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【一章】ゴールド・ノジャーの人助け編

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 この世界には結界魔法というものがある。
 その名の通り、任意の形でバリアーを展開する魔法のことだ。

 結界魔法の初心者ではテンプレートのごとく決まった形のシールドしか展開できないものの、熟練者にもなれば板型だろうと円錐型だろうと、球体だろうと人型だろうと思いのままだ。

 そしてこの結界のいいところは、形を作ったうえで自由自在に配置場所をコントロールすることができるところでもある。
 たとえば柔軟な板状の結界に人を乗せればあら不思議、空飛ぶ絨毯の完成だ。

 つまり何が言いたいのかというと、天を翔けるのじゃロリこと不老の魔女ゴールド・ノジャーは絶賛空の旅を満喫しているということである。

 まあ、まるで簡単であるかのように言ったが、こんなことができるのはこの世界に何人もいない超技術なので安心して欲しい。
 そもそもずっと結界を操作するなんてこと、内包する魔力量が無尽蔵でもなければ不可能な芸当だ。
 結界魔法に詳しい技巧者がこの光景を見たら、もしかしたら卒倒するかもしれないくらいの離れ業である。

 結界を飛ばしてその上に乗るなんて技術もアカシックレコード由来なので、この時代の人にはもしかしたら概念すら理解されないかもしれない。
 半透明の絨毯型結界も、なんらかの魔道具か結界とは別の魔法だと認識される可能性が高いだろう。

 さて、なぜそんな移動手段について長々と語ったかと言えば、それは現在進行形で飛行する俺の姿をバッチリとみられてしまったからである。

 場所は五年ほど居座ったマリベスター王国の王都マリベスから、馬車で東に一月ほど離れたお隣の国サンドハットの森奥深くだ。
 もうすでに三年ほどここで暮らしている。
 位置的にはちょうどマリベスター王国と隣接する辺境なのだが、この世界において俺の出発点でもある無人の大森林と隣接するド田舎。

 このロデオンス中央大陸最南端には無人の大森林が広がり、森林はおよそ大陸の半分以上を占めているわけだが、当然この森林を抑えるのにマリベスター王国一つでは国土不足だ。
 故に南西にマリベスター、南東にサンドハットという形で大森林から湧き出す強力な魔物を抑え込み、人類の生息圏を必死で確保しているというわけである。

 そういった持ちつ持たれつの関係もあることから、両者の国はここ数百年ほど戦争らしい戦争もなかったくらい、無人の大森林という自然の驚異には真剣に対応しているのであった。

 で、話を戻すが。
 その中央大陸南東のサンドハット王国辺境ブルネスティンの上空を、空飛ぶ絨毯結界に寝転がり悠々と飛行していたところ、大森林で活動する高位の冒険者パーティーが行き倒れているのを確認した。

 最近はこの辺境の周辺に小屋をたてて空中散歩する日々が多かったので、試作した魔道具の実験もかねて、偶然にも見つけることができたのだ。

 とはいえ、俺にとっては自堕落に空中散歩する程度の危険度でも、どうやら人間種にとってはそうじゃなかったらしい。
 まだ大森林にとっては入り口も入り口、もっとも浅い徒歩一週間もいいところの場所だったのだがなあ……。

 見るからに質のいい装備を身に着けた高位の冒険者パーティーにとってすら、この無人の大森林の魔物は手に余るものだったのだろう。
 すでに四人で組んでいたパーティーのうち、前衛二人は意識を失い戦闘不能、残る二人の後衛は雷を纏った虎のような魔物と睨み合い絶体絶命の大ピンチといったところであった。

 アカシックレコードに頼らずに困っている人を見つけたのはこれが初めてではないが、ここまで絶体絶命の人を見つけたのは初めてかもしれない。
 そのぐらいレアな体験である。

 幸いにして救出する方法はいくらでもある。
 雷虎を魔法で瞬殺してから倒れている前衛に回復魔法をぶっぱなすでもよし。
 もしくは姿を隠し陰ながら回復と支援を両立させ、冒険者たち自身の火事場の馬鹿力だと思わせるのもよし。

