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三十二.ついに明かされる
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「ご苦労なこったな」
と、しぶしぶといった感じで姿を現したのは、工藤だった。
正剛の位置からは図書館へと入って来た工藤の姿は見えなかったのである。工藤もまた、二人に声を掛ける事をしなかった。
「おまえは、もとより野次馬好きだったな」
工藤の口ぶりから、会話を聞かれていた事が明らかになると、梨奈はハァーと再び溜息を吐き出した。
「弟ってのは嘘だろ? 当時、川瀬なんて奴はいなかったぞ」
正剛を追いやるための嘘だった。が、現在、他校の高校三年なのには違いない。残念ながら偏差値は平均の所であったが。
「……別にあたしも好きでやってる訳じゃないのよ。玲子がさぁ、泣くもんだからさぁー……」
わざとらしく玲子の名を出して強調して言う。工藤は何も返事せず、背もたれていた本棚から離れて梨奈の斜め向かい側の机に横を向いて座った。
「……風邪は? 大丈夫だったってか?」
「知らなーい。本人に聞けばぁ?」
「見当たらねぇし」
借りに来たらしき単行本をペラペラとめくる工藤。梨奈は両手を持て余して爪先をいじる。少しの間、無言の沈黙が続いてから梨奈の方から口火を切った。
「あの子もさ、あの子なりに心配してんのよ。ちょーっと、あたしらとは視点がズレてるみたいだけど。なんか、クドちゃんのレンコン……いや、霊魂とやらがヤバいらしいわよ? なんか生命エネルギーが奪われて死んじゃうかもってよ? どうする? なに、やっぱ過去に亡くなった生徒さんの事、引きずってんの?」
「……あぁ、そうかもな。もう好きに聞いてくれていいぞ」
工藤は観念して諦めたというよりも、まるで関心もない他人事だと言わんばかりの態度だった。
「あっ、そう。じゃあ聞くけど、由衣子が亡くなった原因は自殺ね?」
「おまえ、ストレート過ぎるだろ。もう少しオブラートに包むとかできないのか?」
そう言うも、バッサリ切られた方が楽だった。あまりにも気持ち良いくらい切られ、工藤は思わず苦笑する。
「俺の……元恋人だった」
「ハァー、くっだらない話ねぇ。でもなんか、玲子によると真由子の方が縁結びの御守りを買いに来たって話よ。なに、姉妹でクドちゃんを奪い合い? なーんてね。双子じゃあ、見間違うはずだわ」
「これか」
工藤はズボンのポケットから車のキーに吊るされた御守りを取り出す。
「買いに行ったのは多分、真由子で合ってるかもな。由衣子は、ずっと病床だったからな。これは……真由子から形見分けでもらったやつなんだ。……何もかもな、俺との関係のあるものはキレイさっぱり片付けてから消えていったからな。だから、周りは闘病の末の自殺だと、遺書通りに信じて誰も何も疑いはしなかった」
「え、由衣子は病気だったの? じゃあ、どの道、死ぬ運命だったの?」
「確かに、癌の移転はあったけどな。それでも延命治療を行う事はできたし、生存率も完全にゼロじゃなかったかもしれない。その運命が奇跡を起こせばな」
「まさか、ずっと寄り添うつもりだったの? バカ、何でそこで去らなかったのよ?」
由依子が代わりに真由子に頼んだ〝縁を切る御守り〟を買い求めたのは、きっと自分がいなくなった後、相手の幸せを想うが故だったのかもしれないと梨奈は思う。
「……タイミングが悪かったんだ。若いと癌の進行も早いからな、ゆっくり話し合うタイミングもなく入院しちまった。その後も、『来ないで』なんて言われてしまったらな、もう見舞いにも行けなかった」
その気持ちを梨奈には共感できた。抗がん剤の副作用くらいは知っている。女性ならば誰もがそんな姿を恋人に見られたくないだろう。
「はぁー……やりきれない話ねぇ。だーから、これだから教師と生徒なんてやめときゃいいのよー、っんと、バカッ」
