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第四章 フィア大陸
4.5. フィア城
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カディオ・コロニーでウィルを仲間に加え、長老とも別れたスラリン達4人はこの大陸の要である、フィア城へとやってきた。この大陸では人間達も魔法を使う者が多くなり、必然的にユキネとウィルが前衛で魔法障壁を張りながら進むという陣形になっていた。フィア城に到着した時もこの陣形に変わりはなかったが、城下町へと続く門を守っていた警備兵達はスラリン達を発見すると、驚いた様子でこちらへ迫ってきた。
警備兵A
「ん!? お、おい! あれを見ろ!!」
警備兵B
「なんだ? っと、これはいかん!! 行くぞ!」
それぞれ武器を構えて駆け寄る警備兵達。
テツゾー
「おっと、早速気付かれたようだぜ。行くぞ!」
テツゾーの号令にスラリン達も戦闘の構えをとる。人間達は目の前まで迫った時、なにやら意味不明なことを話し始めた。
警備兵A
「お嬢さん、魔物達は私達が足止めします!!」
警備兵B
「その間に早く城の中へ!!」
テツゾー
「な、なんだ……?」
テツゾーはこの人間達が言ってる事に少し戸惑いながらも、4人でサクッと打ち倒した。
テツゾー
「まったく、何おかしな事言ってんだ……?」
テツゾーは腰に手を当て、倒れた人間達の前に出ると、後ろでユキネが驚いたように指を差しながら呟いた。
ユキネ
「テ、テツゾー殿。その姿……」
ユキネに自分のことを言われ、テツゾーは己の手足を見ると再び人間の女の姿になっていた。
テツゾー
「あん? ……ウゲ! またこの姿になってたのか!」
ウィル
「この人間達、テツゾーさんを仲間だと思って助けようとしてたんじゃ……?」
テツゾー
「なんだ、そうなのか? あいにく、人間に助けられる覚えはないんだけどな」
ウィルの推測にテツゾーは右手で頭をポリポリとかきながら呆れたように呟いた。
ユキネ
「ほらほらテツゾー殿、もっと女性らしく!」
テツゾー
「や、やめてくれよもう! 口調とか仕草とかめんどくせぇからこのままでもいいだろう!?」
ユキネが揶揄うようにテツゾーの口調を指摘すると、テツゾーも勘弁してくれと懇願した。
ユキネ
「フフ、冗談ですよ。先に進みましょう?」
テツゾー
「まったく、嫌な冗談だぜ。ま、この格好の方が案外都合が良かったりしてな」
テツゾーはそう言いながら入り口に向かって数歩歩くと、すぐさまいつもの鉄甲虫の姿に戻ってしまった。
ウィル
「あ、戻った」
テツゾー
「なんだよちくしょー!」
–––––
城下町へ入ると、城壁の至る所にポツポツと何かの印のようなものが描かれていた。しかし規模としてはそれほど大きくなく、城壁に使われている石の50個に1個の割合で石に描かれた程度のものだった。
テツゾー
「なあ、あの石にポツポツ描いてるのって、なんだかわかるか?」
テツゾーは誰に聞くわけでもなく、歩きながら城壁の印を指差し呟いた。その質問にユキネが答える。
ユキネ
「あれは”物質耐魔印”と呼ばれるものですね。魔法陣のように物体に直接描くのですが、あれは単に描いた物体の魔法抵抗値を上げるためのものです」
テツゾー
「なぜわざわざそんな事を?」
ユキネ
「おそらく、魔法による攻撃でこの城壁が崩れてしまうのを防ぐためでしょう。もしかしたら周りの建物の中にも描かれているかもしれませんね」
ウィル
「ユキネは物知りなんだね!」
ユキネの詳細な説明にウィルも尊敬の眼差しを彼女に向けた。
ユキネ
「へへん! そりゃあ、メイジとして魔法の事は猛勉強しましたからね!」
ユキネが無い鼻を高々と掲げて胸を張った。スラリン達4人はフィア城の兵士達を蹴散らしつつ城下町を進むと、城への入り口の前でまたあの男が待ち構えているのを発見した。
ユキネ
「ムッ! 人間です!!」
ユキネが敵の存在をスラリン達に知らせると共に、戦闘の構えを取る。
ガゼット
「ガハハハ! また会ったな魔物共よ! 前回は情けで生かしてもらったが、今回はそれを後悔させてやるからな!! 今度こそ捕まえて売り飛ばしてやる!!」
腰に手を当て、得意げに見栄を切るガゼットに、テツゾーがウンザリした表情で呟いた。
テツゾー
「まーた性懲りも無く現れやがったか……」
ウィル
「し、知ってるの?」
ウィルがテツゾーの表情からガゼットのことを尋ねた。
テツゾー
「まぁな。俺とスラリンはもう何度か戦ってるんだよ。毎回コテンパンにしてるんだけどなぁ……」
スラリン達の様子をうかがいながらガゼットも戦闘の準備を始めた。
ガゼット
「む、やはりスライムと鉄甲虫は同じ個体だな!? あとはスカルメイジとウィスプが加わってるのか!」
ユキネ
「あの人間、何者なんです? 大声で私達の分析をしているようですが……」
こちらの様子を全く見ようともせず、大声でスラリン達のパーティー編成を分析しながら、自分の道具袋を足元に置いたガゼットに、ユキネも不安そうにテツゾーに尋ねた。
テツゾー
「モンスターハンターだよ。俺達をどうしても捕まえて金に換えたいらしい」
ウィル
「そんな……! 当然、やっつけるよね!?」
テツゾー
「当たり前だ、俺達はここにこの城を堕としにやってきたんだからな。こんな所で止まるわけにはいかねぇ! なぁスラリン!」
テツゾーの言葉にスラリンも大きく頷いた。しばらくして、ガゼットが一振りの剣を取り出した。
ガゼット
「ゴソゴソ……っと、よーし、あったあった。前回の対スカル兵士用に買った銀剣だ。これでスカルメイジとウィスプは楽勝だな」
ユキネ
「!! いけない! ウィル!」
ガゼットが取り出した銀剣を見たユキネがウィルに注意する。それにウィルも反応した。
ウィル
「!? ど、どうしたの急に!?」
テツゾー
「ん、どうした?」
ユキネ
「あの人間の武器、あれは私などのアンデッド族やウィルのような精霊族には大ダメージを与える剣です! 触れたら一貫の終わりよ!」
ガゼットが取り出した剣には綺麗な装飾が施されており、人間達の間では死霊や精霊のような肉体を持たない魔物に対して、唯一触れる事により傷を負わせられる聖なる武器として広く流通していた。ウィルもユキネの説明を聞き、気を引き締めた。
ウィル
「う、うん、わかった! なるべく触らないようにするよ!」
テツゾー
「そう言うことか……チッ、また厄介な物を持ってきたもんだ……」
ガゼット
「ガハハハ! この前は随分と舐められたもんだが、今回はそうはいかんぞ! 覚悟しやがれ!!」
ガゼットはそう言うと、様々な捕獲道具を構えてスラリン達に襲いかかってきた。
テツゾー
「来るぞ!!」
–––––
1時間半後
–––––
全身、魔法やら物理的なダメージでボロボロになったガゼットが、天を仰ぎながら苦しそうに呟く。
ガゼット
「がはあっ……!! ちっ……くしょ~……!」
ズズゥンと、ガゼットは受け身も取れずに直立不動のまま後ろに倒れた。
テツゾー
「ぜえっ……はあっ……、お、おい、お前ら無事か!?」
テツゾーは呼吸をキツそうにしながらもスラリン達他のメンバーの無事を確認した。するとスラリンとウィルが、後方で仰向けに倒れてるユキネのそばに駆け寄って心配そうに声を上げた。
ウィル
「テツゾー! ユキネが! ユキネが息をしてない……!!」
テツゾー
「な、なにぃ!?」
ウィルの悲痛な叫びを聞き、テツゾーも慌ててユキネの元へ駆け寄った。
ユキネ
「……生きてますよ。いや、私の場合、元から死ん
テツゾー
「まぎらわしい!!」
驚くスラリン達をよそに、ユキネはムクリとその場で起き上がった。
ユキネ
「私は元々息をしてませんよ。アンデッド族ですから」
ウィル
「あ、そ、そうなの?」
ユキネは元からボロボロだった法衣の上から腕をさすると、倒れて動かないガゼットの銀剣に目をやった。
ユキネ
「ふぅ、しかしさすがは銀武器です。本当に危なかった……」
ウィル
「う、うん。僕も物理的に斬られたのは初めてだったかも……」
スラリン達4人はガゼットの周りを囲むように歩み寄る。
テツゾー
「まぁ、今回もまた撃退できたようだし、この人間は放っといて先に進もうぜ」
テツゾーの言葉に促されるように、4人はフィア城の中へと入っていった。
–––––
スラリン達はフィア兵達と熾烈な争いを繰り広げ、ようやく玉座の間へとたどり着いた。そこにはまだ子供にも見える若き王とその護衛、そしてスラリンには見覚えのあるもう一人の王とその護衛兵が集まっていた。
アインツ王
「あ……ああ! ああ~~~~!!?」
アインツ王はスラリンの姿に気付くと、青ざめた顔で悲鳴とも取れる声を上げた。その声に若きフィア王も反応する。
フィア王
「ん、どうした叔父さん! あの魔物がどうかしたのか!?」
アインツ王
「どうもこうもないわ! あのスライム、余の城、余の大陸を乗っ取った奴に違いない!! 思い出しただけでも腹が立つ!」
アインツ王はスラリンとイモッチに敗れた時を思い出したのか、顔を真っ赤にして怒り始めた。
フィア王
「な、なんだって!? じゃあ、僕らであの魔物共を倒せばアインツ大陸を取り戻せるというわけか!」
