あっぱれ!天駕爛漫(仮)

藤堂フミヨシ

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2章

ここでやらなきゃ女が廃る ①

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 降りた先には、先ほど見下ろした街並みが広がっていた。
 野菜を店先に広げて景気良く声を上げるエルフらしき女性。道の中心には荷物を運ぶ牛のような生き物がのっそりと動いていて、その横では巨大な日本刀を下げた男性と女性型ロボットが愚痴をこぼしあっている。空には背中から羽の生えた女性が優雅に飛び、さらにその上では大小様々な島が浮かんでいる。
 言葉にすれば雑多、見れば混沌としているその光景は、不思議と天駕の中にすんなり入ってきた。むしろ心地良いとすら思う。
「ようこそっ、オウキ連合の首都オハンへ!」
 異様な光景を目に焼きつけていると、無邪気な笑顔を浮かべた女の子が花輪を差し出していた。受け取ろうとすると、女の子は首を横に振り花輪を小刻みに上下させる。どうやらしゃがめということらしい。
 大人しくしゃがむと、目の前の小さな靴が爪先立ちになり、頭に何かが乗る感触。
「うんっ、お姉ちゃんにピッタリ! とってもキレイだよ!」
「そう? ありがとうね」
 女の子の弾けるような笑顔にはにかみつつ、天駕は立ち上がる。
「お姉ちゃん、こっちこっち! こっちにいいお店があるんだよ!」
 小さな手で天駕の手を掴み、ぐいぐいと引っ張る女の子。
 どこかへ案内してくれるのだろうか。そんな気持ちで立ち上がり、足を踏み出す。
「おっとお嬢ちゃん、ウチのパンも買わずにどこへ行くつもりだい?」
 が、出した足が地面に着く前に、ひげ面のおじさんが目の前に現れた。
 手には焼きたてのパンが山盛り入ったカゴを持ち、見せつけるように突き出してくる。
「パン屋のおじさん邪魔しないでよぉ! このお姉ちゃんは、私の所でお花を買ってくれる大事なお客さんなんだから!」
 頬を膨らませて怒る女の子。どうやら知り合いらしい。
 というか、お客さん……?
 そんな天駕を置いてけぼりにして、おじさんが鼻で笑う。
「花なんか後でいくらでも買えるじゃないか。それより召喚されたばっかりで腹が減っただろう! ウチのパンは、冷えてもちょぉっと魔力を込めるだけで温かくなる不思議なパンなんだ! 味もバツグン! これは今すぐ買わないと損ってもんだよ!」
「いや、私お腹は減ってなくて……」
 気迫に押されて一歩引きさがる天駕。
 その空いた隙間に潜り込むようにして、また別の人物が入り込んでくる。
 今度はとんがり帽子を被った、絵本に出てくるような老婆だった。
「だったらババの魔法薬屋に来なされ。今後の試合に生活に役立つ薬がたんまりあるぞい」
「でも、まだ武器も決めてな」
 また一歩。
「武器が決まってない! だったらオラの武器屋に来るといいだ! サヴィードの小型大砲からルーキューの召喚符まで何でも揃っとるだよ!」
「何を言っている! 戦士たるもの、武器よりもまずは防具! 自らの身体を守るものに合わせた武器を選べばいいのだ!」
 さらに一歩。
「ソンナモノ必要アリマセン。ワレワレノ技術ノ粋ヲ集結シタ、グランヴァイパーMkⅨサエアレバ、攻撃モ防御モ自由自在ナノデスカラ」
 もひとつ一歩。
「なぁに言ってるのよぉん! 女の子はいつだってキレイでいたいものなのよぉ! アナタにはそんな乱暴なモノより、この美白ミスト発生兜の方がオ・ニ・ア・イ☆」
 あれやこれやそれやどれや。
 気が付けば逃げ場のないほど、天駕の周りには老若男女有象無象が溢れていた。
 いくら他人と話すのに慣れていると言っても限度というものがある。それも人間に限った話で、ロボットや身の丈三メートルもありそうな巨人オカマと話したことなどない。
 むせ返るような熱気と声の応酬に天駕は目を回し、もはや立っているのも限界に。
