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本編

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 昔から友だちと遊ぶよりも姉の萌可るかと一緒にいる方が心は充実していた。歳も一つしか離れず同学年の親友同士のような関係だった。だが中学に入学してから僕は姉ちゃん以外の女性に興味を持てなくなっていることに気づいた。そして中学二年になる頃には姉ちゃんに恋していると気づいた。

 想いに気づいたときは困惑した。中学二年の僕でも家族間での恋愛はタブーだと理解していたからだ。それでもこの想いを溶かすことも砕くことも出来なかった。

 高校一年になって体が破裂しそうなぐらい想いが増幅していた。もう我慢が出来なくなっていた。だから今日姉ちゃんをデートに誘う。それで家族関係がバラバラになろうが構わない。親たちはただひたすら戸惑うだろうが僕にとって家族関係よりも自分の想いの方が優先なのだから。

 木曜日の夕方、僕は学校から帰り道を走っていた。空には僅かに灰色掛かった白雲に覆われ、真っ赤な太陽は今日一日中拝めていない。

 もう五月ということもあり長袖では熱く走るたびに体全体から汗が吹き出していた。これは帰ったら顔だけでもタオルで汗を吹いたほうが良さそうだ。

 普段なら走って帰宅しないが、今日は姉ちゃんをデートに誘う日だった。父は夜まで帰らず母もパートで同様だ。直接デートに誘うにはこの機会を逃すわけにはいかない

 家の前に辿り着く頃には息切れをおこしかけていた。それでも僕はいち早く姉ちゃんが家にいるかを確かめたくて扉を開けながら、
「ただいま」

 僕は浮かれた気分でそう言いながら家に入った。玄関の明かりは灯ってない。だが玄関から然程離れていない扉から明かりが漏れていた。姉ちゃんが帰っていたのだ。

育渡いくとお帰り」

 明かりが漏れている扉の方から姉ちゃんの声がした。その話し方が距離が近いが決して友人に対するものではない。家族特有のもの。弟だから聞ける姉ちゃんの声だ。帰るたびに「お帰り」と言われるとストレスが溜まっていても和らぐというものだ。

 僕は一階の洗面台に真っ直ぐ行くと顔を洗いタオルで吹いた。流石にベトベトすぎてこの顔を大好きな人には見せたくなかった。

 洗面台を後にした僕は姉ちゃんがいる部屋の扉を開けた。そこはLDKとなっており姉ちゃんの姿はダイニングテーブルにあった。

 僕に背を向けながら席に座って何かを食べていた。側に近づいていくと姉ちゃんがこっちを振り向いた。

「鞄持ったままって珍しいね。育渡もプリン食べたいの?」

 姉ちゃんは片手にスプーン、もう片方の手にプリンの入った容器を持ったまま真顔で聞いてきた。

 顔立ちは僕と似ているが、ほんのりとした瞳は姉ちゃん特有だ。はっきりいって顔は可愛く何人かに告白されてもおかしくはない。もっとも今まで彼氏がいた感じはないので告白されても振っている様子だ。

 黒い髪は後ろ髪を首裏あたりで輪っかを多重に絡ませるように一つにまとめてあった。

「僕は腹が空いてないからいいよ。それより話があって来たんだ」
「話?」

 姉ちゃんはゆったりとした話し方で聞き返していた。
 ここで雑談してもいいが早いとこ本心を伝えないと緊張から先延ばしにしそうで怖かった。

「うん、僕にとっては大切な話だから少しの間プリン我慢してもらっていいかな」

 僕はそう言ってから姉ちゃんの向かい側の席に腰掛けた。姉ちゃんも僕の席の方に振り向き直す。何の不満もなく容器を机に置くとその上にスプーンを置いた。更に背筋も伸ばし真剣に聞く態度を整えてくれた。

 僕も姉ちゃんに見習って背筋を伸ばす。家では普段、猫背気味だからあまり慣れない。

「それで話って何かな」

 姉ちゃんが僕の目を見据えながら尋ねてきた。

「姉ちゃんって今週の土曜日か日曜日って空いている?」
「両方空いている。もしかして買い物に付き合ってほしいの?」

 姉ちゃんは表情を緩めながら聞いてきた。姉ちゃんは読みは半分あっていた。行き先は近くにあるショッピングモール。だけど姉ちゃんはそれがデートだとは自覚している様子はない。当たり前か。実弟にデートに誘われると普通想像すらできない。

