あっぱれ!天駕爛漫(仮)

藤堂フミヨシ

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1章 

人事部異界召喚課勇者係 ①

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 あつはれ天駕てんかが目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋の中だった。
 部屋の中は薄暗く、天井に照明器具は見当たらない。その代わりなのか、複数の映像が天井付近で円を描くように動き、地面に向けてぼんやりとした光を放っていた。
 音はしないが映画でも流しているらしく、画面の中では鎧をまとった少年が光り輝く剣で巨大な鳥を倒していたり、迷彩服の女性が敵らしき者たちに銃を乱射したりしている。
 まるで本物を相手にしているかのような演技とその映像技術に、やはりハリウッドは違うな、と天駕はぼんやりと映像を眺めた。
 技術と言えば、天井の映像はいったいどこから投映しているのだろう。天井がスクリーンになっているわけでもないし、そもそも映像は空中に浮かんでいる。自分にはよく分からないが、科学の進歩が目まぐるしい昨今、そういった技術が確立されていてもなんらおかしくはないだろう。
 ……なぜそんな技術が使われている場所に、自分が居るのかは分からないが。
 思い出そうとするがどうにも記憶が曖昧で、この部屋で目覚める直前の記憶だけがすっぽりと抜けている。手がかりにならないかと映像を睨むが、当然答えが映し出されるわけもなく、自然と天駕の視線は下がっていく。
 まず目に入るのは天井と同じく一面真っ白な壁。ぼんやり光る非常口の案内灯と出入り口らしき扉。数歩先に設置された長机とパイプ椅子。
 そして、そこに座って何か作業をしているスーツ姿の誰か。
 書類に何かを書き込んでいるらしく、カリカリと小気味よい音が部屋の中に響く。俯いているため顔はよく見えないが、後頭部で団子状にまとめられている金髪を見る限り、おそらく女性だろう。逆に男だったらちょっと、いやかなり嫌だ。
 そんな天駕の思いを感じたのか。はたまた単に視線に気づいたのか。スーツの人物は手を止め、ゆっくりと顔を上げる。
 まず目についたのはキャラメルのような褐色の肌、次にシルバーフレームのメガネからこちらを覗く切れ長の目。そしてシャツのボタンがはち切れんばかりに大きい胸。どこからどう見ても女性、それもとびっきりの外人美女だった。アメコミとかのデキる社長のすぐ傍にいる、クールビューティな秘書。そんなイメージが天駕の頭に浮かぶ。
 そんなデキる秘書系美女は天駕を確認すると、きょとんとした表情を浮かべる。
「おはようございますぅ」
 が、それはすぐに人懐っこそうな笑顔へと変わった。
「お、おはようございます」
 見た目にそぐわぬ、と言えば失礼だが、思いのほか朗らかで可愛らしい調子の声に天駕は一瞬戸惑う。
 しかし『イの一番よりアの挨拶』と、育ての親であるジイちゃんに口酸っぱく言われてきた天駕は、どもりながらもなんとか挨拶を返す。
 天駕が挨拶を返したことに笑顔を深めつつ、女性が口を開く。
「気分はどうですか? 体調は? 熱があるとか、腹痛があるとか、心なしか体が軽いような感じがしたりとかは……」
「ちょ、ちょっと待ってください」
 笑顔のまま矢継ぎ早に話す女性に、慌ててストップをかける。
 体が軽いってどういうことだ。気分どうこうは分かるが。
 ……いや、そもそもここはどこ? この人は誰? 何故自分はここに? 誘拐?
