# 魔女集会で会いましょう ~拾い物は、慎重に~

東川カンナ

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5.いつか、失うものでも。

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「…………狭い」
 寝台で、リリアンヌは寝起きからそう唸った。
 後ろから腕を回され、腰をがっちりホールドされている。いや、それだけではない。
「ひっ」
 違和感に気付いて、思わず悲鳴が漏れ出る。


 ――――――――挿っている、まだ。


 秘所に、下腹部に感じるこの堂々とした異物感。押し広げられている感覚。


 まさか、一晩中…………?


 昨夜は酷い目に遭った。本当に本当に酷い目に遭った。
 一度の行為で、サフィールは事を終えなかった。若者を、舐めてはいけない。
 あの後、夢と現のあわいを漂っていたリリアンヌはころりと身体を返され、次は後ろから貫かれた。年は食っているとは言え、つい先ほどまで処女だったのである。なのにそれが微塵も考慮されていない勢いで何度も抱かれ、何度も放たれた。
 自分がいつ頃解放されたのか、彼女にはとんと覚えがない。


 そして、今、まだナカに挿られているこの惨状。


「……………………」
 そもそもしっかり腕を回されているので、どうにかしたくてもほとんど身動ぎできない状態なのである。しかも目が覚めてしまったら快感の残滓が呼吸一つでも揺らめいてきて、もどかしい。指先が痺れていて、思うように動かせない。
 それでも意識を自分の内側に向ければ、魔力の流れは平素と変わりがなかった。サフィールの読みが正しかったのか、リリアンヌの魔女としての能力は失われていないようだった。これには、一時状況を忘れて彼女も心底ほっとした。


「――――アンヌ」


 最初から起きていたのだろうか。不意に耳許で囁かれて、リリアンヌはびくりと身を竦ませた。
 まるで小娘のような自分のその反応が許せなくて、彼女は剣呑な声を作って言う。
「……いつまで挿れてるつもりだ。さっさと抜け」
 恐ろしく、可愛げがない。でもそれで良い。
 魔女は女であることは捨てなくても、乙女であることは捨てて生きるものである。乙女らしい部分など、凡そ魔女としての人生に必要ないから。乙女な思考をするくらいなら、手練手管を身に付けて妖艶な女になる方がためになる。
「もうちょっとだけ」
 なのにサフィールはキツイ声音を少しも気にせず、ケロッとそんなことを言って彼女を解放しなかった。


 どういう神経をしているのか分からない。
 昨日の一件を振り返ってみても、別に親代わりをしてきたつもりは全くなかったが、それでも育て方を間違えたんじゃないかと後悔の念が過る。


「サフィール」


 それでもこの状況を許容できなくて彼女が本気で唸れば、サフィールはようやく自身を彼女のナカから抜き取った。やけにもったいぶってゆっくりゆっくり抜かれたのは堪らなかったが。
「っ…………」
 漏れそうになる声を抑えて、彼女はそれに耐える。ナカから完全に抜かれると、ずっと入れられていたせいか、リリアンヌの蜜口はぽかりと口を開けたまま外気の冷たさに震えた。
 ――――――――ロクなことになっていない。


「……ねぇ、アンヌ」
 ころりと身体を返されて、正面から抱き締め直される。甘えるみたいに肩口にぐりぐりと頭を擦り付けられる。疲労に動かない身体ではされるままに受け止めるしかなく。
 サフィールは改めて言った。


「アンヌ、好き。愛してる。アンヌは刷り込みだって言うけど、刷り込みだろうと何だろうと愛してるものは愛してる。アンヌにはオレが子どもに見えてるかもしれないけど、男として、アンヌを愛してるんだ」


 そうだ、これはまだ子ども。
 だけれど、あんなことをされて、あんなひたむきな眼差しを向けられて、今更もうただの子ども扱いなんてできない。


「アンヌ、アンヌは本当にオレがもう要らない?」


 そんなことを訊かれたくはなかった。


「違うなら、オレを傍に置いていてよ。今までみたいに一緒にいよう?」


 そんなことをしたら。
 そんなことをしたら、リリアンヌはきっとすごくすごく弱くなってしまう。
 それを察したから、サフィールを追い出さなければと思ったのだ。


 弱くなる訳にはいかない。魔女として、弱るようなことがあってはいけない。何かを持ってしまったら、それは弱みになる。切り捨てられなくなる。
 魔女とは厳しい生を生きる存在だから、攻撃の種にされるようなものを抱える訳にはいかないのだ。守りよりも、酷薄にあらゆるものを踏み付けにしていくことを優先できるようでなくてはならない。


「そのうちに本当に要らなくなったら、その時は捨てて良いよ。もし捨てられなくなっちゃったら、ちゃんと自分から消えてあげる」
 何だそれは。自分から消えてみせるなんて、そんなことされても。捨てられなくなってしまっているなら、その時点で心を捕えられている。一方的にいなくなられたら、心の一部も一緒に持って行かれて、やはり苦しむことになるだろう。


 ――――大事なものなんて、要らないのに。


 リリアンヌの葛藤を知ってか知らずか、従順な犬のようにサフィールは続ける。
「暫く顔が見たくないってなったら、その時は距離を置くよ。でもちゃんと待ってるから。ずっとずっと待ってるから。要るって思ったら、また呼んで。すぐにアンヌの元に駆け付ける。全部全部アンヌの望むままにするから。だからその心に嘘だけは吐かないで」


