みえない君~このほんのわずかな時の学舎で~

葵田

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三十六.トリオ漫才

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 年が明けて、短い冬休みも終わった。一月に入ると三学年の生徒は、他の学年よりも一足早く後期試験へと突入する。

玲子れいこ!」

 試験当日、玲子の姿があった。梨奈りなの呼び声に玲子は振り返ると、明るい笑顔を向けた。

「あーんーたはぁー。もぅ、やっとこさ来たか」
「そりゃあ、さすがにね」
「試験ですもんね。さすがに来ないとヤバいですもんね」

 朝、試験開始前の一階にある玄関の自販機前にて。自販機で買った缶コーヒーを飲む梨奈と、水筒に入れて来たホットミルクティーを飲む玲子。そして、その隣には当たり前といった感じで正剛せいごうが。 三人は夏休み以来、顔を揃えた。

「お正月、二人とも参拝に来てくれたみたいで、ありがとね」
「なんか、授与所に人だかりができてたけど、何だったのよ?」
「俺ら、ゆっくり声かけれそうにもなかったから、参拝だけして帰って来たんですよ」

 正剛と梨奈の二人は一緒に玲子に会おうと神社へ参拝へと行っていた──その中に、工藤くどうはいなかった。

「ミケちん。冬は寒いから、なかなか外に出なくて。授与所のストーブの側でずっと寝てばっかだから、探し尋ねに来た人には抱っこさせてあげてるの」
「あぁ、正月早々にファンサービスしてたのね。すっかり人気者ねぇ、あんたも含めて。大人しいわよね、あのデブ猫ちゃん。でも抱くにはちょっと重いわ」
「デブ猫って、めっちゃ可愛いし、猫の特権ですよね? これが犬だと健康管理が云々ってダイエットさせられちゃいますもんね?」
「デブ猫は、ただのデブ猫だよ」

 アハハッと、三人はしばし談笑を交わして楽しんだ。あえてそうしているかのように──最初に口火を切ったのは梨奈だった。

「……それで? 玲子、あんたがこのまま大人しく卒業するとか思えないんだけど? どうすんの? クドちゃんのこと。って、あんたが無事に卒業できるとも限らないけどねぇ」
「うん、単位の方はマジでヤバいかも」

「え、そんな……」と色々と協力をしてきた正剛が不安と心配の色を示すと、玲子は「大丈夫だよ」と平気に笑ってみせた。
 すでに二人から、工藤の事については十分に話を聞いている玲子だった。知らされた直後は複雑な感情にも乱されそうになったが、今は一切の雑念はかき消えている。

「正剛、様子はどう?」

 玲子の問いに何がかと聞くまでもなく、すぐさま答える。

「邪気ならもう、裸眼でも視えそうなくらいですよ。いつ呑み込まれてもおかしくないほどの強さです。けど、何かタイミングを見計らっているように目立った動きはなく……守護霊さん──真由子まゆこさんも沈黙を閉ざしているし、不気味です」
「ちょっ、タイミングって……何? まさか……クドちゃん、ついに死ぬ時がやってきたの?」
「い、いや、そうとは……」

 感を鋭く反応した梨奈の具体的かつストレートな表現に正剛は顔を強張らせる。

「玲子、双子ちゃんが御守り買いに来たのって、冬なのよね? つまり、その時点でまだ生きてたってことよね?」
「その御守りは、確か姉妹のお揃いなんですよね?」

 じっと下をうつむいていた玲子が口を開く。

「──工藤の話によると、姉の真由子が亡くなったのは由依子ゆいこの四十九日付近。そこから逆算すれば……由衣子の亡くなった日は、今月の今頃」
「それって、もうすぐじゃない」
「工藤先生、このままどうなっちゃうんですか? 大丈夫……ですよね?」

 二人は両側から玲子の顔を覗き込む。だが、玲子は口元で微笑した。

「……工藤には、そっとしてといてくれって頼まれてちゃったからね。──二人とも、今まで色々ありがと。もういいよ、手を引いてくれて」
「何よ、それ? 何よ、その言い方? ちょっと、待ちなさいよ。あんた、もしかして心中とか変なこと考えてる?」
「やめてよ、そんな気持ち悪いこと。考えたくもない」
「玲子さん、どうするつもりですか? まさか一人で……とか、言い出します?」
「──やるよ。必ず、浄化してみせる」

 言った玲子の目は淀みなく真剣そのものだった。今までとは明らかに違う玲子の研ぎ澄まされたオーラが肌に伝わってくるのを正剛は感じた。梨奈もまた、そんな玲子を見るのは初めてだ。

「一人でできるの?」
「多分」
「そこは、多分なんですね?」
「……分かったわ、あんたが本気だってことは。じゃあ、せめて見届けさせて、クドちゃんの最期!」
「わーっ、川瀬さんっ、縁起でもないですよっ! ……って、真面目に答えるとですね、梨奈さんには霊とかよく視えず分からないと思いますよ?」
「無能で悪かったわねぇー」
「いえ、俺の霊能力もまだまだ未熟ですけどね」

「漫才みたい」と、クスクスと玲子は教室へと向かい階段を登って行き、「それを言うならトリオでしょ」梨奈と正剛も一緒に笑い合いながら後へと続く。──またいつか、四人でカルテットも悪くないと、それぞれ胸に思いながら。
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