アインツ王
「ああそうじゃ! なんとしてでもあやつらを倒すのじゃ!!」
尻もちをつきながらスラリン達を指差し激怒するアインツ王に、フィア王が周りの護衛兵達に号令をかける。
フィア王
「よーし! じゃあ叔父さんは安全な所に隠れていてください! 行くぞお前達! アインツの諸君も僕と共に戦おう!!」
フィア親衛隊
「御意!!」
アインツ親衛隊
「はっ! お供致します!!」
フィア王達が一斉に武器を構えて襲いかかってくる。それを迎撃するかの如くテツゾーもスラリン達に号令をかけた。
テツゾー
「来るぞ! 構えろ!!」
ユキネ
「魔法で援護します!!」
ウィル
「僕もやるよ!!」
フィア王
フィア親衛隊×2
アインツ親衛隊×2
vs
スラリン
テツゾー
ユキネ
ウィル
およそ2時間にも及ぶ激闘の末、フィア王達は片膝をつき、苦しそうにうなだれていた。
フィア王
「うぐっ……つ、強い……!」
アインツ王
「ひ、ひいぃ~~~!!」
自分よりも遥かに若くて強いフィア王が敗れたとわかり、アインツ王はさらに顔が青ざめていた。
テツゾー
「はぁ……はぁ……! お、お前ら、大丈夫か……!?」
ユキネ
「ぜぇ……ぜぇ……な、なんとか……!」
ウィル
「ぼ……僕も大丈夫……」
スラリン達が息を整えている間に、フィア王達が撤退の準備に動く。
フィア親衛隊
「王、これ以上ここに居ては危険です! 一旦退きましょう!」
フィア王
「むぐ……ツヴァイ、ドライに続き我が城もか……!」
アインツ王
「ひいぃ、ひいいい~~~! 終わりじゃ! 終わってしまうのじゃ~~~!!」
アインツ親衛隊
「王! 王! お気を確かに!!」
その場で混乱を極めた王達の元に、スラリン達の背後をまわって一人のアインツ兵がアインツ親衛隊の一人の元に駆け寄り、なにやら耳打ちをした。すると驚いた様子の親衛隊は二人の王にその内容を伝えた。
アインツ親衛隊
「!? 王! フィア王! 申し上げます! たった今、アインツ大陸に”勇者”が現れたとの伝令が……!!!」
ユキネ
「!!?」
スラリン達の中で、唯一人間の言葉をそのまま理解できるユキネが、その伝令の衝撃に硬直してしまった。その異変に気付いたテツゾーも声をかける。
テツゾー
「ん、どうしたユキネ?」
アインツ王
「ななな、なんと!? 勇者が現れたとな!!? そいつはちょうど良かった!! いや遅すぎたくらいじゃ!! 今すぐ助けてもらおう! そうしようぞ!!」
フィア王
「そ、そうか……! “勇者”なら確かにこの惨状を救ってくれるかもしれぬな……! 叔父さん、行きましょう! お前達、世話をかけるがもう暫く護衛を頼むぞ!」
フィア親衛隊
「ははっ! いつまでも、どこまでも御供致します!!」
アインツ親衛隊
「我々も参ります! 行きましょう、王!」
アインツ王
「とーぜんじゃ!! 余の大陸に勇者が現れたのだ! 当然の事はさせてもらうぞ!!」
フィア王達はスラリン達のことなど、すっかり忘れた様子で勇者の出現に湧き立つと、ゾロゾロと裏口から退避していった。一方、スラリン達は青ざめて立ち尽くすユキネが気になり声をかけた。
テツゾー
「ユキネ?」
ウィル
「ユキネってば!」
ユキネ
「はっ……!」
スラリン達に声をかけられ、ようやくユキネも我に返った。他の3人もさすがに心配になり、彼女に声をかける。
ウィル
「だ、大丈夫?」
テツゾー
「あいつら、何か言ってたのか?」
ユキネは少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
ユキネ
「は、はい。それが……」
テツゾー
「どうした? 何を言ってたんだ?」
ユキネ
「奴らは……アインツ大陸に”勇者”が現れた、と……」
テツゾー
「!?」
ユキネの言葉にスラリン達も衝撃を受ける。
ウィル
「え!? それって……!!」
テツゾー
「ああ、俺達がカディオで話した”認めざるを得ない存在”だ。現れたのがこの大陸でなかったのは吉か凶か……」
テツゾーが深刻な顔で考え込む。
ユキネ
「とりあえず、我々は自由に動けてるわけですし、”吉”だったのでは……?」
テツゾー
「だといいんだがな。しかし、よりによってアインツか……」
アインツ大陸に懸念を示すテツゾーに、ウィルが尋ねた。
ウィル
「アインツだと、なにか都合が悪いの?」
テツゾー
「あの大陸には今、俺とスラリンの親友のイモッチってのが統治者として治めてるんだよ」
テツゾーの親友が大陸を治めてるという話に、ユキネが尊敬の眼差しで感嘆した。
ユキネ
「へえ! それは凄いじゃないですか!! 一大陸の統治者が友人に居るなんて、それだけで尊敬しちゃいますよ!」
テツゾー
「何もなければ、な。だが今は、そいつが治める大陸に勇者が現れちまった」
ユキネ
「あ……すみません……」
テツゾーの言葉に、ユキネは自分の発した言葉の軽率さに気付き、謝った。
ウィル
「それは心配だね……」
テツゾー
「まぁな……だが今の俺達にはアインツまで戻る手段なんて無ぇ。せめて船でもあればどうにかなりそうだが、それまではとにかく先に進むしかないな」
ユキネ
「そうですね……」
テツゾーの話に、皆深妙な表情になる。
テツゾー
「スラリン、大丈夫か? ……その顔なら、大丈夫そうだな。とりあえず、ここでの話を済ませないとな……」
ウィル
「?」
スラリン達がアインツ大陸に現れた勇者の話を一通り終えると、時を同じくして玉座の間に魔王兵が2人入ってきた。
魔王兵A
「おおーい! やっぱりお前達だったか!」
テツゾー
「ハハ、まいどどうも~!」
テツゾーは先程まで深刻な話をしていたとは思えないほど、明るく魔王兵達と挨拶を交わした。
魔王兵B
「この城の現状を見る限り、お前達の力も相当なものだな。俺達ももう呼び捨てでは呼べんな。”英雄殿達”とでも呼ばせてもらおうか」
テツゾー
「や、ややや、やめてくださいよ、魔王様に仕える方達からそんな……」
魔王兵A
「しかし、お前達の活躍が公になってからというもの、俺達の報告もずいぶん楽になったもんだよ」
ユキネ
「そ、そうなのですか?」
魔王兵B
「ああ、魔王城に人間の城が堕ちたという知らせが入っても、『恐らくスラリン達でしょう』と言えば、『だろうな』『でしょうね』だからなぁ」
ウィル
「ハハハ……」
魔王兵達はスラリン達の活躍を嬉しそうに話した。
テツゾー
「ところで、もうこの城は調べてきたんですか?」
魔王兵A
「ああ、あらかたな」
テツゾー
「それで、宝物庫からは何か……」
テツゾーは魔王兵に生命蘇生装置の事を尋ねる前に、魔王兵が重そうな機械の一部を手渡してきた。
魔王兵A
「わかってるって。これだろ? ほれ。俺達にはどうにもできん」
ユキネ
「テツゾー殿、この機械の一部みたいなものは一体……?」
ユキネはテツゾーが受け取った物を後ろから覗き込み、彼に尋ねた。
テツゾー
「これな、俺達が今集めてる『生命蘇生装置』の一つなんだよ」
ユキネ
「はぁ……なるほど……」
ユキネはあまり興味なさそうに頷く。
テツゾー
「こいつが完成すれば、前に人間に殺された俺らの親友を蘇らせることができるらしいのだ」
ユキネ
「なんと、殺された御親友の為でしたか……って、い、生き返らせる!?」
死んだ者を蘇生させる機械と知り、ユキネが目を丸くする。
テツゾー
「おう、そうだよ。なんだ、お前も生き返りたくなったか?」
ユキネ
「い、いえいえいえ! 私は今のままで十分です! しかし、そんな事が出来るのですね……」
テツゾーは軽くユキネを揶揄う。ユキネは慌てて蘇生を拒否するも、目の前の機械がまだそんな大層なものだとは信じられないでいた。
テツゾー
「まぁ、俺達も知った時は驚いたけどな。なんでも、人間が開発した機械らしい」
ウィル
「人間って、すごい物を作るんだねー……」
魔王兵B
「さて、話はその辺でいいか? そろそろここを治める者を決めたいのだが……」
目の前の生命蘇生装置についてスラリン達がワイワイと盛り上がっているところを、魔王兵が少し困り気味に次の話へ進むように促した。
テツゾー
「あ、ああ、そうですね……って、いや、それが今回は……」
これまではその大陸で仲間になった者に城と大陸の支配者を務めてもらったが、今回はウィルも一緒に旅をするとつい先日話をしたばかりだ。テツゾーはいつもと違う状況だということに戸惑っていると、魔王兵もその表情から異変を察した。
魔王兵A
「ん、どうかしたのか? 今回もこれまでのように仲間から一人置くんじゃないのか?」
魔王兵達とスラリン達がここの新たな支配者について話し合っているところに、玉座の間の入り口からカディオ・コロニーの長老が手下を二人ほど連れてやってきた。
長老
「ひゃー……本当にやっちまうんだなぁ……」
ウィル
「あ、長老様!」
カディオ長老は頭をかきながら驚いた様子でフィア城の内部を見渡した。
テツゾー
「おや、長老さん、こんな所に何か用で?」
長老はテツゾーに用件を尋ねられると、チラリとウィルを眺め、テツゾーに答えた。
長老
「ああ、ああ。もしかしたらもうウィルも連れて行ってしまうんじゃないかと思ってな」
ウィル
「うん、僕もテツゾー達と一緒に行くことにしたよ! みんなも許してくれたんだ!」
長老