「ショッピングモールに行くのに付き合ってほしんだ」
「いいよ。何買いたいの」

 姉ちゃんに目的を尋ねられた僕は本題を伝えようと決意した。だがそれと同時に胸の辺りが圧迫されだして言葉が上手く出なくなる。姉ちゃんをデートに誘う。そう頭の中に浮かべる。すると少し呼吸が楽になり何とか言葉言えるようになった。
「目的は買い物じゃないんだ、僕とデートしてくれないかな」
 姉ちゃんをデートに誘う言葉を言った瞬間、胸の辺りの苦しみが一気に溶けていく。だがそれと同時に何度も瞬きを繰り返して戸惑った様子の姉ちゃんが目に入った。

 この反応は予想していた。だから焦りはない。だが断られたら今後の家族関係にヒビが入るのは確実だ。それでも僕は後悔していない。

 姉ちゃんの瞬きが止まった。姉ちゃんは腑に落ちたように何度か頷くと、

「なるほど、姉ちゃんと遊びに行きたんだね。それならデートなんて変な言い方しないでよ」

 茶化されたことに気づいたような笑みを浮かべる姉ちゃんを見て僕は机の下でズボンを掴んだ。やっぱり僕は姉ちゃんにとって単なる弟でしかない。その事実に気分が沈んだ。だがここで落ち込んではいけない。すぐに姉ちゃんの誤解を解かないといけない。

「デートは冗談じゃないよ。姉と弟ではなく男女としてショッピングモールに行きたい」

 僕の本音を改めて伝えると姉ちゃんは事態を理解したのか片手の口に当て考えるような仕草を取った。僕は息を飲み込み答えが返ってくるのを待った。断れるか。それとも承諾されるか。可能性としては前者だろう。それでも僕は姉ちゃんの返答に期待してしまう。

 椅子が引く音と同時に姉ちゃんが立ち上がった。返事もしない内に立ち上がるとは思ってもおらず僕はその行動に驚き姉ちゃんの顔を目で追った。

 姉ちゃんは物凄い悩んでいるような眼差しをしていた。もしかしたら考えがまとまっていないのかもしれない。それはそれで嬉しい。断れるにしても即答だとあまりに辛すぎるからだ。

「一日だけ待って。正直育渡からデートに誘われるなんて思ってもいなかったから」

「わかった。一日だけ待つよ」

 僕がそう返事をすると姉ちゃんは優しそうな言い方で「ありがと」と口にし二階へと上がっていった。

 答えが一日延びた。その事実は思ったよりも重たかった。なにせ一晩はどう返事されるかで頭を悩ませることになるのだから。これで不眠症にならなければいいが。

 それから一日が経過した。不眠症にはならなかったが今日の授業は集中できずにいた。帰宅後も勉強机に向かって今日の課題をやっているが集中できそうにもない。

 カーテンが閉まり外の景色は見えないが雨の音が絶えず部屋に流れてくる。朝から降り続けずっと晴れる気配がない天気となっていた。

 コンコンと扉がノックされた。今日は母がいる。それと姉ちゃんも学校から帰ってきている。どちらだろう。

「育渡入っていい」
 姉ちゃんだった。僕は何となく昨日の件だと思いながら、
「いいよ」

 扉が開き姉ちゃんが入ってくる。姉ちゃんはベッドに腰掛けるとのショートパンツのポケットからスマホを取り出した。そのままスマホをいじりだしてしまい、僕は首を傾げながらその光景を見詰めていた。

 するといきなり勉強机になっていたスマホが鳴った。画面を見るとトークアプリの通知が届いていた。メッセージの中身には、

『わたしのこと好きなのよね。お母さんに聞かれたまずいからスマホで聞くね』

 このメッセージを見た僕は姉を見る。姉ちゃんもこちらを見ていた。好意を確かめられている状況に昨日以上に緊張感が体中を巡っていく。僕は返信で想いを伝えようとしたがその時間すら惜しくなり、頷いて返事をした。

 姉ちゃんの表情に迷いが見えた。だが覚悟を決めたような顔つきに変わると、
「明日の九時ショッピングモールの前で集合ね。それじゃあね」

 姉ちゃんはあっさりとそう言うとベッドから立ち上がり部屋を後にした。

 姉ちゃんの滞在時間は五分もなかった。言葉すら交わしていない。だけど姉とデートができる。その事実に僕は声を抑えながら右手を何度も突き上げてしまった。

 昨日と違い、空の主役は青空と太陽だった。

 休日のショッピングモール人で溢れていた。周囲を見渡しても友達連れ、家族連れ、そしてカップル連れが目に入る。
 今日ここで姉ちゃんとデートができると想像するだけでもう満足してしまう。けど本番はこれからだ。

