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第一章
3 剣士は赤鱗の肌が敏感に反応した
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騒がしい夜だ、と思った。
赤褐色をした鱗状の肌が、戦いの気配を感じ取り、敏感に反応する。同じ色の女性にしては短い髪をかきあげながら、クリスは周囲の様子を伺った。
誰かがこの森で戦っている。それも遠い所ではない。かすかに剣撃の音も聞こえる。先ほど最後を見取った男といい、この山で何かが起きている。
クリスは、北大陸北西部に王国を構える「鱗の民」という一族だ。伝説では竜人の末裔と言われているが定かではない。
鱗の民は、その名の通り皮膚の一部が鱗状になっており、鉄並の強度を誇る。鱗になっているのは基本的に体の背面で、顔や体の前面は通常の人間と変わらない。色や面積には個人差がある。最も一般的なのは緑褐色。王族は金。知力に優れる青。身体能力に優れる「赤」は、戦士の家系である証だ。
一族は能力主義で、身分や性別に関係なく適正ある職に付くのが当たり前、という考え方をしている。故に幼い頃から戦士を目指した。才能にも恵まれたようで、王国史上最年少での千人隊長に就任し、将来を期待されていた。
しかし、わけあって国を離れ、一人旅をしている。ある場所の情報を求めて南へと向かい、この山林を通過している所だった。
夜、樹上で仮眠をとっていた所、何者かの気配を感じて目を覚ました。少し離れた所を誰かが歩いている。ゆっくりと進んでいたその者は、やがて動かなくなった。
そこで血まみれになって横たわる男を見つけた。背中に翼を持つ人間だ。
彼女の知識は、この者が「風の民」である事を示していた。「神の祝福」は、戦闘に有利な能力を有している場合があるし、超常的な力を発揮するものもいる。戦場においてそれらの予備知識があるのと無いのでは、大きな差がある。故に祝福についての知識は、戦いに身を置く者として必要な教養と言える。
記憶では、翼を持つ彼らは実際に飛行する事が出来るし、純血に近い高位の祝福を得ている者は風を操る力を持つという。もっとも、知識として知っているだけで本物を見た事はないし、目の前の翼を持つ者が本当にそうなのか、確証まではない。
それに、相手とて鱗の民を見たのは、おそらく初めての事だと思う。身体的な特徴を持つ「神の祝福」は全体としては少数派で、珍しい存在というのが一般的な感覚だ。明かりもないので、ほとんど見えていないかもしれないが。
彼女自身は明かりの類は持っていなかったが、鱗の民は比較的夜目が利くのと、修練の結果で明かりが無くても不自由しない程度にはものを見ることができる。男は兵士風の格好をしており、あちらこちらに傷を受けていた。その様子から複数人に攻撃されたであろう事がわかった。発見した時にはまだ息があったが既に致命傷だった。此方に気づくと「姫様を助けてほしい」と一言だけ言い残し、息絶えた。
正直に言うと、自身の目的のためにも、あまり寄り道をする気はなかった。
今聞こえる戦いの音も、それだけでは気にも留めなかったかもしれない。
しかし先程、勇敢に戦った者の最後の願いを聞いてしまった。自分は戦士としての誇りを失いたくないと思う。最後の願いを「聞かなかった事にする」のは、同じ戦士であった男に敬意を払わない事であり、己の誇りを汚す行為である。
風の民は少なくともあと一人「姫」がいるはずだし、今感じている戦いはこの事に関係があるに違いない。そう考えたクリスは、音の方向に足を向ける事にした。
*
進んで行くと明かりが見えた。炎が揺れている。おそらく、松明を振り回しているのだろう。さらに接近すると、一人と、三人が戦っているのが見えた。
一人の方は片手に剣、もう片手に松明。金属製の鎧を身に着けている。対して三人は、一様に同じ格好をしていた。両手・片手兼用の短槍に、皮の鎧。毛皮のようなものを羽織っており、背中には翼が生えていた。
(これは……どういう事?)