「……ダメだ」
スラリン達と一緒に旅に出る事を嬉しそうに長老へ報告するウィルだったが、長老は真剣な表情で即座に取り消した。
ウィル
「ええ!? なんでぇ!?」
ユキネ
「長老殿、心配なお気持ちもわかりますが……」
長老の一言に大きなショックを受けたウィルを見て、ユキネも思わず助け舟を出す。だが、長老の表情は少しも変わらなかった。
長老
「いや、そういう単純な話じゃねぇんだよ……」
テツゾー
「なにか、問題でもあるのか?」
いつになく真剣な長老を見て、テツゾーもその理由を彼に尋ねた。
長老
「うむ。アンタらは、こいつがこの大陸に居た”精霊族”ってのはわかるよな?」
テツゾー
「ま、まぁ、生まれも育ちもフィア大陸のウィル・オー・ウィスプだってのはなんとなくわかるが……?」
ウィル
「それがどうしたの? 僕だってちゃんと魔法使えるし!」
長老に否定されたと思ったウィルは、少し不機嫌そうに”旅先でも役に立つアピール”をした。しかし長老は真剣な表情のまま話を続ける。
長老
「魔法云々の話じゃねぇんだよ。その性質上で問題があるって言ってるんだ」
テツゾー
「魔法じゃなくて性質上の問題って……? 俺にはよくわかんねぇな。ユキネは何か知ってるか?」
長老の話を腕組みをしたまま黙って聞いていたテツゾーだったが、魔法のこととなると全くわからないと言った感じで、スカルメイジであるユキネに話を振ってみた。
ユキネ
「……いえ、正直見当もつきません。魔法は関係なく、精霊の性質……ああーーー!!」
テツゾーに話を振られ、これまた黙って聞いていたユキネだったが、途中で大事な事を思い出したらしく、いきなり大声で叫び出した。その反応に長老もニヤリと答えた。
長老
「おうよ、さすがメイジのねーちゃんは気がついたようだな」
テツゾー
「なんだなんだ、どうなってんだ?」
テツゾーはユキネと長老が何か知ってるとわかり、キョロキョロと二人を見返した。
長老
「ウィルはこの大陸の精霊だ。精霊ってのは、生まれたその土地のエネルギーで出来ている」
テツゾー
「それが、どうしたんだ?」
長老
「つまりは、その土地のエネルギーを体中に循環させて存在しているのが精霊であり、ここで言うウィルってわけだ」
長老の説明にスラリン達は固唾を飲んで聞き入る。
ウィル
「それが……?」
ユキネ
「ウィルは、この大陸を離れるとその体に巡るエネルギーを維持することが出来なくなり……」
長老
「じきに消滅、つまりは死ぬってことだ」
ウィル
「そ、そんな……」
長老とユキネの説明に、ウィルは力なく絶句した。
ユキネ
「私もメイジの知識としてはうっすら覚えていましたが、まさかこんな所で……」
テツゾー
「なるほど……じゃあ、ドライ大陸に居るフレーネちゃんもあの大陸の外には出たことがないのか」
長老
「そのフレーネちゃんってのも精霊か何かなのか?」
テツゾーの口からふいに出たフレーネの名に、長老も思わず聞き返した。
ユキネ
「ええ、フレーネ殿は火の精霊なのです。我々がこの大陸へ渡るのに色々とお世話になった方です」
長老
「なるほどな。ま、そういうことだ。ウィルには悪いが、一緒に行くのは諦めてくれ……」
長老はスラリン達にウィルの特質を説明すると、申し訳なさそうに話を結んだ。
ウィル
「そんなぁ~……」
ガックリと肩を落とすウィルに、テツゾーが励ますように声をかけた。
テツゾー
「まぁそんなにガッカリすんなって。俺達もたまには会いに来るさ」
ユキネ
「そうですよ。今生の別れってわけでもないですし……元気を出して」
魔王兵A
「コホン」
テツゾー
「あ」
これまで沈黙を続けていた魔王兵が後ろで軽く咳払いをすると、スラリン達は彼らの存在を忘れていた事に気付き慌てて彼らの方に向き直した。
魔王兵A
「で、話はまとまったか? 今の話を聞かせてもらってたが、この大陸およびこの城の城主はもはや決まったようなものだな」
ウィル
「城主って?」
魔王兵の話にいまいちついていけてないウィルは、小声でユキネに新たな城主の話を訊き直した。
ユキネ
「この城の新たな王ですよ」
テツゾー
「そして、この大陸を治める王でもある」
ウィルの問いにユキネとテツゾーは静かに答えた。
長老
「ほほう。で、それは一体誰なんだ?」
テツゾー
「誰って、ウィルしかいないな」
ユキネ
「えぇ、ウィルしかいませんね」
長老の問いにテツゾーとユキネはあっけらかんと答えた。
ウィル
「え、ええ!? ぼぼぼ、僕がこの城の!!?」
長老
「わははははは! そりゃあいい! そうだ、お前がこの大陸を治めるといい! 俺も全力でサポートするぜ!!」
突然この城、そしてこの大陸の新たな主人に推薦され、大きく動揺するウィルに、長老は頭を抱えて大爆笑しながら支援を表明した。
ウィル
「そそそそんな、む、無理だよぅ僕なんかには……!」
魔王兵A
「いや、そんな事もなかろう」
自信なさげに遠慮するウィルに、魔王兵達は真顔で話を続ける。
魔王兵B
「うむ。君はこの英雄殿達と共にこの大陸を戦い抜いたのだろう? なら君には十分この大陸を治められる資質がある」
ウィル
「うわわわ、緊張してきた~~~! ほ、ほんとに大丈夫かなぁ……」
長老
「心配するなって。俺やカディオの者達もお前を支えていくさ。だからお前も、気楽にこの大陸を治めてくれ」
ウィル
「で、でも、この大陸にはもう一つ村があるんでしょう? そこの人達は怒らないかな……」
テツゾー
「大丈夫だって。俺達と一緒に戦った仲間が治めてるとなれば、誰も文句はないだろうよ」
ウィル
「そ、そうかなぁ……」
周囲からの話にいつまでも自信なさそうに返すウィルに、ユキネはもう我慢できないといった感じでウィルの体をがっしりと掴んだ。
ユキネ
「これからこの大陸を治めるという人がそんな弱気でどうするんです! もっと自分に自信を持ちましょう!!」
ウィル
「は、はいぃ!」
ユキネのあまりの気迫にその場にいた者達も思わず凍りつく。その緊張を一瞬で吹き飛ばしたのは長老だった。
長老
「わははは! メイジのねーちゃんにはほんと頭が上んねぇな!」
彼の大笑いでその場の雰囲気も一気に和んだ。
魔王兵A
「では、無事新たな王が決まったところで、君に渡しておくものがある」
ウィル
「はい、なんでしょう?」
皆の推薦でウィルが新たな王となったところで、魔王兵の一人が一本の杖をウィルの前に差し出した。
魔王兵A
「この杖なんだが、どうも魔力を使って何かをする物らしくてな……俺達にはあまり馴染みのない物でよくわからんのだ」
魔王兵B
「ここの宝物庫にあったものだ。もしかしたら今後何かの役に立つかもしれん。持っておいてくれ」
ウィル
「は、はぁ、なんだろ……?」
魔王兵に渡されるがままにウィルは杖を受け取る。そこにユキネが興味津々に背後から覗き込んできた。
ユキネ
「これは……杖、というよりは、魔力の増幅機器か何かのような感じですね」
テツゾー
「具体的にはこれで何ができるんだ?」
詳しそうに杖について話すユキネに、テツゾーがさらに説明を求めた。
ユキネ
「たとえば、これまでは一人にしかかけられなかった魔法が、城全体、あるいは大陸全体など広範囲にかけられるようになるとか」
長老
「ウィルなら魔力の塊みたいなもんだから、この城全体に魔法をかけるなど容易いだろう」
スラリン達は互いに顔を見合わせる。
テツゾー
「ウィルが一人にしかかけられない魔法と言ったら……」
ユキネ
「アレ……しかありませんね……」
ウィル
「と、とりあえず、やってみるね……!」
ウィルは杖を振りながらその場で踊るように立ち振る舞い、魔法を唱えた。すると杖が一瞬眩い光を放ち、魔法の発動と共に周囲は煙幕に包み込まれた。煙が収まると、その場にいた者達は全員人間の姿に変化をしていた。
魔王兵A
「こ、これは……!」
魔王兵B
「わ、我々の体が人間に……!? い、いや、中身が変わった感じはない。変化の術か……!」
魔王兵達は自分達の体が人間に変えられたことにとても驚いた。長老はというと、元々ワータイガーなので変わった部分も顔くらいしかなかったが、本人なりに楽しんでいた。
長老
「おおう! まさか人間の姿になれるとは思わなかったな。面白い! これなら人間の目は欺けるな!」
テツゾー
「だーーー!! なんで俺ばっかこの姿なんだよ!! もっと他の選択肢はなかったのか!」
テツゾーはもはやいつもの人間の女が固定されてしまったかのように同じ姿に変わっていた。それを見ていた容姿端麗な女性がテツゾーに声をかける。
ユキネ
「ほらほら、テツゾー殿。また言葉使いが荒んでますよ。ここはもっとお淑やかに」
テツゾー
「あ、ああ、悪い……って、ユキネ、おま……」
変化後のユキネの姿を見たテツゾーが思わず絶句する。
ユキネ
「はい? ああ、この姿ですか。どうやら、元が人間の骨なのでそれに肉が付いた感じになりましたね」
ユキネはボロボロのローブの間からチラチラと見える色白な腕や腰回りを気にしながら呟いた。その姿を見てテツゾーが恨めしいように愚痴を吐く。
テツゾー
「なんでお前はそんなに美形なんだよ……」
ユキネ
「フフン、基の骨格がいいからでしょう」
テツゾー
「キーーー! くやしーーー!!」
ユキネ
「♪~」
