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第二章
2 少女は闇に向かって呟いていた
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「ねえ、フィナ。まだ起きてる?」
リウィーは寝つけなかった。普段は路上だろうが野外だろうが、眠れない、などと言う事はない。だが、高級な場所は逆に居心地が悪い。
例えば今日のように柔らかく、暖かな布団の中では、体が浮いているような気がするのだ。長く放浪生活をしていると、固い地面で眠るのが当たり前の事になる。こんなフワフワした所で寝ていたら、寝返りを打った時に下に落ちそうではないか。
「起きています。寝つけないのですか」
優しい声が返ってきた。
「うん。なんか、浮いているような感じがしてね」
そう、と言って微笑んでいる。真っ暗な中、普通の人ならその微笑みは見えないだろうが、自分には優れた暗視能力が備わっている。日中と違って色の違いまではわからないが、隣の寝台ベッド程度の距離なら表情は十分に見える。
彼女は横向きで、向かい合うような形で横になっていた。そう言えば、翼が邪魔になって「仰向け」になれないな、と思った。
リウィーは、フィルナーナの事が気に入っていた。どこが、と言われても上手く答えられない。しいて言えば、クレッドと「匂い」が似ている、という所だ。
人は機嫌が悪い時がある。負の感情を抱く事がある。例え親しい間柄でも腹が立つ場合があるし、鬱陶しいと感じる状況もある。
そういう感情があるのは当たり前で、自然な事だ。
ただ、人はそれを隠す。取り繕うというのだろうか。表では親しみを見せながら、裏では罵倒し、悪意を向ける。もちろん、皆が皆、常に、という事はないけれど。
そんなものだと理解っていても、それが自分に向けられるのは耐えがたい。
幼い頃の経験のせいだとは思うが。表面上は親切そうな詐欺師、盗賊、人攫いなどを腐るほど見てきた。だから、特に「知り合って間もない人」と接する時には、距離を開ける事にしている。
クレッドは違う。態度はぶっきらぼうで、物言いも雑だけど、自分に対して真摯だ。祝福の事を知られた後でも、変わらない。
優しい、と言うのとは、ちょっと違う。時には嫌な感情を向けてくる事がある。けど、思った事をハッキリと言葉にする。もしくは、態度や行動で示してくる。表裏がない、その事が「匂い」でわかる。そういう人間はなかなかいない。
自分を偽らない、という事。
そう言う人だから、好きだ。そんな人の前なら、私も「自分を偽らない」でいい。それは、とても開放感を感じられる事なのだ。
フィルナーナは、クレッドにちょっと似ている。行動や言動と、感情の匂いが一致する。
少し違う所は、人に対する負の感情がほとんどない所だ。護衛についていたという兵士の人達のことは心底悲しんでいたし、仲間の事を心配し、感謝している。戦った敵ですら、仕方がないのに哀れみ、心の中で謝罪していた。
こう言う場合は本当に「優しい」と言うのだろうか。お姫様だから「育ちが良い」という事なのだろうか。理由はわからない。とにかく、この人と話していると本当に安心する事ができる。優しい気持ちになれるのだ。
「フィナも、眠れない?」
「はい。国の事を、考えると」
「あっ、ごめんね」
「大丈夫ですよ」
また微笑んだ。良い匂い。やっぱり、好きだなと思う。
いっその事、同じ布団に入りたいと思わなくはないが、流石にアレなのはわかる。子どもっぽいし、王族とかはよくわからないけど、そういうのは失礼なのかもしれない。
「フィナの国って、どんなところ? 聞いてもよければ」
「美しい、所です。山の中にあり……自然が豊かで。標高が高いので、独特の花が咲きます。森があって、泉があって。動物たちも、沢山います」
「へえ」
「山なので、冬が長くて。雪が沢山、降ります。子どもたちは、雪でお家を作って遊びます。大人は雪像を作っている人がいました。温泉があって。家族で入りに行ったりします」
「フィナも、入ったの?」
「温泉では、身分の差はなくなります。王族も関係なく。私は、好きです」
一時的とはいえ、そういう場所もあるというのは、驚きだった。
「私も、入っていいのかな」
