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8.決壊。

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 それは、サフィールにとって人生で一番の賭けだった。


 森に捨てられたあの時よりも更に絶体絶命のピンチだった。



"お前、そろそろお決め。尽崖つきがけの魔物の贄になるか――――それか、ここを出て人間社会に戻って、どこぞの娘と家庭でも築いてみるか"



 魔女の言うことは絶対だ。
 矜持の高い彼女らは、自らの言を取り下げることなど、滅多にしない。
 だから、それはサフィールにとって死刑宣告に等しかった。
 いつかは来ると、分かってはいたけれど。


 リリアンヌの唐突な、けれど覚悟はすべきだった通告。


 心は決まっていた。随分前に決まっていた。
 どうしてもどうしても蓋をできそうにないから、サフィールは密かに準備をしてきた。


 それにしても、と思う。


 ただ一言、尽崖の魔物の贄になれ、とそれだけを与えれば良いのに。なのに彼の魔女はそれだけを告げなかった。人間社会に戻るという選択肢を与えてみせた。


 サフィールを人間社会に返しても、リリアンヌには何の利もないのに。


 この十二年、与えられたものを何一つ返せていないのに、なのに自分を逃そうとしている。


 十二年あれば、少しはできることも増えた。日々の生活のあれこれはこなせるようになった。
 でも、それは何かを返せているというレベルではないと思う。


 サフィールは生きている。だからそれだけで色んなものを消費する。
 十二年、十二年だ。それだけの間、自分の命を維持するのに、リリアンヌはどれだけの労力と費用をかけただろうか。


 何より、命を救ってもらった、血を分け治療をしてもらったその大き過ぎる恩に対して、自分は本当に何も返せていない。


 なのに、彼女は何も求めず、ただ出て行けとだけ言ったのだ。
 "寝台が狭いから"なんて取って付けたような理由で。


 だが、贄以外の、人間としての幸せを許されるということは、チャンスはあると思うべきか。


 サフィールは勝算を見出だしたかった。


 嫌われている訳ではない。
 生かしていいと思われている。
 どこか遠いところで、と前提は付くかもしれないが、自分の幸せを考えてくれている。
 そこにあるのは、同情から派生していようが、好意と呼べるものではないだろうか。
 もちろん、男女の間で発生するものではないだろうけれど。



 リリアンヌ。
 なんにも分かっていないリリアンヌ。



「オレにはリリアンヌしかいないのに」


 他なんて、知らない。


「アンヌ以外は、なんの意味も持たないのに」


 リリアンヌだけが、サフィールに意味を与える。
 生きる理由を与える。
 存在を許してくれる。


 リリアンヌに許容されることだけが自分の全てだ、とサフィールは思っていた。
 他の存在なんて等しくどうでもいい。
 リリアンヌさえサフィールという存在を認識してくれれば、他になんにもいらない。


「どこぞの娘と家庭を築け?」


 酷いことを言う。
 こちらの気持ちなんて、こんなに深く狂おしく、そして醜い愛があるなんて、彼女は思いもしないのだろう。


 仕方のないことかもしれない、とは思う。
 彼女は魔女だ。それも処女性を重んじるタイプの。
 色恋とは対極の場所で生きる。そんなものは人生から排除している。頭になくて当然だ。


「人間社会にって、優しさのつもりなのかもしれないけど」


 分かってないなぁ、と彼は呟く。


「今更、オレが社会に紛れてやっていける訳がない」


 もう自分は俗世と切り離された存在だ。集団に馴染むことは、きっと苦痛にしかなり得ない。


 人間だから、人間の社会にすんなり戻れるとでも思っているのだろうか。
 同じ生き物の括りにいても、どうしようもない異分子というのは存在するものだと言うのに。


 与えられた選択肢は、どちらも選びたくなかった。
 どうしてもと言われたら、彼はきっと尽崖の贄になることを選ぶ。
 そっちの方がずっといい。


「だって、そうしたらアンヌの役に立てる」


 贄として魔物の気を引いている間に、リリアンヌはきっとあそこにある貴重な材料を手に入れられるだろう。
 それは、とても意味のある素敵なことだと思えた。
 どこぞの娘と家庭を築くことなんかより、ずっとずっと意味のあることだと思えた。


 けれど。


「ごめんね、アンヌ。だけどその前に、一つだけ許して」


 想いをぶつけることを許して。



 そうしてサフィールは通告の翌日、リリアンヌのその柔肌に触れた。
 男として、彼女がずっとずっとずっと守ってきたものに、手を出した。



 "どの口が"ときっと言われるが、本当のところ、肉欲は絶対ではなかった。


 もちろん、得られるものなら欲しいと思っていた。でも、一番に欲しかったのはそれではなかった。


 リリアンヌの心が欲しかった。
 彼女の特別にしてほしかった。
 許されたかった。
 受け入れられたかった。
 まだ傍で生きていくことを許容していてほしかった。



 精神的な愛だけで一生我慢することも、正直可能だったような気がする。
 リリアンヌが望まないならば、サフィールは諾々とそれに従うべきなのだから。



 でも、そうしなかった。
 無理矢理に迫り、彼女を暴いた。
 そこまでしないと、本心を隠すことが上手な魔女は自分をはね除けてしまう。


 リリアンヌ。
 気高く強く、そして不器用で優しい魔女。


「今まで何度も何度もオレを切り捨てる機会はあったクセに」


 毎度毎度多大な労力や犠牲を払って、決して手放しはしなかった。
 それは、もう愛だ。
 そうじゃないなら何なのだ。
 だって、自分はなんにも持っていないのに。
 何の価値も持っていないのに。