悔しがるテツゾーを横目に、ユキネはサラサラのストレートヘアーを掻き上げながら上機嫌に小躍りした。
一方、スラリンはというと、一応は筋骨隆々な青年に化けたが、元々筋肉や骨を動かす生き方をしていなかったので、当然それらを使った動き方などわかるはずもなく、その場で倒れないように必死にバランスを保ちながら直立するので精一杯だった。
ウィル
「僕の魔力だと、この城一帯が限界みたいだ」
魔王兵A
「人間に化けるとは面白い魔法だ。これなら人間を襲うのも容易いだろうな」
魔王兵B
「しかし今更、人間を攻める必要もなくなったか。もはやこの城も我々魔族の物だしな」
ウィル
「うーん、そっか~」
ユキネ
「ま、まぁ、面白い魔法ですから、今後どこかで役に立つこともあるかもしれませんよ」
戦闘には役に立たないと言われションボリするウィルを見て、ユキネが慌ててフォローした。
テツゾー
「役に立つって、ウィルの魔法はこの城一帯が限度なんだろう? 俺達がここを出たら解けるじゃないかよ」
ユキネ
「あ、そっか……」
ウィル
「できるよ?」
テツゾー
「へ? できるって、なにが?」
テツゾーはウィルが言ったことをいまいち理解できずにいた。そんな彼を見てウィルも説明を続ける。
ウィル
「だから、僕の魔法を城の外でも使うことが……」
ユキネ
「そ、そんな事が可能なのですか……?」
ユキネもウィルの話に半信半疑で尋ねた。
ウィル
「うん。ちょっと丸薬を作らなきゃならないけどね」
テツゾー
「それも魔法なのか?」
テツゾーが腕組みをしたまま尋ねる。
ウィル
「まぁ、村で暮らしてた頃は暇だったから、ちょっとオリジナルの魔法なんて使えたら面白いかなって。それで作ってたんだよ」
ユキネ
「なるほど。だからメイジである私でも思い当たらなかったのですね」
テツゾー
「なんか、何でもアリだな」
ウィル
「えへっ」
なかば呆れたように呟くテツゾーにウィルは戯けてみせた。
テツゾー
「よし、それじゃあどこで使うかわからんが、せっかくだからみんなの分作ってくれよ。土産に持って行こう」
ウィル
「うん、少しここでゆっくりしてってよ。みんながここを出るあたりまでには用意できるはず」
ウィルがスラリン達の手土産に魔法の丸薬を作る約束をしたところで、魔王兵や長老もその場を離れる挨拶をした。
魔王兵
「では、話もまとまったようだな。我々もそろそろ持ち場に戻る」
長老
「じゃあ、俺も一度村に戻って皆にここの解放を伝えてくるぜ。ここもじきに賑やかになるだろう」
テツゾー
「あ、はい、お疲れ様でした~」
–––––
スラリン達は城下町へ降り、しばらく人間が築いた建物などを観光してると、ウィルが小包みを抱えて駆け寄ってきた。
ウィル
「みんなーーー」
テツゾー
「おう、ウィル。例の物はできたのか?」
ウィル
「う、うん。一応は出来たんだけど……」
テツゾーの問いかけに、なにやらウィルの歯切れが悪い。
ユキネ
「何か問題でもありましたか? 失敗しちゃったとか?」
ユキネの言葉にウィルは慌てて首を横に振る。
ウィル
「う、ううん。立派に完成したんだけど……コレ」
ウィルはそう言うと小包みの中から大きな水晶を取り出した。スラリン達3人は興味深く眺めた。
テツゾー
「うん? このでかい宝石がどうかしたのか?」
ユキネ
「へぇー! これはまた綺麗ですねー!」
ウィル
「本当は丸薬のはずだったんだけど、効果が少しでも長続きするようにじっくり作ってたら、結晶になっちゃった……」
ウィルはあたかもこの結晶が失敗作であるかのように話した。
テツゾー
「結晶になったって、何か問題でもあるのか?」
ウィル
「問題ってほどでもないけど、いい点と悪い点が出来たんだ」
ユキネ
「と、言うと?」
テツゾーとユキネが不思議がってると、ウィルは結晶の説明を続ける。
ウィル
「まず、”いい点”は結晶になったから何度でも使えるようになったよ」
テツゾー
「で、”悪い点”は?」
テツゾーは怪訝そうな顔でウィルにさらなる説明を促した。
ウィル
「ただ飲み込んで終わりって言う、単純な話ではなくなったんだ」
テツゾー
「うん? まぁこんなデカい結晶なら飲み込めって言われても無理な話か。じゃあ使い方を教えてくれよ」
テツゾーはウィルの話を聞きながら、目の前にある15センチほどの結晶を様々な角度から眺めた。
ウィル
「うん。まず、この結晶には僕が作った『人間に化ける魔法』が入ってるよ。そして目には見えないけど実際ちょっと魔力が溢れ出してるんだ」
テツゾー
「おいおい、大丈夫なのかそんなので……」
ウィルの説明にテツゾーが思わず後退りする。
ウィル
「うん、そもそも”魔力”というのは自然界のエネルギーを集めて練ったものだから体に害はないよ」
ユキネ
「して、その使い方とは? どうやって魔法を発動させるんです?」
ウィルは淡々と説明を続ける。
ウィル
「うん、ここからはよく聞いてね。まず、この結晶に水をかけるんだ。そんなに綺麗じゃなくても大丈夫だよ。普通の飲み水でいいからね」
ユキネ
「ふむふむ?」
ウィル
「そうすると、さっき話した『溢れ出る魔力』がその水と混じり合って『人間変化の魔法水』になるんだ」
テツゾー
「で、あとはその水を飲めばいいだけか? そんなに難しい話ではないな」
テツゾーは楽勝と言わんばかりに呆れたようなジェスチャーをして見せた。
ウィル
「ううん、舐めるんだ」
ユキネ
「ふむふ……うん?」
ウィルの説明を興味津々で聞いてたユキネの思考が一瞬止まる。
テツゾー
「舐めるって……何を?」
ウィル
「だから、『人間変化の魔法水』にまみれた結晶を直接『舐める』んだよ」
ウィルの言ってる事がどんどんおかしな方向に向かっていく。スラリン達はなんとか最悪な事態を避けようとウィルに質問をかける。
ユキネ
「え、でも、結晶はこの一つしか……」
ユキネは自分の顔が次第に赤くなっていくのをはっきりと感じた。
テツゾー
「お、おいおい、そんな事しなくても、水かけて滴り落ちる水を飲めばいい話じゃないのかよ」
ウィル
「でもそれだと、溢れ出る魔力が水に溶ける時間が短すぎるんだ。ここが単純ではない話なんだ……」
スラリン達の様子にウィルも困惑気味に話を続ける。
ユキネ
「で、でも、先にスラリン殿が舐めて、次にテツゾー殿、そして私とやれば大丈夫ですよね……?」
ユキネはこの15センチほどの結晶を挟んでテツゾーと顔を突き合わせる事を想像し、勝手に恥ずかしくなってしまった。
ウィル
「それが……新たに水をかけると先に化けた人の魔法が解けちゃうんだ。やるなら3人同時に舐めてもらうしか……」
ウィルの説明にさすがのテツゾーも少し照れ臭くなる。
テツゾー
「お、俺達3人が、この結晶に顔を寄せて一斉にチロチロチロチロと……?」
ウィル
「う、うん。そう……なるね……」
ユキネ
「はわ、はわはわ……はわ……」
ウィルは本当に申し訳なさそうに呟く。ユキネは顔を真っ赤にし、完全に思考が停止してしまった。頭の中の映像は結晶を挟んでテツゾーと抱き合いながらキ◯をしている自分である。当然そこにスラリンの姿などない。
テツゾー
「そこはお前の力でどうにかならなかったのか」
ウィル
「ごめん、僕も結晶が出来てから気付いたんだ……」
するとユキネが何か閃いたように口を開く。
ユキネ
「……あ、そうだ。水を張った容器にこの結晶を入れて、しばらくしてできた水を3人で飲むというのは……?」
テツゾー
「それだ!」
ユキネの提案にテツゾーもこれだ!と言わんばかりに手を叩いて同意する。
ウィル
「大量の水に漬けると爆発するよ」
ユキネとテツゾーが自分達の妙案に沸いたところにウィルが淡々と水を差す。
テツゾー
「さっき『魔力は自然界のエネルギーだから~』とか言ってたじゃねぇか。いきなり物騒な話になったなオイ」
するとしばらく黙って話を聞いていたスラリンが満面の笑みで了承した。そんなスラリンを見てテツゾーとユキネがギョッとする。
テツゾー
「いいのかよ!! ま、まぁ、お前がそれでいいって言うならいいか……」
ユキネ
「はわはわはわ……」
万策尽きた……。ユキネはそう思うと真っ赤にした顔からさらに湯気がボンっと噴き出るのを感じた。
テツゾー
「じゃ、じゃあ、気を取り直して……すっかり世話になったな、ウィル」
ウィル
「お礼を言うのは僕の方だよ! こちらこそありがとう。あの村で独りぼっちだった僕をここまで連れてきてくれて。貴方達が居なければ今の僕は無かった」
ユキネ
「あの時と今では全然違いますね。今ではすっかり頼もしくなりましたよ」
テツゾー
「だな。今じゃ一国の領主だしな」
スラリン達は一回りも二回りもたくましくなったウィルを讃えた。それに反応するようにウィルも体をモジモジさせた。
ウィル
「そ、そんなに言わないでよ~。今だってまだこれからやっていけるのか心配なのに……」
テツゾー
「なに、村の長老さんももうじき来てくれるんだろ? 俺達から見てもお前は大丈夫だ。この大陸の統治を頼んだぜ」
テツゾーはそう言うとウィルの肩をポンと叩いた。
ユキネ
「この旅が落ち着いたらまた遊びに来ますよ」
ウィル
「うん! 絶対だよ! 待ってるからね!」
スラリン達の励ましにウィルもすっかり元気になった。
テツゾー
「さて! それじゃあ俺達も出発するか」