と、梨奈はわざとぞんざいにあしらう。工藤は「ホント、おまえ痛快だな」と、フッと軽く口の端で笑った。
「で、由依子の事は分かったけど、真由子の死因は一体何なのよ?」
「交差点でな、左折してきたトラックに自転車ごと巻き込まれたんだ。不慮の事故としか言えないが……ちょうど由衣子の四十九日辺りだってな、誰が言ったか〝つれていかれた〟って。学校内にちょっとした戦慄が走ったぞ。……オレには葬式でのご両親のやたら納得した様子の方が怖かったけどな」
「……どこかで逃げ道作んなきゃ、精神を保てなかったんでしょうね」
一度に愛娘を二人亡くした両親の気持ちを思い、さすがの梨奈もしんみりと呟いた。
「それで? クドちゃんはいつまでクヨクヨするつもり?」
一瞬、押し黙った工藤だが、
「……オレが聞いていいって言ったのは過去の話だ」
「そうね、そこまであたしが首突っ込める資格なんてないわよね。でも、玲子には? あの子は、違うんでしょ? どうすんの?」
「何がだ?」
「ハァー。もう認めなさい。楽になりなさい! そして、もう玲子を泣かすのをやめなさい! ……って、ちょっと! 逃げるのは恥よっ」
工藤は椅子から立ち上がると、さっさと図書館の出口へと向かう。
「これでも今、仕事中だ。無駄なお喋りしているほどヒマじゃない。川瀬も次の授業にはちゃんと出席するように」
腕時計を確かめて教師らしく生徒に注意をすると、図書館を後にしていった。残った梨奈は、
「……あんたが吐く台詞かっての」
かつて、教師と生徒の禁域を越した工藤に、矛盾を思いっ切りぶつけた。
図書室を出た工藤は、ケータイを取り出す。教師だ、生徒の連絡先くらい調べれはすぐに分かる。生徒に無理矢理聞かれて教えるのは、いつでも消去できるフリーアドレスだ。
無意味と知りつつ、受信箱を開く。大半が遊び半分の用件ばかりだったが、返事が遅れて溜まってしまっていた。溜息をつきながら、一つ、また一つと、返信していく。今の気持ちを紛らし押さえるように。
その日、最後の七時限の授業まで、玲子の出席は一つもなかった
と、しぶしぶといった感じで姿を現したのは、工藤だった。
正剛の位置からは図書館へと入って来た工藤の姿は見えなかったのである。工藤もまた、二人に声を掛ける事をしなかった。
「おまえは、もとより野次馬好きだったな」
工藤の口ぶりから、会話を聞かれていた事が明らかになると、梨奈はハァーと再び溜息を吐き出した。
「弟ってのは嘘だろ? 当時、川瀬なんて奴はいなかったぞ」
正剛を追いやるための嘘だった。が、現在、他校の高校三年なのには違いない。残念ながら偏差値は平均の所であったが。
「……別にあたしも好きでやってる訳じゃないのよ。玲子がさぁ、泣くもんだからさぁー……」
わざとらしく玲子の名を出して強調して言う。工藤は何も返事せず、背もたれていた本棚から離れて梨奈の斜め向かい側の机に横を向いて座った。
「……風邪は? 大丈夫だったってか?」
「知らなーい。本人に聞けばぁ?」
「見当たらねぇし」
借りに来たらしき単行本をペラペラとめくる工藤。梨奈は両手を持て余して爪先をいじる。少しの間、無言の沈黙が続いてから梨奈の方から口火を切った。
「あの子もさ、あの子なりに心配してんのよ。ちょーっと、あたしらとは視点がズレてるみたいだけど。なんか、クドちゃんのレンコン……いや、霊魂とやらがヤバいらしいわよ? なんか生命エネルギーが奪われて死んじゃうかもってよ? どうする? なに、やっぱ過去に亡くなった生徒さんの事、引きずってんの?」
「……あぁ、そうかもな。もう好きに聞いてくれていいぞ」
工藤は観念して諦めたというよりも、まるで関心もない他人事だと言わんばかりの態度だった。
「あっ、そう。じゃあ聞くけど、由衣子が亡くなった原因は自殺ね?」
「おまえ、ストレート過ぎるだろ。もう少しオブラートに包むとかできないのか?」
そう言うも、バッサリ切られた方が楽だった。あまりにも気持ち良いくらい切られ、工藤は思わず苦笑する。
