上 下
21 / 35

第二一話 二人で作ったもの

しおりを挟む
 道人みちとは腕をまくり直して戦闘モードに入ったものの、おぼつかない手つきで揉んでおはぎを作っていく。
 とりあえず、二人はあんこが外のと中の二種をそれぞれ丸めると、見比べた。

「…………」

「…………」

 まず、両者には大きな差が開いた。

「俺のは一個、百五十円てカンジだな。たぬ子ちゃんのは二百円で売らなきゃ元の値が取れねぇ」

「わたくし、欲張り過ぎましたでしょうか?」

 顔を赤くして恥ずかしがるたぬ子の体が肯定するようにグゥと鳴り、ますます赤くなった。つられる様にそれを上回る大きさで道人の腹も鳴る。病院でバタバタしていたために、お昼を食べ損ねていた。道人はお腹を押さえ、

「見てくれはともかく、肝心は味だ!」

 無意識にたぬ子が丸めたでっかい方を手に取ってかぶりつく。たぬ子も大きく口を開けて頬張った。

「できたて、美味しいでふぅ」

 モッチモッチと口を動かしながら、たぬ子は至福に目を細める。手作りの出来立てがそうそう不味いはずはなかった。問題は〝売り物〟としての価値があるかどうか。道人は冷静に見極める。

「決して悪くはない。うちは餅屋じゃねぇから、そこは妥協が許される。けど、ばぁちゃんの作るおはぎとはやっぱ違うんだよなぁ」

「おばあさまのおはぎは、おばあさましか作れない味なんだと思います。逆を言えば、このおはぎは、店主さんにしか作れませんよ! 店主さんのおはぎ、美味しいです!」

「いや、これは……」

 一緒に二人で作った。と言おうとして、どことなく恥ずかしい気分で道人は口ごもった。そのままモゴモゴともう一種のおはぎを食べる。

「……よっし、決めた。試験販売してみっか!」

 岩じぃに! と、心で挑戦状を叩きつける。

「はい! やりましょう! 絶対、成功します!」

 口をあんこときな粉まみれに、たぬ子は握り拳を上げた。

 これで出汁も再現できれば、『みち道』は本来の姿に復活だ。そう遠くはない目指すべきゴールが目前に見えてくる。道人はまた一歩また一歩と進んで行く。



 ──その夜

 あゆむはおはぎをバクバクと口に放り込んでいた。
 まるで大食い選手権のようだ。きっと優勝する。間違いない。道人はそう思いながら、妹の食いっぷりを少し戦々恐々としながら見つめる。

「どうだ?」

 祖母のおはぎなら歩の方がよく食べていた。感想を求める。

「ふくりふぎっほ」

 作り過ぎっしょ。と言った。確かに、成功するかどうかも分からないのに、いつも祖母が作る量で、もち米を一升も炊いてしまった。おおよそ、大きいのが四十個分になる。一パック二個で二十パック限定で販売していた。レジに一番近いカウンターの上に置いておくとすぐに客の手は伸びてくれる。お彼岸などには口約束で注文さえ入っていた、仏壇のお供え物としてだ。もちろん、鳴瀬なるせ家の仏壇にもいつも供えられている。

「んー甘味、もうちょい控え目に。うちのはデカいけど甘すぎないから食べれんのよね」

 と、兄の作ったいつもより甘いおはぎを難なく口に詰める姿は説得力がない。歩に限っては甘さは関係なく食べられる。
 確かに、子供の頃の夏休み中に昼ご飯としておはぎを食べていた記憶があるが、よく考えれば信じられずに怖い。

「明日、病院行くついでに岩じぃに食わせに持ってってやるかぁ」

 親切心からではなく、もう食べきれないからだ。たぬ子も協力して食べてくれたが、まだまだ残っている。

「ばぁちゃんは手術が無事に終わるまで食べられないんだよね?」

「あぁ、術後もおかゆからだろうな」

 祖母の話が出ると途端、歩の口の動きがみるみるペースダウンしていった。

「ばぁちゃんなら、大丈夫だ。おはぎ、退院したら作って、いっぱい食べさせてあげような」

「うん!」

 歩は精をつけるかのように再び口の動きを加速させていく。

 道人はファンヒーターの前に毎日鎮座しているタヌキがいないのに気づき、「タヌキは?」と聞くと、歩はこたつ布団をはぐった。

「あっ、こいつコタツを覚えやがった!」と、中でこっそり息を潜めていたタヌキを引っ張り出す。

「ほら、おまえもおはぎ食え! 好きだろ?」

 童話では泣いているハゲさんは〝御鏡三つで、だあまった〟だが、どうしても道人の記憶はおはぎ三つだ。祖父母か両親の替え歌に違いない。おかげで皆の前で恥をかかされた。

 タヌキは遠慮がちに顔を背ける。

「なんだよ? 食えよ」

「その子、今日エサ食べないの。外で何か食べたんだと思う。だってほら、お腹パンパン」と、歩がタヌキを仰向けに抱っこをして、その太鼓腹をポコンと叩く。

「何食ったんだよ? 近所の畑、荒らしたりしてねぇだろうな?」

 言われようのない咎めを受けてか、タヌキは一口、おはぎにかぶりつくと苦しそうに目をつむった。おはぎ三つで泣き止むどころか、余計に泣きそうだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

捨てられた王妃は情熱王子に攫われて

きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。 貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?  猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。  疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り―― ざまあ系の物語です。

高貴なる人質 〜ステュムパーリデスの鳥〜

ましら佳
キャラ文芸
皇帝の一番近くに控え、甘言を囁く宮廷の悪い鳥、またはステュムパーリデスの悪魔の鳥とも呼ばれる家令。 女皇帝と、その半身として宮廷に君臨する宮宰である総家令。 そして、その人生に深く関わった佐保姫残雪の物語です。 嵐の日、残雪が出会ったのは、若き女皇帝。 女皇帝の恋人に、そして総家令の妻に。 出会いと、世界の変化、人々の思惑。 そこから、残雪の人生は否応なく巻き込まれて行く。 ※こちらは、別サイトにてステュムパーリデスの鳥というシリーズものとして執筆していた作品の独立完結したお話となります。 ⌘皇帝、王族は、鉱石、宝石の名前。 ⌘后妃は、花の名前。 ⌘家令は、鳥の名前。 ⌘女官は、上位五役は蝶の名前。 となっております。 ✳︎家令は、皆、兄弟姉妹という関係であるという習慣があります。実際の兄弟姉妹でなくとも、親子関係であっても兄弟姉妹の関係性として宮廷に奉職しています。 ⁂お楽しみ頂けましたら嬉しいです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

処理中です...