ユキネ
「そうしましょう。勇者の出現も気になりますし、あまりのんびりして居られませんものね」
ウィル
「皆さんの旅の無事を祈ってます」
テツゾー
「ありがとさん。それじゃあな!」
ユキネ
「達者でね」
3人はウィルに別れの挨拶をすると、次の目的地に向け、フィア城を後にした。
つづく
警備兵A
「ん!? お、おい! あれを見ろ!!」
警備兵B
「なんだ? っと、これはいかん!! 行くぞ!」
それぞれ武器を構えて駆け寄る警備兵達。
テツゾー
「おっと、早速気付かれたようだぜ。行くぞ!」
テツゾーの号令にスラリン達も戦闘の構えをとる。人間達は目の前まで迫った時、なにやら意味不明なことを話し始めた。
警備兵A
「お嬢さん、魔物達は私達が足止めします!!」
警備兵B
「その間に早く城の中へ!!」
テツゾー
「な、なんだ……?」
テツゾーはこの人間達が言ってる事に少し戸惑いながらも、4人でサクッと打ち倒した。
テツゾー
「まったく、何おかしな事言ってんだ……?」
テツゾーは腰に手を当て、倒れた人間達の前に出ると、後ろでユキネが驚いたように指を差しながら呟いた。
ユキネ
「テ、テツゾー殿。その姿……」
ユキネに自分のことを言われ、テツゾーは己の手足を見ると再び人間の女の姿になっていた。
テツゾー
「あん? ……ウゲ! またこの姿になってたのか!」
ウィル
「この人間達、テツゾーさんを仲間だと思って助けようとしてたんじゃ……?」
テツゾー
「なんだ、そうなのか? あいにく、人間に助けられる覚えはないんだけどな」
ウィルの推測にテツゾーは右手で頭をポリポリとかきながら呆れたように呟いた。
ユキネ
「ほらほらテツゾー殿、もっと女性らしく!」
テツゾー
「や、やめてくれよもう! 口調とか仕草とかめんどくせぇからこのままでもいいだろう!?」
ユキネが揶揄うようにテツゾーの口調を指摘すると、テツゾーも勘弁してくれと懇願した。
ユキネ
「フフ、冗談ですよ。先に進みましょう?」
テツゾー
「まったく、嫌な冗談だぜ。ま、この格好の方が案外都合が良かったりしてな」
テツゾーはそう言いながら入り口に向かって数歩歩くと、すぐさまいつもの鉄甲虫の姿に戻ってしまった。
ウィル
「あ、戻った」
テツゾー
「なんだよちくしょー!」
–––––
城下町へ入ると、城壁の至る所にポツポツと何かの印のようなものが描かれていた。しかし規模としてはそれほど大きくなく、城壁に使われている石の50個に1個の割合で石に描かれた程度のものだった。
テツゾー
「なあ、あの石にポツポツ描いてるのって、なんだかわかるか?」
テツゾーは誰に聞くわけでもなく、歩きながら城壁の印を指差し呟いた。その質問にユキネが答える。
ユキネ
「あれは”物質耐魔印”と呼ばれるものですね。魔法陣のように物体に直接描くのですが、あれは単に描いた物体の魔法抵抗値を上げるためのものです」
テツゾー
「なぜわざわざそんな事を?」
ユキネ
「おそらく、魔法による攻撃でこの城壁が崩れてしまうのを防ぐためでしょう。もしかしたら周りの建物の中にも描かれているかもしれませんね」
ウィル
「ユキネは物知りなんだね!」
ユキネの詳細な説明にウィルも尊敬の眼差しを彼女に向けた。
ユキネ
「へへん! そりゃあ、メイジとして魔法の事は猛勉強しましたからね!」
ユキネが無い鼻を高々と掲げて胸を張った。スラリン達4人はフィア城の兵士達を蹴散らしつつ城下町を進むと、城への入り口の前でまたあの男が待ち構えているのを発見した。
ユキネ
「ムッ! 人間です!!」
ユキネが敵の存在をスラリン達に知らせると共に、戦闘の構えを取る。
ガゼット
「ガハハハ! また会ったな魔物共よ! 前回は情けで生かしてもらったが、今回はそれを後悔させてやるからな!! 今度こそ捕まえて売り飛ばしてやる!!」
腰に手を当て、得意げに見栄を切るガゼットに、テツゾーがウンザリした表情で呟いた。
テツゾー
「まーた性懲りも無く現れやがったか……」
ウィル
「し、知ってるの?」
ウィルがテツゾーの表情からガゼットのことを尋ねた。
テツゾー
「まぁな。俺とスラリンはもう何度か戦ってるんだよ。毎回コテンパンにしてるんだけどなぁ……」
スラリン達の様子をうかがいながらガゼットも戦闘の準備を始めた。
ガゼット
「む、やはりスライムと鉄甲虫は同じ個体だな!? あとはスカルメイジとウィスプが加わってるのか!」
ユキネ
「あの人間、何者なんです? 大声で私達の分析をしているようですが……」
こちらの様子を全く見ようともせず、大声でスラリン達のパーティー編成を分析しながら、自分の道具袋を足元に置いたガゼットに、ユキネも不安そうにテツゾーに尋ねた。
テツゾー
「モンスターハンターだよ。俺達をどうしても捕まえて金に換えたいらしい」
ウィル
「そんな……! 当然、やっつけるよね!?」
テツゾー
「当たり前だ、俺達はここにこの城を堕としにやってきたんだからな。こんな所で止まるわけにはいかねぇ! なぁスラリン!」
テツゾーの言葉にスラリンも大きく頷いた。しばらくして、ガゼットが一振りの剣を取り出した。
ガゼット
「ゴソゴソ……っと、よーし、あったあった。前回の対スカル兵士用に買った銀剣だ。これでスカルメイジとウィスプは楽勝だな」
ユキネ
「!! いけない! ウィル!」
ガゼットが取り出した銀剣を見たユキネがウィルに注意する。それにウィルも反応した。
ウィル
「!? ど、どうしたの急に!?」
テツゾー
「ん、どうした?」
ユキネ
「あの人間の武器、あれは私などのアンデッド族やウィルのような精霊族には大ダメージを与える剣です! 触れたら一貫の終わりよ!」
ガゼットが取り出した剣には綺麗な装飾が施されており、人間達の間では死霊や精霊のような肉体を持たない魔物に対して、唯一触れる事により傷を負わせられる聖なる武器として広く流通していた。ウィルもユキネの説明を聞き、気を引き締めた。
ウィル
「う、うん、わかった! なるべく触らないようにするよ!」
テツゾー
「そう言うことか……チッ、また厄介な物を持ってきたもんだ……」
ガゼット
「ガハハハ! この前は随分と舐められたもんだが、今回はそうはいかんぞ! 覚悟しやがれ!!」
ガゼットはそう言うと、様々な捕獲道具を構えてスラリン達に襲いかかってきた。
テツゾー
「来るぞ!!」
–––––
1時間半後
–––––
全身、魔法やら物理的なダメージでボロボロになったガゼットが、天を仰ぎながら苦しそうに呟く。
ガゼット
「がはあっ……!! ちっ……くしょ~……!」
ズズゥンと、ガゼットは受け身も取れずに直立不動のまま後ろに倒れた。
テツゾー
「ぜえっ……はあっ……、お、おい、お前ら無事か!?」
テツゾーは呼吸をキツそうにしながらもスラリン達他のメンバーの無事を確認した。するとスラリンとウィルが、後方で仰向けに倒れてるユキネのそばに駆け寄って心配そうに声を上げた。
ウィル
「テツゾー! ユキネが! ユキネが息をしてない……!!」
テツゾー
「な、なにぃ!?」
ウィルの悲痛な叫びを聞き、テツゾーも慌ててユキネの元へ駆け寄った。
ユキネ
「……生きてますよ。いや、私の場合、元から死ん
テツゾー
「まぎらわしい!!」
驚くスラリン達をよそに、ユキネはムクリとその場で起き上がった。
ユキネ
「私は元々息をしてませんよ。アンデッド族ですから」
ウィル
「あ、そ、そうなの?」
ユキネは元からボロボロだった法衣の上から腕をさすると、倒れて動かないガゼットの銀剣に目をやった。
ユキネ
「ふぅ、しかしさすがは銀武器です。本当に危なかった……」
ウィル
「う、うん。僕も物理的に斬られたのは初めてだったかも……」
スラリン達4人はガゼットの周りを囲むように歩み寄る。
テツゾー
「まぁ、今回もまた撃退できたようだし、この人間は放っといて先に進もうぜ」
テツゾーの言葉に促されるように、4人はフィア城の中へと入っていった。
–––––
スラリン達はフィア兵達と熾烈な争いを繰り広げ、ようやく玉座の間へとたどり着いた。そこにはまだ子供にも見える若き王とその護衛、そしてスラリンには見覚えのあるもう一人の王とその護衛兵が集まっていた。
アインツ王
「あ……ああ! ああ~~~~!!?」
アインツ王はスラリンの姿に気付くと、青ざめた顔で悲鳴とも取れる声を上げた。その声に若きフィア王も反応する。
フィア王
「ん、どうした叔父さん! あの魔物がどうかしたのか!?」
アインツ王
「どうもこうもないわ! あのスライム、余の城、余の大陸を乗っ取った奴に違いない!! 思い出しただけでも腹が立つ!」
アインツ王はスラリンとイモッチに敗れた時を思い出したのか、顔を真っ赤にして怒り始めた。
フィア王
「な、なんだって!? じゃあ、僕らであの魔物共を倒せばアインツ大陸を取り戻せるというわけか!」
アインツ王
「ああそうじゃ! なんとしてでもあやつらを倒すのじゃ!!」
尻もちをつきながらスラリン達を指差し激怒するアインツ王に、フィア王が周りの護衛兵達に号令をかける。
フィア王
「よーし! じゃあ叔父さんは安全な所に隠れていてください! 行くぞお前達! アインツの諸君も僕と共に戦おう!!」
フィア親衛隊
「御意!!」
アインツ親衛隊
