みえない君~このほんのわずかな時の学舎で~

葵田

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六.普通の可愛い孫

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 家の庭から続く、大人が一人通れる幅の穏やかな坂になった雑木林を八メートル程通り抜けると、本殿の横へと出ることができる。時々、何も知らない参拝客が、この雑木林の向こうはどこへ通じるのだろうと、ドキドキしながら歩を進めたものの、その先はどっかの知らないただの民家だった。という、残念なオチがつく。
 玲子れいこの実家は昔ながらの古風な瓦屋根の母屋と離れの二棟に分かれた造りだ。近年では、家を建て替え時には二階建て住宅にするご近所さんがめっきり増えていた。

 本殿の手前に位置する拝殿へと足を踏み入れると、シンとした静寂に包まれた厳かな空気が漂う。
 自然と背筋がピンと伸びる。と、通常であるそのようなイメージと雰囲気などなんのそので、それをぶち破るかのように玲子は大きくあくびをして床に寝転がった。
 古くて少しざらつきのある板張りの床に頬をくっつけてスリスリ撫でる。玲子にとっては心が安らぎ心地の良い居場所だ。

「しゃんとして座らんかっ」

 祖父はいつもの様に呆れ顔で叱咤する。
 神聖な場でこの振る舞い。無神経なのか鈍感なのか。大いなる神に対して無礼で不作法というよりも、まるで甘えているように見えた。そのように神を慣れ親しんでしまう玲子にこそ、祖父は畏怖する。
 はぁい。と、不真面目な返事をしてむくっと起き上った玲子は、ちょこんと正座した。
 白い大麻おおぬさを手に持った祖父──神主は、それを玲子に向かい左右に振りかざすと、禊祓詞みそぎはらへのことばを奏上する。
 すると、スゥと玲子の身体から悪気が通り抜け、全身にまとわりついていた重みが取れて軽くなった。顔色もみるみると明るく浮き上がる。

「全っ快!」

 玲子は大きく全身で気持ち良く背伸びをしてみせた。
 厳粛さの欠片もないと祖父は肩を落としかねないが、玲子にとっては堅苦しい形式など何も必要はない。もとより、神道において正しい形式などはない。それを教え知りもせず、玲子は自然と生まれながら感じて受け取っているのだ。

 ──この子は神の申し子か。

 などと、祖父は一人で壮大に物語るが、誰の子でもない。実の血を引く息子の子であり、普通の可愛い孫である。

「ご飯、もう炊けるよ。ビール冷やしてるからね」
「じいちゃん、もう少ししたら行くけん、先行っとれ」
「はーい」

 玲子は軽々とした足取りで拝殿を出ると、その横に荘厳にそびえ立つ一本の大きな桜の木にそっと寄り添う。
 もう満開だった花びらは散って葉桜になっている。玲子はこの桜の木が好きだった。玲子にとってこの木は〝道しるべ〟だからだ。道に迷うと、いつも助けてくれた。

「今日も一日、お疲れさま」

 神社の御神木でもあり、毎年参拝者が訪れる。玲子のように葉桜も好む参拝者もいる。なので日中は撮影会で桜の木も忙しいのだった。

「おやすみなさい」

 挨拶をしてから、家へと続く雑木林を小走りに戻る。
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