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第十六話 しっぽが見える
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午後、仕入れから戻って来た道人。〝準備中〟と札のかけられた店内では、たぬ子が店番をしながら、いなり寿司の具材を細かく刻んでいた。
「店主さん、おかえりなさいです!」
「ただいま。……って、これまたすんげぇ細かく刻んだな」
みじん切りにされたニンジン。そのサイズはゴマにも負けていないだろう。いっそ、すり潰したらどうだろうかとさえ思えてくる。
「わたくし、全身全霊で頑張りましたよ! 今、ゴボウのささがき中なのですが……む、難しいですね」
鉛筆削りの要領なのだが、削り落としたゴボウがシンクの周りに大量に飛び散っている。ゴボウってそんなに飛ぶっけ? と道人は少し考える。神経を手元に集中させているため気づいていないようだが、ゴボウを凝視するたぬ子の目は怖いくらい血走って真っ赤になっていた。
「よし、一息入れるか」
このままでは脳の血管までがブチ切れそうなので、休憩に入るよう指示した。ドジで間抜けなところはあるが、たぬ子の仕事への熱量は相当なもので、声をかけないと休みなく動きっぱなしなのであった。
店内中央のストーブ前へと道人がコーヒーの入ったマグカップを手に腰を下ろすと、たぬ子も同じく一緒に腰かける。
「…………」
道人はたぬ子が店に入った初日から心に思う事があった。チラッと横目で、
(何でいつも俺のすぐ隣に座るんだろう?)
いくつかある椅子の中で二人はピタリと横並びしていた。
道人がどの椅子に座ってみても同じなのである。別に嫌という意味ではなかったが、たった二人だけしかいない店内でくっつきあ横並びとは、どこか何か違和感があり落ち着かなかった。ここらで、さすがに意識をしなくはない道人だったが、今は仕事の事しか考えられず、気にしている場合ではなかった。それよりも──本日、四杯目のコーヒーを飲みながら、目頭をつまむ。
(俺、疲れてるのかな……)
本当は疲れている自覚はない。バイトを雇ったのだから、労力はむしろ減っている。なのに、どうしたというのか。
たぬ子は苦手なコーヒーを無理をしてまで全部飲む終えると、椅子から立ち上がり気合を入れ直して厨房へと向かう、その後ろ姿──お尻に尻尾が生えている。
道人はゴシゴシと目をこすってパチパチと瞬かせると、再び目を凝らす。が、尻尾だ。やっぱり尻尾見える。いや、尻尾にしか見えない。もう、尻尾に間違いない。
(俺、疲れてるんだ……)
これがいわゆる、精神疲労というやつか。幻覚が見えるとは、相当きている証拠なのか。悪化する前に病院へ行くべきだろうか。
(いや……)
たぬ子が歩くたびに、上下左右にフリフリと揺れ動く尻尾。
(可愛いからいいじゃないか! うん!)
自分をごまかす事で問題を解決しようとして、厨房入口の柱に頭をゴンッと自らぶちつけた。
(なにを、尻なんか見ている場合かっ)
もう一度、額を柱にゴンゴンぶちつける。たぬ子は何だかよく分からない行動を起こし始めた道人に「?」と首を傾げる。
(店主さん……)
(この頃、どこか変です)
たぬ子は見えてしまっている尻尾に気づかない。慣れない仕事に頭をフル回転させているため、変化の能力が低下していた。
(でも、大丈夫ですよ?)
(わたくしがちゃんとお側にいますからね!)
たぬ子は道人から一時も目を離さないように、ちゃんと傍らで見守っていた。
──ガラッ
と、夜の開店を前にして玄関が開いて客が入って来た。ここでは、準備中の札をたびたび無視する客が多い。何とか接客できる状態に準備が整っていたので、招き入れる。
「いらっしゃいませー」
客の姿を見た途端、道人は作業をする手を無意識に止める。
長いストレートの艶のある黒髪に、目鼻立ちが整った卵型の顔は凛とした美しさで、その肌はなめらかに潤っている。そして無駄なくスレンダーな全身からは、輝きのオーラが放たれていた。
ハッと息を呑むほどの美人とはこのことだろう。
(──誰だ?)
客に他ならないが、声に出して呟いてしまいそうになった。惚けている道人とは違った意味で、たぬ子は思わず息を止めた。
(あわわ)
(このお人は……)
(神にお仕えしている御方です!)
(巫女さんです!)