 リリアンヌに手を出すことは、本当に大きな賭けだった。
 勝手なことをしておいてなんだが、怖くて怖くて堪らなかった。


 ここで完璧にリリアンヌに拒まれたら、あの時、連れてってなんて言わなければ良かったと思わってしまう。
 彼女に助けられたこの命を一つも後悔したくないのに、それならあの時あそこで死んでしまえば良かったと、きっとそう思ってしまう。
 そんなこと思いたくないのに、絶対に後悔してしまう。



 果たして、彼女は彼を拒み切らなかった。拒み切れなかった。


 いや、お前が無理矢理に事に及んだんだろうと思われるかもしれない。
 でも、考えてみてほしい。


 彼女は魔女だ。偉大な魔女。ここらに住まう者は皆彼女を恐れ、一目置いている。
 そんな存在なのだ。


 サフィールは、無理矢理彼女に迫ったが、それはあくまで物理の話だ。
 彼女の魔女としての力を抑えるような手段を用意することはしなかった。


 つまり、あの時、彼女はその気になれば魔女としての力でサフィールを捩じ伏せられたはずなのである。
 でも、彼女が尽くしたのは言葉だけだった。
 どんな呪いも攻撃も実行に移さなかった。



 ーーーーーーーーできなかった・・・・・・のだ。



 それに気付いた時の、頭がおかしくなりそうなほどの歓びと言ったら!
 あぁ、それはなんてなんて幸せなことだったか!


 そうして沢山の怒りと拒絶の言葉の果てに、彼女は言ったのだ。



"私の、サフィール"



 リリアンヌの、サフィール。
 サフィールはリリアンヌのもの。
 魔女は自分の言葉をそう簡単に翻さない。だから、リリアンヌが"私の"と言ったら、もう未来永劫サフィールはリリアンヌのものだ。絶対的にリリアンヌのものだ。


 嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
 もうどうにかなってしまいそうだった。


 歓びの勢いそのままにまたその柔らかい身体を抱き締め、激しい情交でぽかりと口を開いたままのソコに自分を奥まで捩じ込んでしまった。


「あ、んんーーーーっ!!」


 漏れ出る悲鳴のなんと甘やかなことか。
 こんな声は、自分しか聞けないのだ。
 ここに潜り込めるのは、この世で自分だけなのだ。


「リリアンヌ、リリアンヌ、リリアンヌ」
「んくぅ、はっ、や、っーーーー!!」


「リリアンヌ、可愛い。好き。大好き。愛してる」


 ずっとずっと誰にも開かれたことのなかった身体。そこはキツくて狭くて、無理矢理押し開いたサフィールの形にぴったりと合わさる。
「アンヌ、気持ちイイ、アンヌのナカ、本当に気持ちイイ」
 腰を突き動かせば、ぐちょっ、じゅぷ、と淫らな水音が盛大に鳴る。自分が放ったものとリリアンヌのナカから止めどなく溢れてくるものが混ざり合って、ぐちゃぐちゃになっていく。
「サフィール、あ、止め」
「ん、今?」
「も、止め、ろ……あぁん!」
「でもアンヌのナカ、すごく反応してるよ?」
 ぐりぐり押し付けるように腰を回せば、先端が最奥に押し付けられる。子種を飲み込んでくれる、その入り口に。
「ひうぅ!」
「ほら、分かる? アンヌがオレにちゅうちゅう吸い付いてるの。離したくないって言ってるみたい」
「ば、か…………!」
「入り口も、すっかり降りて来てる」
「んんーーーーっ!!」
 押し潰すみたいに屹立を当てる。花芽を一緒にぐりぐり刺激すれば、リリアンヌの身体は甘い声と共に大きく痙攣した。
「あぁ、イッちゃったね」
 懸命に息を整えようとする彼女の頬を包んで、唇に触れるだけの口付けを落とす。
「い、い加減に、んくっ」
「うん」
 涙目で睨まれても、胸が高鳴るだけだ。一つも腰の動きを休めることなく、サフィールは笑みを浮かべて頷く。
「オレももう、無理かも」
 先ほど彼女が果てた時の締め付けが、サフィールのことを追い込んでいた。張り詰めたソレは与えられるあまりの快感に、今にも放ってしまいそうである。


 とにかく、サフィールにとってリリアンヌのナカは具合が良くて堪らない。ただそこにいるだけでもう悦過ぎる。


「ん、くっーーーー」
「ひう、あっ、サフィ、」
「アンヌ、いい? 出していい?」
 訊けば、"何を今更……!"と怒られた。仰る通りである。
「こ、これで最後に、しろ…………!」
 激しく抜き差しを繰り返す。数度その感覚を味わったら、そこが限界だった。


「アン、ヌ!!」


「んーーーーーーーーっ!!」


 己の欲望を、執着を、思い切り吐き出す。自分より小さな小さなその身体の内に注ぎ込む。


 過ぎた刺激に身悶える彼女が、堪らなく愛しかった。
 その様子を見ているだけで、また自身が勢いを取り戻し出す。
 欲望には、果てがない。


 これで最後にしろと言われたのに、結局そうはしなかった。
 後からものすごく怒られて、しばらくソファーに追いやられた。


 けれど、サフィールはこの上なく幸せだった。
 もう彼女が簡単には自分を手放せないことにホッと息を吐いた。


 そして、その中に少しだけ薄暗い色をしたものが混じっていたことを、彼はちゃんと自覚していた。




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