。
男二人は自分の体重近い重さのリュックを背負っている。それが無くなるだけで、どれだけ旅が楽になるかは考えるまでもない。
間違ってもお金は預けられないが。
「なんて便利な能力なんだ……」
「エミリー様々だな」
「これからは何も言わずにご飯奢りなさいよ!」
「それはまた別の話だ! けど今までのはチャラにしよう」
どうりでお金を銀行に預けない訳だ。
自分だけの異空間など、セキュリティに関してはこの上ない。気を失おうが酔いつぶれようが、盗まれる心配は全くない。
「いや待て、こないだのロックリザードの体皮を運ぶ時、空間魔法の事言ってくれても良かったよな?」
「だってみんな戦利品は袋に詰めて帰るじゃん? 魔物倒したぜ! っていう凱旋の意味もあるのかと思ってたんだよ」
「なるほど……体液とか臭いとかあるもの入れても大丈夫なのか?」
「問題ないよ。空間分けたら良いだけだし、臭いがこもる事もないよ」
「素晴らしいな……旅の途中の戦利品も持てないからって捨てるって事も無いわけだ。エミリー、オレは君を見誤っていたよ……」
「ふん! 分かればよろしい!」
エミリーは、無い胸を張って威張った。
そんな話をしているうちに鍛冶屋街に到着した。
「ダンさん、おはようございます」
「やぁ、おはよう。良いの出来てるよ」
ロックリザードの革鎧だ。篭手と脛当てもある。
あの風貌の魔物の皮だ、もっとゴツゴツしているのかと思ったが、案外スッキリしている。
早速身に付けてみる。
意外にも伸縮性があり、身体にフィットする。とても動きやすく、しかもかっこいい。
騎士が装備するプレートアーマーよりも、大抵の冒険者は軽い革鎧を好む。
町を移動するには数日を要する。重い防具では、無駄に体力を消耗するというのが主な理由だ。
「トーマス君にはこれもあるよ。鋼鉄の盾よりよっぽど頑丈で軽い」
縦長六角形のロックリザードの革盾だ。
ユーゴの魔法剣が全く通じなかった程の硬い鱗で造られた盾は、手の甲で叩いてみると金属とは全く違った音が帰ってくる。ただ圧倒的に軽く上質で、今までの三級品のカイトシールドとは全く比べ物にならない。
「これは軽い。ありがとうございます!」
「エミリーちゃんの杖も出来上がってる。Aランクの魔物だけあっていい魔石だ」
拳大の新しい魔石を埋め込んだ杖だ。陽の光を反射して、薄紫色に輝いている。
「わぁ! ありがとう!」
杖を抱きしめて満面の笑みだ。
ギャンブル狂いでなければ、普通の可愛い女の子なのだが。
「ダンさん、お世話になりました。ありがとうございました!」
「気をつけてね。行ってらっしゃい」
今夜から当分は野営。美味しいお店の食事もお預けだ。今後の旅の進路の確認と、少し早い昼食の為に行きつけの食堂に入る。
トーマスがテーブルに、ウェザブール王国の地図を広げた。
ユーゴは自分が暮らしている国の地図を見るのは初めてだった。そんな彼の表情を察してか、トーマスは詳しく説明を始めた。
「まずここがウェザブール王都、その北東に僕達がいるゴルドホークがある。ユーゴの希望通り『リーベン島』を目指そう。ルートは、まずはここから南南西に伸びた街道に沿って『レトルコメルス』の町を目指す。そこから南東に行ったら港町『ルナポート』だ。そこから船でリーベン島に向かう」
エミリーは興味無さそうに、頬杖をついて地図を眺めている。対照的にユーゴは初めて見る地図に興味津々だ。
「もう一つは、南の森を南南東に一直線に突っ切るルートだ。街道も魔物は出るけど、森は段違いだ。夜もおちおち眠れないと思う。おすすめは、森を避けて街道で行くルートだね」
「トーマスがそう言うならそっちで行こうよ! お姫様がゆっくり眠れるように護衛してよね」
「お前も見張りするんだよ」
「は? 荷物持ってやんないよ?」
「あ……ごめんなさい。護衛はお任せください」
エミリーの権力が大幅に増している。それほどまでに空間魔法は素晴らしい。
キャッキャと笑うエミリーに対して、不快に思うユーゴだったが、あの荷物を背負う事を考えると何も言えない。
少し早い昼食を終え、店を後にした。
まず目指すは、交易都市レトルコメルス。
南南西に伸びる街道を進む。
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