(到着早々気絶オチ、か……)
 ふらりと後ろに倒れかけるが、すぐに柔らかな感触が後頭部を包み込む。
 今度は誰だろうかと上を向けば、そこには太陽光で輝くシルバーフレームの眼鏡が。その人物、アレスタはこめかみに青筋を浮かべた笑顔で、周りにいる人物を睨みつけていた。
「みーなーさーんー? 新人勇者への過度な接客行為は禁止だって、私何度も言ってますよねぇ? そのはずですよねぇ?」
 先ほどとは違い、威圧的な声色のアレスタ。
 そんな彼女に取り囲んでいた集団が怖気づくが、パン屋のおじさんが冷や汗を掻きつつ弁解を試みる。
「い、いやっ、俺たちはただ、この嬢ちゃんにアドバ」
「新しく買った魔導竃、あれって助成金で購入なされたんですよねぇ。条件はなんでしたっけ? なんなら今すぐ違反内容を話しても……」
「すっ、すみませんごめんなさい!」
 泡を食って逃げ出すパン屋のおじさん。それを皮切りにあれよあれよと人垣が減っていき、残されたのは天駕とアレスタ。そして、天駕が呆気にとられて手を離さなかったために逃げられなかった花屋の女の子。
 天駕が視線を降ろすと、彼女はビクリと震えて目に涙を浮かべた。
 怯えているのは確実に背後のアレスタのせいだろうが、元はと言えば自分の不注意が原因である。この子は悪くない。
 後頭部の膨らみから離れ、アレスタに尋ねる。
「アレスタさん、初期支給のお金ってあったりします?」
「もちろんありますよ。えぇっとここに……はい、どうぞ」
 もはや当然のように、胸の谷間から皮袋を取り出すアレスタ。
 疲れているのでそれにツッコむ気力も起きず、天駕は大人しくそれを受け取った。中には数十枚の金貨がみっちり詰まっていて、そのうち数枚を取り出し女の子に差し出す。
「はい、どうぞ」
「……いいの?」
 渡された金貨と天駕(というよりもアレスタ)を交互に見やり、不安そうな声を上げる。
 そんな彼女を安心させようと、天駕は笑顔を浮かべ、ちょんちょんと自分の頭を指す。
「この花冠のお礼だよ。相場がいくらか分からないけど、これで足りる?」
「うっ、うん! ありがとうお姉ちゃん!」
 笑顔が戻ったのを確認し、天駕は少女の頭を優しく叩く。
 女の子はぺこりと礼をし、大きく手を振りながら通りへと走っていった。
 同じように手を振り返していると、アレスタが呆れたように話しかけてきた。
「甘いですねぇ。そんなことじゃあ付け入られて下着までむしり取られちゃいますよ?」
「下着って……。別にいいじゃないですか、私のお金は私の物なんです。どう使おうが文句を言われる筋合いはないです」
「文句じゃなくて助言です。天駕さんが思っているほど、この世界は甘くないですよ」
「……なんか部屋を出てからキャラ変わってません?」
 キツくなったというか、辛辣になったというか。
 やれやれといった調子で話すアレスタに、天駕は視線を向ける。
「きっと気のせいですよ。……さて、まずはどうしましょう。防具から? それとも武器から行きましょうか?」
 一転して柔らかい声に戻ったアレスタが笑顔で尋ねてくる。
「うーん……防具からお願いしたいです。いつまでもこの服じゃあ締まりがないですし、なんか浮いてるような気がして……」
 学校指定の制服をつまみ、ひらひらと動かす。
 周りも服の統一性が皆無なわけだが、誰も彼もカッコいいというか冒険者らしいというか。そういう漫画の世界から飛び出してきたような人々の中に、普通の格好をした自分がいることがなんだか恥ずかしい。
「そうですか? その服でも十分可愛いと思いますけどねぇ。最近では逆にそういう格好の方が新鮮で人気もありますし……まぁ、人それぞれですから仕方ありません」
 心なしか残念そうにそう言って、アレスタは先導するように歩き始めた。


◆          ◆