超絶美人の女性は、たぬ子の気配を察して顔を向けると、全てを見透かすように真っ直ぐ見つめてくる。
(見てます)
(こっちを見てます)
(ものすっごい見てます)
(もしも正体をバラされてしまったたら……)
(どうしましょう、どうしましょう)
たぬ子はピンチに見舞われる。
「店主さん、おかえりなさいです!」
「ただいま。……って、これまたすんげぇ細かく刻んだな」
みじん切りにされたニンジン。そのサイズはゴマにも負けていないだろう。いっそ、すり潰したらどうだろうかとさえ思えてくる。
「わたくし、全身全霊で頑張りましたよ! 今、ゴボウのささがき中なのですが……む、難しいですね」
鉛筆削りの要領なのだが、削り落としたゴボウがシンクの周りに大量に飛び散っている。ゴボウってそんなに飛ぶっけ? と道人は少し考える。神経を手元に集中させているため気づいていないようだが、ゴボウを凝視するたぬ子の目は怖いくらい血走って真っ赤になっていた。
「よし、一息入れるか」
このままでは脳の血管までがブチ切れそうなので、休憩に入るよう指示した。ドジで間抜けなところはあるが、たぬ子の仕事への熱量は相当なもので、声をかけないと休みなく動きっぱなしなのであった。
店内中央のストーブ前へと道人がコーヒーの入ったマグカップを手に腰を下ろすと、たぬ子も同じく一緒に腰かける。
「…………」
道人はたぬ子が店に入った初日から心に思う事があった。チラッと横目で、
(何でいつも俺のすぐ隣に座るんだろう?)
いくつかある椅子の中で二人はピタリと横並びしていた。
道人がどの椅子に座ってみても同じなのである。別に嫌という意味ではなかったが、たった二人だけしかいない店内でくっつきあ横並びとは、どこか何か違和感があり落ち着かなかった。ここらで、さすがに意識をしなくはない道人だったが、今は仕事の事しか考えられず、気にしている場合ではなかった。それよりも──本日、四杯目のコーヒーを飲みながら、目頭をつまむ。
(俺、疲れてるのかな……)
本当は疲れている自覚はない。バイトを雇ったのだから、労力はむしろ減っている。なのに、どうしたというのか。
たぬ子は苦手なコーヒーを無理をしてまで全部飲む終えると、椅子から立ち上がり気合を入れ直して厨房へと向かう、その後ろ姿──お尻に尻尾が生えている。
道人はゴシゴシと目をこすってパチパチと瞬かせると、再び目を凝らす。が、尻尾だ。やっぱり尻尾見える。いや、尻尾にしか見えない。もう、尻尾に間違いない。
(俺、疲れてるんだ……)
これがいわゆる、精神疲労というやつか。幻覚が見えるとは、相当きている証拠なのか。悪化する前に病院へ行くべきだろうか。
(いや……)
たぬ子が歩くたびに、上下左右にフリフリと揺れ動く尻尾。
(可愛いからいいじゃないか! うん!)
自分をごまかす事で問題を解決しようとして、厨房入口の柱に頭をゴンッと自らぶちつけた。
(なにを、尻なんか見ている場合かっ)
もう一度、額を柱にゴンゴンぶちつける。たぬ子は何だかよく分からない行動を起こし始めた道人に「?」と首を傾げる。
(店主さん……)
(この頃、どこか変です)
たぬ子は見えてしまっている尻尾に気づかない。慣れない仕事に頭をフル回転させているため、変化の能力が低下していた。
(でも、大丈夫ですよ?)
(わたくしがちゃんとお側にいますからね!)
たぬ子は道人から一時も目を離さないように、ちゃんと傍らで見守っていた。
──ガラッ
と、夜の開店を前にして玄関が開いて客が入って来た。ここでは、準備中の札をたびたび無視する客が多い。何とか接客できる状態に準備が整っていたので、招き入れる。
「いらっしゃいませー」
客の姿を見た途端、道人は作業をする手を無意識に止める。
長いストレートの艶のある黒髪に、目鼻立ちが整った卵型の顔は凛とした美しさで、その肌はなめらかに潤っている。そして無駄なくスレンダーな全身からは、輝きのオーラが放たれていた。
ハッと息を呑むほどの美人とはこのことだろう。
(──誰だ?)
客に他ならないが、声に出して呟いてしまいそうになった。惚けている道人とは違った意味で、たぬ子は思わず息を止めた。
(あわわ)
(このお人は……)
(神にお仕えしている御方です!)
(巫女さんです!)
超絶美人の女性は、たぬ子の気配を察して顔を向けると、全てを見透かすように真っ直ぐ見つめてくる。
(見てます)
(こっちを見てます)
(ものすっごい見てます)
(もしも正体をバラされてしまったたら……)
(どうしましょう、どうしましょう)
たぬ子はピンチに見舞われる。
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