# 魔女集会で会いましょう ~拾い物は、慎重に~

東川カンナ

文字の大きさ
上 下
1 / 35

1.その熱を、まだ魔女は知らない

しおりを挟む





 こんなはずじゃなかった。
 こんなつもりじゃなかったのに。
 なのに……!










 ギシッとスプリングの軋む音。


 季節は秋。
 秋といえども冬の始まりも目前というこの時期は、森深くに建つこの家の中も外と同じく温度が下がる。寝室は、普段この時間は使っていないから暖房の類は入れておらず、ひやりとした空気に満たされているはずだった。
「はっ……!」
 なのに今、部屋の中には熱気が籠っている。
 リリアンヌの喉からは荒い呼気が漏れ、日の光を好まない白い肌には玉のような汗が浮かんでいる。頭は熱に浮かされたようにぼうっとしており、それとは別に外には吐き出しきれないもどかしさが身体中を巡って彼女を苛む。
 経験したことのない獰猛なまでのその熱量に、彼女は完全に弄ばれていた。


 魔性のものが住まう、空間の捻じれた惑いの森。
 その森の中でも異彩を放つ、“巡りの魔女”・リリアンヌ。


 ――――――――そう、魔女。


 誰からも敬遠され疎まれ恐れられる存在が、魔女だ。
 けれど人々は魔女を異端と弾きながらも、時にその絶大な力に擦り寄らざるを得ない。普段、目を伏せ避けて通りまるで気付かぬフリをしながらも、困ったことがあれば頭を垂れ助力を乞うこととなる。彼女らの機嫌を損ねないように、ヘマをして自分の方が呪われないように、慎重に慎重に、言葉と態度を選びながら。


 魔女とは、恐るべき存在なのである。


 その、魔女が。


「っぁ……」
 良いように弄ばれている。まるで抵抗などできずに、荒々しく盲目的な情熱に押さえ付けられている。
「アンヌ……」
 耳元で口付けるように囁かれた名前は、ぎょっとするほど甘く蕩けていた。頭の中で反響して、まるで何かの毒薬のように彼女の正気を蝕んでいく。
 いつも身に着けている黒衣は既に強引に引き裂かれ、ベッドの下で何の用もなさなくなっていた。服の代わりに男の肌がリリアンヌの肌に触れ、包み込む。


 熱い。
 彼女に触れる男の肌もまた汗ばんでいて、部屋の熱気を強めている。


 その昔、棒切れみたいにガリガリに痩せ細っていた身体は立派に筋肉の付いた精悍なものとなっており、掴めば簡単に折れてしまう小枝みたいだった腕は、リリアンヌの手首を抑え込みビクともしない。むしろ、今やリリアンヌの手首の方が小枝のように細く見えた。


 あの頃の、世界の全てから見放されたような、惨めで可哀想でボロボロの子どもは、もうどこにもいない。


 至近距離で目が合って、リリアンヌは怯んでしまった。
 黒い髪は、あの頃とは違う。リリアンヌの影響で、はしばみ色から彼女と同じ真っ黒な色へ変わってしまったから。
 でも、瞳の色は同じだった。どこまでも澄み渡る、深いサファイアの瞳。よく知っている、それこそ見飽きたくらいの瞳の色。


 でも、違う。
 同じ色のはずなのに、そこに宿る光は今まで一度も目にしたことのないものだった。
 溢れ出る情熱、陶酔の色、酔いそうなほどの色香。それらが複雑に混ざり合って、リリアンヌを捕えて離さない。


 ほんの子どもだと思っていたのに。いや、今でも自分と比べれば実際子どもでしかないのに、でもそこにいるのは確かに一人の男だった。欲情した、男。


 その男が噛み付くように、彼女の喉元に食らい付いた。
「ひっ」
 実際に歯は立てられない。けれど強く強く吸い付かれる。チリッとした痛みに身を強張らせると、横腹を下から上へと撫で上げられ、ぐにゅりと乳房を揉みしだかれた。
「やめ……」
 拒絶の声を上げると、それを咎めるように更に愛撫が激しくなる。
「やめろと、言ってるのが……!」
 それでも怒気を込めて口を開くと、反抗的なその手は頂きを摘み上げ捻ってみせた。
「――――っ!!」
 その刺激に腰が浮く。喉を突いて出かけた嬌声は、気力で抑え込んだ。あられもない声を上げるなど、リリアンヌの山より高い矜持が許さなかった。
「アンヌ、どうして我慢しちゃうの?」
 その、彼女の高い高い矜持をよく知っているはずの男が、白々しくそう訊ねてくる。
「リリアンヌ、ねぇ、その甘い声をオレにちょうだい?」
「ふざ、けるな……! 今ならまだ戯れと許してやる。良いからさっさとどけ……!」
「――――戯れ?」
 リリアンヌが呼吸の合間にそう叫ぶと、男の纏う空気が一変した。
「戯れな訳がないでしょ。アンヌに戯れなんかでこんなこと、できる訳がない」
 そんなことは彼女にだって分かっていた。
 だが、本気なら、なお性質が悪い。



 人がせっかく見逃してやると言っているのに……!



 怒りは、けれど正気を飛ばしかけている男の視線に射抜かれ、声にはならなかった。


「アンヌ、リリアンヌ、オレにはアンヌだけ。アンヌが拾ってくれたあの日から、オレにはアンヌしかいない」


 それはそうだ。
 こんな深い森の中。それも魔性のものがうようよいるような場所で、他に人間などいない。魔女同士は互いの縄張りが被らないように生きるものだから、本当にここにはリリアンヌとこの男しかいなかった。


 でも、それは“今まで”の話だ。
 これからは、違う。別に選ぼうと思えば、男は外の世界を選べる。他の人間をいくらでも選べる。リリアンヌは、それを許可していると言うのに。


「オレはアンヌのものだから。だからちゃんと、オレを所有していて?」
 それなのに何をとち狂ったのか、そんなふざけたセリフを吐いて男は深く深く彼女に口付けた。
「んんっ!」
 舌を絡め取られ、唾液を移され、自分のものと捏ね合わされ飲み込まされる。口腔を肉厚な舌に、もう蹂躙されていないところなどないと思えるほど縦横無尽に嬲られた。


 十二年前、森の片隅で気まぐれに拾った子ども。
 死にかけの、捨て子。


「アンヌ、アンヌ」
 拾ったのは、情が生まれたからではなかった。リリアンヌの興をほんの少し引き、そして魔性に対する贄にするのに役に立つかもしれないと、そう思わせたからだった。
 結局今日まで贄に出さなかったのは、特にそこまで切迫した事態が訪れなかったのと、小間使いとしてこき使うのになかなか便利だったというだけで。


 情など、別に湧いていない。況してや、愛など。


 魔女はそんなものを必要としない。
 魔女が必要とするのは、己自身それだけだ。それ以外の持ち物など、要らないのだ。


 なのに。


「アンヌ、オレの魔女。オレは全部全部アンヌのものだ。だから、余すことなく味わって?」



 ――――どうしてこんなことになっているのか、リリアンヌには本当に訳が分かっていなかった。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...