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第六話 名前は、たぬ子
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昼下がりの『道』。
二時が過ぎ、準備中の札が玄関扉の横に掛けられると、店主は店内中央の石油ストーブの前で休憩に入った。
いつもの規定外と切れっ端の麺を茹でて〝もったいない精神〟で残さずに食べた後、店のメニューにはない食後のコーヒーをズズズッとすすり飲むと、プハァーと息を吐き出す。
祖母が倒れて一人で切り盛りをするようになってから、そろそろ疲れが溜まり始めていた。
「んー……」
道人は腰をずらして椅子に深く座り込み、しばらく腕を組むと何やら考え事を巡らせたが、すぐに、ちょっと五分だけ。と自分に甘い言い訳をして目を閉じた。
そこへ、そっと忍び足で現れた者が一名。
──カラリ
聞こえないくらい小さな音を立てて扉が細く開かれた。その隙間から、ちらりと大きな黒い瞳がキョロキョロと中の様子を窺う。
(このお店です)
(ええと、店主さんは……)
(おや?)
(あれは……)
(眠っていますね)
道人はウトウトと船を漕いでいた。このまま放っておけば本気で眠りこけてしまいそうである。
(ありゃりゃ)
(どうしましょう、どうしましょう)
(ん? おや?)
出入り口の壁に張り紙が一枚、目に留まる。それは印字ではなく、手書きされてあった。力強そうな字体で横一文字に真っ直ぐで馬鹿デカい。何で印字にしなかったの! と、歩が見たならば、きっと顔を赤くしながら詰問することだろう。
(読み書きそろばんは習いましたよ? ええと……)
(──スタッフ募集。と)
(これは、アルバイトやパートの意味でしょうか?)
ボボボッ。と、石油ストーブが音を鳴らした。その音に、道人が体をビクッと飛び上がらせる。
「んっ? 俺、寝てた? やばっ」
自分が眠っていたのか起きていたのか分からない感覚に陥っていた道人は、頭を左右に振って、自分で自分に問う。やがて思考がハッキリすると、ストーブに気づいて灯油の残量を目盛で確認した。
──ガタッ
玄関の引き戸に何かがぶつかった音に、道人は顔を上げた。が、誰もいない。
「……狸?」
なぜかそんな気がした道人は、石油タンクを持って店の玄関を出ると、辺りを見渡しながら倉庫までへと歩いた。そして石油の入ったタンクを持ち運び、店へと戻って入って行く。
その道人の姿を、先程の者が心臓をバクバクさせながら、倉庫の中に置いてある軽トラックの下から頭だけを出して見る。
(気づかれましたでしょうか?)
(今、『狸』って口にしました)
(もうバレました)
(どうしましょう、どうしましょう)
狸は正体がバレたと早とちりをして、自分の持つ能力不足を嘆き喚き、そして今後どうすべきかを大いに悩む。
そうこうしている間に、灯油の補充が終えて再び灯油タンクを戻しに来た道人。狸は咄嗟に車の下へと潜り身を引っ込めて隠れた。すると──、
ガチャッ
バタンッ
という立て続けの音。
(まさか……)
車のエンジン音がした時には、もう遅い。
(そのまさかですぅ──っ)
狸が下から飛び出しのと、車が後退するのは一緒だった。
──ドンッ!
瞬間、道人が反射的にブレーキを強く踏み込みサイドブレーキを上げて急停車させる。急いで車のドアを開けて降りた道人は、顔面から血の気を引かす。
「大丈夫かっ?」
倒れた〝狸〟に声を掛けて駆け寄り、返事が返って来るよりも先に、すぐさま手をズボンのポケットの中に入れる。
「あいたぁー」
と、狸は〝声〟を上げて上半身を起き上がらせた。
「あっ、交通事故ですっ。救急車お願いしますっ。住所は……」
道人が119番に電話しているのを見るや否や、狸は顔面を真っ青にして、ケータイを手に持つ道人の腕に飛びつきしがみついた。
「ダメですっ、ダメですぅー! わたくし狸は救急車で病院へは行けないのですぅーっ」
「な、なにすっ……だ、大丈夫なのっ?」
「はいっはいっ、この通り! 五体満足、無事でありますっ!」
そう言って、狸は立ち上がって両手を大きく広げあげた──そこで間抜けにも気づく。
(ありゃ?)