 それにしては対応が優しいし、目の前のお姉さんも見張りっぽい感じはしない。
 今になってようやく頭が目覚め始め、様々な疑問が沸々と湧いてくる。
 天駕がうんうん唸っている間に、女性は何かに気づいたようにぽんと手を叩く。
「あぁ、ごめんなさい。立ったままじゃ疲れますよね」
 そう言って軽い足取りで天駕の方へ回り込み、パイプ椅子を座りやすいように引き出す。
「どうぞ♪」
 満面の笑みでそう言われ、はたして断れる人間は居るのだろうか。
 少なくとも天駕はそのような人間ではなかったし、ましてや人の親切を踏みにじるようなことは出来なかった。
(NOと言えない日本人……)
 そんな言葉が脳裏によぎった。
 申し訳なさを感じつつも、天駕は何か罠があるのではないかと警戒しながらパイプ椅子に腰かける。だがお尻に電流が走ったり、下品な音が鳴ったりすることもなく、むしろ厚めのクッションは彼女のお尻を優しく包み込み、緊張していた気持ちを落ち着かせた。
 ほっと一息つく天駕だったが、思い出したように警戒を再開する、相手の素性が分からない以上、用心するに越したことはないのだ。
 制服のポケットにスマホが入っていることを確認し、すぐに取り出せるよう準備しておく。使えるかどうかは分からないが、無いよりマシというものである。
「よかったら紅茶をどうぞ。お菓子もありますよぉ」
 女性の言葉につられて顔を上げると、その言葉通り、天駕の前には湯気の立った紅茶とクッキーのティーセットが用意されていた。先ほどまで影も形もなかったはずだが、いったいどこから取り出したのだろうか。まさか備え付けの引き出しからではあるまいし。
(いや、これはもしかしたら、油断させておいて毒でばたりと……)
 などとスパイ映画のような想像を巡らせるが、取り出した当人が紅茶を飲んでのほほんと一息ついているので大丈夫だろう。何より、天駕自身も緊張で喉がカラカラだった。
 カップを手に取り――一応匂いを確認しつつ――少しだけ口をつける。
(こ、これは……!)
 ウマい。べらぼうにウマい。
 いわゆるストレートティーだが、飲んだ瞬間に上品な甘さと香りが口の中から鼻に抜けていき、微かな後味を残してスッと消えていく。今まで自分が飲んできたゴゴティーやらニプトンで「紅茶うめぇ!」となっていた自分がひどく恥ずかしく思える。
 そうなると当然お菓子が欲しくなるわけで。
 流れるようにクッキーへと手を伸ばし、半分ほどを口の中に入れる。
 これもまた見事な一品で、バターの香りと程よい甘さが口の中で静かに広がり、唾液が溢れだしてくる。紅茶を口に含めば、これまた先ほどと違う味わいに変わり、より一層紅茶の味に深みが増す。まさに致せり尽くせりの一言に尽きる代物だった。
 先ほどまでの警戒心はどこへやら。バクバクゴクゴクと飲み食いし始める天駕。
「ふふっ、気に入ってもらえて良かったです」
 そうして笑顔で見守っていた女性が声を掛けた時には、気が付けばクッキーは最後の一枚。それも今まさに食べようとしている最中だった。
「んぐっ。す、すみません。私ばっかり食べちゃって」
「いえいえ、構いませんよぉ。むしろ元気なのが分かって良かったです」
 女性は嬉しそうに両手を合わせる。
「あはは……」
 確かに、これだけ飲み食いしていれば体に異常はないだろう。
 乾いた笑い声を上げ、天駕はそっと最後の一枚を皿の上に戻す。名残惜しいが、さすがに恥ずかしさの方が上回っていた。
 天駕が食べるのを止めると、女性は自分のティーカップを脇に退け、数枚の紙を空いたスペースに置いて話し始める。
「それではまず、お名前を確認させていただきたいのですが……遖天駕さん、でよろしいですよね?」
「はい、そうですけど……」
「本人確認OK、体調にも問題なし、っと」
 そう呟き、女性は手元の紙に筆を走らせる。
 チラッと視線をそこに向けると、見たこともない文字がずらりと並んでいた。状況と言動から察するに、どうやら報告書みたいなものらしい。その横には自分の顔写真が張り付けられた紙があるが、こちらはおそらく資料だろう。わりと細かく書かれている感じの文書量で、どこまで書かれているのか気になってしまう。
「性別は女性、十六歳の純日本人……ですよね?」
 資料らしき紙を指でなぞりながらそう言うと、女性が小首を傾げて天駕を見る。
 そうなるのも無理はない。
 天駕の髪は頭頂部から短いポニーテールの毛先に至るまで、その全てが鮮やかな真紅色。それに加えて瞳もアメジストのように透き通った紫色をしていた。天井からの光を反射して銀河のように輝くそれは、到底人の手を加えた紛い物には見えない。
