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10.「アホな男二人に絡まれる」
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その日、異変は朝から察知していた。
ネット上からチェックしている防犯カメラにロッカー付近で怪しい人物が映っていた。
大抵の客はウロウロと視線を泳がせ挙動不審な行動になりがちだが、そう何度もロッカーの前に現れたりはしない。しかも、ロッカーに用があるというよりも何かを探っている。何か――あるとすれば、自分か。この古びたロッカーに転売屋以外、面白そうなネタは他に思いつかない。
商売に必要で大事な敷地内をよそ者にうろつかれては困る。ユキはわざと罠に捕まるべく、相手をおびき寄せるためにロッカーの前へと立った。
しばし、開いたロッカーの扉に手をもたせていると、目線の端にいる相手が動きをみせた。
じりじりとユキに近づいて来ると、
「ねぇ、キミ? ドラッグジャックって?」
ストレートに問いかけてきた。
茶髪にピアスをしたヒョロい男だ。その隣で、「まさか」とニヤついた笑みを浮かべている男がもう一人。こちらはニット帽を被った低身長の男だ。二人組の男はどちらも若いが、未成年ではなさそうだった。
「なに?」
ユキはとぼけた顔をする。
「知らないの? ここのロッカー、ちょうどキミが使いかけてるその番号に面白いウワサがあんだよ」
バンッとユキはロッカーの扉を閉め、
「へぇ、詳しく教えてよ」
そう言って、駅の出入口へと向かう。
あまり悪目立ちはしたくないので場所を変える事にした。「え、おい?」と、後方から二人組がついて来る。
外はもう日が暮れて暗く、冷たい北風が時折、吹きつける。ちょっとした街路樹が続く外灯の下までやって来ると、ユキはさっきとは打って変わって険しい顔つきで、
「どこからの情報だ?」
詰問する。
「え、なに? まさかだけど、キミがそなの? 驚いた……だって、女の子だよね? え、男? それなら別の意味でスゲーけど」
ヒョロ男はまじまじとユキを見回しながら、オーバーにリアクションする。
「質問に答えろ」
「なんだよ、えらそーに命令かよ? 可愛い顔して、態度は可愛くないな、全然。タイプじゃないけどな」とムッとすると、「おまえ、ロングヘアの大人しい子が好きだもんな、フラれたユリちゃんみたいな」と、ニット帽の呑気で余計な一言のせいで話が別の方向へとそれていく中、ユキは頭の中で整理する。
転売のルートはSNSを一切利用していない。ユキが情報を流すのは学校の裏サイトへのみだ。証拠や記録が残りづらく、ネットにも流出しにくい方法だ。客にとっても売人にとっても、秘密を守りたい同士にはメリットがある。
それでも、万が一にも情報をバラされそうな危険は客には、ユキは売らない。もっとも、そんな心に余裕のある客はそうそういなかったが。
二人組の男はどこから噂を嗅ぎつけたのか。
「で、質問の答えは? この情報をどこから得た?」
勝手に過去の恋バナで言い争いをしている相手に再度問うと、二人はピタリと一時停止したのち、
「あー、後輩から聞いたんだよ。学校の裏サイトでヘンなウワサが立ってるって。面白そうだったからよく聞きゃ、ヘンどころか立派な犯罪なんだけど?」
名門校出身だったとはとても思えないが外見だが、よく観察をしてみれば、根は悪くなさそうなのが伝わってくる。きっと卒業したら髪を染めて、ピアス開けてみるのが憧れだったのだろう。そこまで想像すると、少し可愛くも思えてくる。
「犯罪って分かってるなら、なぜ近づいて来た? 説得して署に連れにでも行く気か?」
しかし、そこまで正義感を持ったお節介な男たちだとは思えない。
