8 / 35
8.決壊。
しおりを挟むそれは、サフィールにとって人生で一番の賭けだった。
森に捨てられたあの時よりも更に絶体絶命のピンチだった。
"お前、そろそろお決め。尽崖の魔物の贄になるか――――それか、ここを出て人間社会に戻って、どこぞの娘と家庭でも築いてみるか"
魔女の言うことは絶対だ。
矜持の高い彼女らは、自らの言を取り下げることなど、滅多にしない。
だから、それはサフィールにとって死刑宣告に等しかった。
いつかは来ると、分かってはいたけれど。
リリアンヌの唐突な、けれど覚悟はすべきだった通告。
心は決まっていた。随分前に決まっていた。
どうしてもどうしても蓋をできそうにないから、サフィールは密かに準備をしてきた。
それにしても、と思う。
ただ一言、尽崖の魔物の贄になれ、とそれだけを与えれば良いのに。なのに彼の魔女はそれだけを告げなかった。人間社会に戻るという選択肢を与えてみせた。
サフィールを人間社会に返しても、リリアンヌには何の利もないのに。
この十二年、与えられたものを何一つ返せていないのに、なのに自分を逃そうとしている。
十二年あれば、少しはできることも増えた。日々の生活のあれこれはこなせるようになった。
でも、それは何かを返せているというレベルではないと思う。
サフィールは生きている。だからそれだけで色んなものを消費する。
十二年、十二年だ。それだけの間、自分の命を維持するのに、リリアンヌはどれだけの労力と費用をかけただろうか。
何より、命を救ってもらった、血を分け治療をしてもらったその大き過ぎる恩に対して、自分は本当に何も返せていない。
なのに、彼女は何も求めず、ただ出て行けとだけ言ったのだ。
"寝台が狭いから"なんて取って付けたような理由で。
だが、贄以外の、人間としての幸せを許されるということは、チャンスはあると思うべきか。
サフィールは勝算を見出だしたかった。
嫌われている訳ではない。
生かしていいと思われている。
どこか遠いところで、と前提は付くかもしれないが、自分の幸せを考えてくれている。
そこにあるのは、同情から派生していようが、好意と呼べるものではないだろうか。
もちろん、男女の間で発生するものではないだろうけれど。
リリアンヌ。
なんにも分かっていないリリアンヌ。
「オレにはリリアンヌしかいないのに」
他なんて、知らない。
「アンヌ以外は、なんの意味も持たないのに」
リリアンヌだけが、サフィールに意味を与える。
生きる理由を与える。
存在を許してくれる。
リリアンヌに許容されることだけが自分の全てだ、とサフィールは思っていた。
他の存在なんて等しくどうでもいい。
リリアンヌさえサフィールという存在を認識してくれれば、他になんにもいらない。
「どこぞの娘と家庭を築け?」
酷いことを言う。
こちらの気持ちなんて、こんなに深く狂おしく、そして醜い愛があるなんて、彼女は思いもしないのだろう。
仕方のないことかもしれない、とは思う。
彼女は魔女だ。それも処女性を重んじるタイプの。
色恋とは対極の場所で生きる。そんなものは人生から排除している。頭になくて当然だ。
「人間社会にって、優しさのつもりなのかもしれないけど」
分かってないなぁ、と彼は呟く。
「今更、オレが社会に紛れてやっていける訳がない」
もう自分は俗世と切り離された存在だ。集団に馴染むことは、きっと苦痛にしかなり得ない。
人間だから、人間の社会にすんなり戻れるとでも思っているのだろうか。
同じ生き物の括りにいても、どうしようもない異分子というのは存在するものだと言うのに。
与えられた選択肢は、どちらも選びたくなかった。
どうしてもと言われたら、彼はきっと尽崖の贄になることを選ぶ。
そっちの方がずっといい。
「だって、そうしたらアンヌの役に立てる」
贄として魔物の気を引いている間に、リリアンヌはきっとあそこにある貴重な材料を手に入れられるだろう。
それは、とても意味のある素敵なことだと思えた。
どこぞの娘と家庭を築くことなんかより、ずっとずっと意味のあることだと思えた。
けれど。
「ごめんね、アンヌ。だけどその前に、一つだけ許して」
想いをぶつけることを許して。
そうしてサフィールは通告の翌日、リリアンヌのその柔肌に触れた。
男として、彼女がずっとずっとずっと守ってきたものに、手を出した。
"どの口が"ときっと言われるが、本当のところ、肉欲は絶対ではなかった。
もちろん、得られるものなら欲しいと思っていた。でも、一番に欲しかったのはそれではなかった。
リリアンヌの心が欲しかった。
彼女の特別にしてほしかった。
許されたかった。
受け入れられたかった。
まだ傍で生きていくことを許容していてほしかった。
精神的な愛だけで一生我慢することも、正直可能だったような気がする。
リリアンヌが望まないならば、サフィールは諾々とそれに従うべきなのだから。
でも、そうしなかった。
無理矢理に迫り、彼女を暴いた。
そこまでしないと、本心を隠すことが上手な魔女は自分をはね除けてしまう。
リリアンヌ。
気高く強く、そして不器用で優しい魔女。
「今まで何度も何度もオレを切り捨てる機会はあったクセに」
毎度毎度多大な労力や犠牲を払って、決して手放しはしなかった。
それは、もう愛だ。
そうじゃないなら何なのだ。
だって、自分はなんにも持っていないのに。
何の価値も持っていないのに。
リリアンヌに手を出すことは、本当に大きな賭けだった。
勝手なことをしておいてなんだが、怖くて怖くて堪らなかった。
ここで完璧にリリアンヌに拒まれたら、あの時、連れてってなんて言わなければ良かったと思わってしまう。
彼女に助けられたこの命を一つも後悔したくないのに、それならあの時あそこで死んでしまえば良かったと、きっとそう思ってしまう。
そんなこと思いたくないのに、絶対に後悔してしまう。
果たして、彼女は彼を拒み切らなかった。拒み切れなかった。
いや、お前が無理矢理に事に及んだんだろうと思われるかもしれない。
でも、考えてみてほしい。
彼女は魔女だ。偉大な魔女。ここらに住まう者は皆彼女を恐れ、一目置いている。
そんな存在なのだ。
サフィールは、無理矢理彼女に迫ったが、それはあくまで物理の話だ。
彼女の魔女としての力を抑えるような手段を用意することはしなかった。
つまり、あの時、彼女はその気になれば魔女としての力でサフィールを捩じ伏せられたはずなのである。
でも、彼女が尽くしたのは言葉だけだった。
どんな呪いも攻撃も実行に移さなかった。
ーーーーーーーーできなかったのだ。
それに気付いた時の、頭がおかしくなりそうなほどの歓びと言ったら!