(これは……人の姿に化けたまんまですぅー?)
(どうしましょう! どうしましょう!)
自らの失態……いや、成功? に頭が今度は真っ白になって硬直する。
「そのケガは?」
道人は狸の左足に包帯が巻かれてあるのを見つけた。
「こ、これは……古傷……というやつです! もう、すっかり大丈夫です!」
見るからに新しそうな傷だったが、処置済みなので今の事故によるものではないのだろう。足をケンケンさせて無事をアピールさせているのを、道人が「分かったからっ」と、手で制す。
「あ、もしもし。特に怪我はありません。本人もそう言い張ってます。はい、意識はしっかり……若干、混濁してますが……はい、分かりました。それじゃあ、おかしければすぐに病院へ向かいますので。どうもお騒がせしてすみませんでしたっ」
そう電話口に告げると受話器ボタンを押して切った。
「ほんとに、大丈夫? 頭の方は大丈夫? ちょっと見せて」
問われて、狸はドバッと地面に正座すると、両手をついて深々と頭を下ろして差し向けた。
「すみませんっ、すみませんっ。頭が悪いのは生まれつきであります。こればかりは、どうしようもありません。本当にすみませんっ!」
道人も慌てて地面に膝を突いて頭を下げる。
「い、いや、違う。そうじゃなくて……俺の方が悪いんだ、ごめん! これは車に乗る前に、車体の下を確認しなかった運転手のミスなんだ。だから、ホントにごめん。すみませんでした! この通り。だから、頭を上げて?」
「そ、そうなのですか? あ、ハイ。すいません。頭、上げますっ、上げますっ」
と、ようやく頭を上げた狸は、ゼェーハァーと息をつく。道人も一緒に、焦って乱れていた呼吸と気持ちを整える。しかし、なおも正座したままの狸。緊張に全身を震わせながら、正面から向かって道人に尋ねた。
「て、店主さんには、わ、わたくしの姿が、ど、ど、ど、どのように映っているのでありましょうか?」
「へ?」
突拍子もない質問に、道人の声はひっくり返る。どのような姿か……と、聞かれて困惑した道人は、改めてよく観察する。
どんぐりのように大きなお目目に、これまた大きな黒縁メガネ。まあるいお顔に、ほんのり栗色がかった長い髪は、今時? という感じの三つ編みのおさげヘア。体型は全体的にややぽっちゃりで、なんだかとってもあったかそう。
「うん、かわいいよ!」
笑顔でグッと親指立てて、どこか棒読み。
「ほ、本当ですかっ? ちゃんと人間様に見えていますかっ?」
「うん、うんっ」
両肩を鷲掴みにされて揺さぶられながら、コクコクとロボットのように道人は頷く。道人は心の中では──タスケテクダサイ!
「よかった、よかったですぅー。ありがとうございますぅー。うぅー」
化けの皮は剥がれていないと分かった狸は、嬉しさのあまり涙ぐむ。一方、道人はできればあまり関わり合いたくないとばかりに、急いだ風に腕時計の針に目をやった。
「家、どこかな? 送るよ。今日は大事取って、家でゆっくりした方が……」
道人が言い終わらぬうちに、狸は「店主さん!」と、真剣な顔つきに一変して言った。
「わたくしを、どうか雇っていただけませんか?」
「へ?」
「い、今このような状態で申し出るべきでないのは、十分承知しております。で、ですが……その、お店の貼り紙を見ましたのです。ど、どうか、こんなわたしくでよければ……ぜひ、雇っていただけませんでしょうか?」
「はぁ……」
いきなり、思いもよらぬところから飛び込んできたバイト志願者。ポカンと口を半開きにしたまま道人は、そのまま一時停止。
──数十秒して、
「家は、どこかな? いや、その前に名前は? 年齢は?」
「はっ!」
今度は狸の方が一時停止する。
(こ、これは……)
(面接というやつですね?)