先程息を引き取った者は「風の民」のはず。
自らの知識では、翼を持つ者が風の民。それに沿うなら、同じ翼を持つ三人が看取った兵士の仲間で、相対する金属製の鎧を着た男が「敵」という事になる。
だが、それにしては状況が合致しない。どういう事かと周辺に目を凝らすと、男が戦いながら守っている者が目に入った。
背中に翼を持つ、娘。
背後の木にもたれかかっており、傍目から見ても消耗している。
いかなる事情かは分からぬが、この娘と先ほどの兵士が言っていた「姫」は同一人物の可能性が高い。こんな山の中で翼を持つ女が複数いるというのは不自然だし、もし違うとしても話を聞けば何か事情が分かるだろう。
男と娘の繋がりはいま一つ掴めないが、庇って戦っているのは明らかだ。
一人の女性を守ろうとする行為は、戦士として評価される事だ。一対三は明らかに不利で、だからこそ助勢する価値があるというものだ。
「こんな夜中に、騒々しいわね」
そこにいた全ての者に聞こえるように、大声を出す。使った言葉は大陸で広く使われている共通語。通じるかどうかは分からなかったが、それはこの際どうでもいい。はたして、そこにいた全員は一瞬動きをとめ、こちらに注目した。
「どういう事情かは分からないけど。協力しますよ、戦士殿」
そう言いながら剣を抜き放つ。松明の明かりを反射して、刀身が輝きを放った。
これでいい。どのような状況であろうとも、不意打ちという卑怯な真似はしない。彼女の戦士としての矜持の一つだ。
クリスは滑るように動くと、手近にいた翼の一人に目標を定めた。相手は突然現れた乱入者に驚き、狼狽しているように見える。慌てて振り返り、手にした槍を振りかざそうとしたが、その動きは枝葉を伸ばす木々に遮られた。森の中では獲物を振り回す行為は制限される。槍であれば尚更だ。
此方の武器は、片刃の片手剣。平均的に見ると短い部類に入る。屋内や山林などの遮蔽物が多い所でも比較的扱いやすい。この場のように「武器を振り回す」事があまりない状況下では、意表を突けることが多く、威力を発揮する。
左肩から右脇に向けて鋭い斬撃を放つ。攻撃は狙い違わず、肩口を切り裂いた。とっさに身体を引いたのか、致命傷と言えるほどの手応えはなかった。
反撃。闇雲に槍を突き出してきたが、想定の範囲内だ。手傷を負った者の片手の槍など、力も、速さもなく、何の驚異にもならない。槍を打ち払いながら一気に距離を詰め、突き出すような切り払い。瞬く間に喉を切り裂く。敵は、数瞬の間を置いてその場に崩れ落ちた。
この手応えは、即死。悪くても、持って数拍の間だろう。しかし、僅かな時で逆に命を奪われることがあるのが戦場だ。油断なく目を向けたが、動く気配はなかった。
一呼吸の後、前方に目を向ける。
鎧の男は、突然現れた援軍に驚きはしつつも、娘を守りながら懸命に剣を振るっていた。
片手用の長剣と松明。装備と動きを見た感じでは、盾を持って戦うのが彼の本来の戦い方なのだろう。松明を持つ左腕の使い方がぎこちない。明るい状況下に慣れきっていて、目に頼りすぎている。しかし、腰の使い方や剣の振り、筋力などは悪くない。
(素質はある。けど、まだまだ粗いわね)
数瞬の攻防を見て感じた、素直な感想だ。
男に相対するは槍を持った二人。うち一人は手傷を負っているが、深手というほどではない。翼を持つ二人は、強いとは言わないが全くの素人というわけでもない。動きからそれなりに訓練を受けている事がわかる。
三人相手に、慣れない状況下で誰かを守りながら戦う。実力を考えると、蛮勇と言える。
体力も限界に近い様子で、剣が大振りになっている。体勢が崩れていた。翼の一人が隙を逃すまいと槍を構える。
手助けしようと踏み出した瞬間、突然、激烈とも言える風が吹いた。槍を構えていた一人は吹き飛ばされ、背後にあった木に背中を打ちつけていた。
(あれは、祝福の力?)