「それとも――」
ユキが言い終わらぬ内に「売ってくれよ」と、やっぱりかと、ユキは溜息を吐く。
「何でも手に入れて売ってくれるんだって? 合法なら。じゃあ、睡眠薬が欲しいんだけど、青玉ってやつ?」
どこで勉強したのか、ご丁寧に隠語で注文してくる。
「あいにく、うちは未成年にしか売ってなくてな。成人した大人なら、自分でネットで調べるなり何なりして買ってくれ」
「未成年にだけって、それメッチャ悪質じゃね? 捕まったら罪、重そうだなぁ」
「常識ある、いい大人が売ってくれ言っておいて、説得力の欠片もないな。それに、中身は子供用に甘いイチゴ味だからな。大人の口には合わないんだ」
連れの相手が「イチゴ味の薬、懐かしいな」とつぶやくが、ヒョロ男の方は納得いかない顔で食い下がる。
「安いって聞いてたけど、そうゆうことか? まぁ、いいや騙された気分で買ってやるから、売ってくれよ」
「断る」と、ユキは毅然として、
「フツーに病院行って処方してもらえばいいだろう」
しかし、男は不機嫌そうに「病院って……」と口ごもる。
「……行ったことあんよ。けど、適当に話して、軽い眠剤ちょこっと出されただけでお終い。二度目は行く気失せたわ。眠剤も効きやしねぇし。でも、アレ飲んだら少しハイになれるんだよな。なぁ、オレも色々疲れてて、必要なんだわ。金なら払ってやっから、くれよ」
困り顔を作って頼んでくる。
病院での雑な対応は作り話ではないだろうことから、同情の一つはする。だが、大人相手にユキは応じる気はない。
「何度も同じこと言わせるな。必要としてるのはアンタだけじゃない。大人なら、自分のことは自分で世話しろ」
話にならないと、ユキは後ろを向く。すると、男は態度を一変させる。
「こんな犯罪起こしといて、善人ヅラきどってんじゃねぇ。マジ、突き出してやるぞ?」
踵を蹴って、肩に掴みかかろうとしたヒョロ男を、ユキは肩をすかしてするりと抜ける。無防備に背中を見せるほど、間抜けではない。男はヒョロい体のバランスを崩しかけた。
「……ヤロゥ」
ヒョロ男が頭に血をぼらせたところへ、「やめておけよ。こいつ自体、未成年かもしれないぞ? しかも女だぞ?」ニット帽の男が止めに入ると、ヒョロ男は動きを止める。
その間にユキは男と間合いを取る。素人の男一人を相手になら何とかなる――簡単な護身術くらいは身に付けている。しかし、後方のニット帽がどうゆう行動に出るかが問題だ。参戦はしてこないだろうが、後々に仲間にチクって下手な恨みでも持たれる方が厄介だった。
ユキはポジションを保ちながら、じりじりと逃げの体勢へと変えていく。辺りは薄暗い。このまま闇へと逃げるのが賢明だろう。もうこれ以上の情報は与えさせない。しかし、男共はそれ以上、本気にはならなかった。
「……手ぶらで大人なしく帰ってやるよ。けど、気をつけた方がいいかもな」
チロリと目線を合わせ、含みを持たせた口ぶりで言う。
「どうゆう意味だ?」
「素直に売ってりゃ、互いに良かったのによって意味だよ」
後ろから「やさしいね、この子に惚れた?」などとニット帽の緊張感が薄れる冷やかしに、ヒョロ男がキッと睨む。
そのまま男二人組は振り返り立ち去って行った。
最後まで締まりのない二人組の男にユキは身を構えたまま、その姿が見えなくなるまでジッと視線を離さなかった。
ユキは男が鳴らした警告を頭に響かせる。
そろそろ、ここも危険かと注意は払っていたが、他に古びたコインロッカーを置いてある適当な駅はない。だが、今さら場所を変えたとして時間の問題だろう。面はたった今、割れた。が、こちらも相手の情報は得た。これで、怯え待つ必要はない。危険に備えて警戒を強めておくのみだ。事が起きるなら、近いうちにやって来るだろう。
