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五.この町が好き
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学校から駅までは徒歩十五分の距離にある。そこから電車に乗って揺られ続けること約四十分間。駅のホームへ降りて改札口を抜けると──
「玲子ー」
白髪で肌が少し浅黒く眉がキリッと凛々しい顔立ちの老人男性が玲子の名を呼んだ。
「じーちゃん、お待たせっ」
玲子の祖父が迎えに来て待っていた。
最寄駅と家の距離は車で十分程。いつも祖父が送り迎えをしてくれている。正直、車通学した方が手っ取り早いが、今日のような日があるので、心配されてなかなか許されない。加えて、玲子の運転が荒々しく危なっかしいせいもあった。
車の助手席に乗り込むや否や、
「あー気分わるーい……じーちゃん、御神酒ある?」
そう言いながら、なぜかダッシュボードの中に入っている御神酒が入った瓶を取り出すと、それを当たり前のように口に含んだ。……玲子は車の免許取得をできる年齢だが、まだ未成年である。
御神酒を三口に分けて頂くと、玲子は全身からエネルギーが満ちてくるのを感じた。血が体を巡って顔色も徐々に良くなっていく。
「あぁ、生き返るぅー」
仕事帰りにビールを一杯飲んだサラリーマンのようにプハーと息を吐く。玲子にとって御神酒は栄養ドリンクのようなものだ。もちろん、普段は飲んだりしない。
「何じゃ、久しぶりに視たんか? そりゃあ、いかん。あとでお祓いもしておかねばのぅ」
邪霊を見つけたならば見逃さずきっちりと祓う神主の祖父だ。が、玲子のようにはっきりと視える強い霊感はない。なので、玲子に指摘されるまで気づかない事も多々ある。そんな時、決まって「神主だって人間だもの」と開き直って言うのだった。
「今日、晩ご飯はお惣菜でいい? 帰って作るの面倒。ちょっとスーパー寄って。えーと、明日は今日予定だった塩サバ焼くとして、明後日は……」
ブツブツ言って、玲子はまるで主婦のように頭の中で冷蔵庫の中身を思い出しながら献立を考え始める。こう見えて家事全般はできる。子供の頃からずっと家事手伝いをしてきたからだ。というのも、玲子は祖父母と三人暮らしで、両親は交通事故で亡くなってる。高速道路での悲惨な事故だったが、同乗していた玲子は奇跡的にも無傷で助かった。だが、それもまだ玲子が物心がつく頃の話であり、玲子にとっては祖父母が親同然のようなものだった。
「ねぇ、明後日、何食べたい?」
リクエストを尋ねると、
「カレー」
と、一言。
とりあえず、カレー。という工藤のプロフィールを思い起こされてしまい、顔をしかめる。男とはカレーというメニューしか知らないのではないだろうか。「またカレー?」と、玲子は不服に文句をつけた。
そうこうしている内に、車は国道を抜けて実家のある町内へと入った。玲子の住む町は少々辺ぴな土地である。遠くを眺めれば山々が囲むようにあり、その下には見渡すが限り田園が広がっている。その中にポツポツと民家があった。間違いなく〝ド田舎〟だろう。だが玲子にとっては、この大地と草木の匂いが香る生まれ育った土地が好きだった。
玲子はスゥと深く息を吸い込む。
(うん、今日も清浄)
この地に住まう神々を鎮魂しているのは玲子の実家にある目生神社だ。空気が淀みなく澄んでいるのは穢れがないのを意味している。心身を癒すように何度か深呼吸をした。
近所のスーパーへと寄り、買い物をサッと済ませてようやく家に着くと、ドカッと玄関の上がり端にバッグとスーパーのレジ袋を三つを置く。そして再び両手に提げて台所へと向かうと、祖母が流し台に立ち米を研いでいた。
「あら、お帰りぃ」
丸くふっくらした頬の祖母は、まるで恵比寿様のような笑みで、お迎えした。
「まぁ、ようけ買ってきたねぇ」
「ほとんど、じーちゃんのだよ」
スーパーのレジ袋三つ分の内、二袋には、ジュースとお菓子と菓子パンで埋め尽くされていた。たまにしか一緒に行かない祖父をスーパーへと連れて入ると、いつもこんな状態になってしまう。この大量のお菓子をどうやって戸棚にしまおうかと玲子は困る。
「じーちゃん! これどこ置いておくのー?」
半ばイラつき気味に、台所の向こうにいるだろう祖父に大声を上げた。
「玲子! 後にしろ。拝殿に行くぞ!」
向こうからも負けないくらい大きく張り上げられた声が返ってくる。
