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10.逃げ切れない。
しおりを挟む昼夜逆転生活は続いていた。
どこかで区切りを付けないととリリアンヌも思ってはいたが、未だ踏ん切りはついていなかった。
そんなある日、夕方近くなって起き出してきた彼女の目に、大層ご機嫌な様子のサフィールの姿が映った。
「アンヌ!」
「――――どうした」
「ねぇ、見て見て、これ」
寝惚け眼を擦りながら現れた彼女の手を引いて、サフィールはテーブルへと連れて行く。
そこに広げられた物を見て、彼女の眠気は吹き飛んだ。
「!」
机の上には、サフィールの手にだって余りそうなほど大きな石がごろごろしている。中には宝石の原石さえ混じっていて、リリアンヌは息を呑んだ。
「どうしたんだ、これ」
そうそう簡単に手に入るものではない。
「なかなかすごいでしょ」
リリアンヌはその内の一つ、青い石を手に取る。
どう見ても、サファイアだ。ずっとしりと重い。
「今日はちょっと頑張った」
「どこまで行ったの」
「尽崖」
「はっ!?」
さらりと言われた場所にぎょっとする。
「サフィール、よくもあんな危険なところに……!」
基本、リリアンヌはサフィールのことを放任している。
惑いの森は人間には危険な場所だが、どこをどううろつこうがそれは本人の自由とは思っている。リリアンヌは森の地形と危険な生き物、植物、磁場、そしてそれに対処する最低限の術を教えた後は、サフィールの好きにさせてきた。
頓着しなかったのは、あくまでサフィールがただの拾いものだったということもあるが、それだけでもない。
サフィール自身に、生まれつきか知らないが、大地の加護がついていたので、迂闊な真似さえしなければ最悪の事態にはならないだろうと判断したからだ。
どういう縁があるのかは知らないか、たまに自然や人外の生き物に好まれて、加護や恩寵を受ける人間というのはいる。サフィールがその一人であることに気付いて、これで余計な気を張らなくて良いとリリアンヌは早々に拾い子を心配するのをやめたのだ。
だが、尽崖は宜しくない。加護があろうと“迂闊な”の内に含まれる、とても危険な場所だ。
それこそ最初、リリアンヌは“尽崖の贄に良さそう”とサフィールに言い放ったくらいの場所である。
そんな、場所に。
「あ、でもあれだよ、端の方だから。タイミングよくどこかの魔獣が縄張り侵してたみたいで、上手いこと主の気が逸れてたんだよ。だからチャンスだと思って」
それは確かに滅多にないチャンスかもしれないが。
「いや、それにしたって」
あまりに危険な行為だ。
「自分がただの人間だって分かってる? 少しの剣術や体術では、ここらに住まう者達には太刀打できない。お前は私の拾い子だし、それを理解している理性や知性がある者は無闇なことはしないけれど、獣の類は容赦しない」
サフィールに妙な加護が付いていることは話していない。話して、それを理由に油断されたり無茶をされては本末転倒だからだ。
「怪我で済んだらいいけれど、命を落とせばそこで終わり。零れた命を掬い上げることは、魔女にもできない」
渋い声で言って、だが途中でハッとした。
いや、違う。ここは素直に有難うと言って、よくやったと褒めるところかもしれない。
いやいやでも心配だ。
自分と違って、人間は本当に肉体的には脆い。ちょっとしたことで命を落とす。ここでよくやったなんて褒めたりしたら、それに気を良くしてまた同じ危険を冒すかもしれない。
何せこの拾い子は、リリアンヌのためとなると何でも是として行動してしまうのだ。あまりに忠犬過ぎるのだ。
「…………心配してくれてる?」
「――――苦言を、呈している」
眉間にシワを寄せながら、そう言っておく。
「お前の死体を探しに行くなんて、ごめんだ。面倒だもの」
酷い発言をしている自覚はあった、だが、何故かふふっと嬉しそうな声が聞こえた。
「探してくれるんだ」
「…………それくらいは、する」
とろりと笑みが深くなったのを見て、リリアンヌはまた別の心配をする。
コイツ、喜びのハードルがあんまり低過ぎないか……?