「もちろんです。いつか、一緒に入りましょう」
身分の差がない。誰でも、入っていい。いつか、一緒に。
*
「楽しそうね。私の話も聞いてくれる?」
そう言えば、この部屋にはもう一人いた。
鱗の女戦士。クリスには苦手意識があった。匂いの違和感には慣れてきたが、それだけではない。この人は己に対してとても厳しい。誇り高く、それに見合う実力を持っている。みんなで休憩している時に、一人静かに周りを警戒していたりする。
一度、見張りは大丈夫だから一緒に休憩しようと誘った。あっさり、断られた。腹がたった。躍起になって何度も誘ったが、無視された。
ヒゲが「仲良くしたいらしいから、話を聞いてやってくれ」と割り込んできた。
そんなわけはない。コイツは何を言っているんだ。恥ずかしい。勢いで渾名を「トカゲ」にする、と宣言した。クレッドと本人には爆笑された。フィルナーナは困った顔をしていたが、愛情を持って呼ぶから大丈夫、と言ったら混乱しつつも理解と言うか、納得したようだった。
言っておいて何だが、自分でもよくわかっていない。ヒゲの「鱗の民は『蜥蜴人間』ではなく『竜人』だと言われている。論拠は鱗の形状と組成が」までは聞いた。後なんか喋ってたけど、知らない。
渾名をトカゲと命名した経緯を、ふと思い出した。彼女は、こういう話に参加してくるような性格ではない。
部屋の入口に近い寝台で横になっていたはずが、いつの間にか立ち上がっていた。夜目が利くと聞いている。その目が、此方を見つめていた。
何、と言う言葉が口から漏れる寸前、リウィーは周囲の不穏な空気を察知していた。
誰かいる。しかも、囲まれている。少なくとも部屋の外、廊下に二人。部屋は二階なのだが、窓の外にも一人はいる。
「何? トカゲも話に混ぜて欲しいの? いつもはそんな事言わないのに」
わざとおどけた口調で返しながら、枕元に置いていた小剣を手に取り、寝台の脇に静かに降りる。身振り手振りで廊下に二人、と伝えた。
「こういう時はね。なるべく参加する主義なの」
クリスは小さく頷くと、全く音を立てず、滑るように入口まで移動した。フィルナーナも何かを察したようで、上半身を起こしていた。手を取り、そっと握った。緊張した面持ちで頷いている。おおよその事態は伝わったみたいだ。
窓がいつの間にか開け放たれており、風に揺られて小さな音をたてていた。
「いいけどさ。部外者の飛び入り参加は、受け付けてないんだけどな」
この言葉が多少の牽制になったのか、すぐには動く気配はなかった。とはいえ、此方もどう動いていいかわからない。下手に前に出たら本命を襲われる。
しばらくの間沈黙が続いたが、先に動いたのは向こうの方だった。
入口側にいる戦士は仲間の内で間違いなく最強の戦闘力を持っている。暗闇の中でもそれなりに見えるそうだし、遅れを取ることはないと思う。
そちらは任せるとして、窓側に集中する事にした。鞘に収まったままであった小剣を抜いて、前に踏み出す。窓から侵入した敵が短剣を振りかざす。小剣で受けとめた。金属と金属がぶつかり合う音が部屋に響いた。
二回、三回と斬りあう。反応が速い。この闇の中で、見えているかのような速度と正確さを持った攻撃。そう言えば、変身能力を持つ者がいるという話だった。狼に変身する、神の祝福。幼い時を過ごした集落の人達以外に「狼の民」はいるのだろうか。確率は低い。
つまり、目の前にいる人は、同族、同郷のはず。
そこに思い至った時、ふと感じた匂いに衝撃を受けた。
懐かしい、かつては常に共にあった匂い。
「う、ウィーナ?」
呆けた様に目の前を注視した。小剣を振り上げたまま、固まってしまった。
「リウィー?」
同じ顔。瓜ふたつ、と言っていいだろう。
そこには自分と顔も背丈も変わらぬ少女が、短剣を構えて立っていた。あえて違いを言うなら、服装と髪型が少し違う所だろうか。
この少女の事は、よく知っていた。この少女を探す事が、生きる目的の一つだったのだ。
少女の名はウィーナ。リウィーの双子の姉だ。
「どうして……?」
驚いた。混乱する。なにが、どうなっているかわからない。
目の前にいるのは、探していた姉だ。唯一の肉親。懐かしい匂い。間違えるはずがない。けど、目の前にいるのは翼の姫を狙って襲いかかってきた「敵」のはずだ。
ウィーナが、フィルナーナの?