(わたくし、住所もなければ、名前もありませんっ!)
固まって冷や汗が垂れそうな狸を道人が、さっきとは打って変わった厳しい表情でジッと見定める。まるで狸は、蛇に睨まれた蛙の状態。
「な、名前は……た、たぬ……たぬ子です! と、年は……えーと、十八歳ですっ。住所は……あちらの西のお山の麓です! ……詳細は、諸事情により申し上げられません。どうか、そこのところを、お見逃し下さいっ。この通りでございます!」
たぬ子はうなだれるように頭を下げて必死に懇願した。道人はしばし沈黙していたのち、
「……訳ありね」
ふぅ。と、溜め息と共に呟く。
身の上に置かれた事情については多少なり構わなかった。道人自身、世間の中では苦労を強いられている身だ。そういった部分は理解できるからだ。ある程度は、たぬ子の述べている事情を汲んでやる事はできなくはなかったが──役に立たない人材を雇う余裕はなかった。かといって即戦力が欲しいなどと贅沢も言っていられず。
「ちなみに、高校生?」
「あ、いえ、学校へは通っていません……や、やはり、学歴がなくてはいけませんよね?」
たぬ子は肩を落として小さくしょんぼりする。
「いや、それを言ったら俺も同じだ。うどん打つには知識と技術と、あとは経験のみ。って、修業不足の俺が偉そうに言えねぇけど。まぁ、頭の回転や記憶力はある程度必要かな。忙しい時はね」
「そ、そうなのですね?」
しかし、たぬ子はますます不安を胸に募らす。
(わたくし、学もなければ芸も技も怪しいですぅー?)
道人はしばし顎に手をやり考える仕草をしたのち、片膝をついていた体勢から立ち上がると言った。
「たぬ子……ちゃん。体調は? 大丈夫? 変わりない? 俺、今から仕入れに行くんだけど、ついて来てみる?」
二時が過ぎ、準備中の札が玄関扉の横に掛けられると、店主は店内中央の石油ストーブの前で休憩に入った。
いつもの規定外と切れっ端の麺を茹でて〝もったいない精神〟で残さずに食べた後、店のメニューにはない食後のコーヒーをズズズッとすすり飲むと、プハァーと息を吐き出す。
祖母が倒れて一人で切り盛りをするようになってから、そろそろ疲れが溜まり始めていた。
「んー……」
道人は腰をずらして椅子に深く座り込み、しばらく腕を組むと何やら考え事を巡らせたが、すぐに、ちょっと五分だけ。と自分に甘い言い訳をして目を閉じた。
そこへ、そっと忍び足で現れた者が一名。
──カラリ
聞こえないくらい小さな音を立てて扉が細く開かれた。その隙間から、ちらりと大きな黒い瞳がキョロキョロと中の様子を窺う。
(このお店です)
(ええと、店主さんは……)
(おや?)
(あれは……)
(眠っていますね)
道人はウトウトと船を漕いでいた。このまま放っておけば本気で眠りこけてしまいそうである。
(ありゃりゃ)
(どうしましょう、どうしましょう)
(ん? おや?)
出入り口の壁に張り紙が一枚、目に留まる。それは印字ではなく、手書きされてあった。力強そうな字体で横一文字に真っ直ぐで馬鹿デカい。何で印字にしなかったの! と、歩が見たならば、きっと顔を赤くしながら詰問することだろう。
(読み書きそろばんは習いましたよ? ええと……)
(──スタッフ募集。と)
(これは、アルバイトやパートの意味でしょうか?)