一抹の不安を覚える彼女の心境を知る由もなく、サフィールは戦利品の一つを自分でも手に取った。
「使えそう?」
「それは当たり前に……」
こんな良質なもの、使い道はいくらでもある。
「そう、役に立てそうで良かった」
ホッとしたように息を吐くサフィール。
「それでちょっとお願いがあるんだけど」
「何?」
窺う様にチラリとこちらを向く瞳。身長差から言うと完全に見下ろしてる形なのに、何故か上目遣いの気配がする眼差しをしてみせるからすごい。
「このサファイアとルビー、そんなに沢山はいらないんだけど、ひと欠けふた欠けもらってもいい?」
その申し出に、リリアンヌは呆れた。何を言ってるんだ、と思った。
「サフィ、お前が採ってきたんだから、好きなだけ使えばいいだろう」
なのにケロリと返されて、リリアンヌは虚を突かれる。
「でもリリアンヌの為に採って来たものだから」
行動理念に迷いがなさ過ぎる。
「……全部売って、金貨に換えてもいいと思うけど。お前も貯えは多い方がいいだろうし」
それはもちろん貴重な材料は有難いが、リリアンヌはそれほどがめつくもない。自分が労を払ったのでもないものに、どうこう口を出す気はなかった。
サフィールは自分のものだけれど、そのサフィールが持っているものまではリリアンヌの管轄下にはない。興味もない。所有権なんて主張しない。
「使う当て、ない?」
だが、あからさまにしょんぼりされれば拒むのもどうかと思う。
「そんなことはないが……」
「じゃあ売るよりアンヌに使ってもらった方がいいよ。ね?」
どうにも計算ずくでそういう気配を出されている気もしないでもないが、リリアンヌはサフィールの意向を汲むことにした。
「それじゃまぁ、有難く……」
ついでにちょいちょいと招いて、身を屈めたサフィールに手を伸ばしその黒髪をぽんぽんと撫でてやる。
それは、昔からの習慣だった。
言葉は苦手だから、褒める時にはいつもそうしていた。
「リリアンヌ」
そのまま手のひらに、頭が押し付けられる。もっとして、と言うように。
「なに」
こちらを見つめるサフィールの瞳には、仏頂面の彼女の顔が映っていた。
「ごほうびが欲しいな」
そんな可愛げのない顔に向けて、サフィールは言う。
「ご――――」
ごほうび?
何だそれは、と言う前に場の雰囲気が変わる。
「リリアンヌに、触れたい」
そう言ったサフィールからは、こちらを窺う子犬の気配は消えていた。
「っ」
ひたと合わされ逸らされない視線に、慣れない気配を感じてリリアンヌはマズイと思う。
これは、アレだ。そういう意味の“触れたい”ではないか。
「アンヌ」
リリアンヌはもう十分拒み、逃げ回って来た。一体あれからどれくらいの月日が過ぎたのだろう。やはり、いつまでもお預けを食わせている訳にはいかないらしい。
不意に向けられた手が、彼女の頬を包んだ。
「!」
反射的に身を捩りそうになって、いや、でもそれは怖気づいて逃げているように思われるのではと思った。それは、何だか矜持が許さないような気がした。
お、怖気づいてなんかいない。
どこまで許すかという問題はあったが、受けて立ってやるという気概でリリアンヌは触れた手を拒みはしなかった。
「アンヌ……」
喜色を帯びた、うっとりした呟きが漏れ出る。
指の腹ですりすり頬を撫でながら、サフィールはリリアンヌの身体を引き寄せた。しばらくはただぎゅうぎゅう抱きしめて、肩口に顔を埋め、ただ甘えているような様子だった。
が――――――――
「ひうっ」
唐突に首筋にねっとりした感触が這って、思わず怯んだような声が出た。
違う、これはその、くすぐったかったからだ。
内心で言い訳をしている間にも、その感触は続く。
舌を這わされていることは、理解できていた。
「ッ」
大きな手が、いつのまにやら背中から尾てい骨までをゆっくりゆっくり何度も往復する。まるでリリアンヌの官能を引き出そうとするかのように。
「アンヌ、アンヌ」
何故この男は自分の名前をこうまで甘い色で呼べるのか。
耳たぶを食まれて、息を吹き込まれて、妙な刺激が腰の辺りから後頭部まで走っていく。
「サ、フィール……」
「んー?」
次の瞬間、サフィールの手が肩口から衣服の中へと侵入した。
「ちょ……!」
そうして気付く。
自分が起き抜けだったことに。つまり、夜着のままであったことに。
「ま、こらっ」
ゆったりとしたデザインの黒の夜着。フロントのリボンを解くと、襟ぐりの辺りが一気に緩くなる。つまり。
パサッ――――
いとも簡単に肩から布が滑り落ち、足元で丸まった。リリアンヌはあっという間にショーツ一枚の姿にされてしまう。
「!」