そんな。何故。
ウィーナもまた、短剣を構えたまま動かなかった。動揺しているような、そうでないような。姉は私がここにいる事を知っていたのだろうか。
「どうして?」
再び口から出た言葉は、全く同じだった。
互いに動かない。しばらく無言で見つめ合っていた。姉が口を開いた。
「生きる為だ」
首を横に振った。
「……わからないよ」
本当にわからなかった。何を言っているのか。何を言いたいのか。何故、フィルナーナを襲うのか。わからない。
構えていた小剣をおろした。どう言う理由であれ、戦う気にはなれなかった。姉もまた、武器をおろしていた。問答無用と言うわけではないようだ。
「狼の民は迫害されている。お前にもわかるはず。我々は、普通ではない」
わずかに反応する。全くその通りだったから。狼に変身するという力は、数ある祝福の中でも異質で、そうそう受け入れられるようなものではない。
恐れられ、忌み嫌われる力。優しく親切な人達が「正体」を知った途端に手の平を返す。
何度も経験した。一つ所に長く留まることがなかったのも、結局はこれが理由だ。
「私達は、解放された。今は居場所を守るために戦っている」
後ろから悲鳴が聞こえた。誰かが床に倒れこむ鈍い音がする。続けざまに聞こえる声。どうやら、あちらの敵は一掃された。ウィーナは、手に持っていた武器を腰の鞘に戻した。後ろに、一歩下がる。
「また、会おう」
そう言ったかと思うと、開け放たれたままになっていた窓に向かって飛び込んだ。ここは二階だが、彼女の身体能力ならそんな事は関係ない。
直ぐに窓に取り付いたが、その姿は既に見えなくなっていた。
姉の言葉を頭の中で反芻したが、あまりに急な出来事に考えがまとまらなかった。
「わからないよ」
闇に向かって、リウィーはもう一度、呟いていた。
リウィーは寝つけなかった。普段は路上だろうが野外だろうが、眠れない、などと言う事はない。だが、高級な場所は逆に居心地が悪い。
例えば今日のように柔らかく、暖かな布団の中では、体が浮いているような気がするのだ。長く放浪生活をしていると、固い地面で眠るのが当たり前の事になる。こんなフワフワした所で寝ていたら、寝返りを打った時に下に落ちそうではないか。
「起きています。寝つけないのですか」
優しい声が返ってきた。
「うん。なんか、浮いているような感じがしてね」
そう、と言って微笑んでいる。真っ暗な中、普通の人ならその微笑みは見えないだろうが、自分には優れた暗視能力が備わっている。日中と違って色の違いまではわからないが、隣の寝台ベッド程度の距離なら表情は十分に見える。
彼女は横向きで、向かい合うような形で横になっていた。そう言えば、翼が邪魔になって「仰向け」になれないな、と思った。
リウィーは、フィルナーナの事が気に入っていた。どこが、と言われても上手く答えられない。しいて言えば、クレッドと「匂い」が似ている、という所だ。
人は機嫌が悪い時がある。負の感情を抱く事がある。例え親しい間柄でも腹が立つ場合があるし、鬱陶しいと感じる状況もある。
そういう感情があるのは当たり前で、自然な事だ。
ただ、人はそれを隠す。取り繕うというのだろうか。表では親しみを見せながら、裏では罵倒し、悪意を向ける。もちろん、皆が皆、常に、という事はないけれど。
そんなものだと理解っていても、それが自分に向けられるのは耐えがたい。
幼い頃の経験のせいだとは思うが。表面上は親切そうな詐欺師、盗賊、人攫いなどを腐るほど見てきた。だから、特に「知り合って間もない人」と接する時には、距離を開ける事にしている。
クレッドは違う。態度はぶっきらぼうで、物言いも雑だけど、自分に対して真摯だ。祝福の事を知られた後でも、変わらない。
優しい、と言うのとは、ちょっと違う。時には嫌な感情を向けてくる事がある。けど、思った事をハッキリと言葉にする。もしくは、態度や行動で示してくる。表裏がない、その事が「匂い」でわかる。そういう人間はなかなかいない。