 予定よりも十分早く来た僕は姉ちゃんを目で探す。二人同時に家を出ればいいとも思ったが両親に不審がられないための対策だろう。

 そのおかげでデート特有の待ち合わせが出来たのでラッキーではあった。

 五分ぐらい経っただろうか。前方に姉ちゃんの姿を発見した。家に出る一時間前になると姉ちゃんは部屋にこもってしまい外出着を目にすることはなかった。

 姉ちゃんがこっちに近づいてくる。髪型はいつも通りだが下はロングスカートで上でブラウスという服装でデザインと色合いから落ち着いたイメージを感じた。姉ちゃんはスカートが好きなのでそこは予想通りだった。だが普段のコーデは可愛らしい感じの服装が好きなのでそこは意表を突かれてしまった。

「育渡のほうが早かったみたいだね」

 姉ちゃんは微かに頬緩めながら言った。

 姉ちゃんと二人だけで出かけるのなんて珍しくはない。だがデートという状況で会う姉ちゃんは普段よりも色っぽい気がして直視できない。

「そうだね」

 僕は愛想笑いしながら返事をするのがやっとだ。視線の先は目ではなく口当たりを見ている。

「どうして目を合わせてくれないのかな」

 姉ちゃんはからかうように尋ねてきた。僕は相変わらず視線を外したまま言い訳を考える。

 だが両頬を温もりのある感触が伝わってきた。慌てて僕は周囲を見ていると姉ちゃんの顔が目の前にあった。頬に伝わる感触は姉ちゃんの両手だった。

 唐突な出来事に頬だけではなく体中まで沸騰していく。何か今日の姉ちゃんは普段と違う気がした。まるで恋人みたいな行いだ。もっともそれは僕の自惚れなのだろうけど。

「さあ答えなさい」

 姉ちゃんは相変わらず両手を頬から離してくれない。堪忍した僕は、
「姉ちゃんが色っぽいから」
 と小声で答えてしまう。すると姉ちゃんの両手がようやく頬から離れると、

「そういってくれてありがとう。お洒落したかいがあったよ。ならデートしに行こうか」

 姉ちゃんは僕の目の前に手を差し出してきた。これは手を握ってもいいということだろうか。僕は自分の手を見詰めた。姉ちゃんと手を繋ぐなど恐らく小学校低学年以来だ。だから手を繋げること事態感極まってしまう。

「ほらさっさと手をつなげ」

 姉ちゃんは呆れたようにそう言うと僕の手を掴んできた。自分の手に気を取られていた僕は突然のことに驚いた。

 久々に感じる姉の手は小さく、優しさで包まれていた。

 姉ちゃんは僕を引っ張るようにショッピングモールの出入り口に向かって進んでいく。

「全くデートに誘った張本人がリードしなくてどうするの」

「ごめん、手繋げるのが嬉しくて」

 僕は先行していた姉ちゃんの側に並んだ。

 僕は隣を見る。目の先には出入り口に見ている姉の横顔があった。表情はどこか固く、何か気がかりがあるように思えた。やはり血の繋がった弟とデートするという決断には相当迷ったみたいだ。僕は姉ちゃんの決断に感謝しないといけない。例えこのデートの終わり頃に伝える言葉に了承が貰えなくても。

「姉ちゃんこのシャツどうかな」

 僕はハンガーに掛けられたカーキーの半袖シャツを近くにいる姉ちゃんに見せる。

「育渡は白いシャツの方が似合うと思うけどな」

 姉ちゃんは渋い顔をすると店内のシャツを目をやった。ショッピングモールに入った僕達はいくつかの店を回った。今は僕の服を見るためにアパレルショップを訪れていた。

 必ず合う服があると期待できるほど品揃えが豊富な店だ。

「これなら育渡に似合うと思うけどな」

 姉ちゃんは白い半袖シャツを手に取ると僕に渡してくる。
 僕は渡されたシャツを熟視する。白色の方が爽やかさがあって夏には合うのは分かる。だけど僕はカーキー色も気に入っていた。

「悩むな」

 僕は両手のシャツを見比べながら言った。すると姉ちゃんが白い半袖シャツを僕から取ると、
「ならこれはわたしが買って上げる。その代わりそっちは自分で買いなさい」
「えっ、いいの?」
「持っているアイテムが多いほうがオシャレしやすいでしょ。また誰かとデートするときに相手の子の好みによって色を変えられるし」
「僕は姉ちゃんと以外デートする気はないけどな」