「生まれつき、なんですよ。体調とかに問題はないって言われてますけど」
 照れたようにはにかみ、天駕は自分の髪を触る。
 こういったことは何度も、それこそ聞き飽きるほど言われてきた。不良や嫌な奴だと思われないように明るく笑い、なるべく軽い調子で話す。自然と身についた反応だった。
「そうなんですか……いや、ジロジロ見てしまってすいません。思っていたよりもあちらの方の人にしては綺麗な髪だと思いまして。では次に――」
 特に言及されることなく、女性は口出し確認をしつつ書類に文字を書き込んでいく。
 そのことに天駕は内心安堵しつつ、目前の女性が、もしくは彼女の所属する“何か”が、自分を標的にしてこの場に連れてきた計画的犯行であることを確信した。先ほど、あちらの方と言っていたが、海外グループの犯行なのだろうか。
 だが不思議と恐怖は湧いてこない。
 むしろ、この非日常的状況に興奮している自分がいた。
 ……まぁ、散々飲み食いしている時点で恐怖もへったくれもないが。
 しばらくそんな感じで身元確認をしていたが、ようやく最後の一枚を書き終え、女性はふぅっと一息つく。
「では、以上で本人確認は終了です。お疲れ様でした」
 にこやかな笑顔で頭を下げる女性。
 天駕もつられて軽く会釈を返す。
「紹介が遅れて申し訳ありません。私、オウキ連合の人事部異界召喚課勇者係、アレスタ・ホーキンスと言います。以後、お見知りおきをー」
 聞きなれぬ単語を羅列し、再び一礼。
 顔を上げた時、天駕は目を点にしていた。
「……すみません、もう一回お願いできますか」
「あれ、間違えましたか? えぇっと……ドゥイ、シィンクァルオウキ、ヌェリフ……」
「違います違います! 言語は合ってます! 意味も理解できてます!」
 難解な発音で言い直し始めたアレスタを慌てて止める。
 単語の意味は理解出来る。出来るからこそ困っているのだが、目の前の人事部なんちゃらかんちゃら所属の人は不思議そうな顔で首を傾げている。
 あれ、もしかしてこの人、見た目に反して中身はポンコt……。
(いやいや、それは言い過ぎ)
 あくまでも、自分がもう一度とお願いしたからこうなったわけで。向こうは善意で言い直してくれただけだ。むしろ真面目に考えてくれた分、良かったと考えよう。ただ、その情報についてあまりにも疑問が多すぎただけだ。悪いのは。悪い、のは……。
 あれ、やっぱり向こうが悪いような気が。
「えっと、大丈夫なら話を続けさせてもらいますね」
 アレスタがそう言うと、天井で回っていた映像の一つがふわりと天駕の前に降りてきた。まるで光そのものが四角く浮かんでいるようなソレに一瞬ノイズが走り、『図解でよく分かる! あなたの現状 ―日本語編―』と大きく映し出される。
 驚く天駕を置いてけぼりにし、その映像に合わせてアレスタが話を始める。
「天駕さんが居るこの場所は、四つの大陸からなる世界……つまりは異世界です。この世界では『代理勇者戦争』と呼ばれる方法で、九つの勢力が長年領土を争っています」
 この世界の地図らしき物が映し出され、それぞれ色が付いていく。
 右端にある歪なエイのような形をした大陸が一色、その左にある端まで届きそうな程長い大陸は五色に分けられ、その左と下にある大陸がそれぞれ一色。最後に小さな離れ島に色が付いた。
 つまる所、これが現在の勢力図なのだろう。最後に色を塗られた島は劣勢なのか、それとも領土取りにあまり興味がないのかはよく分からないが、大丈夫なのだろうか。
 しばらく天駕の様子を窺っていたアレスタが、話を進める。
「代理勇者戦争とは、異世界から『勇者』の適性を持った者――つまり天駕さんのことです――を召喚し、他勢力の代表と戦ってもらって領土を獲得してもらう方法です。戦争なら自分でやればいい、と思われるでしょうが、その点についても解説いたします」
 ぐるりと映像が回転し、『なぜあなたが召喚されたのか?』と文字が大きく映し出される。
「戦争と付いていますが、それもだいぶ過去の話でして、今は勢力間の関係も良好なんです。じゃあなんで天駕さんが召喚されたのかと言いますと、実は先の戦争の影響で、この世界を構築している魔力が枯渇し始めていたんですね。そこでどうにかしようと色々模索した結果、勇者同士が戦うと魔力が発生することが判明しまして。そこで、どうせなら協力してもらう勇者も含めた皆が楽しくなるような方法がいいなー、ということで現在の『代理勇者戦争』が生まれたわけなんですよ」
 再びぐるりと映像が回ると、今度は『代理勇者戦争のルール』と浮かび上がった。
「では、どの辺りが楽しくなるように変更されたのか! その1、殺しは御法度! その2、勝負方法はスポーツやギャンブルなどといった武器を用いた方法以外でもOKに! その3、戦績によっては勇者の願いが叶っちゃうかも!?」
 『安全! 楽しい! 嬉しい!』と、謳い文句のように文字が飛び出す。
 そしてアレスタは、今まで黙って聞いていた天駕の反応を窺った。
 とりあえず自分の立ち位置は分かった。
 それを踏まえて思う。
(何言ってんだこの人)
 代理勇者戦争ってなんだ。戦争を勇者に代理でやらせる、というのは分かりやすくて良いかもしれないが、もう少し捻った名称は付けられなかったのか。
 あと、異世界ならカッコいい名前があるはずだろう。というかあってほしかった。アレフなんちゃらとか、うんたらガルドとか、大人も満足できるようなカッコいい名前が。
 そんな言葉が顔にありありと出ていたのか、アレスタは続けて話す。
「まぁ、そう言われても『はい、そうですか』って納得できませんよね。分かりますよー、天駕さんのいた世界じゃあ普通じゃないですからね」
 うんうんと何度も頷くアレスタ。しかし、その表情はどこか自信に満ち溢れていた。
「でも安心してください。今まで召喚された人たちの中にも、天駕さんのような表情をなされた方が居ましたから」
「全員じゃないんですか?」
「はい。むしろ少数ですね。大半の人はあっさり受け入れてくれました。まぁ、そういう人達は魔法とかが身近にある世界に住んでいたので、当然と言えば当然ですが」
 中にはそうじゃない人も居ましたけど、と小声で付け足し、アレスタは立ち上がる。
 そのまま背後に、天駕から見れば正面の壁へと歩いて行く。
「そちらの言葉で『百聞は一見に如かず』……でしたっけ。これを見ていただければ、天駕さんもきっと信じてくれると思います」
 何をする気かと身構える前に、アレスタが壁の一部に手を触れた。
 ガコンッと重たい何かが外れるような音が鳴り、壁を横切るように眩い光が走る。
 あまりの明るさに天駕は思わず腕で目を庇うが、直視してしまったために目の奥がじんわりと痛む。続けて風が吹いてくるのを感じるが、それは想像していたような荒々しい突風などではなく、例えるならば春先の穏やかな暖かさを含んだそよ風。怖がらなくてもいいよ、とまるで子供をあやすように優しく天駕の頬を撫でていく。
 それと同時に、壁が光っているのではなく、開いた壁の向こうから光が射し込んでいることに天駕は気づく。それも電気の明るさではない。太陽の、あの熱を持った輝きだ。
 まばゆい光に目を細めつつ、天駕はゆっくりと腕を降ろす。
「……っ!」
 目の前に広がっていたのは、突き抜けるような青空。
 どこまでも深く静かに広がるその空は、見つめていると平衡感覚を失いそうになる程に澄み渡っていた。
 目は釘付けになり、心は弾み、口からは感嘆の声が漏れる。
 いつの間にかアレスタが部屋の端へと移動していたが、今の天駕にはそんなことに気づく余裕など微塵もなかった。
 これほど空が美しいなら、大地は、建物は、それ以外はどうなっているのだろう。
 そんな欲望が天駕の中で渦巻き、満たしていく。
 居ても立っても居られなくなり、天駕はパイプ椅子が倒れるのも気にせず立ち上がってゆっくり歩を進めていく。ただ窓から景色を眺めるだけだというのに全身が強張っていた。
 怖いから? 突き落とされるかもしれないから?
 この期に及んでそんな考えが浮かび、天駕は自分を嗤った。
(違う、本当は分かってる)
 これは緊張なんかじゃない。ワクワクしてるんだ。
 これから見える物に、自分の状況に。
 そして、これが現実であることに。
 アレスタの言うことを嘘だと笑う自分の中に、そうであったら良いなと思っている自分が居た。ずっと夢に見てきた、憧れてきた物語の彼らと、自分は今同じ場所に居るのだと、痛いほどに鳴る鼓動がそれを証明してくれている。
 一歩、また一歩と、今にも力が抜けそうな脚でゆっくり、確実に床を踏みしめていく。 そしてあと一歩で下が見えるという所で、天駕は足の動きを止めた。
(慎重に、落ち着いて……)
 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸。先ほどとは違い、空気には匂いが付いていた。焼きたてのパンの匂いや、何かが燃えている煙の匂い。色々な物が混ざったそれは、少なくとも嫌いではない。
「……よしっ!」
 覚悟を決め、天駕は最後の一歩を踏み出す。
 それを待っていたかのように風が再び吹き込み、その身体を包み込む。
 それはあたかも、この世界が彼女を歓迎しているようだった。