 活気溢れる通りを物珍しげに見回しながら後を追っていき、路地をいくつか通ってたどり着いたのは、露店が軒を連ねる市場。こちらも賑わってはいるが、どちらかと言えば喧しいと表現した方がしっくりとくる。
 辺りをきょろきょろ見回しながらアレスタの背中を追っていた天駕だったが、突然目の前のアレスタが止まってぶつかってしまう。
「うぉっと。どうしたんですか?」
「いえ、目的の店に到着したのですが……どうやら何かトラブルが起こっているらしくて」
 困ったように言うアレスタの背後から顔を出すと、確かに誰かの怒り声を中心にして人垣が出来ている。
「仲裁出来ないんですか?」
「してあげたいのは山々なんですが、私の管轄外でして……。それに、絡んでいるのは他勢力の勇者みたいなんですよ」
 どうしたものかと顔に手を添えるアレスタ。
「じゃあ他の勇者が止めてあげれば……」
「そいつは無理だって、お嬢ちゃん」
 アレスタの横で話を聞いていた、勇者らしき男性が天駕に話しかける。
「相手は連戦連勝中の強豪、おまけに人気も高いと来てる。わざわざ止めに入るなんて、勝てない勝負を挑むみたいなもんさ」
 昼間だというのに酔っぱらっているらしく、けらけらと下品に笑う。
「じゃあなんで見てるわけ? 止める気もないくせに」
「なんでって……どうなるか気になるじゃないか。誰だって強いやつの情報は見ておきたいに決まってる。それに、もしかしたらどさくさで物をちょろまかせるかも――」
 男が冗談気味に放ったその一言が、天駕の中にあるスイッチを入れてしまった。
「はぁっ!?」
 天駕が突然大声を上げ、男性の声を遮った。
 周りに居た何人かが何事かと顔を天駕の方に向け、好奇の目で二人を見やる。
「ちょっとオッサン! ちょろまかすってそれどういう意味か分かってる!? 泥棒だよ、ドロボー! 仮にも勇者名乗ってる人間が何言ってんの!?」
「ちょ、声がデカいって! 仕方ねぇだろ、俺みたいな底辺が生きていくにはそうするしかねぇんだ。それに俺だって好きで勇者を名乗ってるわけじゃねぇ。勝手に呼ばれて、訳が分からん間に契約されて気がつきゃこのザマだ」
「だからって、それが物を盗んでいい言い訳にはならないでしょうが!」
「うるせぇ! まだ盗んでねぇんだから問題ないだろう!」
「いーやっ、絶対今まで何回もしてるんでしょ! だったら泥棒じゃないの!」
「何をぉっ!?」
 売り言葉に買い言葉。最初は声を潜めていた男も、天駕の物言いに遂に我慢出来なくなり、怒りのままに声を荒げる。
「あ、あの、天駕さん? 喧嘩はそこまでにしておいた方が……」
 天駕を止めようとするが、その豹変ぶりにアレスタは尻込みしてしまう。
 (なんとかしてこの場を切り抜けないと……!)
 到着早々の勇者を傷物にしてしまっては、上司から何を言われるか堪ったものではない。 まさか武器も持っていない少女に殴りかかるような相手ではないだろうが、万が一ということもある。いざとなればアレスタには拳銃があるが……撃ったことは一度もない。
 そうして最悪の事態に備えるアレスタだったが、事態は彼女が想像もしなかった最も悪い方へと転がっていく。
「じゃあなんだ? 嬢ちゃんだったらアイツを止めることが出来るってか!?」
「おうっ! やってやらぁ! 見てなさいよ!」
「ちょっ、天駕さん!?」
 素っ頓狂な声を上げてアレスタが止めようとするが、天駕は人垣をかき分けて、というよりも話を聞いていた観衆たちが道を開けていき、件の勇者の元へとたどり着く。
 文字通り色とりどりの商品が並んだ屋台の前で、闘牛士のような恰好をした男が声を荒げて地団太を踏んでいた。そんな男の前では、白黒の色違いの服を着た幼い双子が抱き合い震えている。どうやらその双子がそこの店員らしい。労働基準法もあったものじゃないが、よくよく考えればここは異世界なので関係ないのだろうか。
 男はバサッとマントを翻し、再び声を上げ始めた。
「だから何度も言っているだろう? 私はっ、その灼熱の太陽のように輝く真紅の魔宝石がっ、その私に相応しい魔宝石が欲しいとっ!」