「んもー」
どうして年寄はこうもせっかちなのか。玲子はとりあえずレジ袋を台所の隅へ置き、急かされるまま祖父の後を追った。
「玲子ー」
白髪で肌が少し浅黒く眉がキリッと凛々しい顔立ちの老人男性が玲子の名を呼んだ。
「じーちゃん、お待たせっ」
玲子の祖父が迎えに来て待っていた。
最寄駅と家の距離は車で十分程。いつも祖父が送り迎えをしてくれている。正直、車通学した方が手っ取り早いが、今日のような日があるので、心配されてなかなか許されない。加えて、玲子の運転が荒々しく危なっかしいせいもあった。
車の助手席に乗り込むや否や、
「あー気分わるーい……じーちゃん、御神酒ある?」
そう言いながら、なぜかダッシュボードの中に入っている御神酒が入った瓶を取り出すと、それを当たり前のように口に含んだ。……玲子は車の免許取得をできる年齢だが、まだ未成年である。
御神酒を三口に分けて頂くと、玲子は全身からエネルギーが満ちてくるのを感じた。血が体を巡って顔色も徐々に良くなっていく。
「あぁ、生き返るぅー」
仕事帰りにビールを一杯飲んだサラリーマンのようにプハーと息を吐く。玲子にとって御神酒は栄養ドリンクのようなものだ。もちろん、普段は飲んだりしない。
「何じゃ、久しぶりに視たんか? そりゃあ、いかん。あとでお祓いもしておかねばのぅ」
邪霊を見つけたならば見逃さずきっちりと祓う神主の祖父だ。が、玲子のようにはっきりと視える強い霊感はない。なので、玲子に指摘されるまで気づかない事も多々ある。そんな時、決まって「神主だって人間だもの」と開き直って言うのだった。
「今日、晩ご飯はお惣菜でいい? 帰って作るの面倒。ちょっとスーパー寄って。えーと、明日は今日予定だった塩サバ焼くとして、明後日は……」
ブツブツ言って、玲子はまるで主婦のように頭の中で冷蔵庫の中身を思い出しながら献立を考え始める。こう見えて家事全般はできる。子供の頃からずっと家事手伝いをしてきたからだ。というのも、玲子は祖父母と三人暮らしで、両親は交通事故で亡くなってる。高速道路での悲惨な事故だったが、同乗していた玲子は奇跡的にも無傷で助かった。だが、それもまだ玲子が物心がつく頃の話であり、玲子にとっては祖父母が親同然のようなものだった。
「ねぇ、明後日、何食べたい?」
リクエストを尋ねると、
「カレー」
と、一言。
とりあえず、カレー。という工藤のプロフィールを思い起こされてしまい、顔をしかめる。男とはカレーというメニューしか知らないのではないだろうか。「またカレー?」と、玲子は不服に文句をつけた。
そうこうしている内に、車は国道を抜けて実家のある町内へと入った。玲子の住む町は少々辺ぴな土地である。遠くを眺めれば山々が囲むようにあり、その下には見渡すが限り田園が広がっている。その中にポツポツと民家があった。間違いなく〝ド田舎〟だろう。だが玲子にとっては、この大地と草木の匂いが香る生まれ育った土地が好きだった。
玲子はスゥと深く息を吸い込む。
(うん、今日も清浄)
この地に住まう神々を鎮魂しているのは玲子の実家にある目生神社だ。空気が淀みなく澄んでいるのは穢れがないのを意味している。心身を癒すように何度か深呼吸をした。
近所のスーパーへと寄り、買い物をサッと済ませてようやく家に着くと、ドカッと玄関の上がり端にバッグとスーパーのレジ袋を三つを置く。そして再び両手に提げて台所へと向かうと、祖母が流し台に立ち米を研いでいた。
「あら、お帰りぃ」
丸くふっくらした頬の祖母は、まるで恵比寿様のような笑みで、お迎えした。
「まぁ、ようけ買ってきたねぇ」
「ほとんど、じーちゃんのだよ」
スーパーのレジ袋三つ分の内、二袋には、ジュースとお菓子と菓子パンで埋め尽くされていた。たまにしか一緒に行かない祖父をスーパーへと連れて入ると、いつもこんな状態になってしまう。この大量のお菓子をどうやって戸棚にしまおうかと玲子は困る。
「じーちゃん! これどこ置いておくのー?」
半ばイラつき気味に、台所の向こうにいるだろう祖父に大声を上げた。
「玲子! 後にしろ。拝殿に行くぞ!」
向こうからも負けないくらい大きく張り上げられた声が返ってくる。
「んもー」
どうして年寄はこうもせっかちなのか。玲子はとりあえずレジ袋を台所の隅へ置き、急かされるまま祖父の後を追った。
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