 僕は少し目付きを鋭くした。姉ちゃん以外の女性と二人で遊ぶところすら僕には想像できない。

「育渡の気持ちは十分分かってるわよ。あくまで例え話よ。それにわたしならどんな服装でもいいと思ってるの」

 姉ちゃんの問いかけに僕は言葉が出なかった。

 姉ちゃんは僕に背を向け顔だけこちらに振り向きながら、

「育渡はもう少しわたしのことを学ぶことね」

 姉ちゃんは一人でレジの方へと歩いていった。

 僕も後を追いかけながら、姉ちゃんについてまだ知るべきことがあると反省した。

 ショッピングモールでデートして数時間が経とうとした。お昼も済まし僕達は店舗が立ち並ぶ二階のエリアを歩いていた。

「姉ちゃん次どこか行きたい所ある?」

 僕は隣を歩く姉ちゃんに尋ねる。僕の片手にはアパレルショップの袋が二個あった。

「うーんそうね」

 姉ちゃんは力のない声で答えた。

「姉ちゃんなにか気になることでもあった」

 ショッピングモールに入ってから姉ちゃんは楽しそうに行動していた。だから些細な変化だが僕は心配してしまう。

 姉ちゃんは歩みを止めた。僕もそれに合わせ立ち止まった。僕と姉ちゃんは僅かな間を開けて向き合う形となる。

 姉ちゃんは俯いてしまう。何か悩み事があるのは明白だった。やはり弟とデートするのは姉ちゃん的に無理をしていたのだろうか。そうだとしたら僕はどうすればいいんだ。

 そう考えると頭の中が混乱して次に取るべき適切な行動が分からなくなる。

 姉ちゃんは俯いたまま数秒程度が経った。僕は姉ちゃんの言葉を待つしかなできなかった。

「あのね、プレゼント選びに付き合ってほしんだ」

 俯いたまま姉ちゃんが話を切り出した。

 僕は発言してくれたことに安堵感を覚えながら、

「プレゼント選び誰の?」

 そう尋ねると姉ちゃんは顔を上げた。頬は硬直し、目尻
が下がった表情は曇っているように見えた。

 表情の異変という様子がおかしい姉ちゃんに僕が声を掛けようとする。だがその前に姉ちゃんが僕の質問に答えた。

「彼氏の。隠してたけど彼氏がいてそのプレゼント選びを手伝ってもらいたいの」
「それ冗談だよね」

 姉ちゃんの話を聞いてすぐに僕は言った。彼氏という単語に頭の中は凍っていた。だって姉ちゃんから彼氏がいる雰囲気は一度たりとも感じたことはなかった。だからこれは嘘だ。うん、きっと僕の推測が絶対に合っているはずだ。

「冗談じゃないよ。三週間前に出来たばかりなの」

 姉ちゃんは罪悪感を感じたような口調で言った。

 彼氏がいる。その事実が僕の思考をかき乱していく。僕は目の前の姉ちゃんから逃げたくなった。喉元に決して姉ちゃんには言いたくない言葉が装填される。最後の理性でそれを言うのを阻止しようとする。だけど感情が荒ぶる僕にはそれは不可能だった。

「彼氏がいるのになんで僕とデートしたんだ。ふざけるな。弟をからかって楽しいのかよ。もういい二度と姉ちゃんとは口を利くものか」

 僕は大声で言い散らすと姉ちゃんを放置してその場から走り去る。

 僕の恋はあまりにも酷い形で幕を閉じたのだ。せめてこの想いだけは直接口で言いたかった。けど姉ちゃんはそれすら許してくれなかったのだ。

「もう真っ暗だな」

 僕はベンチに座りながら星のない夜空を仰いでいた。ショッピングモールから離れた僕は帰宅せず近所の小さな公園に寄っていた。

 もう姉ちゃんとの関係は壊れた。家には帰れない。けど家では出来ない。金が無いのだから。しばらくは友人の家にでも世話になるか。

 僕は深い溜息を吐いた。

 背後から足音が聞こえてくる。この時間に公園を訪れる人は滅多にいないはずだ。僕は背後から近づく人物に恐怖を感じて立ち上がろうとした。すると聞き覚えのある声が後ろから流れてきた。

