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十三.ちょいとだけ甘いムード

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 口は立ったが足元はまだふらついている玲子れいこは、正剛せいごうの肩を借りながら(工藤の肩は絶対に借りず)城の裏門にある工藤の車を置いた駐車場までへとやって来た。

里見さとみ、やっぱり送ってく前に病院へ寄るぞっ。ちょうどそこの総合なら救急もやってる。正剛と一緒に、ほら行くぞっ」
「いーえ、だから結構ですって、ただの虚弱体質ですから、大丈夫です!」

 と、玲子は工藤の言いつけを頑なに断り続ける。
 邪気にやられた体にはおはらいしか効果がなく、病院へ行っても付ける薬はないからだ。
 押し問答の末、工藤は病院へ連れて行くのを諦めて、このまますぐに自宅へと玲子を送って行く事にした。
 玲子は工藤の乗用車の助手席に乗り込むや否や、

「暑い」

 車内はサウナのようになっていた。
 まずエアコンのスイッチを強に設定して、最初は熱風が吹きそうな噴き出し口を上に向けてからシートに倒れ込み、エンジンがかかるのを玲子は待つ。
 ──なに、この用意周到? と工藤は思ったが、洒落にならない暑さにエンジンキーをすぐに差し込んで回した。

「正剛、今日はすまなかったな。病院、間に合うか? 乗ってくか? あそこらの道、ゴチャゴチャしてるからな、おまえなら走った方が早いか?」
「はい、走れば余裕で間に合います」

 冗談のつもりで言ったが、本気で走り出しそうだ。

「そうか、じゃあ気をつけな。おじいちゃん、お大事にな」
「はい、ありがとうございます」

 律儀に一礼すると踵を返して、本当に走って行った。
 車内では、玲子がシートに深くもたれて目を閉じいた。遠足に疲れた子供のように眠ってしまっている。
 こうして黙っていると可愛いのに……起こすと面倒だ。と思った工藤は、ゆっくりと車のハンドルを切って駐車場を出て、速度を落とし静かに走行した。
 ──天守閣での出来事を工藤が全く何も気付いていなかった訳ではなかった。むしろ、隠すように話に触れなかったのは玲子と正剛の方だろう。

(……由衣子ゆいこ……か)

 あの時、何故その名が口から出たのか、工藤は何が起こったのか分からないまま自分自身に驚いていた。
 もうどれほど口していない名か。それは、もう二度と口にすることはないはずの名だった。
 ぼんやりとしてしまい、工藤はハッとして赤信号に強くブレーキを踏み込む。急停止した車体がガクンと前後に揺れ、同時に玲子の首がカクッと横に工藤の肩へと傾いた。
 瞼を開いた玲子は、ここはどこかとキョロキョロと目玉を動かす。

「起こしたか? わるい」

 当たり前だろうなと思いつつ、下手に怒りを買わないよう先に謝っておく。
 玲子は寝とぼけた顔で、

「んんー?」

 工藤の肩に顎を乗っけたまま、グイッと身を寄せた。

「……なんだ? そんな可愛いく甘えてもレポートは教えてやれないぞ。って、顎を立てるな、イタい」
「……先生、片思いでもしてたんですかぁ?」
「は?」

 唐突に飛んだ話題。

「その、縁結びの御守り。何年も前のですね、うちでも授与してたんですよ。ケッコー人気だったから覚えてます。どこかの誰かがSNSでつぶやいたみたいで、彼氏できたーって。そりゃあ、こっちもちゃんと祈祷してますから、ご利益を授かっても何ら不思議じゃありませんけどね」

 小さくコロンとしたハート型にも似た形で、若い女性が好んで選びそうな物だ。エンジンの差込口にキーと一緒にぶら下がっている。助手席からチラついて見えたのを確かめようとして、玲子はこのような体勢を取っていた。

「その恋、成就したんですか?」
「……なんだ? もし成就していなかったら、そんな哀れな男のためになぐさめでもしてくれるのか?」
「いえ、知りません。そんなの責任取る義務も必要もありませんから」

 にべもなく冷たく言うと、玲子はふぁーっと大きなあくびを豪快に二つした。

「……可愛くねぇ」

 言ってやるも、聞こえなかったのかどうか。そのまま工藤の肩で再び目を閉じている。また寝たのかと思えば、「あのね、」と玲子が寝言のように静かにつぶやく。

「……縁結びの縁ってのは〝円〟とも書くの。人の縁は前世から末世までずーっと繋がってて、偶然なんてものはないの。全ては必然で、ちゃんと意味がある。だから、縁はとても大事にしなきゃいけないものなの。巡り巡って、回って回って……出逢い続けて……だから、きっと先生も、その恋……」

 玲子の声は徐々に小さくなっていき、寝息へと変わっていった。
 ──静寂に包まれた車内。
 工藤は不意に、妙な涙腺が込み上げてくるのを感じた。
 少し遠回りして来た高速道路のインターチェンジ入口前の赤信号待ち。ここまで距離があったが、高速に乗るなら逆に時間が短縮できるはずだった。が、乗り口へと左に出していたウィンカーを切った。
 気持ち良さそうにしている玲子をひと時、眠らせてやりたかったのか。それとも、ほんの少し、このまま肩に伝わる人肌の温もりを感じていたかったのか──。
 車は下道を選び、夕日の射す西へと向かった。
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