 ズビシィッ!と芝居がかった動きで、店の奥にある商品を指さす男。
「で、ですから、欲しい商品は横に置いた番号で言ってくださいっ」
「くださーいっ!」
 依然として抱き合い怯えた目で男を見上げつつも、双子も負けじと声を張り上げる。
 別にそれぐらいなら男の言う通りにしてやればいいじゃないかと思う天駕だが、店先に置かれた看板がふと目に入る。そこには、『ボク達は色が分かりません。ご注文の際には、商品の横にある番号でお願いします』と書かれてあった。
 見れば陳列された商品は全て種類別に分けられているのだが、どれも形は同じで色だけが違うという物ばかり。しかも男が欲しがっている魔宝石とやらは高価な物なのか店の奥に置いてあり、指で差されただけではどれを欲しがっているのか分からない。
 既視感があると思ったら、アレだ、コンビニで煙草を買いに来た態度の悪いオッサンだ。そういうやつに限ってどれなのか聞き返すと、「めんどくさい」だの「使えない」だの言ってくるのだ。まったく腹立たしい。
「どこの世界にも似たようなやつが居るもんねぇ……」
 そう独り言ちると、男が天駕に気づいて振り返る。
「んぅう? 誰かねキミはぁ。ハッ! そうか、私の熱烈なファンだな!? いやぁ、人気者は辛いっ! 私のことを愛してくれるキミたちが常に私のことを追い求め探し求めてくれるのは本当にありがたいが私は今非常に忙しくてだねいやでもサインぐらいなら書」
「いや、ファンじゃないし、そもそもアンタの名前すら知らないけど」
 つっけんどんな天駕の発言に、男は手に持ったサイン色紙を取り落して目を見開く。
「わ、私の名前を知らないだとっ!? サヴィード皇国で知らぬ者は居ないと言われたっ、このギハーロ伯爵のっ、名前もっ、武勇伝もっ、知らないだとぉ!?」
 言葉を区切るたびにポーズを決めるギハーロ。
 その度に歯がキラリと光るのがまた何とも言えない。
「一々リアクションがうるさいなぁ……。知るわけないじゃん、さっきこっちに来たばっかりなんだから」
 天駕が呆れたようにそう答える。
 すると余裕を取り戻したのか、ギハーロの顔に笑みが戻る。
「ふははは! そうか、来たばかりだったのか! だったら私の活躍を知らずに乱暴な言葉を使うのも仕方のないこと! ならば教えてあげようっ、私が今まで築き上げてきた武勇伝・美談・数々の伝説を――」
「興味ない。聞きたくない。つーか今の時点でつまんない」
 取り付く島もなくバッサリ一刀両断。
 余程ショックだったのか、ギハーロはピシッと石のように動きを止めた。ポーズを決めたまま固まっているのは彼のプライドだろうか。
 そんなギハーロに、天駕はさらに言う。
「少なくとも、アンタがこんな小さな子供に大声で怒鳴り散らすようなタマの小さい男ってのはよく分かった。ギハーロだかハゲーロだか伯爵だか癇癪だか知らないけど、そんな高慢ちきな奴の話を聞く気なんて、全っっっっっっっ然ないから!」
「「おぉぉぉ……」」
 強く言い切る天駕の言葉に、観衆から賞賛とも驚きとも取れる声が漏れる。
「あわわわわ……」
 一方アレスタは顔を青ざめていたが、天駕の後頭部に目玉が付いているわけもなく、そのことにまったく気付いていない。そもそも、周りの光景すら天駕の眼中には入っていない。あるのは目前の男の鼻っ柱をへし折ることのみ。
「きっ、きさむぁぁぁぁぁぁ~!」
 追撃により、ギハーロは天駕のことを完全に敵として認識したらしい。
 ……些か遅すぎるような気がしなくもないが。
 背中に手を回し、弓矢と銃を合わせたような武器――クロスボウを天駕の顔面に突きつけた。すでに矢は装填されており、天駕の眉間を正確に狙っている。
 周囲の空気が緊迫したものに変わり、アレスタが短く悲鳴を上げる。
「小娘っ、名を名乗れっ!」
 先ほどとは真逆の、粗暴さしか感じさせないドスのきいた声を発するギハーロ。
きっとこれが彼の本性なのだろう。
双子もその声にすくみ上がり、心配そうに天駕を見つめる。
 だがしかし、天駕は眉ひとつ動かさずに矢じりを、その向こうにあるギハーロの怒りに歪んだ顔を一点に見据えていた。
 腕を組み、仁王立ちで天駕は吼える。
「遖天駕! 日本生まれ日本育ちの十六歳! 華も恥じらう女子高生! 得意科目は体育! スリーサイズは秘密! そしてオウキ連合所属の新米勇者だ! 覚えとけっ!」
 言い切ると同時、ゴウッと一陣の風が吹き抜ける。
 強い突風に観衆は顔を覆うが、渦中の二人は身じろぎひとつしない。
 否、ギハーロは違った。
 ジョシコーセイだのタイクだの、聞いたことのない単語を羅列する目前の少女に彼は一瞬……そう、ほんの一瞬だけ恐怖を抱いた。身長も体格差も違うひ弱な子供に、だ。
 自分はいったい何に対して怯えたのか。射抜くような視線、恐れを知らぬような態度、身体の底から揺さぶってくるような声……いくつも候補が浮かんでくるが、明確にこれだという物は見つからない。もしくはそれら全てが原因なのか。
(元の世界では相当な手練れだったのか……?)
 聞き覚えのない単語も、階級や部隊内の役割だと考えれば辻褄が合う。そうでもなければ、丸腰の相手に自分が恐れる理由が見当たらない。きっとそうに決まっている。
(ここは一度退くべきか……)
 冷や汗が頬を伝う感触に気づき、ギハーロはクロスボウを収めた。
「……テンカ、か。小娘などと言ってしまってすまない。怒ると我を忘れてしまうタチでね。どうだろう、お詫びに何か贈らせてもらえないだろうか」
「はぁっ?」
 ギハーロの唐突な提案に、天駕は訝しげに声を上げる。
「レディを怒らせたんだ、当然のことだろう?」
この場を逃れようと口の動くままに喋るギハーロは、振り返って双子の店を指さす。
「ちょうど都合よくここに店もあるわけだし、悪くないと思――」
 だが、焦っていて思考が回っていなかったのか、そもそも天駕が怒っている理由をよく分かっていなかったのか。いずれにせよ、その言葉は天駕にとって逆効果だった。
 ギハーロが前を向くとそこに天駕はおらず、代わりに彼の股間に強烈な痛みが走る。
「§◎Å△☆∴@!?」
 奇声を上げて膝から崩れ落ちるギハーロ。
「「おおぅ……」」
 成り行きを見守っていた観衆の男たちからも、悲鳴にも似た声が漏れる。
 痛みを堪えながらギハーロが顔を上げると、天駕の冷たい視線が彼の顔に突き刺さった。
「なっ、なにぉするんだ!」
「さっきの言葉訂正するわ。タマが小さいんじゃなくて、腐ってるみたいね。上も下も」
 トントンと指で頭を叩きつつ、痛みに悶えるギハーロを見据える。
「あたしが怒ってるのはね、ルールもまともに守れずに自分の意見だけを馬鹿の一つ覚えで繰り返すアンタの偉そうな態度よ。自分が偉いとでも思ってるわけ? 強いからってなんでも思い通りになると思ったら大間違いだっての」
「うぐ、ぐぐぁ……!」
 怒りと屈辱で呻くギハーロ。
 その眉間を指さし、天駕が静かに、力強く言い放つ。
「――勝負よ」
「なっ……!」
「あぁっ……」
 ギハーロは目を見開き、見守っていたアレスタは遂に気を失った。
 観衆も天駕の発言にどよめき立つ。
 何かの間違いではないか、聞き間違いではないのか。
 そんな空気に答えるように、天駕は再び口を開く。
「聞こえなかった? アンタに『代勇戦』を申し込むって言ってんのよ」
「しっ、正気かキサマ!? 私が何者か知っ」
「だから知らないって言ってんでしょうがよ。何回も言わせないでよね。それとも、伯爵様ってのはこんな女の子の挑戦も受けられないような、口だけ達者のへっぴり野郎なの?」
 嘲るような笑みを浮かべる天駕。
 あからさまな挑発。だがそれ故に効果も大きい。
「そうだそうだ!」
「いいぞ新人っ、もっと言ってやれ!」
「ビビってんのかよ伯爵さまぁ!」
 天駕の熱に感化された観衆が口々に声を上げる。
(烏合の衆がぁ……っ!)
