ほつれ家族

陸沢宝史

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第17話 隠れた愛情

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 家出の件で学校では最後まで思い煩っていた。帰宅後心は徐々に軽くなっていたがそれでも家出の件が脳裏から離れずにいた。自動ドアを潜って白い照明で包まれた店内から真っ暗な外へと出る。夕食後翌日の朝食を買い忘れた俺は一人で近くのドラッグストアに訪れていた。姉さんとの取り決めで原則ご飯は自分で用意することになった。夕食だけは姉さんが手料理を作る時限定で姉さんが用意してくれる。通学費も自己負担の現状では朝昼を用意するだけでも金銭的には相当な負担となる。

 ドラッグストアは片側一車線道路沿いに建てられている。朝食の入ったビニール袋を不規則に揺らしながら車道沿いの歩道を進んでいく。脇を通過していくいくつも車の音が普段と違ってあまり騒がしく聞こえない。もっとも今日一日中心の中は雑音だらけだった。

 しばらく歩くと道の少し奥の方にある横断歩道の側で二人の男性らしき人物がいた。そのうちの一人は横断歩道を渡り、もう一人はこちらへと向かってくる。近づく男性はスーツ姿であり暗いこともあり顔を曖昧に見えたが、僅かに感じ取れる顔の特徴に俺は歩きながら男性の方に視線を取られる。距離が詰まると顔付きが明確に確認できた俺はその男性が栗之のお父さんであることを思い出す。ここで遭遇するとは予期しておらず一人で勝手に気まずい雰囲気を作り出してしまう。互いに歩んでいる以上このままいけば確実にすれ違う。妙な緊張感が体中を走る。とりあえず一度対面しているため、相手が覚えていなくても会釈だけして通り過ぎよう。あと数歩ですれ違う瞬間に松貴は小さく頭を下げて会釈をする。そしてそのまま通り過ぎようとしたが、すれ違う寸前に渋めの声が夜道に流れた。

「君はもしかして以前会った栗之の同じ学校の子かい?」

 声を掛けられた俺は足を止め栗之のお父さんと顔を合わせる。

「はい、そうですが」

 学校の先輩の父と二人だけでの対面はやはり緊張するようで固すぎる言葉を返してしまう。栗之先輩のお父さん自身が凄まじい風格を放っているため急には普段どおり接するのが難しい。それはアルバイトの面接で面接官と会話するときの感覚に類似していた。

「呼び止めて悪いね。まさかこんなところで学校が同じ子と出会えるとは思ってもいなかったから」 

 栗之先輩のお父さんは安定感のある笑みを浮かべながら呼び止めた理由を語る。緊張していた俺にとってはその笑みを見て心が少しばかり解ける。

「急いではいないですし迷惑ではないですよ」
「ならよかった。以前会ったときはこちらから声をかけただけだったから、一度話してみたいと思っていたんだよ」

 栗之のお父さんは滑らかに言葉を発していく。俺としても栗之先輩から栗之のお父さんについて相談を受けていたため、個人的には会話してみたい思いはあった。

「そうだったんですね」
「それでひとつ聞きたいんだが、栗之は学校での様子はどうだい? あまり学校での様子は聞ける機会はないから気になっていて」

 質問途中、栗之のお父さんは娘のことを尋ねる照れ臭さからか俺を直視せず目を伏せていた。

「僕は後輩で授業中のことは分からないですけど、普段は穏やかな感じで話していて楽しいですね」

 栗之先輩に対する率直な印象を伝える。それを聞いた栗之先輩のお父さんは安堵した顔つきを見せる。あまり同級生や先輩などの学校関係者の印象をその親に話す機会はないため慣れない感覚が心に生じていた。もっとも栗之先輩の印象を自らの心に尋ねたとき、妙に落ち着いた気持ちになっていた。実際に栗之先輩といる時間は楽しくもあり安らぐこともあった。

「学校の友人の前だとそんな感じなのか。わたしは色々あってつい最近まであまり栗之と話し合う時間を持てずにいたから、学校での様子を知らずにいたから少しに気になっていたんだ」

 栗之先輩のお父さんは娘との時間を持てなかったことを悔やむように頬を引き締めながら喉から言葉を発していく。その光景を目の当たりにした俺には娘を愛する父親という印象を強く抱かせた。それと同時に何故家族と理解し合えない事情をより一層懸念するようになった。

「そんなことがあったんですね。まあ高校生にもなると親と子って中々話し合う時間って持てないですよね。自分の家もそんな感じですし」

 永松家の事情を把握している俺だが、栗之先輩のお父さんは娘が一人暮らしの事情を友人に話していることを想定しているかを見極められないため、その事情を口には出来ず適当に話を合わせる。

「最近は話す時間も増えたから栗之ともちゃんと向き合わないと思っているが中々難しいものだな。それより足止めして済まなかったね」
「いえ僕は全然構わないですよ」
「それと今日の話は栗之には内緒で頼む。それじゃ話を聞かせてくれてありがとう」

 栗之のお父さんは苦い顔つきで口止めをすると丁寧に一礼をして俺から去っていく。俺も離れていく栗之のお父さんに頭を下げる。顔を上げ小さくなっていく栗之お父さんを見続けながらふと父さんの姿が頭の中に現れる。少なくとも栗之のお父さんは本心では娘を愛しているように感じ取れた。だが娘の進路を反対し未だに娘を避けている父さんは子どもを愛しているのかと今の俺にはその確信は一切持てず不安だけが心を揺さぶっていく。
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