「はっ! お供致します!!」
フィア王達が一斉に武器を構えて襲いかかってくる。それを迎撃するかの如くテツゾーもスラリン達に号令をかけた。
テツゾー
「来るぞ! 構えろ!!」
ユキネ
「魔法で援護します!!」
ウィル
「僕もやるよ!!」
フィア王
フィア親衛隊×2
アインツ親衛隊×2
vs
スラリン
テツゾー
ユキネ
ウィル
およそ2時間にも及ぶ激闘の末、フィア王達は片膝をつき、苦しそうにうなだれていた。
フィア王
「うぐっ……つ、強い……!」
アインツ王
「ひ、ひいぃ~~~!!」
自分よりも遥かに若くて強いフィア王が敗れたとわかり、アインツ王はさらに顔が青ざめていた。
テツゾー
「はぁ……はぁ……! お、お前ら、大丈夫か……!?」
ユキネ
「ぜぇ……ぜぇ……な、なんとか……!」
ウィル
「ぼ……僕も大丈夫……」
スラリン達が息を整えている間に、フィア王達が撤退の準備に動く。
フィア親衛隊
「王、これ以上ここに居ては危険です! 一旦退きましょう!」
フィア王
「むぐ……ツヴァイ、ドライに続き我が城もか……!」
アインツ王
「ひいぃ、ひいいい~~~! 終わりじゃ! 終わってしまうのじゃ~~~!!」
アインツ親衛隊
「王! 王! お気を確かに!!」
その場で混乱を極めた王達の元に、スラリン達の背後をまわって一人のアインツ兵がアインツ親衛隊の一人の元に駆け寄り、なにやら耳打ちをした。すると驚いた様子の親衛隊は二人の王にその内容を伝えた。
アインツ親衛隊
「!? 王! フィア王! 申し上げます! たった今、アインツ大陸に”勇者”が現れたとの伝令が……!!!」
ユキネ
「!!?」
スラリン達の中で、唯一人間の言葉をそのまま理解できるユキネが、その伝令の衝撃に硬直してしまった。その異変に気付いたテツゾーも声をかける。
テツゾー
「ん、どうしたユキネ?」
アインツ王
「ななな、なんと!? 勇者が現れたとな!!? そいつはちょうど良かった!! いや遅すぎたくらいじゃ!! 今すぐ助けてもらおう! そうしようぞ!!」
フィア王
「そ、そうか……! “勇者”なら確かにこの惨状を救ってくれるかもしれぬな……! 叔父さん、行きましょう! お前達、世話をかけるがもう暫く護衛を頼むぞ!」
フィア親衛隊
「ははっ! いつまでも、どこまでも御供致します!!」
アインツ親衛隊
「我々も参ります! 行きましょう、王!」
アインツ王
「とーぜんじゃ!! 余の大陸に勇者が現れたのだ! 当然の事はさせてもらうぞ!!」
フィア王達はスラリン達のことなど、すっかり忘れた様子で勇者の出現に湧き立つと、ゾロゾロと裏口から退避していった。一方、スラリン達は青ざめて立ち尽くすユキネが気になり声をかけた。
テツゾー
「ユキネ?」
ウィル
「ユキネってば!」
ユキネ
「はっ……!」
スラリン達に声をかけられ、ようやくユキネも我に返った。他の3人もさすがに心配になり、彼女に声をかける。
ウィル
「だ、大丈夫?」
テツゾー
「あいつら、何か言ってたのか?」
ユキネは少し考え込み、ゆっくりと口を開いた。
ユキネ
「は、はい。それが……」
テツゾー
「どうした? 何を言ってたんだ?」
ユキネ
「奴らは……アインツ大陸に”勇者”が現れた、と……」
テツゾー
「!?」
ユキネの言葉にスラリン達も衝撃を受ける。
ウィル
「え!? それって……!!」
テツゾー
「ああ、俺達がカディオで話した”認めざるを得ない存在”だ。現れたのがこの大陸でなかったのは吉か凶か……」
テツゾーが深刻な顔で考え込む。
ユキネ
「とりあえず、我々は自由に動けてるわけですし、”吉”だったのでは……?」
テツゾー
「だといいんだがな。しかし、よりによってアインツか……」
アインツ大陸に懸念を示すテツゾーに、ウィルが尋ねた。
ウィル
「アインツだと、なにか都合が悪いの?」
テツゾー
「あの大陸には今、俺とスラリンの親友のイモッチってのが統治者として治めてるんだよ」
テツゾーの親友が大陸を治めてるという話に、ユキネが尊敬の眼差しで感嘆した。
ユキネ
「へえ! それは凄いじゃないですか!! 一大陸の統治者が友人に居るなんて、それだけで尊敬しちゃいますよ!」
テツゾー
「何もなければ、な。だが今は、そいつが治める大陸に勇者が現れちまった」
ユキネ
「あ……すみません……」
テツゾーの言葉に、ユキネは自分の発した言葉の軽率さに気付き、謝った。
ウィル
「それは心配だね……」
テツゾー
「まぁな……だが今の俺達にはアインツまで戻る手段なんて無ぇ。せめて船でもあればどうにかなりそうだが、それまではとにかく先に進むしかないな」
ユキネ
「そうですね……」
テツゾーの話に、皆深妙な表情になる。
テツゾー
「スラリン、大丈夫か? ……その顔なら、大丈夫そうだな。とりあえず、ここでの話を済ませないとな……」
ウィル
「?」
スラリン達がアインツ大陸に現れた勇者の話を一通り終えると、時を同じくして玉座の間に魔王兵が2人入ってきた。
魔王兵A
「おおーい! やっぱりお前達だったか!」
テツゾー
「ハハ、まいどどうも~!」
テツゾーは先程まで深刻な話をしていたとは思えないほど、明るく魔王兵達と挨拶を交わした。
魔王兵B
「この城の現状を見る限り、お前達の力も相当なものだな。俺達ももう呼び捨てでは呼べんな。”英雄殿達”とでも呼ばせてもらおうか」
テツゾー
「や、ややや、やめてくださいよ、魔王様に仕える方達からそんな……」
魔王兵A
「しかし、お前達の活躍が公になってからというもの、俺達の報告もずいぶん楽になったもんだよ」
ユキネ
「そ、そうなのですか?」
魔王兵B
「ああ、魔王城に人間の城が堕ちたという知らせが入っても、『恐らくスラリン達でしょう』と言えば、『だろうな』『でしょうね』だからなぁ」
ウィル
「ハハハ……」
魔王兵達はスラリン達の活躍を嬉しそうに話した。
テツゾー
「ところで、もうこの城は調べてきたんですか?」
魔王兵A
「ああ、あらかたな」
テツゾー
「それで、宝物庫からは何か……」
テツゾーは魔王兵に生命蘇生装置の事を尋ねる前に、魔王兵が重そうな機械の一部を手渡してきた。
魔王兵A
「わかってるって。これだろ? ほれ。俺達にはどうにもできん」
ユキネ
「テツゾー殿、この機械の一部みたいなものは一体……?」
ユキネはテツゾーが受け取った物を後ろから覗き込み、彼に尋ねた。
テツゾー
「これな、俺達が今集めてる『生命蘇生装置』の一つなんだよ」
ユキネ
「はぁ……なるほど……」
ユキネはあまり興味なさそうに頷く。
テツゾー
「こいつが完成すれば、前に人間に殺された俺らの親友を蘇らせることができるらしいのだ」
ユキネ
「なんと、殺された御親友の為でしたか……って、い、生き返らせる!?」
死んだ者を蘇生させる機械と知り、ユキネが目を丸くする。
テツゾー
「おう、そうだよ。なんだ、お前も生き返りたくなったか?」
ユキネ
「い、いえいえいえ! 私は今のままで十分です! しかし、そんな事が出来るのですね……」
テツゾーは軽くユキネを揶揄う。ユキネは慌てて蘇生を拒否するも、目の前の機械がまだそんな大層なものだとは信じられないでいた。
テツゾー
「まぁ、俺達も知った時は驚いたけどな。なんでも、人間が開発した機械らしい」
ウィル
「人間って、すごい物を作るんだねー……」
魔王兵B
「さて、話はその辺でいいか? そろそろここを治める者を決めたいのだが……」
目の前の生命蘇生装置についてスラリン達がワイワイと盛り上がっているところを、魔王兵が少し困り気味に次の話へ進むように促した。
テツゾー
「あ、ああ、そうですね……って、いや、それが今回は……」
これまではその大陸で仲間になった者に城と大陸の支配者を務めてもらったが、今回はウィルも一緒に旅をするとつい先日話をしたばかりだ。テツゾーはいつもと違う状況だということに戸惑っていると、魔王兵もその表情から異変を察した。
魔王兵A
「ん、どうかしたのか? 今回もこれまでのように仲間から一人置くんじゃないのか?」
魔王兵達とスラリン達がここの新たな支配者について話し合っているところに、玉座の間の入り口からカディオ・コロニーの長老が手下を二人ほど連れてやってきた。
長老
「ひゃー……本当にやっちまうんだなぁ……」
ウィル
「あ、長老様!」
カディオ長老は頭をかきながら驚いた様子でフィア城の内部を見渡した。
テツゾー
「おや、長老さん、こんな所に何か用で?」
長老はテツゾーに用件を尋ねられると、チラリとウィルを眺め、テツゾーに答えた。
長老
「ああ、ああ。もしかしたらもうウィルも連れて行ってしまうんじゃないかと思ってな」
ウィル
「うん、僕もテツゾー達と一緒に行くことにしたよ! みんなも許してくれたんだ!」
長老
「……ダメだ」
スラリン達と一緒に旅に出る事を嬉しそうに長老へ報告するウィルだったが、長老は真剣な表情で即座に取り消した。
ウィル
「ええ!? なんでぇ!?」
ユキネ
「長老殿、心配なお気持ちもわかりますが……」
長老の一言に大きなショックを受けたウィルを見て、ユキネも思わず助け舟を出す。だが、長老の表情は少しも変わらなかった。
長老
「いや、そういう単純な話じゃねぇんだよ……」
テツゾー
「なにか、問題でもあるのか?」
