みえない君~このほんのわずかな時の学舎で~

葵田

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三十.なぐさめてもらう

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 早まったと。しくじったと。何を馬鹿な事を質問してしまったのだろうと。昼間に正剛せいごうからも注意されていたではないかと。
 それ以前に、工藤と自分はただの教師と生徒にしか過ぎないのを忘れていた。気づいた時には、今さら何もかも遅かった。
 ズズッと、鼻を鳴らす。
 これは風邪のせいだろうと思い込む。ここで自分が泣くのはお門違いだろう。傷ついたのは、傷つけたのは、むしろ工藤の方だ。
 保健室で飲んだ、効能が良かった風邪薬の商品名は何だったかと、必死に思考をずらしながら、ドラッグストアへと向かって授業には出ないまま学校を去ろうとしたところ、

「玲子?」

 驚いたような声で名を呼び止められる。

「どしたの、あんた? マントヒヒみたいな顔しちゃって」

 人の顔を見て失礼な言い表し方をしたのは、梨奈りなだった。そう、言われる通りに酷い顔をしてい
る玲子だ。ちなみにマントヒヒとは猿である。大体、想像はつく。

「ほらぁ、鼻拭いて。はい、チーン」

 自分のバッグではなく、玲子のバッグの中から勝手にポケットティッシュを取り出して差し出す。

「……ちょっと、風邪引いてね」
「うん、うん」

 一応、花粉症も疑っってみた梨奈だったが、何かあったと瞬時に予測する。そしてそれは間違いなく工藤絡みだと超能力並みの察知レーダーが作動し出す。

「本館から出て来たのが見えたけど……もしかして保健室にいたの?」

 ティッシュで鼻を拭いた後、ハンドタオルで湿る目元も拭った玲子はコクリと頷く。それを確認した梨奈は脳内で今度はカタカタと分析を始める。

「ケンカでもしたの?」

 もはや工藤と一緒だったかどうかという主語はすっ飛ばして質問される。〝何か〟ではなく〝ケンカ〟と断定して。いつもなら相変わらず見抜かれているものだと感心するところだが、今の玲子にそんな余裕はなく、黙ってうつむく。それが肯定の印だった。
 梨奈は、ふぅ。と溜息をつくとやれやれとばかりに、

「何か食べれそう? 奢っちゃるから、好きなもん言いなさい?」

 言われると突然、グルルと玲子のお腹が鳴る。昼食の弁当を残していたため、薬が効いて食欲が湧いてきた。
 玲子は欲のままに遠慮なく、ファミレスとかではなくパスタ専門店を所望した。


   ◇


 学校から少し離れた場所。
 煉瓦造りの建物に蔦の葉が伸び、周りにいくつかの鉢植えにされた花が置かれた、鉄則の外観だろうパスタ屋に二人は辿り着く。
 「ここの建物の基礎工事、あたしの父がしたのよ」と、梨奈は今日も同じく言う。二回だけ一緒に来た事がある店だ、もちろん割り勘で。玲子は足元の床下を気にしたが、基礎である土台は見えない部分だ。見えないところで建物を支えている。
 今日は奢りなので、欲張ってきのこの生クリームパスタとモッツァレラのマルゲリータピザと四種のミニケーキ付のドリンクバーまで注文した玲子だが、思っていたほど食が進まない。「ぶっ倒れないよう存分に栄養摂っておきなさい」と、梨奈がパスタを取り皿に入れる。
 モッツァレラをやる気なくビヨーンと伸ばしている玲子から、簡単に一通りの話を聞き出した梨奈は、

「ハァー、正剛と二人して、そんなこじれた話になってたか」

 大きく溜め息を吐いて、グラスに入ったストレートティーを飲んだ。

「霊感のない凡人のあたしには幽霊についてはよく分かんないし、知らないけどさぁ、でもそれは工藤も一緒でしょ? マズイ話し方したわねぇ」

 モッツァレラが重くずっしりと玲子の胃の中へと入った。

「……だから、反省してる」

 そして、こうしてヤケ食いをしている。

「フツーに素直に教えてもらえば良かったのよぅ」

 先生の事が知りたくて。などと演技は玲子には無理だろう。が、本当にそんな事を口にしたら、工藤は鳥肌を立てて逃げかねないと想像をし、笑えた梨奈だ。

「しかし、三年前かぁ。いやね、全日制にいたのは知ってるのよ。他の生徒にふと、こぼしちゃったの聞いてね。色々探ってみてたんだけど、その年で全日制は辞めちゃってんのよ。初任地を一年でって、どう考えてもおかしかったのよねぇ」
「梨奈……一体、なにやってんの?」

 玲子は呆れて口を半開きにする。伸びたモッツァレラがボタッと皿に垂れ下がった。

「だって、図書館行きゃすぐ分かるっしょ。そうよ、その真衣子ちゃんだっけ?」
「真由子と由衣子」
「なんか、ややこしいわね。その二人も卒業写真とか調べりゃ分かんでしょ。顔、視えたんでしょ? 来週にでも調べるとするか」
「……」

 玲子は押し黙る。

「……まぁ、今は工藤のショックがあるよねぇ。でもこのまま放っておいたら、霊魂とかやらがどうにかなんでしょ? 工藤も玲子に出会って命拾いしたって事よね、本人も気づかず自殺しちゃうケースなんでしょ?」

 無言のまま玲子が頷き返すと、「マジ? こわっ。メンタルやられたら精神科より神社へって事か」と梨奈は身震いした。

「しっかし、こんなでっかいスクープ隠し持ってたとわねぇ。あいつもなかなか罪な男ねぇ。いや、それ犯罪だわ、うん。でもその二人の女の子。関係性は分からないけど、工藤が三角関係とかってのはないと思うわ。そうゆうの引いて逃げるタイプよね? うまいこと逃げそうよね、三角定規で角度測ってさ?」

 わざと冗談を飛ばして励まそうとする梨奈に、玲子は腹が満ちたのもあり落ち込んだ気分を戻していく。

「工藤の事はもういい、どうなろうと知らない。私はとにかく、由衣子の霊魂が心配なだけ! ……人の霊魂って、死んでも終わりじゃないから。冥界へ落ちちゃったらもう再生もできなくなるの。そうならないうちに、何とか浄化して助けてあげたいって思ってる」
「相変わらずヒドい言われようで、可哀想なクドちゃん……。まっ、霊魂がどうのこうの云々は、あたしにはよく分かんないから、正剛と一緒にあんたら二人に任せた。あたしは生身の生きてるクドちゃんの方、何とかしといてあげるわ」

 「……うん。頼むね」と、どこか神妙な面持ちで口ごもった玲子に対し、何か一抹の不安を感じた梨奈だが、「ほらっ、ケーキ選んできな、四つまでよ」と明るく話題を変えた。
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