 魔女であることは、強く気高い魔女であることは、リリアンヌにとっての絶対事項。
 何にも屈服しない、誰にもそう簡単には負けはしない、巡りの魔女。それ以外の自分をリリアンヌは知らないし、“強く気高い魔女”でない自分は生きてなどいけないと、そう思うのに。


「自惚れなんかじゃないはずだ。リリアンヌ、今はまだ、オレのこと要らないなんて思ってないでしょう? 本当は傍にいても良いんでしょう? だけど今手放さないと、取り返しがつかなくなりそうで怖い。――――違う?」


 腹が立つ。
 所有物を自ら名乗るクセに、この男はあまりにこちらの心を見透かし指摘し、追い詰めて行く。


「アンヌ、オレも怖いよ。アンヌがいない人生なんて怖い。アンヌがいないとオレの中は空っぽだ。オレの望みはアンヌだけに向かってるから。だから、ねぇ、もっともっとアンヌだけでいっぱいにされてしまいたいんだよ」


 いつから。
 いつからこの拾い子はこんなにも自分に心を奪われ、そしてそれと同じだけ奪いたいと思うようになったのだろう。いつから、こんな一端の男みたいな顔をするようになったのだろう。
 いつから、そんなサフィールからリリアンヌは気付かないフリを決め込んで、目を逸らしていたのだろう。


「リリアンヌ、ごめんね。こんなに無理矢理にして。でも言って。本当に昨日言ったことが本心なら、今ここでもう一度“出て行け”って言って。それがリリアンヌの心からの望みなら、オレはそうする」
 セリフを吐くタイミングを間違えているのではないか。そういうことは本来、一線を超える前に言うべきではないのか。
 彼女は心の底からそう思った。
 やることやっておいて、今更言う台詞ではない。卑怯な。


 ――――――――要らない。サフィールなんて要らない。持ち物なんて何にも要らない。
 魔女の荷物は、己自身。それだけで良い。本当に、それだけで。


 だって。
 魔女は魔女なのだ。似たような見目をしているけれど、やはり人間とは完全に別の理で生きる、“魔女”という独特な生き物なのだ。同じでは、ないのだ。


 一緒を選べば、辛いことになるに決まっている。
 残されるのはいつだって魔女の側なのだから。


 魔女は一定のラインから、年を取らない。ラインが引かれる場所は魔女それぞれで、少女の姿で止まる者がいれば、四十の頃でようやく止まる者もいる。けれど一度止まると、ほとんどの場合あとはもうずっとそのままだ。
 彼女も二十三を数えた辺りで見目が一切変わらなくなった。以来、ずっと今の状態だ。


 でもサフィールは、この十二年で随分成長した。――――――――年を、取った。


 サフィールはリリアンヌが多分に血を分け与えたから、きっと普通の人間より長生きする。老化もきっと途中で緩やかになるだろう。


 けれど、きっと、絶対に。


 それでもサフィールはリリアンヌより早く逝くだろう。リリアンヌを置いて逝ってしまうだろう。――――――――そんな、こと。


 だから、嫌なのだ。“誰か”なんて欲しくないのだ。懐の内に、入れたくないのだ。


「アンヌ、怖いことは沢山あるよ。怖いことだらけだよ」
 なのにこの拾い子は既にすっかりリリアンヌの懐に潜り込んでしまっていた。リリアンヌが慌てて追い出そうとするくらいには、すっかり完璧に。
「でもきっと、失うばかりじゃないよ」
 追い詰められている。逃げられそうにない。――――――――逃げられないと、言うのならば。


 さて、それではサフィールを選んで、どんな未来を得ようか。


「オレの一途をナメないでいて? 大丈夫だよ。オレはちゃんと待てができる子だよ」


 きっと最後には胸を裂かれる思いをするけれど、けれどそれまでにどれだけのものを手に入れて見せようか。


「リリアンヌを追い越してしまうことがあっても、その先でちゃんと待ってる。ずっとずっとリリアンヌだけを待ってる」
 これだけ必死になられれば、折れてやらなくてはならないではないか。


「魔女と番おうなんて、お前、ロクなことにならないよ」
 リリアンヌは呆れたように、そう言った。
「オレはアンヌのものだから。だからアンヌがオレをきちんと傍に置いて所有してくれてさえいたら、もうそれ以上の贅沢は言わないよ。煮るなり焼くなり、どうぞご自由に」
 サフィールの返答は澱みなかった。
「…………本当に仕方のない」
 そのブレなさには恐れ入る。思わず苦笑が漏れる。
「拾っちゃったのは、アンヌだよ?」
 ケロリとサフィールはそうのたまった。
「……………………本当に、仕方のない」



 拾い物は、慎重にするべきだ。身を以って学ぶ。



 次に何か拾う時は、同じ轍を踏まないようにしなくては――――――――いや、リリアンヌの両腕はもうサフィールでいっぱいいっぱいだから、だからきっとこの先もう他に何かを拾うことはないだろう。拾える余裕はないだろう。


 ――――――――仕方がない。
 覚悟を決めて、ここはこの拾い物を愛してやらなければ。



「…………私の、サフィール」
 わざと大きな溜め息を吐いてみせながら、けれどそれとは裏腹に優しい手つきで、リリアンヌはサフィールの頭を抱き寄せた。




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