足元から冷気を感じて、ジャケットのフードを頭にすっぽり被る。今夜はどこで一夜を過ごそうかと、まるで赤樫の言う野良猫のように思った。
ネット上からチェックしている防犯カメラにロッカー付近で怪しい人物が映っていた。
大抵の客はウロウロと視線を泳がせ挙動不審な行動になりがちだが、そう何度もロッカーの前に現れたりはしない。しかも、ロッカーに用があるというよりも何かを探っている。何か――あるとすれば、自分か。この古びたロッカーに転売屋以外、面白そうなネタは他に思いつかない。
商売に必要で大事な敷地内をよそ者にうろつかれては困る。ユキはわざと罠に捕まるべく、相手をおびき寄せるためにロッカーの前へと立った。
しばし、開いたロッカーの扉に手をもたせていると、目線の端にいる相手が動きをみせた。
じりじりとユキに近づいて来ると、
「ねぇ、キミ? ドラッグジャックって?」
ストレートに問いかけてきた。
茶髪にピアスをしたヒョロい男だ。その隣で、「まさか」とニヤついた笑みを浮かべている男がもう一人。こちらはニット帽を被った低身長の男だ。二人組の男はどちらも若いが、未成年ではなさそうだった。
「なに?」
ユキはとぼけた顔をする。
「知らないの? ここのロッカー、ちょうどキミが使いかけてるその番号に面白いウワサがあんだよ」
バンッとユキはロッカーの扉を閉め、
「へぇ、詳しく教えてよ」
そう言って、駅の出入口へと向かう。
あまり悪目立ちはしたくないので場所を変える事にした。「え、おい?」と、後方から二人組がついて来る。
外はもう日が暮れて暗く、冷たい北風が時折、吹きつける。ちょっとした街路樹が続く外灯の下までやって来ると、ユキはさっきとは打って変わって険しい顔つきで、
「どこからの情報だ?」
詰問する。
「え、なに? まさかだけど、キミがそなの? 驚いた……だって、女の子だよね? え、男? それなら別の意味でスゲーけど」
ヒョロ男はまじまじとユキを見回しながら、オーバーにリアクションする。
「質問に答えろ」
「なんだよ、えらそーに命令かよ? 可愛い顔して、態度は可愛くないな、全然。タイプじゃないけどな」とムッとすると、「おまえ、ロングヘアの大人しい子が好きだもんな、フラれたユリちゃんみたいな」と、ニット帽の呑気で余計な一言のせいで話が別の方向へとそれていく中、ユキは頭の中で整理する。
転売のルートはSNSを一切利用していない。ユキが情報を流すのは学校の裏サイトへのみだ。証拠や記録が残りづらく、ネットにも流出しにくい方法だ。客にとっても売人にとっても、秘密を守りたい同士にはメリットがある。
それでも、万が一にも情報をバラされそうな危険は客には、ユキは売らない。もっとも、そんな心に余裕のある客はそうそういなかったが。
二人組の男はどこから噂を嗅ぎつけたのか。
「で、質問の答えは? この情報をどこから得た?」
勝手に過去の恋バナで言い争いをしている相手に再度問うと、二人はピタリと一時停止したのち、
「あー、後輩から聞いたんだよ。学校の裏サイトでヘンなウワサが立ってるって。面白そうだったからよく聞きゃ、ヘンどころか立派な犯罪なんだけど?」
名門校出身だったとはとても思えないが外見だが、よく観察をしてみれば、根は悪くなさそうなのが伝わってくる。きっと卒業したら髪を染めて、ピアス開けてみるのが憧れだったのだろう。そこまで想像すると、少し可愛くも思えてくる。
「犯罪って分かってるなら、なぜ近づいて来た? 説得して署に連れにでも行く気か?」
しかし、そこまで正義感を持ったお節介な男たちだとは思えない。
「それとも――」
ユキが言い終わらぬ内に「売ってくれよ」と、やっぱりかと、ユキは溜息を吐く。
「何でも手に入れて売ってくれるんだって? 合法なら。じゃあ、睡眠薬が欲しいんだけど、青玉ってやつ?」