 このくらいのピンチは俺にとってはピンチですらないのだから。

 しかし時間は有限で、そうこう悩んでいるうちに後衛と睨み合いを続けていた雷虎がいまにも飛び掛かりそうな態勢へシフトする。
 残された猶予は少ないみたいなので、そろそろ決断の時であったわけだ。

 で、前置きでバッチリ姿を見られていたということからもうお分かりかと思うが、俺は結局直接助けることにしたのであった。

 絨毯型結界に鎮座しつつも空から雷虎と冒険者の間に降り立ち、浮遊を続けながら即座に新たな魔法を構築。
 なに、やったことは単純だ。
 雷虎との間にもう一枚、奴の攻撃では絶対に破れないドーム型の結界を新たに展開しただけのことである。

 こうして少し魔物に時間を与えてやればあら不思議。
 このあたり一帯の主として君臨している俺の魔力から格の違いを感じ取ったのだろう。
 雷虎は怯えたような態度で踵を返し、どこかへと走り去っていったのであった。

 近くで見ると意識を失った前衛二人にもまだ息があるようだし、間一髪救出成功といったところだろうか。
 なにせ彼らは高位の冒険者パーティーだ、一度窮地を脱すれば負傷した仲間の立て直しも可能なはず。

 ただちょっと誤算だったのは、空から降ってわいた俺のことを見て後衛の一人、魔法使いの男性が腰を抜かし、残ったもう一人の弓使いの女性は、化け物を見るような目つきでこちらに武器を向けて威嚇していることくらいだろうか。

 やはりというべきか、そりゃあそうかというべきか。
 この世界では半透明な魔法の絨毯に乗って現れる謎の美少女は、ずいぶんと奇妙に見えるらしい。
 しかも世間では高位の実力者であろう自分たちが手も足もでなかった雷虎相手に、ひと睨みで追っ払うような怪しげな恰好をした超越者。

 つい毎日のノリと趣味で自主制作した、巻き角型生命察知センサー魔道具を装備していたのも相まって、もしかすると魔族と呼ばれる人類の敵対者に見えている可能性もある。

 実に気味が悪いことだろう。

 まあ、だからといってこのまま膠着状態というわけにもいかない。
 だからしょうがなく、この状況では何を言っても誤解を生むだろうなと思いつつも声をかけることにしたのであった。

「冒険者よ。ここから先は人類にはまだ早い、魔の領域じゃ。早々に立ち去れ」
「くっ! ば、バケモノめ……!! ここで死ぬくらいならせめて一矢報いてやる……!」

 一矢報いてじゃないから!
 こちら魔族でもなければバケモノでも……、いや、不老だからバケモノではあるかも。

 いや、そうじゃなくて。
 この早とちり弓使いに、敵対者ではないということをアピールしなくてはならない。

 ここでカチューシャと一体化している巻き角をスポッと取ってしまうのも手だが、このゴールド・ノジャーたるもの、そのような威厳なきロールプレイは断固拒否したい所存。
 せっかく五年間も人里でロリババアスタイルを通してきたのだ、滑稽な姿だけは見せられん。

 故に……。

「無駄な足掻きよのう。そして愚かじゃ。貴様は大事なことが見えておらぬ」
「なんですって! 言わせておけば……!」
「そうじゃろう? ここで儂に挑み無為に命を散らすのと、貴様らを助けてやった行いの意図を汲み取り、大事な仲間の命を天秤にかけバケモノと取引をするのと、どちらが得策じゃ? 考えてみるがよい」

 そう語るとぐうの音も出なくなったのか、しばらくしたのち、気丈に振舞い弓を構えていた女性はついに膝をつき、悔しそうに拳を握りしめたのであった。

 どうどう。
 そう落ち込まなくても、これ悪魔との取引とかじゃないから。
 腰を抜かしている魔法使いの男性も顔を青ざめさせなくていいって、こちとら正義の味方、ゴールド・ノジャーぞ。


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