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「1986年 岡崎恭介」act-7 <真実>

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その週末。岡崎とユウは、見知らぬ商店街を歩いていた。活気付くにはまだ早い時間らしく、立ち食いの蕎麦屋とモーニングを売りにする喫茶店以外、ほとんどの店のシャッターが閉まっている。
 誰から聞いたのか、彼女は小田急線沿線にある、この町の産婦人科に予約を入れていた。閑散とした通りに、ユウの靴音だけが小さく響いている。

 その病院は、ちょうど商店街を抜けたところにあった。
細長いビルとビルの間に建つそれは、外壁がところどころ剥げ少し陰鬱な感じがするが、看板に刻まれた『女医』という赤い文字が少しだけ岡崎を安堵させた。

 扉を押して中に入ると、ユウは受付に向かい、岡崎は待合室のソファに腰を下ろした。斜め向かいに、お腹の大きな眼鏡をかけた女性が一人座わっている。目の前にはテレビがあり、料理番組が小さな音でかかっていた。
ユウはすぐにやって来て岡崎の隣に座った。眼鏡の女性が、ちらりと二人を盗み見る。岡崎はテレビ画面から視線をはずし、ユウの耳元に顔を近づけ、そして小声で聞いた。
「ユウちゃんは料理できるの?」
「得意だよ」
「本当に?信じられないなあ」
 岡崎のからかうような口調に、ユウは少し自慢げに言い返した。
「お母さんが料理好きで、いろいろ教わったから」
「いいお母さんだね」
 岡崎がそう言った時、待合室のドアが開いた。若い看護婦が顔を覗かせ、事務的な声でユウの名を呼ぶ。

「ヒライユミさん、こちらにどうぞ」

 その言葉は、全ての時間の流れを一瞬のうちに停止させ、巨大な腕で頭を鷲掴みにされたかのような衝撃を岡崎に与えた。
 ユウがゆっくりと立ち上がる。
部屋を出る瞬間、岡崎を振り返った彼女の唇が “行ってくるね” と動いた。
その全てがスローモーションのように岡崎の目に映り、バタンと閉められたドアの音だけが、現実を叩きつけるかのように大きく響いた。

 岡崎は、言葉にならない声をあげ立ち上がり、ドアを開け廊下に出た。看護婦に肩を抱かれたユウの後姿が遠目に一瞬だけ見え、突き当たりの部屋にスッと吸い込まれて消えた。岡崎は、はじかれたように受付に飛び込んだ。
「ヒライの身内のものですが、先程の受付表を見せてもらえませんか?」
 年老いた看護婦が、怪訝そうな表情でユウの記入した受付表を岡崎に渡した。
目眩にも似た感覚が岡崎を襲い視界が歪んだ。

—ユウは、由美という名だったのか—

 彼女の『平井』という名字は別れた妻の旧姓だ。そして生年月日に記された数字は、たった一度しか誕生日を祝ってあげられなかった自分の娘、岡崎由美のものであった。
 岡崎は受付表を看護婦に返し待合室に戻ると、ソファに座わりつぶれるほど硬く目を閉じた。
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