 奥歯を噛み締め、外野を睨みつける。睨まれた一部は怯みこそするものの、集団の精神か、ますます声を張り上げ始める。
 まさしく焼け石に水だ。
 こうなってしまってはもう逃げようがない。逃げれば、今まで築き上げてきたモノ全てが崩れ去ってしまう。そして瞬く間に『ギハーロは子供から逃げた臆病者』というレッテルを貼られて世間に広まっていくのだ。
 歯噛みし悩んでいると、顔に影が射した。
 見上げれば、そこには人を小馬鹿にした表情を浮かべた天駕が。
「さぁ、どうする? は・く・しゃ・く・さ・ま?」
 ここまで言われて、黙っていろと言われても出来るわけもない。
 ギハーロはやおら立ち上がり、周りに宣言するかのように声を張り上げる。
「~~~~っ! 受けるっ、受けるに決まっているだろう! この百戦錬磨のギハーロ・ガンデルシア伯爵が、たかが小娘一人に気後れするわけもなし! 女子供といえども一切手加減はしない! 我が全力をもって貴様を倒す!」
 天駕も吼える。
「上等っ! その天狗っ鼻、叩き潰してやるから覚悟してなさい!」

 うおぉぉぉぉぉおおお!

 真っ向から睨み合う二人を見た観衆は、予想外の熱い展開に雄たけびを上げる。
 観衆の声に体を震わせながら、不思議とギハーロはどこか清々しい気持ちになっていた。完走したような、疲れているのに心が満たされている感覚。あれだけハラワタが煮えくり返っていたのに、自分はいったいどうしたというのだろうか。
「では勝負は三日後、オウキ大闘技場にて待つ! ではさらばだ!」
 ばさりとマントを翻し、ギハーロは悠然と去っていく。
 天駕はその後ろ姿が完全に見えなくなるまで見届けると、双子の元へと歩み寄る。
 店内から出てきた双子は、まるでヒーローを見るかのように天駕を見上げていた。
「大丈夫? あのオッサンに変なことされなかった?」
「うん、大丈夫だよ!」
「だよー!」
 抱っこをねだる子供のように、二人は両手を上げて答える。
「そっか、ならよかった。二人の名前は?」
「ボクはクロ! クロ=ザッカヤーノ!」
 白髪で白いウサギの帽子を被った方がぴょんぴょんと跳ねる。
「ワタシはシロ! シロ=ザッカヤーノ!」
 黒髪で黒いウサギの帽子を被った方もぴょんぴょんと跳ねる。
「「そんな二人のお店は、クロシロ魔法雑貨店!」」
 二人が決めポーズをすると、ポン、ポン、と背後で空砲が鳴り響いた。
「え、えーっと……?」
「このようにサービスも充実してます!」
「してま~す!」
「あぁ、うん、そうみたいね」
 サービスというか、サービス精神ではないだろうか。
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「しないしな~い」
「「ねーっ!」」
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「それよりもお礼だよ、お礼! お姉ちゃん、助けてくれてありがとー!」
「ありがと~!」
 もぎゅっと両側から挟み込むように天駕の足に抱きつく二人。
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 だがしかし、その背後に迫る影が一つ。
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 振り向けば、そこには青筋を浮かばせたアレスタの引きつった笑顔。
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「倒れてたのは知らな……ってなんですかそのわきわきさせた手は。まさか私にお仕置きするんですか? だ、ダメですよ? 身元が保証されるって言ってた本人がそんな乱舞行為をしようとするだなんて。職務放棄です。法律違反です! 暴力反対です!!」
「私が報告しなければ、そんな事実はないんですよ」
「職権乱用だぁぁぁぁぁ!」
 叫びも空しく、アレスタの魔の手が天駕に襲い掛かった。
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