 窓から覗く天駕の眼下に広がるのは、大小色形が異なる建物が並ぶ街に、活気あふれる人々の姿。誰一人として同じ服装をしている人はおらず、そもそも人ですらない者もいる。
 中には武器を持っている者もいて、彼らがきっと『勇者』なのだろう。建物と同じように肌や髪の色も、ましてや人ではない何かもいるが、そんなことも気にせず誰もが楽しそうに笑っている。
 こんな光景を見ても、まだ手の込んだドッキリなんて陳腐な考えを出してくる自分の頭が憎らしい。もっと昔の自分なら一切疑うことなく信じていたというのに。
 チチチッ。
 呆気にとられていると、天駕の目前に小さな鳥が留まった。
 鮮やかな緑がかった黒色をしたその鳥は、窓枠に置かれた手に興味を示したらしく、嘴で軽く突いたり、不思議そうにその周りをぐるぐる回ったりしている。そっと人差し指を伸ばしてみると、ちょこんとその上に足を留め、天駕をじっと見つめた。
「こ、こんにちは」
 ピィヨ。
 同じ目線になるように手を上げて挨拶すると、まるで返事をするように小鳥は鳴き声をあげる。てっきり人語を理解しているのかと思ったが、その予想は残念ながら外れた。
 ピィア。
 天駕の頭上から一際甲高い鳴き声が聞こえ、次いでパタタ、と羽ばたく音がして手の甲に真っ赤な小鳥が乗った。一回り程大きなその鳥は、最初に乗っていた鳥に寄り添うようにして身体をすり寄せる。どうやら夫婦らしい。雄雌の判別はつかないが、何となく一回り大きい方が奥さんのような気がした。なんてことはない、直感だ。
 小鳥の夫婦はしばらく天駕の手の上でラブラブっぷりを見せつけていたが、特に何をするでもなく、突然あっさりとどこかへと飛び立っていった。その向こうには大小さまざまな島が宙に浮かび、いくつかの島からは水が滝のように流れて綺麗な虹を作っている。
 もう否定しようもなかった。
 ここは紛うことなく異世界なのだ。
 その感動と興奮が全身を駆け巡って頭がくらっとするが、それも一瞬のことですぐに治る。ここにきて気絶するなんてもったいない。瞬きするのも惜しいぐらいだ。
 そんな主人公っぽいことをしていた天駕に、アレスタが興奮した様子で詰め寄って来た。
「凄いじゃないですか、天駕さん!」
「えっ、な、何がですか」
「さっきの鳥ですよ! あの鳥、アクネティタクって種類なんですけど、滅多に人に懐かないことで有名なんです! それも番いでなんて……あぁ、写真撮っておけばよかった」
 この世界に来たばかりなのでよく分からないが、どうやら自分は相当レアなものと出会ったらしい。目を子供のように輝かせて鳥たちが飛び去っていった方向を眺めるアレスタを眺め、その凄さを実感する。ファーストラックみたいなものが働いたのだろうか。
 まぁ、それは置いといて。
「あの、アレスタさん」
「はいっ、何でしょうか!」
 外を眺めていたアレスタが、ぎゅるんと顔を天駕の方に向ける。
「さっきの説明が本当ってことは理解しましたんで、もうちょっと詳しく話をしてもらってもいいですか?」
「あっ……」
 しばしの沈黙。
「そ、そうですね。すみません。私としたことが、仕事を忘れてました」
 ゴホン、とアレスタは照れ隠しに咳払いを一つ。
 天駕自身もアレスタのようなテンションで話しださんばかりの心境だったが、先にはしゃがれてしまうと冷静になるというか、萎えてしまうというか。自分の中で燃え上がっていた何かが萎んでいくのを感じるのだった。
 しかし、いったい何がアレスタをあそこまで興奮させたのだろうか。
「……そんなに珍しいんですか、あの鳥?」
 うっかりそう呟いた瞬間、アレスタの瞳が、というかメガネがギラリと怪しく光った。
 あっ、これは余計なこと言ったな。
 そう思ったときには後の祭り。アレスタは天駕の肩を掴み、鼻息荒く話し始める。
「珍しいってものじゃないですよ! 神の遣いとして崇め奉られているほど神聖かつ貴重な鳥でして、未だにニーフォンのどこが主な生息地で個体数がどれくらいなのかとかも分かってないんです! 一説では神様の生まれ変わりとか言われてまして、その珍しさからあの鳥に出会えた者はいずれ歴史に名を残すであろうって伝説が――」
「分かりました! 分かりましたから! 落ち着いてください!」
 グイグイ詰め寄ってくるアレスタの顔を両手で押し返し、なんとか距離を置こうとする。
 自分も好きなものの前では熱くなるタイプだが、傍から見れば自分もこういう風に見えているのだろうか。
 そんなことを思う天駕を余所に、解説はますますヒートアップしていくのだった。
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