上 下
1 / 241
序章

受け継いだ刀

しおりを挟む

「ほらよ、報酬だ。また頼むな」
「あぁ、もうちょっと上の依頼を受ければよかったよ」
 
 薬草採集依頼の報告を終え、冒険者ギルドを後にする。
 実に簡単な依頼だった。目的の薬草を採集した後、格下の魔物相手に剣の修練に勤しんだ。Dランクの魔物だ、毛皮や牙などの素材を売ったところで大した金にはならなかった。

 街の外れにある自宅。
 玄関前のアプローチの脇には、雑草が茂っている。手入れは行き届いていない。
 春の爽やかな朝日に見送られて外出したが、玄関のドアノブに手をかける頃には、既に夕日が空を赤く染めていた。
 
「ただいまー」

 返事は無い、誰もいない。いつもの事だ。
 
「少し疲れたな」

 すっかり慣れてしまった独り言が、家具の少ない部屋に響く。紅茶を淹れ、ダイニングの椅子に座った。防具を外した開放感と共に、緩やかな時間を過ごす。

 この家の住人は、ユーゴと父親のシュエン。ただ最近、シュエンはほとんど帰ってこなくなった。

 ――父さんか……最後に会ったのはいつだったかな。
 
 ユーゴは久しく会っていない父の顔を脳裏に浮かべた。13年前のあの日から、シュエンはすっかり変わってしまった。
 
 脳裏に浮かぶ父の隣に、おぼろげに並ぶ母親の顔。ユーゴの思考は、家族を引き裂いたあの日ヘと深く深く沈んでいった。

 
 ◆◆◆

 
「ユーゴ! 早く起きなさいって!」
「ん……眠い……もうちょっと……」
「困ったやつだな。ハイキングに行きたいって言ったのはお前だぞ」
「そうだった! 早く用意しないと!」
 
 冒険者のシュエンはユーゴの憧れだ。
 その日は、ギルドの依頼で忙しいシュエンが珍しく休みを取り、町外れの山にハイキングに行く約束をしてくれた。
 母親のソフィアは、久しぶりのお出掛けに上機嫌。鼻歌交じりに弁当を作っている。

「父さん、母さん、ありがとう!」
「いや、いつも遊んでやれずにすまない。今日は、三人で思いっきり楽しもうな」
「ほんと、三人で出かけるなんていつぶりかしら?」

 小鳥のさえずり、新緑の香り、頬に心地よく当たる柔らかな風を楽しみながら、三人で手を繋いで他愛も無い話をしながら山を歩く。ただそれだけの時間が、ユーゴにとっては堪らなく楽しかった。

「結構歩いたわね。この辺は少し開けて見晴らしもいいね」
「そうだな、ここらで弁当を食べるか」
「うん、ちょっと疲れたな……」
「この程度で疲れるようじゃ、冒険者にはなれないぞ?」
「弁当食べたら元気になるって!」

 わら編みのバスケットから出てくる料理の数々は、全てユーゴの大好物。ソフィアの料理はいつも美味しかったが、大自然の中で笑いながら食べる弁当は、全くの別物の様に美味しく感じた。

「ユーゴ! 少し暑いし、川遊びしよっか?」
「うん! 弁当食べて元気になったしね!」
「じゃあ、俺は片付けしてから向かうよ」

 靴を脱いで川に入った。
 魚が泳いでいる。水面ギリギリを飛び回るトンボがいる。ユーゴが岩に隠れたサワガニを獲って見せると、ソフィアはニッコリ微笑んだ。

 食後の眠気が、慣れない山歩きによる疲れと相まってユーゴを襲った。

「母さん、眠くなってきた……」
「ちょっと疲れちゃったかな? 寝たらいいよ」
「うん……おやすみ……」

 どれくらい寝ていたのか。
 長い時間寝ていたのか、一瞬だったのか。

 
『キャァァーッ!!』

 ユーゴは長閑な山には似つかわしくない悲鳴で目を覚ました。
 
 気がついた時には、ユーゴはシュエンに抱かれていた。
 すぐ側にはソフィアが横たわっている。

「母さんは魔物に襲われた……ユーゴ、お前は大丈夫だ……母さんが守ってくれたんだ」

 初めて見る父の涙に戸惑ったが、子供ながらに状況を理解した。そして涙が溢れ出した。
 
「昼寝なんてしなけりゃよかった……ハイキングに行きたいなんて……言わなけりゃよかった……ウワァァァー!!」

 ユーゴはシュエンの胸の中で泣いた。

「お前は悪くない。大丈夫だ……」
 

 ◇◇◇


 五歳の時だった。
 母ソフィアは、魔物に襲われたユーゴを庇って亡くなったらしい。
 
 今日の薬草採集の依頼場所はその山だった。かなり上まで登らない限りは魔物は出ない。出たとしてもD~Cランクの魔物だ。その麓のハイキングコースに魔物が出る事はほぼ無い。
 しかも、シュエンはSランクの冒険者、ソフィアを守れない訳がなかった。