自分を偽らない、という事。
そう言う人だから、好きだ。そんな人の前なら、私も「自分を偽らない」でいい。それは、とても開放感を感じられる事なのだ。
フィルナーナは、クレッドにちょっと似ている。行動や言動と、感情の匂いが一致する。
少し違う所は、人に対する負の感情がほとんどない所だ。護衛についていたという兵士の人達のことは心底悲しんでいたし、仲間の事を心配し、感謝している。戦った敵ですら、仕方がないのに哀れみ、心の中で謝罪していた。
こう言う場合は本当に「優しい」と言うのだろうか。お姫様だから「育ちが良い」という事なのだろうか。理由はわからない。とにかく、この人と話していると本当に安心する事ができる。優しい気持ちになれるのだ。
「フィナも、眠れない?」
「はい。国の事を、考えると」
「あっ、ごめんね」
「大丈夫ですよ」
また微笑んだ。良い匂い。やっぱり、好きだなと思う。
いっその事、同じ布団に入りたいと思わなくはないが、流石にアレなのはわかる。子どもっぽいし、王族とかはよくわからないけど、そういうのは失礼なのかもしれない。
「フィナの国って、どんなところ? 聞いてもよければ」
「美しい、所です。山の中にあり……自然が豊かで。標高が高いので、独特の花が咲きます。森があって、泉があって。動物たちも、沢山います」
「へえ」
「山なので、冬が長くて。雪が沢山、降ります。子どもたちは、雪でお家を作って遊びます。大人は雪像を作っている人がいました。温泉があって。家族で入りに行ったりします」
「フィナも、入ったの?」
「温泉では、身分の差はなくなります。王族も関係なく。私は、好きです」
一時的とはいえ、そういう場所もあるというのは、驚きだった。
「私も、入っていいのかな」
「もちろんです。いつか、一緒に入りましょう」
身分の差がない。誰でも、入っていい。いつか、一緒に。
*
「楽しそうね。私の話も聞いてくれる?」
そう言えば、この部屋にはもう一人いた。
鱗の女戦士。クリスには苦手意識があった。匂いの違和感には慣れてきたが、それだけではない。この人は己に対してとても厳しい。誇り高く、それに見合う実力を持っている。みんなで休憩している時に、一人静かに周りを警戒していたりする。
一度、見張りは大丈夫だから一緒に休憩しようと誘った。あっさり、断られた。腹がたった。躍起になって何度も誘ったが、無視された。
ヒゲが「仲良くしたいらしいから、話を聞いてやってくれ」と割り込んできた。
そんなわけはない。コイツは何を言っているんだ。恥ずかしい。勢いで渾名を「トカゲ」にする、と宣言した。クレッドと本人には爆笑された。フィルナーナは困った顔をしていたが、愛情を持って呼ぶから大丈夫、と言ったら混乱しつつも理解と言うか、納得したようだった。
言っておいて何だが、自分でもよくわかっていない。ヒゲの「鱗の民は『蜥蜴人間』ではなく『竜人』だと言われている。論拠は鱗の形状と組成が」までは聞いた。後なんか喋ってたけど、知らない。
渾名をトカゲと命名した経緯を、ふと思い出した。彼女は、こういう話に参加してくるような性格ではない。
部屋の入口に近い寝台で横になっていたはずが、いつの間にか立ち上がっていた。夜目が利くと聞いている。その目が、此方を見つめていた。
何、と言う言葉が口から漏れる寸前、リウィーは周囲の不穏な空気を察知していた。
誰かいる。しかも、囲まれている。少なくとも部屋の外、廊下に二人。部屋は二階なのだが、窓の外にも一人はいる。
「何? トカゲも話に混ぜて欲しいの? いつもはそんな事言わないのに」
わざとおどけた口調で返しながら、枕元に置いていた小剣を手に取り、寝台の脇に静かに降りる。身振り手振りで廊下に二人、と伝えた。
「こういう時はね。なるべく参加する主義なの」
クリスは小さく頷くと、全く音を立てず、滑るように入口まで移動した。フィルナーナも何かを察したようで、上半身を起こしていた。手を取り、そっと握った。緊張した面持ちで頷いている。おおよその事態は伝わったみたいだ。
