【完結】ミックス・ブラッド ~とある混血児の英雄譚~

久悟

文字の大きさ
上 下
6 / 243
第一章 旅立ち

旅の準備

しおりを挟む
 
 18年住んだ家の不動産手続きを終えた。
 優しくて暖かかった母親との思い出。厳しくも優しく、生きるすべを叩き込んでくれた父親との思い出。大切な思い出は心に刻み、最低限の荷造りをして我が家を後にした。

 ギルドに行くと既に二人は待っていた。
 えらくエミリーの機嫌がいい。

「あれ、ごめん。待たせたか?」
「いや、さっき来たとこだよ」
「そうか。で、エミリーえらく上機嫌だけどどうした?」

 理由は大体分かっている。が、ずっとニコニコして鼻歌を奏でているエミリーに話を振った。

「ふふふ。今の私は大金持ちだよ! こないだの報酬十倍にしたからね!」
「スレイプニルレースで大勝したらしいよ」
「世界のギャンブルを楽しむ軍資金が出来たよ!」

 ユーゴの率直な思いは、安堵だった。
 当分は食事を奢らなくてもいい、それだけで負担が軽減された気がした。
 そもそも、彼女がギャンブルに負ける度にユーゴが奢ってやる必要は無いのだが、数年の付き合いでそれが当たり前になっている。慣れとは怖いものだが、トーマスはそれを口にはしない。自分に降りかかるのを防ぐためにも。

「よし! じゃあ、ダンさんのとこに行くか!」

 ロックリザードの体皮をダンの店に持って行って、三人分の防具をお願いしていた。
 スキップで移動するエミリーを先頭に、鍛冶屋街に向かう。

 
 三人がパーティーを組んで、もうすぐ三年になる。
 ユーゴは15歳になった頃から、一人でギルドに行くことが増えた。そこで知り合い、一緒に依頼を受けたのがトーマスだった。トーマスとは同い年という事もあり馬が合った。何より盾役として信頼出来た。

 二人で依頼をこなすにつれて、回復サポート役の必要性を感じ始めた頃、道を歩いていると目の前の女が倒れた。放っておく訳にもいかず病院に運んだが、無一文でご飯を食べてないだけだった。
 言うまでもなく、それがエミリーだ。
 ご飯を奢り喋っていると、私は回復術師だと言う。次の依頼に付いてきてもらったところ、依頼の効率が跳ね上がった。
 食事のお礼で偶然今のパーティーが出来上がったと言う訳だ。

「エミリー、旅に出るってのに今日も手ぶらなの?」

 既に皆が数年住んだ自宅を引き払っている。にも関わらず、何も持たず身軽なエミリーに対してのトーマスの問いは当然の事だった。
 エミリーはいつもバッグすら持たない。常に手ぶらだ。旅に出るというのに何も持っていないのは流石に心配になる。
 
「は? いっぱい持ってるけど? てかあんた達なんでそんな一杯背負ってるの?」

 二人の頭にハテナが浮かぶ。何を言っているのかさっぱり分からない。
 するとエミリーが色んな物をさせた。

「ちょっと! どうやってんの!?」
「え? もしかして空間魔法知らないの!?」

 勿論二人は何の事か分からない。
 どうやらエミリーは、異空間を生成してその中に全ての荷物を収納しているらしかった。

「そんな便利な魔法があるなら早く教えてくれよ!」
「だって、聞かれなかったらみんな知ってると思うじゃん!」

 しかし、教えて貰った所で二人とも出来なかった。どうやら、エミリーの特異能力らしい。

「みんな出来なかったんだ……なんでカバンなんて持ってるんだろうと思ってたんだ。ただのオシャレだって聞いてたけど……」
「魔力消費量とかは問題ないのか?」
「うん、ほとんどないよ。私にとっちゃ呼吸と同じ」

 荷物持ちは決まった。
 男二人は自分の体重近い重さのリュックを背負っている。それが無くなるだけで、どれだけ旅が楽になるかは考えるまでもない。
 間違ってもお金は預けられないが。

「なんて便利な能力なんだ……」
「エミリー様々だな」
「これからは何も言わずにご飯奢りなさいよ!」
「それはまた別の話だ! けど今までのはチャラにしよう」

 どうりでお金を銀行に預けない訳だ。
 自分だけの異空間など、セキュリティに関してはこの上ない。気を失おうが酔いつぶれようが、盗まれる心配は全くない。

「いや待て、こないだのロックリザードの体皮を運ぶ時、空間魔法の事言ってくれても良かったよな?」
「だってみんな戦利品は袋に詰めて帰るじゃん? 魔物倒したぜ! っていう凱旋の意味もあるのかと思ってたんだよ」
「なるほど……体液とか臭いとかあるもの入れても大丈夫なのか?」
「問題ないよ。空間分けたら良いだけだし、臭いがこもる事もないよ」
「素晴らしいな……旅の途中の戦利品も持てないからって捨てるって事も無いわけだ。エミリー、オレは君を見誤っていたよ……」
「ふん! 分かればよろしい!」