高位の祝福を得ている風の民は、風を操る力を持つと言う。祝福は修練によって得ることも出来るが、殆どの場合は血統という名の才能を必要とする。同じ一族内で純血に近いほど力が強いとされ、一般的には王族がそれにあたる。今の突風は祝福の力を発現させたのだろう。クリスは、この娘が姫である事を確信した。
見ると両腕を前に突き出していた娘が、その場に崩れ落ちていた。直接的な力を操る高位の祝福は、精神を大きく消耗するという。あれで力尽きたのだろうか。
風に飛ばされた一人は、傷を負ってはいないものの動揺を隠しきれていない。割り込むにはよい折だろう。
「一人は、私が倒した」
再び声を張り、注目を集めた。翼の二人は動きを止めた。突然敵が増え、この短時間で一人やられた。この展開は想定外のようで、互いに目配せをしている。
(これで終わりね)
もう、戦いを継続する気は無いだろう。
剣を突き出しながら無造作に距離を詰めた。合わせるように、後ずさりしている。
「行きなさい。無駄な戦いをする気はない」
剣を下げると同時に、二人は背を向けて走り出した。追う必要はないだろう。姿が見えなくなり、さらにたっぷり十呼吸ほど周囲の様子を伺った上で、驚異は去ったと判断する。剣を収めて振り返った。
「ありがとうございます。助かりました」
男が話し掛けてきた。腕に数箇所傷を受けていたが、どれも浅く、たいしたことはなかった。後ろを見ると娘は木を背に座り込んでおり、ピクリとも動かない。傷を負っているようには見えないので、先程の祝福で消耗し、気を失ったのだろう。
「別にいいわ。それよりも、そちらの姫様を介抱してあげなさい」
後ろの方向を指す。言われて始めて倒れている事に気づいたようで、慌ててそちらの方へと走りよっていった。
念の為に、倒した相手を確認した。確実に絶命している。戦士としての敬意を評し、しばし黙祷した。
その後、武具や身に着けているものを確認した。毛皮のようなものを羽織っていると思っていたが、近くで見るとそうではなかった。茶褐色の鳥の羽毛。衣服ではなく、どうやら「自毛」だ。自分の鱗のようなもので、これも祝福の一つなのだろう。
娘の様子を伺ったが、そう言った毛は見られないし、あの兵士にもなかったように思う。男女の差というより、種族の違いと判断した方が良いだろう。記憶に間違いがなければ、風を操った娘や兵士は「風の民」で、この者は似ているが別の一族という事だ。
鎧の男が声を掛けているが、反応が無い。
気が付くまでにはしばらく時がかかるだろう。看取った事も伝えなければならないし、倒した者の素性も気になる。ここまできたら、目を覚ますのを待って話を聞こうと思った。
「戦士殿。これからどうなさるつもりですか」
振り返ってこちらを見ていた。「戦士」と呼ばれた事に、少しの間、気がつかなかったようだ。
「俺、クレッドです。仲間がいるので、とりあえずそこまで戻ろうと思っています」
「そう。私はクリス。その娘に聞きたい事がある。御一緒させてもらっても、いいかしら」
そう言いながら笑みを浮かべた。消えかかった松明の明かりだけで、こちらの表情が見えているのかまでは、分からなかったが。
クリスと言う名前は、本当の名前ではない。鱗の民の「真名」を知っているのは親だけで、兄弟や親類にも教えず、伝えるのは配偶者か真に仕える主だけ。普段は仮の名前を名乗るという風習がある。真名と同時につけてもらった仮の名が、クリスティーネ。略称でクリス。戦場では短い方が呼びやすいので、普段はそちらを名乗っている。
真名には、古い言葉で特別な意味が込められている。
彼女の真名が意味する所は「運命と出会う者」。
気を失っている翼の姫、フィルナーナと、守り助けていた戦士、クレッド。
この二人こそ、クリスにとっての「運命」だったのかもしれない。
赤褐色をした鱗状の肌が、戦いの気配を感じ取り、敏感に反応する。同じ色の女性にしては短い髪をかきあげながら、クリスは周囲の様子を伺った。
誰かがこの森で戦っている。それも遠い所ではない。かすかに剣撃の音も聞こえる。先ほど最後を見取った男といい、この山で何かが起きている。
クリスは、北大陸北西部に王国を構える「鱗の民」という一族だ。伝説では竜人の末裔と言われているが定かではない。
鱗の民は、その名の通り皮膚の一部が鱗状になっており、鉄並の強度を誇る。鱗になっているのは基本的に体の背面で、顔や体の前面は通常の人間と変わらない。色や面積には個人差がある。最も一般的なのは緑褐色。王族は金。知力に優れる青。身体能力に優れる「赤」は、戦士の家系である証だ。
一族は能力主義で、身分や性別に関係なく適正ある職に付くのが当たり前、という考え方をしている。故に幼い頃から戦士を目指した。才能にも恵まれたようで、王国史上最年少での千人隊長に就任し、将来を期待されていた。
しかし、わけあって国を離れ、一人旅をしている。ある場所の情報を求めて南へと向かい、この山林を通過している所だった。
夜、樹上で仮眠をとっていた所、何者かの気配を感じて目を覚ました。少し離れた所を誰かが歩いている。ゆっくりと進んでいたその者は、やがて動かなくなった。
そこで血まみれになって横たわる男を見つけた。背中に翼を持つ人間だ。
彼女の知識は、この者が「風の民」である事を示していた。「神の祝福」は、戦闘に有利な能力を有している場合があるし、超常的な力を発揮するものもいる。戦場においてそれらの予備知識があるのと無いのでは、大きな差がある。故に祝福についての知識は、戦いに身を置く者として必要な教養と言える。
記憶では、翼を持つ彼らは実際に飛行する事が出来るし、純血に近い高位の祝福を得ている者は風を操る力を持つという。もっとも、知識として知っているだけで本物を見た事はないし、目の前の翼を持つ者が本当にそうなのか、確証まではない。
それに、相手とて鱗の民を見たのは、おそらく初めての事だと思う。身体的な特徴を持つ「神の祝福」は全体としては少数派で、珍しい存在というのが一般的な感覚だ。明かりもないので、ほとんど見えていないかもしれないが。
彼女自身は明かりの類は持っていなかったが、鱗の民は比較的夜目が利くのと、修練の結果で明かりが無くても不自由しない程度にはものを見ることができる。男は兵士風の格好をしており、あちらこちらに傷を受けていた。その様子から複数人に攻撃されたであろう事がわかった。発見した時にはまだ息があったが既に致命傷だった。此方に気づくと「姫様を助けてほしい」と一言だけ言い残し、息絶えた。
正直に言うと、自身の目的のためにも、あまり寄り道をする気はなかった。
今聞こえる戦いの音も、それだけでは気にも留めなかったかもしれない。
しかし先程、勇敢に戦った者の最後の願いを聞いてしまった。自分は戦士としての誇りを失いたくないと思う。最後の願いを「聞かなかった事にする」のは、同じ戦士であった男に敬意を払わない事であり、己の誇りを汚す行為である。
風の民は少なくともあと一人「姫」がいるはずだし、今感じている戦いはこの事に関係があるに違いない。そう考えたクリスは、音の方向に足を向ける事にした。
*
進んで行くと明かりが見えた。炎が揺れている。おそらく、松明を振り回しているのだろう。さらに接近すると、一人と、三人が戦っているのが見えた。
一人の方は片手に剣、もう片手に松明。金属製の鎧を身に着けている。対して三人は、一様に同じ格好をしていた。両手・片手兼用の短槍に、皮の鎧。毛皮のようなものを羽織っており、背中には翼が生えていた。
(これは……どういう事?)