ボボボッ。と、石油ストーブが音を鳴らした。その音に、道人が体をビクッと飛び上がらせる。
「んっ? 俺、寝てた? やばっ」
自分が眠っていたのか起きていたのか分からない感覚に陥っていた道人は、頭を左右に振って、自分で自分に問う。やがて思考がハッキリすると、ストーブに気づいて灯油の残量を目盛で確認した。
──ガタッ
玄関の引き戸に何かがぶつかった音に、道人は顔を上げた。が、誰もいない。
「……狸?」
なぜかそんな気がした道人は、石油タンクを持って店の玄関を出ると、辺りを見渡しながら倉庫までへと歩いた。そして石油の入ったタンクを持ち運び、店へと戻って入って行く。
その道人の姿を、先程の者が心臓をバクバクさせながら、倉庫の中に置いてある軽トラックの下から頭だけを出して見る。
(気づかれましたでしょうか?)
(今、『狸』って口にしました)
(もうバレました)
(どうしましょう、どうしましょう)
狸は正体がバレたと早とちりをして、自分の持つ能力不足を嘆き喚き、そして今後どうすべきかを大いに悩む。
そうこうしている間に、灯油の補充が終えて再び灯油タンクを戻しに来た道人。狸は咄嗟に車の下へと潜り身を引っ込めて隠れた。すると──、
ガチャッ
バタンッ
という立て続けの音。
(まさか……)
車のエンジン音がした時には、もう遅い。
(そのまさかですぅ──っ)
狸が下から飛び出しのと、車が後退するのは一緒だった。
──ドンッ!
瞬間、道人が反射的にブレーキを強く踏み込みサイドブレーキを上げて急停車させる。急いで車のドアを開けて降りた道人は、顔面から血の気を引かす。
「大丈夫かっ?」
倒れた〝狸〟に声を掛けて駆け寄り、返事が返って来るよりも先に、すぐさま手をズボンのポケットの中に入れる。
「あいたぁー」
と、狸は〝声〟を上げて上半身を起き上がらせた。
「あっ、交通事故ですっ。救急車お願いしますっ。住所は……」
道人が119番に電話しているのを見るや否や、狸は顔面を真っ青にして、ケータイを手に持つ道人の腕に飛びつきしがみついた。
「ダメですっ、ダメですぅー! わたくし狸は救急車で病院へは行けないのですぅーっ」
「な、なにすっ……だ、大丈夫なのっ?」
「はいっはいっ、この通り! 五体満足、無事でありますっ!」
そう言って、狸は立ち上がって両手を大きく広げあげた──そこで間抜けにも気づく。
(ありゃ?)
(これは……人の姿に化けたまんまですぅー?)
(どうしましょう! どうしましょう!)
自らの失態……いや、成功? に頭が今度は真っ白になって硬直する。
「そのケガは?」
道人は狸の左足に包帯が巻かれてあるのを見つけた。
「こ、これは……古傷……というやつです! もう、すっかり大丈夫です!」
見るからに新しそうな傷だったが、処置済みなので今の事故によるものではないのだろう。足をケンケンさせて無事をアピールさせているのを、道人が「分かったからっ」と、手で制す。
「あ、もしもし。特に怪我はありません。本人もそう言い張ってます。はい、意識はしっかり……若干、混濁してますが……はい、分かりました。それじゃあ、おかしければすぐに病院へ向かいますので。どうもお騒がせしてすみませんでしたっ」
そう電話口に告げると受話器ボタンを押して切った。
「ほんとに、大丈夫? 頭の方は大丈夫? ちょっと見せて」
問われて、狸はドバッと地面に正座すると、両手をついて深々と頭を下ろして差し向けた。
「すみませんっ、すみませんっ。頭が悪いのは生まれつきであります。こればかりは、どうしようもありません。本当にすみませんっ!」
道人も慌てて地面に膝を突いて頭を下げる。
「い、いや、違う。そうじゃなくて……俺の方が悪いんだ、ごめん! これは車に乗る前に、車体の下を確認しなかった運転手のミスなんだ。だから、ホントにごめん。すみませんでした! この通り。だから、頭を上げて?」
「そ、そうなのですか? あ、ハイ。すいません。頭、上げますっ、上げますっ」
と、ようやく頭を上げた狸は、ゼェーハァーと息をつく。道人も一緒に、焦って乱れていた呼吸と気持ちを整える。しかし、なおも正座したままの狸。緊張に全身を震わせながら、正面から向かって道人に尋ねた。
「て、店主さんには、わ、わたくしの姿が、ど、ど、ど、どのように映っているのでありましょうか?」
「へ?」
突拍子もない質問に、道人の声はひっくり返る。どのような姿か……と、聞かれて困惑した道人は、改めてよく観察する。
どんぐりのように大きなお目目に、これまた大きな黒縁メガネ。まあるいお顔に、ほんのり栗色がかった長い髪は、今時? という感じの三つ編みのおさげヘア。体型は全体的にややぽっちゃりで、なんだかとってもあったかそう。
「うん、かわいいよ!」
笑顔でグッと親指立てて、どこか棒読み。
「ほ、本当ですかっ? ちゃんと人間様に見えていますかっ?」
「うん、うんっ」
両肩を鷲掴みにされて揺さぶられながら、コクコクとロボットのように道人は頷く。道人は心の中では──タスケテクダサイ!