「俺の……元恋人だった」
「ハァー、くっだらない話ねぇ。でもなんか、玲子によると真由子の方が縁結びの御守りを買いに来たって話よ。なに、姉妹でクドちゃんを奪い合い? なーんてね。双子じゃあ、見間違うはずだわ」
「これか」
工藤はズボンのポケットから車のキーに吊るされた御守りを取り出す。
「買いに行ったのは多分、真由子で合ってるかもな。由衣子は、ずっと病床だったからな。これは……真由子から形見分けでもらったやつなんだ。……何もかもな、俺との関係のあるものはキレイさっぱり片付けてから消えていったからな。だから、周りは闘病の末の自殺だと、遺書通りに信じて誰も何も疑いはしなかった」
「え、由衣子は病気だったの? じゃあ、どの道、死ぬ運命だったの?」
「確かに、癌の移転はあったけどな。それでも延命治療を行う事はできたし、生存率も完全にゼロじゃなかったかもしれない。その運命が奇跡を起こせばな」
「まさか、ずっと寄り添うつもりだったの? バカ、何でそこで去らなかったのよ?」
由依子が代わりに真由子に頼んだ〝縁を切る御守り〟を買い求めたのは、きっと自分がいなくなった後、相手の幸せを想うが故だったのかもしれないと梨奈は思う。
「……タイミングが悪かったんだ。若いと癌の進行も早いからな、ゆっくり話し合うタイミングもなく入院しちまった。その後も、『来ないで』なんて言われてしまったらな、もう見舞いにも行けなかった」
その気持ちを梨奈には共感できた。抗がん剤の副作用くらいは知っている。女性ならば誰もがそんな姿を恋人に見られたくないだろう。
「はぁー……やりきれない話ねぇ。だーから、これだから教師と生徒なんてやめときゃいいのよー、っんと、バカッ」
と、梨奈はわざとぞんざいにあしらう。工藤は「ホント、おまえ痛快だな」と、フッと軽く口の端で笑った。
「で、由依子の事は分かったけど、真由子の死因は一体何なのよ?」
「交差点でな、左折してきたトラックに自転車ごと巻き込まれたんだ。不慮の事故としか言えないが……ちょうど由衣子の四十九日辺りだってな、誰が言ったか〝つれていかれた〟って。学校内にちょっとした戦慄が走ったぞ。……オレには葬式でのご両親のやたら納得した様子の方が怖かったけどな」
「……どこかで逃げ道作んなきゃ、精神を保てなかったんでしょうね」
一度に愛娘を二人亡くした両親の気持ちを思い、さすがの梨奈もしんみりと呟いた。
「それで? クドちゃんはいつまでクヨクヨするつもり?」
一瞬、押し黙った工藤だが、
「……オレが聞いていいって言ったのは過去の話だ」
「そうね、そこまであたしが首突っ込める資格なんてないわよね。でも、玲子には? あの子は、違うんでしょ? どうすんの?」
「何がだ?」
「ハァー。もう認めなさい。楽になりなさい! そして、もう玲子を泣かすのをやめなさい! ……って、ちょっと! 逃げるのは恥よっ」
工藤は椅子から立ち上がると、さっさと図書館の出口へと向かう。
「これでも今、仕事中だ。無駄なお喋りしているほどヒマじゃない。川瀬も次の授業にはちゃんと出席するように」
腕時計を確かめて教師らしく生徒に注意をすると、図書館を後にしていった。残った梨奈は、
「……あんたが吐く台詞かっての」
かつて、教師と生徒の禁域を越した工藤に、矛盾を思いっ切りぶつけた。
図書室を出た工藤は、ケータイを取り出す。教師だ、生徒の連絡先くらい調べれはすぐに分かる。生徒に無理矢理聞かれて教えるのは、いつでも消去できるフリーアドレスだ。
無意味と知りつつ、受信箱を開く。大半が遊び半分の用件ばかりだったが、返事が遅れて溜まってしまっていた。溜息をつきながら、一つ、また一つと、返信していく。今の気持ちを紛らし押さえるように。
その日、最後の七時限の授業まで、玲子の出席は一つもなかった
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