あぁ、それはなんてなんて幸せなことだったか!
そうして沢山の怒りと拒絶の言葉の果てに、彼女は言ったのだ。
"私の、サフィール"
リリアンヌの、サフィール。
サフィールはリリアンヌのもの。
魔女は自分の言葉をそう簡単に翻さない。だから、リリアンヌが"私の"と言ったら、もう未来永劫サフィールはリリアンヌのものだ。絶対的にリリアンヌのものだ。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
もうどうにかなってしまいそうだった。
歓びの勢いそのままにまたその柔らかい身体を抱き締め、激しい情交でぽかりと口を開いたままのソコに自分を奥まで捩じ込んでしまった。
「あ、んんーーーーっ!!」
漏れ出る悲鳴のなんと甘やかなことか。
こんな声は、自分しか聞けないのだ。
ここに潜り込めるのは、この世で自分だけなのだ。
「リリアンヌ、リリアンヌ、リリアンヌ」
「んくぅ、はっ、や、っーーーー!!」
「リリアンヌ、可愛い。好き。大好き。愛してる」
ずっとずっと誰にも開かれたことのなかった身体。そこはキツくて狭くて、無理矢理押し開いたサフィールの形にぴったりと合わさる。
「アンヌ、気持ちイイ、アンヌのナカ、本当に気持ちイイ」
腰を突き動かせば、ぐちょっ、じゅぷ、と淫らな水音が盛大に鳴る。自分が放ったものとリリアンヌのナカから止めどなく溢れてくるものが混ざり合って、ぐちゃぐちゃになっていく。
「サフィール、あ、止め」
「ん、今?」
「も、止め、ろ……あぁん!」
「でもアンヌのナカ、すごく反応してるよ?」
ぐりぐり押し付けるように腰を回せば、先端が最奥に押し付けられる。子種を飲み込んでくれる、その入り口に。
「ひうぅ!」
「ほら、分かる? アンヌがオレにちゅうちゅう吸い付いてるの。離したくないって言ってるみたい」
「ば、か…………!」
「入り口も、すっかり降りて来てる」
「んんーーーーっ!!」
押し潰すみたいに屹立を当てる。花芽を一緒にぐりぐり刺激すれば、リリアンヌの身体は甘い声と共に大きく痙攣した。
「あぁ、イッちゃったね」
懸命に息を整えようとする彼女の頬を包んで、唇に触れるだけの口付けを落とす。
「い、い加減に、んくっ」
「うん」
涙目で睨まれても、胸が高鳴るだけだ。一つも腰の動きを休めることなく、サフィールは笑みを浮かべて頷く。
「オレももう、無理かも」
先ほど彼女が果てた時の締め付けが、サフィールのことを追い込んでいた。張り詰めたソレは与えられるあまりの快感に、今にも放ってしまいそうである。
とにかく、サフィールにとってリリアンヌのナカは具合が良くて堪らない。ただそこにいるだけでもう悦過ぎる。
「ん、くっーーーー」
「ひう、あっ、サフィ、」
「アンヌ、いい? 出していい?」
訊けば、"何を今更……!"と怒られた。仰る通りである。
「こ、これで最後に、しろ…………!」
激しく抜き差しを繰り返す。数度その感覚を味わったら、そこが限界だった。
「アン、ヌ!!」
「んーーーーーーーーっ!!」
己の欲望を、執着を、思い切り吐き出す。自分より小さな小さなその身体の内に注ぎ込む。
過ぎた刺激に身悶える彼女が、堪らなく愛しかった。
その様子を見ているだけで、また自身が勢いを取り戻し出す。
欲望には、果てがない。
これで最後にしろと言われたのに、結局そうはしなかった。
後からものすごく怒られて、しばらくソファーに追いやられた。
けれど、サフィールはこの上なく幸せだった。
もう彼女が簡単には自分を手放せないことにホッと息を吐いた。
そして、その中に少しだけ薄暗い色をしたものが混じっていたことを、彼はちゃんと自覚していた。
0
お気に入りに追加
282
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した
Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる