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第4話 みんななんにも分かってない

みんな分かってない【入籍編】 その10

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 お風呂から上がったら、見慣れたホームウェア姿の征哉さんがいた。でもやっぱりこの部屋からは浮いて見えて、なんとも言えない心地になる。
「やっぱりベッド、狭いんじゃないかなぁ」
 二人だとかなり窮屈なんじゃないだろうか。私は別に、構わないけれど。
「はみ出さない? 寒くない?」
 訊けば、
「湯たんぽがあるから大丈夫だ」
 と笑いながら言われる。もしかしなくても湯たんぽとは私のことだろう。
「窒息しそう」
「気を付ける」


 そういう雰囲気にならない方がいい、と思っていた。
 でも、ベッドに腰掛けるその人にちょっとでも触れてしまったら、あっけなく心は傾いた。


 指先が触れる腕は温かい。心の底の方にまでじんわりとその熱が伝わる。
 近距離で見つめ合うその目は、当然私だけを見ている。ちゃんと見てくれている。


「ん」
 軽く、唇が触れる。拒まれない。求められている。
「っ、ふ……」
 重ねるうちに、少しずつ少しずつ深度が増して行く。大きな手が背中を支えてくれる。それだけで肌が粟立つ。
 少しの刺激に心と身体がこんなにも反応するのは、そうか、久しぶりだからか。そうか、隙間が埋められる気がするからか。
 カラッカラに乾いた地面は、水をあっという間に吸い込む。吸い込んでしまうから、だからすぐに次が欲しくなる。
「あ」
 首筋を撫で上げられて、身体が震える。
 そうだ。湯たんぽにされるだけじゃ足りない。外側からぎゅっと抱きしめられるだけじゃ到底足りない。


 満たして欲しい。一分の隙もなく。
 全部全部埋めて欲しい。息もできなくなるくらい、全部。


「ゆ、きやさん」
 何もかもが狂おしい。誰に何を言われたって、私が例えおかしくたって、そんなのどうでもいい。後戻りできなくなってしまいたい。


 思考がおかしな方へ流れている自覚はあった。
 でも、その流れがあまりに激しくて、自分のことなのに自分で止められなくなっていた。


 征哉さんは丁寧に私を暴いていく。でもそのまさぐる手がゆっくりに思えて、まだるっこしい。
「ん、香凛……」
 焦れて、ソコに手を伸ばすと、布越しにしっかりとした反応が感じられた。私の手が触れたからか、更に硬度が増したように思う。


 反応、してくれてる。


「香凛?」
 いつかのように、こちらからズボンをずり下げる。
「おい……」
 恥ずかしいとか、前と違ってそんなことはちっとも思わなかった。多分、考える余裕がなかった。


「好き」


 好きなの。どうしようもなく、好き。
 姿を見せた征哉さんのそれは十分に反り上がっている。私に、欲情してくれている。


「好き」


 他の誰が何を言ったって、あなたが私を受け入れてくれてさえいたら、私はそれでもう十分なの。十分なの。


「パパ、好き」
 自分の下着をずり下げる。剥き出しの欲望に、同じように欲情してだらしなく蜜を滴らせた自分の入口を宛がう。
「んん……!」
 切っ先が触れただけの刺激に、自分の中の一番奥の奥の方がはしたなく疼いた。


「待て、香凛」
 やだ、待てない。


「準備がまだ」
 そう何もしていない。避妊具を付けていない。
 それは認識できていた。でも。


「いいよ」


 良い訳がない。


「香凛」
「別に、いいよ。ダメなの?」


 ダメに決まってる。こんなこと、しちゃダメだ。でも。


 どうしたらいいの、どうしたら認めてもらえるの。どうもしようがないの? そもそも、認めてもらうとかそんなのどうでもいいことなの? 私とパパが合意できてたらいい?
 だって本当の親子じゃない。血なんて繋がってない。倫理とか道徳とかそんなの知らない。少なくとも法律は私達二人を認めてくれる。なのになんで他の皆みたいに上手くいかないの。普通にできないの。祝福してもらえないの。なんでなんでなんで――――


「香凛!」
 くぷっとカリ首の辺り埋まったと思ったところだった。両の二の腕を掴まれて、ぐっと身体を持ち上げられる。
「あ……」
 そうしたら、あっけなく自分の内側から熱は抜けてしまった。
「香凛!」
 こちらを見る、その顔は厳しい。厳しくて、苦しげだ。
「香凛、落ち着け」
 喉が痛い。胸がおかしな音を立てている。
「焦る気持ちも、苦しいのも、寂しいだろうことも全部分かってる。分かってるけど、これはダメだ」
 誰とも知れない世間の人達が羨ましくて妬ましくて、でもそんなのただの逆恨みで、でも自分の内側は乾いていて渇いていて私も普通になりたくて堪らなくて。
「香凛、オレは香凛を大事にしたい。一筋縄じゃいかないからこそ、沢山我慢させて苦労をかけてきたし、これからもそういう部分は出てくるだろう」
 違う、我慢と苦労をしてきたのはパパなのだ。
「だからオレはその分、他のことは可能な限り香凛の望み通りにしたい。例えば式とか、今後の暮らしとか、家庭の築き方とか、そういうものは全部香凛の思うタイミングや内容に沿いたいと思ってる」
 なぁ香凛、と呼びかけられる。
「すんなり受け入れてもらえる関係じゃなかったかもしれない」
 でも、と彼は続けた。
「だからこそ順序は大切だし、それにそういうことを手段にしちゃダメだろ」
 そうだ、決して手段にしていいことじゃない。分かっているはずなのに。
 子どもは道具じゃない。そんなの人としてどうかしてる。
「こんな風にしなくても、大丈夫だ。こんな風に繋ぎ止めようとしなくても、絶対に手放したりしない」


 自分の短慮さに、身勝手さに反吐が出る。
 最低だ。本当に最低だ。人として最低だ。


「今更清算できる関係じゃないって、そう言ってるだろ」


 なんで。なんでこんなに。
 なんでこんなに自分は不十分なのだろう。


「ごめん、なさい」


 ちょっとだけ、背景が特殊かもしれないけど。
 でも、やましいことは何もない。
 これは普通の恋愛だと思っていた。そう思いたかった。
 でもやっぱり違うのだと、ここ最近立て続けにそれを突き付けられて、私はそのことに簡単に揺らいでしまった。覚悟の足りなさを教えられた気がした。


「ごめんなさい」


 生温い水が滴り落ちる。
 泣きたくなんかなかった。取り乱したくなんかなかった。
 私は大丈夫って、平気だよっていつだって言いたかった。反対されたって平気。それくらい想定してた。私は傷付いてなんかない。焦ってなんかない。だから心配しないで。大丈夫。大丈夫なんだよっていつだって示していたかった。


 でも、実際はちっとも上手くいかない。


 焦って、こんなことして、窘められて馬鹿みたいだ。
 情けなくて恥ずかしくて悲しくて不安で仕方がない。苦しくて苦しくてどうしようもない。消えてしまいたいくらい、自分の短慮さが辛い。


「ごめんなさい」
「香凛、謝るな」
「でも、でも」
 離したりしないって、清算なんかできない関係だって。
 そう言ってくれる。きっとそれは嘘じゃない。どんなことがあっても、私の心が離れない限り。



 だから、きっとこのままじゃ。



 選ばせてしまう。捨てさせてしまう。
 心苦しくて、でもそれでも自分を選んでほしくて、あまりに汚いエゴに絶望する。


 どうして私の中はいつも私のことばかりで埋まっているのだろう。
 自分の望みを押し通すことしか考えられないのだろう。




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