 エミリーは、無い胸を張って威張った。
 

 そんな話をしているうちに鍛冶屋街に到着した。
 
「ダンさん、おはようございます」
「やぁ、おはよう。良いの出来てるよ」

 ロックリザードの革鎧だ。篭手こて脛当すねあてもある。
 あの風貌の魔物の皮だ、もっとゴツゴツしているのかと思ったが、案外スッキリしている。

 早速身に付けてみる。
 意外にも伸縮性があり、身体にフィットする。とても動きやすく、しかもかっこいい。
 騎士が装備するプレートアーマーよりも、大抵の冒険者は軽い革鎧を好む。
 町を移動するには数日を要する。重い防具では、無駄に体力を消耗するというのが主な理由だ。
 
「トーマス君にはこれもあるよ。鋼鉄の盾よりよっぽど頑丈で軽い」

 縦長六角形のロックリザードの革盾だ。
 ユーゴの魔法剣が全く通じなかった程の硬い鱗で造られた盾は、手の甲で叩いてみると金属とは全く違った音が帰ってくる。ただ圧倒的に軽く上質で、今までの三級品のカイトシールドとは全く比べ物にならない。

「これは軽い。ありがとうございます!」
「エミリーちゃんの杖も出来上がってる。Aランクの魔物だけあっていい魔石だ」

 拳大の新しい魔石を埋め込んだ杖だ。陽の光を反射して、薄紫色に輝いている。

「わぁ! ありがとう!」

 杖を抱きしめて満面の笑みだ。
 ギャンブル狂いでなければ、普通の可愛い女の子なのだが。

「ダンさん、お世話になりました。ありがとうございました!」
「気をつけてね。行ってらっしゃい」

 
 今夜から当分は野営。美味しいお店の食事もお預けだ。今後の旅の進路の確認と、少し早い昼食の為に行きつけの食堂に入る。

 トーマスがテーブルに、ウェザブール王国の地図を広げた。
 ユーゴは自分が暮らしている国の地図を見るのは初めてだった。そんな彼の表情を察してか、トーマスは詳しく説明を始めた。

「まずここがウェザブール王都、その北東に僕達がいるゴルドホークがある。ユーゴの希望通り『リーベン島』を目指そう。ルートは、まずはここから南南西に伸びた街道に沿って『レトルコメルス』の町を目指す。そこから南東に行ったら港町『ルナポート』だ。そこから船でリーベン島に向かう」

 エミリーは興味無さそうに、頬杖をついて地図を眺めている。対照的にユーゴは初めて見る地図に興味津々だ。 
 
「もう一つは、南の森を南南東に一直線に突っ切るルートだ。街道も魔物は出るけど、森は段違いだ。夜もおちおち眠れないと思う。おすすめは、森を避けて街道で行くルートだね」
「トーマスがそう言うならそっちで行こうよ! お姫様がゆっくり眠れるように護衛してよね」
「お前も見張りするんだよ」
「は? 荷物持ってやんないよ?」
「あ……ごめんなさい。護衛はお任せください」

 エミリーの権力が大幅に増している。それほどまでに空間魔法は素晴らしい。
 キャッキャと笑うエミリーに対して、不快に思うユーゴだったが、あの荷物を背負う事を考えると何も言えない。

 少し早い昼食を終え、店を後にした。

 まず目指すは、交易都市レトルコメルス。
 南南西に伸びる街道を進む。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった

凛蓮月
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】  竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。  竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。  だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。 ──ある日、スオウに番が現れるまでは。 全8話。 ※他サイトで同時公開しています。 ※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

チート魔法の魔導書

フルーツパフェ
ファンタジー
 魔導士が魔法の研究成果を書き残した書物、魔導書――そこに書かれる専属魔法は驚異的な能力を発揮し、《所有者(ホルダー)》に莫大な地位と財産を保証した。  ダクライア公国のグラーデン騎士学校に通うラスタ=オキシマは騎士科の中で最高の魔力を持ちながら、《所有者》でないために卒業後の進路も定まらない日々を送る。  そんなラスタはある日、三年前に他界した祖父の家で『チート魔法の魔導書』と題された書物を発見する。自らを異世界の出身と語っていた風変わりな祖父が書き残した魔法とは何なのか? 半信半疑で書物を持ち帰るラスタだが、彼を待ち受けていたのは・・・・・・

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ある横柄な上官を持った直属下士官の上官並びにその妻観察日記

karon
ファンタジー
色男で女性関係にだらしのない政略結婚なら最悪パターンといわれる上官が電撃結婚。それも十六歳の少女と。下士官ジャックはふとしたことからその少女と知り合い、思いもかけない顔を見る。そして徐々にトラブルの深みにはまっていくが気がついた時には遅かった。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

処理中です...