窓がいつの間にか開け放たれており、風に揺られて小さな音をたてていた。
「いいけどさ。部外者の飛び入り参加は、受け付けてないんだけどな」
この言葉が多少の牽制になったのか、すぐには動く気配はなかった。とはいえ、此方もどう動いていいかわからない。下手に前に出たら本命を襲われる。
しばらくの間沈黙が続いたが、先に動いたのは向こうの方だった。
入口側にいる戦士は仲間の内で間違いなく最強の戦闘力を持っている。暗闇の中でもそれなりに見えるそうだし、遅れを取ることはないと思う。
そちらは任せるとして、窓側に集中する事にした。鞘に収まったままであった小剣を抜いて、前に踏み出す。窓から侵入した敵が短剣を振りかざす。小剣で受けとめた。金属と金属がぶつかり合う音が部屋に響いた。
二回、三回と斬りあう。反応が速い。この闇の中で、見えているかのような速度と正確さを持った攻撃。そう言えば、変身能力を持つ者がいるという話だった。狼に変身する、神の祝福。幼い時を過ごした集落の人達以外に「狼の民」はいるのだろうか。確率は低い。
つまり、目の前にいる人は、同族、同郷のはず。
そこに思い至った時、ふと感じた匂いに衝撃を受けた。
懐かしい、かつては常に共にあった匂い。
「う、ウィーナ?」
呆けた様に目の前を注視した。小剣を振り上げたまま、固まってしまった。
「リウィー?」
同じ顔。瓜ふたつ、と言っていいだろう。
そこには自分と顔も背丈も変わらぬ少女が、短剣を構えて立っていた。あえて違いを言うなら、服装と髪型が少し違う所だろうか。
この少女の事は、よく知っていた。この少女を探す事が、生きる目的の一つだったのだ。
少女の名はウィーナ。リウィーの双子の姉だ。
「どうして……?」
驚いた。混乱する。なにが、どうなっているかわからない。
目の前にいるのは、探していた姉だ。唯一の肉親。懐かしい匂い。間違えるはずがない。けど、目の前にいるのは翼の姫を狙って襲いかかってきた「敵」のはずだ。
ウィーナが、フィルナーナの?
そんな。何故。
ウィーナもまた、短剣を構えたまま動かなかった。動揺しているような、そうでないような。姉は私がここにいる事を知っていたのだろうか。
「どうして?」
再び口から出た言葉は、全く同じだった。
互いに動かない。しばらく無言で見つめ合っていた。姉が口を開いた。
「生きる為だ」
首を横に振った。
「……わからないよ」
本当にわからなかった。何を言っているのか。何を言いたいのか。何故、フィルナーナを襲うのか。わからない。
構えていた小剣をおろした。どう言う理由であれ、戦う気にはなれなかった。姉もまた、武器をおろしていた。問答無用と言うわけではないようだ。
「狼の民は迫害されている。お前にもわかるはず。我々は、普通ではない」
わずかに反応する。全くその通りだったから。狼に変身するという力は、数ある祝福の中でも異質で、そうそう受け入れられるようなものではない。
恐れられ、忌み嫌われる力。優しく親切な人達が「正体」を知った途端に手の平を返す。
何度も経験した。一つ所に長く留まることがなかったのも、結局はこれが理由だ。
「私達は、解放された。今は居場所を守るために戦っている」
後ろから悲鳴が聞こえた。誰かが床に倒れこむ鈍い音がする。続けざまに聞こえる声。どうやら、あちらの敵は一掃された。ウィーナは、手に持っていた武器を腰の鞘に戻した。後ろに、一歩下がる。
「また、会おう」
そう言ったかと思うと、開け放たれたままになっていた窓に向かって飛び込んだ。ここは二階だが、彼女の身体能力ならそんな事は関係ない。
直ぐに窓に取り付いたが、その姿は既に見えなくなっていた。
姉の言葉を頭の中で反芻したが、あまりに急な出来事に考えがまとまらなかった。
「わからないよ」
闇に向かって、リウィーはもう一度、呟いていた。
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