上にはこれと言って何も付けていなかった。寝ている間に締め付けるようなものを纏いたくないからだ。
つまり、真っ白な乳房が露わになっている訳で。
「綺麗、リリアンヌ」
にこり、微笑んでサフィールがおもむろに両の乳房を掬うように持ち上げた。
「ふぁっ、あ、やめっ」
やんわりと揉み回されて、何ともじれったい感覚が走る。
「サフィ、ま」
二歩三歩と後ろに足を引く。サフィールはそれを許した。
そうしたら、その内に膝の裏に何かが当たった。
「え」
振り返るより先に、不意に向かいから押されて身体が傾く。
「わっ」
次の瞬間、リリアンヌはダイニングチェアに倒れ込んでいた。
ショーツ一枚という何とも卑猥な格好で。
「ちょ、どこまで、あ――――」
床に膝を着いたサフィールが顔を寄せてくる。そうして、ふくらみを口に含む。
「んんっ」
まろやかな肌を唇で挟まれ感触を楽しまれる。それだけのことに下肢の付け根のその中心が疼いて、彼女は自分の反応に動揺する。
「サフィ!」
「ねぇ」
しばらく好きなように手と唇でふくらみを愉しんでいたサフィールが、不意に愛撫を止めた。
「リリアンヌって、小柄な割におっぱい大きいね?」
「おっ――――」
「柔らかくて、でも弾力もあって、この絶妙に手に余る感じ、すごく好き」
羞恥に頭が真っ白になる。だが、だが今の発言は非常に看過し難かった。
「い、言い方!」
「言い方?」
「おま、言い方が最悪……! デリカシーがないっ!」
凡そ子どもの頃から見知ってる相手に言われたい単語ではなかった。精神的ダメージが大き過ぎる。
「あぁ、嫌だった? じゃあ何て言えばいい? 胸? ふくらみ? 乳房?」
当の本人は羞恥心なんて言葉も知らなさそうな顔で、ケロリとあれこれ他の単語を連ねてくる。そういう問題ではない。
「どれも却下だ、馬鹿! なに普通の顔してべらべら言ってるんだ! そういうの、言わなくていい!」
「んー、じゃあ口に出すのは控えとくね?」
怒鳴っても、あまり響いた様子はなかった。そう言うと、またサフィールは愛撫を再開する。
「いや、待て、もうんんっ」
ぐにゅぐにゅと大きな手の内で好きに形を弄ばれる乳房。近距離でチラリと覗く赤い舌。
「ん!」
その舌がべろりと肌を舐め上げた。リリアンヌの身体が刺激に打ち震える。
「サ…………」
舌での愛撫が続く。でもそれは、酷く陰湿なものだった。
「んっ、はっ、あぁ」
度重なる刺激に、ふくらみの中心が疼く。少しずつ、だが明らかに芯を持ち始めている。
だが、サフィールは赤く色づき主張するソコに、決して触れなかった。包む手のひらも、舌も、そこを意図的に避けていく。特に舌先なんかは、その周りの乳輪だけをぐるりぐるりと執拗に舐め回し、もどかしさを煽り立てて行った。
「なん、で」
辛い。もどかしくて堪らない。敏感に膨れ上がったソコが、どうしてどうしてと微かに震える。
じゅわり、下肢の付け根からは温かいものが零れ出して、触れている布地をじっとりと濡らしていく。
「アンヌ、どうかした?」
すっとぼけたことを訊いてくる男に、何なら殺意を覚える。“どうかした?”なんて訊かれても、何を言える訳もなかった。
頂きを口に含んで欲しいだなんて。
ソコも構ってほしいだなんて。
唇や舌で扱いて、このもどかしさをどうにかしてほしいだなんて。
そんなこと、リリアンヌから言える訳がなかった。
でも、サフィールは容赦がない。
「あっ、っく、あぁ、もう……!」
ぬるい刺激が続く。ぴちゃぴちゃと鳴らされる舌の音が憎らしい。感じているけれど、圧倒的に足りない。張り詰めた頂きが痛い。
もう嫌だ。我慢できない。でも言えない。では我慢するしかない。
「あぁ、や、めぇ……!」
どれだけ苦し気な声を上げても、それでもサフィールはやめなかった。
段々と彼女は気が狂いそうになっていく。
もうやだ、足りない、もどかしい、苦しい、ちゃんとしてほしい、辛い、辛いから慰めて、ソコをどうにかしてくれなきゃ耐えられない、いやだいやだいやだいやだ―――――
「アンヌ?」
そうして、忍耐の限界に挑んでいるリリアンヌに、確信犯が白々しい声で言ってくる。
「アンヌ、してほしいことがあったら言ってね?」
言えないと知っているクセに、そんなことをほざく。
「んんう……!」
本当に、性質が悪い。追い込むように刺激を与えながら、拾い子はにこりと深く笑んでみせた。
「オレ、アンヌの望むことなら全部する。教えてくれたら全部全部する。だからアンヌ、どうしてほしいか言ってみて?」
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