どこで勉強したのか、ご丁寧に隠語で注文してくる。
「あいにく、うちは未成年にしか売ってなくてな。成人した大人なら、自分でネットで調べるなり何なりして買ってくれ」
「未成年にだけって、それメッチャ悪質じゃね? 捕まったら罪、重そうだなぁ」
「常識ある、いい大人が売ってくれ言っておいて、説得力の欠片もないな。それに、中身は子供用に甘いイチゴ味だからな。大人の口には合わないんだ」
連れの相手が「イチゴ味の薬、懐かしいな」とつぶやくが、ヒョロ男の方は納得いかない顔で食い下がる。
「安いって聞いてたけど、そうゆうことか? まぁ、いいや騙された気分で買ってやるから、売ってくれよ」
「断る」と、ユキは毅然として、
「フツーに病院行って処方してもらえばいいだろう」
しかし、男は不機嫌そうに「病院って……」と口ごもる。
「……行ったことあんよ。けど、適当に話して、軽い眠剤ちょこっと出されただけでお終い。二度目は行く気失せたわ。眠剤も効きやしねぇし。でも、アレ飲んだら少しハイになれるんだよな。なぁ、オレも色々疲れてて、必要なんだわ。金なら払ってやっから、くれよ」
困り顔を作って頼んでくる。
病院での雑な対応は作り話ではないだろうことから、同情の一つはする。だが、大人相手にユキは応じる気はない。
「何度も同じこと言わせるな。必要としてるのはアンタだけじゃない。大人なら、自分のことは自分で世話しろ」
話にならないと、ユキは後ろを向く。すると、男は態度を一変させる。
「こんな犯罪起こしといて、善人ヅラきどってんじゃねぇ。マジ、突き出してやるぞ?」
踵を蹴って、肩に掴みかかろうとしたヒョロ男を、ユキは肩をすかしてするりと抜ける。無防備に背中を見せるほど、間抜けではない。男はヒョロい体のバランスを崩しかけた。
「……ヤロゥ」
ヒョロ男が頭に血をぼらせたところへ、「やめておけよ。こいつ自体、未成年かもしれないぞ? しかも女だぞ?」ニット帽の男が止めに入ると、ヒョロ男は動きを止める。
その間にユキは男と間合いを取る。素人の男一人を相手になら何とかなる――簡単な護身術くらいは身に付けている。しかし、後方のニット帽がどうゆう行動に出るかが問題だ。参戦はしてこないだろうが、後々に仲間にチクって下手な恨みでも持たれる方が厄介だった。
ユキはポジションを保ちながら、じりじりと逃げの体勢へと変えていく。辺りは薄暗い。このまま闇へと逃げるのが賢明だろう。もうこれ以上の情報は与えさせない。しかし、男共はそれ以上、本気にはならなかった。
「……手ぶらで大人なしく帰ってやるよ。けど、気をつけた方がいいかもな」
チロリと目線を合わせ、含みを持たせた口ぶりで言う。
「どうゆう意味だ?」
「素直に売ってりゃ、互いに良かったのによって意味だよ」
後ろから「やさしいね、この子に惚れた?」などとニット帽の緊張感が薄れる冷やかしに、ヒョロ男がキッと睨む。
そのまま男二人組は振り返り立ち去って行った。
最後まで締まりのない二人組の男にユキは身を構えたまま、その姿が見えなくなるまでジッと視線を離さなかった。
ユキは男が鳴らした警告を頭に響かせる。
そろそろ、ここも危険かと注意は払っていたが、他に古びたコインロッカーを置いてある適当な駅はない。だが、今さら場所を変えたとして時間の問題だろう。面はたった今、割れた。が、こちらも相手の情報は得た。これで、怯え待つ必要はない。危険に備えて警戒を強めておくのみだ。事が起きるなら、近いうちにやって来るだろう。
足元から冷気を感じて、ジャケットのフードを頭にすっぽり被る。今夜はどこで一夜を過ごそうかと、まるで赤樫の言う野良猫のように思った。
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