「やっぱりここにいたんだ。姉の嘘も見抜けない弟くんは」
 僕は立ち上がるのを辞め後ろを振り向く。

 視線の先にはほっとした目をした姉ちゃんがいた。

「彼氏がいるんだろう。今からでも会いに行けば」

 姉ちゃんを恨んでいる僕はまともに会話するつもりはなかった。

 姉ちゃんは無言で僕の隣に座ってくる。それもかなり至近距離だ。僕は離れようとする。だが姉ちゃんは僕の手を掴んでそうはさせてくれない。

「離せよ」

 僕が強めの語気で言うと姉ちゃんは呆れた顔で、
「だから嘘だって言ったでしょ。聞こえなかった」
「嘘って? 彼氏がいること?」

 僕は間抜けな声で聞き返した。姉ちゃんの公園での第一声をはっきりと聞き取っていなかった。

「そうよ。ごめんね。やっぱりあれは間違ってのね」

 姉ちゃんは僕の手を強く握りしめてくる。

「間違っていたってどういうこと」
「酷いこと言えば育渡はわたしのこと諦めてくれるかと思ったの。まあ育渡なら彼氏がいるって言っても見抜いてくると思ったけどまさか信じるとはね。流石に演技しすぎちゃったかな」

 姉ちゃんは後悔するような声で言った。

「そう簡単には諦められるかよ。だけど嘘を言われたのは許せない」

 姉ちゃんに彼氏がいないのは嬉しい。けど嘘をつかれたのは許せなかった。

「嘘をついたことは一生怒っていいよ。けど正直に言っておくとわたしは弟は付き合えない。これは世間の目もあるし、育渡を恋愛対象としては見られない。今日恋人みたいに振る舞ってみたけどやっぱり育渡にはドキドキできなかった。だから育渡には他の子と恋愛してほしい気持ちがあるの。そのためにわたしを嫌いになってほしかったの」

「嫌いにはなれないよ。やっぱり」

 僕は俯きながら弱々しい声で言った。

 恋愛対象としては見られない。本人の口からそう言われると堪えるものがある。だけど姉ちゃんの答えがこれだ。もうどうしようもないのかもしれない。

「簡単には嫌いになれないよね。けど育渡分かってね。姉弟で恋するのはやっぱり駄目なことなのよ」

 姉ちゃんが説得するように言った。

 僕は右手拳を握りしめると顔を上げ、
「それは分かってる。だけどこの想いは本物なんだ。姉ちゃんを考えると心が苦しくなるんだ」

 姉ちゃんの顔を見る僕の表情は引き締まっていた。

 胸がパリパリとひび割れるように痛む。この恋心は無意識の内に築き上げられたものだ。その簡単に消えはしない。

 姉ちゃんは気持ちを切り替えるように月に向かって息を吐いた。そして立ち上がり僕の方を振り向くと、
「なら育渡いつかわたしに告白してきなさい。だけどわたしは育渡を振る。それなら諦められるでしょ」

「諦めるために告るか。何か嫌だな」

 姉ちゃんの提案なら僕はこの恋心に決別がつけられる。だが振られるために告白するのには抵抗感があった。

「駄目よ。絶対に告白すること。それまでいくらでもデートしてあげるわよ。けどもしわたしに彼氏が出来たらデートは駄目だけどね」

 姉ちゃんの力強い目線が僕に突き刺さる。

「そんなことしたら僕は一生諦められないかもしれないよ。デート目的で告白しないかもしれないし」

 僕はわざと小賢しくを言った。

 告白するまでデートできるのは僕にとってメリットが大きいすぎる。彼氏ができたらデートはできない条件はある。それでも姉ちゃんに何のメリットがある。この提案は何かがおかしい気がした。

「それはそれでいいわよ。付き合わない限りデートって言っても今まで通り二人で出かけるのと変わらないから」

 姉ちゃんは平然とした口調でそう言った。

「今日みたいに手を繋いでも」
 二人きりで遊ぶならこれまで何百回と繰り返してきた。だけど今日みたいに手を繋ぐのはやはり仲の良い姉弟の範疇を超えている。
「ええ」

 姉ちゃんは僕の問いに対して即答で返答した。

 姉ちゃん的には僕とどれだけ手を繋いでも問題ないということか。ならこの言葉をぶつけてみよう。

 僕は瞬きしないぐらい目をはっきりと開けて話す。

「それなら僕はいつか姉ちゃん惚れさせて――」
「それ以上は言わないで。お願いだから」

 発言途中に切なげな声と共に姉ちゃんの人差し指が口に触れる。

 何故発言を止める。姉ちゃんは恋人みたいに振る舞ってもドキドキしないと言ってたが実際のところは。いやこれ以上の憶測は止めておこう。今はただ姉ちゃんとまたデートできる。それで十分だから。

「分かったよ」

 僕は小さな声で返事をした。

「ありがとう。なら帰りましょ。お母さんたち待ってるわよ」

 姉ちゃんは微笑みながら手を差し出してくる。帰るときも手を繋いでいいのか。

「うん」

 僕は立ち上がるといつの日姉ちゃんと付き合えることを願って姉ちゃんの手を握るのであった。
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