「よかった、よかったですぅー。ありがとうございますぅー。うぅー」
化けの皮は剥がれていないと分かった狸は、嬉しさのあまり涙ぐむ。一方、道人はできればあまり関わり合いたくないとばかりに、急いだ風に腕時計の針に目をやった。
「家、どこかな? 送るよ。今日は大事取って、家でゆっくりした方が……」
道人が言い終わらぬうちに、狸は「店主さん!」と、真剣な顔つきに一変して言った。
「わたくしを、どうか雇っていただけませんか?」
「へ?」
「い、今このような状態で申し出るべきでないのは、十分承知しております。で、ですが……その、お店の貼り紙を見ましたのです。ど、どうか、こんなわたしくでよければ……ぜひ、雇っていただけませんでしょうか?」
「はぁ……」
いきなり、思いもよらぬところから飛び込んできたバイト志願者。ポカンと口を半開きにしたまま道人は、そのまま一時停止。
──数十秒して、
「家は、どこかな? いや、その前に名前は? 年齢は?」
「はっ!」
今度は狸の方が一時停止する。
(こ、これは……)
(面接というやつですね?)
(わたくし、住所もなければ、名前もありませんっ!)
固まって冷や汗が垂れそうな狸を道人が、さっきとは打って変わった厳しい表情でジッと見定める。まるで狸は、蛇に睨まれた蛙の状態。
「な、名前は……た、たぬ……たぬ子です! と、年は……えーと、十八歳ですっ。住所は……あちらの西のお山の麓です! ……詳細は、諸事情により申し上げられません。どうか、そこのところを、お見逃し下さいっ。この通りでございます!」
たぬ子はうなだれるように頭を下げて必死に懇願した。道人はしばし沈黙していたのち、
「……訳ありね」
ふぅ。と、溜め息と共に呟く。
身の上に置かれた事情については多少なり構わなかった。道人自身、世間の中では苦労を強いられている身だ。そういった部分は理解できるからだ。ある程度は、たぬ子の述べている事情を汲んでやる事はできなくはなかったが──役に立たない人材を雇う余裕はなかった。かといって即戦力が欲しいなどと贅沢も言っていられず。
「ちなみに、高校生?」
「あ、いえ、学校へは通っていません……や、やはり、学歴がなくてはいけませんよね?」
たぬ子は肩を落として小さくしょんぼりする。
「いや、それを言ったら俺も同じだ。うどん打つには知識と技術と、あとは経験のみ。って、修業不足の俺が偉そうに言えねぇけど。まぁ、頭の回転や記憶力はある程度必要かな。忙しい時はね」
「そ、そうなのですね?」
しかし、たぬ子はますます不安を胸に募らす。
(わたくし、学もなければ芸も技も怪しいですぅー?)
道人はしばし顎に手をやり考える仕草をしたのち、片膝をついていた体勢から立ち上がると言った。
「たぬ子……ちゃん。体調は? 大丈夫? 変わりない? 俺、今から仕入れに行くんだけど、ついて来てみる?」
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