先程息を引き取った者は「風の民」のはず。
自らの知識では、翼を持つ者が風の民。それに沿うなら、同じ翼を持つ三人が看取った兵士の仲間で、相対する金属製の鎧を着た男が「敵」という事になる。
だが、それにしては状況が合致しない。どういう事かと周辺に目を凝らすと、男が戦いながら守っている者が目に入った。
背中に翼を持つ、娘。
背後の木にもたれかかっており、傍目から見ても消耗している。
いかなる事情かは分からぬが、この娘と先ほどの兵士が言っていた「姫」は同一人物の可能性が高い。こんな山の中で翼を持つ女が複数いるというのは不自然だし、もし違うとしても話を聞けば何か事情が分かるだろう。
男と娘の繋がりはいま一つ掴めないが、庇って戦っているのは明らかだ。
一人の女性を守ろうとする行為は、戦士として評価される事だ。一対三は明らかに不利で、だからこそ助勢する価値があるというものだ。
「こんな夜中に、騒々しいわね」
そこにいた全ての者に聞こえるように、大声を出す。使った言葉は大陸で広く使われている共通語。通じるかどうかは分からなかったが、それはこの際どうでもいい。はたして、そこにいた全員は一瞬動きをとめ、こちらに注目した。
「どういう事情かは分からないけど。協力しますよ、戦士殿」
そう言いながら剣を抜き放つ。松明の明かりを反射して、刀身が輝きを放った。
これでいい。どのような状況であろうとも、不意打ちという卑怯な真似はしない。彼女の戦士としての矜持の一つだ。
クリスは滑るように動くと、手近にいた翼の一人に目標を定めた。相手は突然現れた乱入者に驚き、狼狽しているように見える。慌てて振り返り、手にした槍を振りかざそうとしたが、その動きは枝葉を伸ばす木々に遮られた。森の中では獲物を振り回す行為は制限される。槍であれば尚更だ。
此方の武器は、片刃の片手剣。平均的に見ると短い部類に入る。屋内や山林などの遮蔽物が多い所でも比較的扱いやすい。この場のように「武器を振り回す」事があまりない状況下では、意表を突けることが多く、威力を発揮する。
左肩から右脇に向けて鋭い斬撃を放つ。攻撃は狙い違わず、肩口を切り裂いた。とっさに身体を引いたのか、致命傷と言えるほどの手応えはなかった。
反撃。闇雲に槍を突き出してきたが、想定の範囲内だ。手傷を負った者の片手の槍など、力も、速さもなく、何の驚異にもならない。槍を打ち払いながら一気に距離を詰め、突き出すような切り払い。瞬く間に喉を切り裂く。敵は、数瞬の間を置いてその場に崩れ落ちた。
この手応えは、即死。悪くても、持って数拍の間だろう。しかし、僅かな時で逆に命を奪われることがあるのが戦場だ。油断なく目を向けたが、動く気配はなかった。
一呼吸の後、前方に目を向ける。
鎧の男は、突然現れた援軍に驚きはしつつも、娘を守りながら懸命に剣を振るっていた。
片手用の長剣と松明。装備と動きを見た感じでは、盾を持って戦うのが彼の本来の戦い方なのだろう。松明を持つ左腕の使い方がぎこちない。明るい状況下に慣れきっていて、目に頼りすぎている。しかし、腰の使い方や剣の振り、筋力などは悪くない。
(素質はある。けど、まだまだ粗いわね)
数瞬の攻防を見て感じた、素直な感想だ。
男に相対するは槍を持った二人。うち一人は手傷を負っているが、深手というほどではない。翼を持つ二人は、強いとは言わないが全くの素人というわけでもない。動きからそれなりに訓練を受けている事がわかる。
三人相手に、慣れない状況下で誰かを守りながら戦う。実力を考えると、蛮勇と言える。
体力も限界に近い様子で、剣が大振りになっている。体勢が崩れていた。翼の一人が隙を逃すまいと槍を構える。
手助けしようと踏み出した瞬間、突然、激烈とも言える風が吹いた。槍を構えていた一人は吹き飛ばされ、背後にあった木に背中を打ちつけていた。
(あれは、祝福の力?)