いつになく真剣な長老を見て、テツゾーもその理由を彼に尋ねた。
長老
「うむ。アンタらは、こいつがこの大陸に居た”精霊族”ってのはわかるよな?」
テツゾー
「ま、まぁ、生まれも育ちもフィア大陸のウィル・オー・ウィスプだってのはなんとなくわかるが……?」
ウィル
「それがどうしたの? 僕だってちゃんと魔法使えるし!」
長老に否定されたと思ったウィルは、少し不機嫌そうに”旅先でも役に立つアピール”をした。しかし長老は真剣な表情のまま話を続ける。
長老
「魔法云々の話じゃねぇんだよ。その性質上で問題があるって言ってるんだ」
テツゾー
「魔法じゃなくて性質上の問題って……? 俺にはよくわかんねぇな。ユキネは何か知ってるか?」
長老の話を腕組みをしたまま黙って聞いていたテツゾーだったが、魔法のこととなると全くわからないと言った感じで、スカルメイジであるユキネに話を振ってみた。
ユキネ
「……いえ、正直見当もつきません。魔法は関係なく、精霊の性質……ああーーー!!」
テツゾーに話を振られ、これまた黙って聞いていたユキネだったが、途中で大事な事を思い出したらしく、いきなり大声で叫び出した。その反応に長老もニヤリと答えた。
長老
「おうよ、さすがメイジのねーちゃんは気がついたようだな」
テツゾー
「なんだなんだ、どうなってんだ?」
テツゾーはユキネと長老が何か知ってるとわかり、キョロキョロと二人を見返した。
長老
「ウィルはこの大陸の精霊だ。精霊ってのは、生まれたその土地のエネルギーで出来ている」
テツゾー
「それが、どうしたんだ?」
長老
「つまりは、その土地のエネルギーを体中に循環させて存在しているのが精霊であり、ここで言うウィルってわけだ」
長老の説明にスラリン達は固唾を飲んで聞き入る。
ウィル
「それが……?」
ユキネ
「ウィルは、この大陸を離れるとその体に巡るエネルギーを維持することが出来なくなり……」
長老
「じきに消滅、つまりは死ぬってことだ」
ウィル
「そ、そんな……」
長老とユキネの説明に、ウィルは力なく絶句した。
ユキネ
「私もメイジの知識としてはうっすら覚えていましたが、まさかこんな所で……」
テツゾー
「なるほど……じゃあ、ドライ大陸に居るフレーネちゃんもあの大陸の外には出たことがないのか」
長老
「そのフレーネちゃんってのも精霊か何かなのか?」
テツゾーの口からふいに出たフレーネの名に、長老も思わず聞き返した。
ユキネ
「ええ、フレーネ殿は火の精霊なのです。我々がこの大陸へ渡るのに色々とお世話になった方です」
長老
「なるほどな。ま、そういうことだ。ウィルには悪いが、一緒に行くのは諦めてくれ……」
長老はスラリン達にウィルの特質を説明すると、申し訳なさそうに話を結んだ。
ウィル
「そんなぁ~……」
ガックリと肩を落とすウィルに、テツゾーが励ますように声をかけた。
テツゾー
「まぁそんなにガッカリすんなって。俺達もたまには会いに来るさ」
ユキネ
「そうですよ。今生の別れってわけでもないですし……元気を出して」
魔王兵A
「コホン」
テツゾー
「あ」
これまで沈黙を続けていた魔王兵が後ろで軽く咳払いをすると、スラリン達は彼らの存在を忘れていた事に気付き慌てて彼らの方に向き直した。
魔王兵A
「で、話はまとまったか? 今の話を聞かせてもらってたが、この大陸およびこの城の城主はもはや決まったようなものだな」
ウィル
「城主って?」
魔王兵の話にいまいちついていけてないウィルは、小声でユキネに新たな城主の話を訊き直した。
ユキネ
「この城の新たな王ですよ」
テツゾー
「そして、この大陸を治める王でもある」
ウィルの問いにユキネとテツゾーは静かに答えた。
長老
「ほほう。で、それは一体誰なんだ?」
テツゾー
「誰って、ウィルしかいないな」
ユキネ
「えぇ、ウィルしかいませんね」
長老の問いにテツゾーとユキネはあっけらかんと答えた。
ウィル
「え、ええ!? ぼぼぼ、僕がこの城の!!?」
長老
「わははははは! そりゃあいい! そうだ、お前がこの大陸を治めるといい! 俺も全力でサポートするぜ!!」
突然この城、そしてこの大陸の新たな主人に推薦され、大きく動揺するウィルに、長老は頭を抱えて大爆笑しながら支援を表明した。
ウィル
「そそそそんな、む、無理だよぅ僕なんかには……!」
魔王兵A
「いや、そんな事もなかろう」
自信なさげに遠慮するウィルに、魔王兵達は真顔で話を続ける。
魔王兵B
「うむ。君はこの英雄殿達と共にこの大陸を戦い抜いたのだろう? なら君には十分この大陸を治められる資質がある」
ウィル
「うわわわ、緊張してきた~~~! ほ、ほんとに大丈夫かなぁ……」
長老
「心配するなって。俺やカディオの者達もお前を支えていくさ。だからお前も、気楽にこの大陸を治めてくれ」
ウィル
「で、でも、この大陸にはもう一つ村があるんでしょう? そこの人達は怒らないかな……」
テツゾー
「大丈夫だって。俺達と一緒に戦った仲間が治めてるとなれば、誰も文句はないだろうよ」
ウィル
「そ、そうかなぁ……」
周囲からの話にいつまでも自信なさそうに返すウィルに、ユキネはもう我慢できないといった感じでウィルの体をがっしりと掴んだ。
ユキネ
「これからこの大陸を治めるという人がそんな弱気でどうするんです! もっと自分に自信を持ちましょう!!」
ウィル
「は、はいぃ!」
ユキネのあまりの気迫にその場にいた者達も思わず凍りつく。その緊張を一瞬で吹き飛ばしたのは長老だった。
長老
「わははは! メイジのねーちゃんにはほんと頭が上んねぇな!」
彼の大笑いでその場の雰囲気も一気に和んだ。
魔王兵A
「では、無事新たな王が決まったところで、君に渡しておくものがある」
ウィル
「はい、なんでしょう?」
皆の推薦でウィルが新たな王となったところで、魔王兵の一人が一本の杖をウィルの前に差し出した。
魔王兵A
「この杖なんだが、どうも魔力を使って何かをする物らしくてな……俺達にはあまり馴染みのない物でよくわからんのだ」
魔王兵B
「ここの宝物庫にあったものだ。もしかしたら今後何かの役に立つかもしれん。持っておいてくれ」
ウィル
「は、はぁ、なんだろ……?」
魔王兵に渡されるがままにウィルは杖を受け取る。そこにユキネが興味津々に背後から覗き込んできた。
ユキネ
「これは……杖、というよりは、魔力の増幅機器か何かのような感じですね」
テツゾー
「具体的にはこれで何ができるんだ?」
詳しそうに杖について話すユキネに、テツゾーがさらに説明を求めた。
ユキネ
「たとえば、これまでは一人にしかかけられなかった魔法が、城全体、あるいは大陸全体など広範囲にかけられるようになるとか」
長老
「ウィルなら魔力の塊みたいなもんだから、この城全体に魔法をかけるなど容易いだろう」
スラリン達は互いに顔を見合わせる。
テツゾー
「ウィルが一人にしかかけられない魔法と言ったら……」
ユキネ
「アレ……しかありませんね……」
ウィル
「と、とりあえず、やってみるね……!」
ウィルは杖を振りながらその場で踊るように立ち振る舞い、魔法を唱えた。すると杖が一瞬眩い光を放ち、魔法の発動と共に周囲は煙幕に包み込まれた。煙が収まると、その場にいた者達は全員人間の姿に変化をしていた。
魔王兵A
「こ、これは……!」
魔王兵B
「わ、我々の体が人間に……!? い、いや、中身が変わった感じはない。変化の術か……!」
魔王兵達は自分達の体が人間に変えられたことにとても驚いた。長老はというと、元々ワータイガーなので変わった部分も顔くらいしかなかったが、本人なりに楽しんでいた。
長老
「おおう! まさか人間の姿になれるとは思わなかったな。面白い! これなら人間の目は欺けるな!」
テツゾー
「だーーー!! なんで俺ばっかこの姿なんだよ!! もっと他の選択肢はなかったのか!」
テツゾーはもはやいつもの人間の女が固定されてしまったかのように同じ姿に変わっていた。それを見ていた容姿端麗な女性がテツゾーに声をかける。
ユキネ
「ほらほら、テツゾー殿。また言葉使いが荒んでますよ。ここはもっとお淑やかに」
テツゾー
「あ、ああ、悪い……って、ユキネ、おま……」
変化後のユキネの姿を見たテツゾーが思わず絶句する。
ユキネ
「はい? ああ、この姿ですか。どうやら、元が人間の骨なのでそれに肉が付いた感じになりましたね」
ユキネはボロボロのローブの間からチラチラと見える色白な腕や腰回りを気にしながら呟いた。その姿を見てテツゾーが恨めしいように愚痴を吐く。
テツゾー
「なんでお前はそんなに美形なんだよ……」
ユキネ
「フフン、基の骨格がいいからでしょう」
テツゾー
「キーーー! くやしーーー!!」
ユキネ
「♪~」
悔しがるテツゾーを横目に、ユキネはサラサラのストレートヘアーを掻き上げながら上機嫌に小躍りした。
一方、スラリンはというと、一応は筋骨隆々な青年に化けたが、元々筋肉や骨を動かす生き方をしていなかったので、当然それらを使った動き方などわかるはずもなく、その場で倒れないように必死にバランスを保ちながら直立するので精一杯だった。
ウィル
「僕の魔力だと、この城一帯が限界みたいだ」
魔王兵A
「人間に化けるとは面白い魔法だ。これなら人間を襲うのも容易いだろうな」