 ――父さんは嘘をついている。
 
 二人は仲のいい夫婦だった。最愛の妻を無くしたシュエンは、その後塞ぎ込んだ。

 ソフィアが亡くなった後、シュエンはギルドの依頼を受けながら、ユーゴに魔法と魔法剣を教えた。
 今のユーゴなら理解できる。足手まといを連れての戦闘がどれだけ困難かを。ユーゴが気絶しているうちに、魔物が片付いている事も多かった。

「大丈夫だ」
 いつもそう言ってシュエンは、目を覚ましたユーゴを抱きしめた。ユーゴはいつも無傷だった。
 傷だらけになった父親を見て、足手まといにならないように、もっと強くなりたいと心から思った。もう二度と大切な人を亡くさない為にも。

 しかし、年を追うごとにシュエンの目の下のクマは濃くなり、いつも暗い表情で目を合わそうともしない。
 そしてほとんど家に帰らなくなった。

 今やユーゴもBランクの冒険者だ。一人でも問題は無いが、どこで何をしているのかも分からない父への心配は、日に日に増すばかりだった。
 
 
 すっかりぬるくなった紅茶に口をつけて我に返った。いつの間にか辺りは暗くなっている。明かりも付けずに物思いにふけていたらしい。
 ユーゴは椅子から立ち上がり、食事の支度を始めた。

 軽く夕食を済ませ、武具の手入れをしていると、静かに玄関のドアが開いた。

「あれ、父さん!? 久しぶりだな!」

 玄関にはシュエンの姿があった。
 久しぶりに見る父の姿に、ユーゴの心は晴れた。が、相変わらず目の下に濃いクマを作り不健康そうな容姿が、ユーゴの表情を曇らせる。
 
「あぁ……お前に渡したい物がある」

 シュエンは帰るなり、目も合わせずそのままの足で奥の自室に入っていった。そして、部屋から持ち出した一本の打刀をテーブルの上に置いた。

「これは俺が若い頃に使っていた刀だ。整備に関して俺は素人だ、鍛冶屋に見せるといい」

 ユーゴは刀を手に取り、艶のある黒い鞘からゆっくりと引き抜いてみた。
 緩い孤を描いた刀だ。刃に沿って真っ直ぐに白く美しい刃紋が輝いている。直刃すぐはと言うらしい。

「名は『春雪しゅんせつ』だ」

 シュエンの武器も刀だ。認めてもらったようで、気が引き締まる思いがした。
 相変わらず虚ろな目を息子に向ける事なく、シュエンは言葉を続ける。

「いいか……何度も言うが『魔力は放つ力』『気力はまとう力』だ。お前は魔法が得意だから魔法剣が合っていると思うのは分かる。しかし、この刀の本質は斬る事だ。気力を纏う事でその切れ味は何倍にも増す。気力の扱い方によってはさらにだ」

 魔力と気力。
 冒険者はこの二つの力を駆使して戦う。
 気力を武器に纏って戦うのは剣士の基本だ。Bランク冒険者であるユーゴは、当然修練を欠かしていない。

「あぁ、わかったよ。ありがとう、大切にする。随分具合悪そうだけど大丈夫か?」
「あぁ、問題ない。早めに休む」

 そう言ってシュエンはそのまま自室に篭もり、出てくる事はなかった。


 ◇◇◇
 
 
 次の日、陽の光で目を覚ました。昨日は簡単な依頼だったとはいえ、一日中歩き回った。程よい気だるさが身体に残っている。
 予定は特に決めていない、朝食をゆっくり食べようとキッチンに向かった。

 皿をテーブルに置こうとして、置き手紙がある事に気付いた。シュエンの字だ。
 適当な紙に殴り書きの字、椅子に座り目を通す。

  
『俺はもうこの家には戻らない。今まで伏せていた事を伝えよう。お前は、ミックス・ブラッドだ。リーベン島へ行け、その春雪がお前と島を繋いでくれるはずだ』

 ――ミックス・ブラッド……。

 異種族間で生まれた子供を指す言葉だ。
 
 思い出した様に立ち上がり、本棚に向け歩く。そして一冊の本を手に取った。
 小さい頃から、変わらずに本棚にある本。ユーゴはこの物語が大好きだった。毎晩母親に読み聞かせてもらった事を思い出す。優しい声が今でも耳に残っている。

 特に有名な冒頭の節に目を通す。
 

 
 昔々の物語
 ある四種族の物語。
 人が生まれる遥か前
 この世を治める四人の王。
 
鬼王きおう』『仙王せんおう』『魔王まおう』『龍王りゅうおう

 四つの国はそれぞれの
 国の平和を守る為
 子を産み育て敵国を
 攻めては互いの子を減らす。

 これはこの世の物語。
始祖四王しそよんおう』の物語。


 
 ――まさか……父さんは始祖四種族なのか? 若しくは母さんが……。

 鬼族、魔族、仙族、龍族。
 かつてこの大陸では、この始祖四種族を統べる四人の王が睨み合い均衡が保たれていた。

 御伽おとぎ話だと思っていた。
 始祖四王の物語が、ユーゴの周りで静かに動き出した。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...