高位の祝福を得ている風の民は、風を操る力を持つと言う。祝福は修練によって得ることも出来るが、殆どの場合は血統という名の才能を必要とする。同じ一族内で純血に近いほど力が強いとされ、一般的には王族がそれにあたる。今の突風は祝福の力を発現させたのだろう。クリスは、この娘が姫である事を確信した。
見ると両腕を前に突き出していた娘が、その場に崩れ落ちていた。直接的な力を操る高位の祝福は、精神を大きく消耗するという。あれで力尽きたのだろうか。
風に飛ばされた一人は、傷を負ってはいないものの動揺を隠しきれていない。割り込むにはよい折だろう。
「一人は、私が倒した」
再び声を張り、注目を集めた。翼の二人は動きを止めた。突然敵が増え、この短時間で一人やられた。この展開は想定外のようで、互いに目配せをしている。
(これで終わりね)
もう、戦いを継続する気は無いだろう。
剣を突き出しながら無造作に距離を詰めた。合わせるように、後ずさりしている。
「行きなさい。無駄な戦いをする気はない」
剣を下げると同時に、二人は背を向けて走り出した。追う必要はないだろう。姿が見えなくなり、さらにたっぷり十呼吸ほど周囲の様子を伺った上で、驚異は去ったと判断する。剣を収めて振り返った。
「ありがとうございます。助かりました」
男が話し掛けてきた。腕に数箇所傷を受けていたが、どれも浅く、たいしたことはなかった。後ろを見ると娘は木を背に座り込んでおり、ピクリとも動かない。傷を負っているようには見えないので、先程の祝福で消耗し、気を失ったのだろう。
「別にいいわ。それよりも、そちらの姫様を介抱してあげなさい」
後ろの方向を指す。言われて始めて倒れている事に気づいたようで、慌ててそちらの方へと走りよっていった。
念の為に、倒した相手を確認した。確実に絶命している。戦士としての敬意を評し、しばし黙祷した。
その後、武具や身に着けているものを確認した。毛皮のようなものを羽織っていると思っていたが、近くで見るとそうではなかった。茶褐色の鳥の羽毛。衣服ではなく、どうやら「自毛」だ。自分の鱗のようなもので、これも祝福の一つなのだろう。
娘の様子を伺ったが、そう言った毛は見られないし、あの兵士にもなかったように思う。男女の差というより、種族の違いと判断した方が良いだろう。記憶に間違いがなければ、風を操った娘や兵士は「風の民」で、この者は似ているが別の一族という事だ。
鎧の男が声を掛けているが、反応が無い。
気が付くまでにはしばらく時がかかるだろう。看取った事も伝えなければならないし、倒した者の素性も気になる。ここまできたら、目を覚ますのを待って話を聞こうと思った。
「戦士殿。これからどうなさるつもりですか」
振り返ってこちらを見ていた。「戦士」と呼ばれた事に、少しの間、気がつかなかったようだ。
「俺、クレッドです。仲間がいるので、とりあえずそこまで戻ろうと思っています」
「そう。私はクリス。その娘に聞きたい事がある。御一緒させてもらっても、いいかしら」
そう言いながら笑みを浮かべた。消えかかった松明の明かりだけで、こちらの表情が見えているのかまでは、分からなかったが。
クリスと言う名前は、本当の名前ではない。鱗の民の「真名」を知っているのは親だけで、兄弟や親類にも教えず、伝えるのは配偶者か真に仕える主だけ。普段は仮の名前を名乗るという風習がある。真名と同時につけてもらった仮の名が、クリスティーネ。略称でクリス。戦場では短い方が呼びやすいので、普段はそちらを名乗っている。
真名には、古い言葉で特別な意味が込められている。
彼女の真名が意味する所は「運命と出会う者」。
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この二人こそ、クリスにとっての「運命」だったのかもしれない。
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