魔王兵B
「しかし今更、人間を攻める必要もなくなったか。もはやこの城も我々魔族の物だしな」
ウィル
「うーん、そっか~」
ユキネ
「ま、まぁ、面白い魔法ですから、今後どこかで役に立つこともあるかもしれませんよ」
戦闘には役に立たないと言われションボリするウィルを見て、ユキネが慌ててフォローした。
テツゾー
「役に立つって、ウィルの魔法はこの城一帯が限度なんだろう? 俺達がここを出たら解けるじゃないかよ」
ユキネ
「あ、そっか……」
ウィル
「できるよ?」
テツゾー
「へ? できるって、なにが?」
テツゾーはウィルが言ったことをいまいち理解できずにいた。そんな彼を見てウィルも説明を続ける。
ウィル
「だから、僕の魔法を城の外でも使うことが……」
ユキネ
「そ、そんな事が可能なのですか……?」
ユキネもウィルの話に半信半疑で尋ねた。
ウィル
「うん。ちょっと丸薬を作らなきゃならないけどね」
テツゾー
「それも魔法なのか?」
テツゾーが腕組みをしたまま尋ねる。
ウィル
「まぁ、村で暮らしてた頃は暇だったから、ちょっとオリジナルの魔法なんて使えたら面白いかなって。それで作ってたんだよ」
ユキネ
「なるほど。だからメイジである私でも思い当たらなかったのですね」
テツゾー
「なんか、何でもアリだな」
ウィル
「えへっ」
なかば呆れたように呟くテツゾーにウィルは戯けてみせた。
テツゾー
「よし、それじゃあどこで使うかわからんが、せっかくだからみんなの分作ってくれよ。土産に持って行こう」
ウィル
「うん、少しここでゆっくりしてってよ。みんながここを出るあたりまでには用意できるはず」
ウィルがスラリン達の手土産に魔法の丸薬を作る約束をしたところで、魔王兵や長老もその場を離れる挨拶をした。
魔王兵
「では、話もまとまったようだな。我々もそろそろ持ち場に戻る」
長老
「じゃあ、俺も一度村に戻って皆にここの解放を伝えてくるぜ。ここもじきに賑やかになるだろう」
テツゾー
「あ、はい、お疲れ様でした~」
–––––
スラリン達は城下町へ降り、しばらく人間が築いた建物などを観光してると、ウィルが小包みを抱えて駆け寄ってきた。
ウィル
「みんなーーー」
テツゾー
「おう、ウィル。例の物はできたのか?」
ウィル
「う、うん。一応は出来たんだけど……」
テツゾーの問いかけに、なにやらウィルの歯切れが悪い。
ユキネ
「何か問題でもありましたか? 失敗しちゃったとか?」
ユキネの言葉にウィルは慌てて首を横に振る。
ウィル
「う、ううん。立派に完成したんだけど……コレ」
ウィルはそう言うと小包みの中から大きな水晶を取り出した。スラリン達3人は興味深く眺めた。
テツゾー
「うん? このでかい宝石がどうかしたのか?」
ユキネ
「へぇー! これはまた綺麗ですねー!」
ウィル
「本当は丸薬のはずだったんだけど、効果が少しでも長続きするようにじっくり作ってたら、結晶になっちゃった……」
ウィルはあたかもこの結晶が失敗作であるかのように話した。
テツゾー
「結晶になったって、何か問題でもあるのか?」
ウィル
「問題ってほどでもないけど、いい点と悪い点が出来たんだ」
ユキネ
「と、言うと?」
テツゾーとユキネが不思議がってると、ウィルは結晶の説明を続ける。
ウィル
「まず、”いい点”は結晶になったから何度でも使えるようになったよ」
テツゾー
「で、”悪い点”は?」
テツゾーは怪訝そうな顔でウィルにさらなる説明を促した。
ウィル
「ただ飲み込んで終わりって言う、単純な話ではなくなったんだ」
テツゾー
「うん? まぁこんなデカい結晶なら飲み込めって言われても無理な話か。じゃあ使い方を教えてくれよ」
テツゾーはウィルの話を聞きながら、目の前にある15センチほどの結晶を様々な角度から眺めた。
ウィル
「うん。まず、この結晶には僕が作った『人間に化ける魔法』が入ってるよ。そして目には見えないけど実際ちょっと魔力が溢れ出してるんだ」
テツゾー
「おいおい、大丈夫なのかそんなので……」
ウィルの説明にテツゾーが思わず後退りする。
ウィル
「うん、そもそも”魔力”というのは自然界のエネルギーを集めて練ったものだから体に害はないよ」
ユキネ
「して、その使い方とは? どうやって魔法を発動させるんです?」
ウィルは淡々と説明を続ける。
ウィル
「うん、ここからはよく聞いてね。まず、この結晶に水をかけるんだ。そんなに綺麗じゃなくても大丈夫だよ。普通の飲み水でいいからね」
ユキネ
「ふむふむ?」
ウィル
「そうすると、さっき話した『溢れ出る魔力』がその水と混じり合って『人間変化の魔法水』になるんだ」
テツゾー
「で、あとはその水を飲めばいいだけか? そんなに難しい話ではないな」
テツゾーは楽勝と言わんばかりに呆れたようなジェスチャーをして見せた。
ウィル
「ううん、舐めるんだ」
ユキネ
「ふむふ……うん?」
ウィルの説明を興味津々で聞いてたユキネの思考が一瞬止まる。
テツゾー
「舐めるって……何を?」
ウィル
「だから、『人間変化の魔法水』にまみれた結晶を直接『舐める』んだよ」
ウィルの言ってる事がどんどんおかしな方向に向かっていく。スラリン達はなんとか最悪な事態を避けようとウィルに質問をかける。
ユキネ
「え、でも、結晶はこの一つしか……」
ユキネは自分の顔が次第に赤くなっていくのをはっきりと感じた。
テツゾー
「お、おいおい、そんな事しなくても、水かけて滴り落ちる水を飲めばいい話じゃないのかよ」
ウィル
「でもそれだと、溢れ出る魔力が水に溶ける時間が短すぎるんだ。ここが単純ではない話なんだ……」
スラリン達の様子にウィルも困惑気味に話を続ける。
ユキネ
「で、でも、先にスラリン殿が舐めて、次にテツゾー殿、そして私とやれば大丈夫ですよね……?」
ユキネはこの15センチほどの結晶を挟んでテツゾーと顔を突き合わせる事を想像し、勝手に恥ずかしくなってしまった。
ウィル
「それが……新たに水をかけると先に化けた人の魔法が解けちゃうんだ。やるなら3人同時に舐めてもらうしか……」
ウィルの説明にさすがのテツゾーも少し照れ臭くなる。
テツゾー
「お、俺達3人が、この結晶に顔を寄せて一斉にチロチロチロチロと……?」
ウィル
「う、うん。そう……なるね……」
ユキネ
「はわ、はわはわ……はわ……」
ウィルは本当に申し訳なさそうに呟く。ユキネは顔を真っ赤にし、完全に思考が停止してしまった。頭の中の映像は結晶を挟んでテツゾーと抱き合いながらキ◯をしている自分である。当然そこにスラリンの姿などない。
テツゾー
「そこはお前の力でどうにかならなかったのか」
ウィル
「ごめん、僕も結晶が出来てから気付いたんだ……」
するとユキネが何か閃いたように口を開く。
ユキネ
「……あ、そうだ。水を張った容器にこの結晶を入れて、しばらくしてできた水を3人で飲むというのは……?」
テツゾー
「それだ!」
ユキネの提案にテツゾーもこれだ!と言わんばかりに手を叩いて同意する。
ウィル
「大量の水に漬けると爆発するよ」
ユキネとテツゾーが自分達の妙案に沸いたところにウィルが淡々と水を差す。
テツゾー
「さっき『魔力は自然界のエネルギーだから~』とか言ってたじゃねぇか。いきなり物騒な話になったなオイ」
するとしばらく黙って話を聞いていたスラリンが満面の笑みで了承した。そんなスラリンを見てテツゾーとユキネがギョッとする。
テツゾー
「いいのかよ!! ま、まぁ、お前がそれでいいって言うならいいか……」
ユキネ
「はわはわはわ……」
万策尽きた……。ユキネはそう思うと真っ赤にした顔からさらに湯気がボンっと噴き出るのを感じた。
テツゾー
「じゃ、じゃあ、気を取り直して……すっかり世話になったな、ウィル」
ウィル
「お礼を言うのは僕の方だよ! こちらこそありがとう。あの村で独りぼっちだった僕をここまで連れてきてくれて。貴方達が居なければ今の僕は無かった」
ユキネ
「あの時と今では全然違いますね。今ではすっかり頼もしくなりましたよ」
テツゾー
「だな。今じゃ一国の領主だしな」
スラリン達は一回りも二回りもたくましくなったウィルを讃えた。それに反応するようにウィルも体をモジモジさせた。
ウィル
「そ、そんなに言わないでよ~。今だってまだこれからやっていけるのか心配なのに……」
テツゾー
「なに、村の長老さんももうじき来てくれるんだろ? 俺達から見てもお前は大丈夫だ。この大陸の統治を頼んだぜ」
テツゾーはそう言うとウィルの肩をポンと叩いた。
ユキネ
「この旅が落ち着いたらまた遊びに来ますよ」
ウィル
「うん! 絶対だよ! 待ってるからね!」
スラリン達の励ましにウィルもすっかり元気になった。
テツゾー
「さて! それじゃあ俺達も出発するか」
ユキネ
「そうしましょう。勇者の出現も気になりますし、あまりのんびりして居られませんものね」
ウィル
「皆さんの旅の無事を祈ってます」
テツゾー
「ありがとさん。それじゃあな!」
ユキネ
「達者でね」
3人はウィルに別れの挨拶をすると、次の目的地に向け、フィア城を後にした。
つづく
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