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第3.5話 間章

香凛はやっぱり全くなんにも分かってない【パパはとっても苦悩している】 その2

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「香凛?」
 その日風呂から上がると、さっきまでリビングの隅でデスクでパソコンを弄っていた香凛の姿はなくなっていた。
 既に寝室に引き上げたのかとあまり深く考えず、喉を潤そうと冷蔵庫の扉を開く。
 真っ先に目についたのはビールだったが、伸ばした手が触れたのは麦茶で満たされた瓶だった。


 悲しいかな、糖質やプリン体という言葉が気になる年齢ではある。
 ジム通いやバランスの取れた食事のおかげで、同年代と比べると随分と健康的であるという自負はあるが、気を抜くとどうなるか分からない。昇進と共にやはり帰宅時間は遅くなり、以前と比べるとジムに通う頻度も落ちている。代わりに付き合いの飲みは増えた。油断すると、いつ腹が出てくるか分からない。
 だらしない体型の中年のおっさんと並び立つなんて、香凛も嫌だろう。
 仮に香凛が嫌がらずとも、今まで以上に絵面が悪くなる。周りから見た時に、不快な誤解をされるかもしれない。そんなのあんまりだ。
 自分の見目を気にするのは、見栄と言うよりは、本当にただただ香凛が受けるかもしれない誤解や偏見が心配だからだ。


 寝る前に、天気だけでも確認するかな、とリビングに移動する。今ならニュースでやっているかもしれない。
 リモコンに手を伸ばしかけた、その時だった。
「ん?」
 キィ、と微かな音を立ててドアの開く音がした。
 寝室のドアではない。その左隣。首をほんの少し回せば、香凛の私室のドアが薄く空いていた。もちろん、ひとりでに開いた訳ではない。それではホラーだ。
 そうでは、なくて。
「香凛?」
 部屋の内から、そっと香凛が半分顔を覗かせる。だが何故か、それだけ。出て来ないし、何も言わない。
「何してるんだ?」
 問いかけると、
「あの」
 複雑な表情を作ってしばらくもごもごした後、腹を括ったように言った。


「――――びっくりしてもいいけど、引かないで」


「引く?」
 何に対してだろうか、という疑問は次の瞬間には解消された。


 開かれた扉、一歩出て来た香凛。露わになる、その姿。
 それは、先ほどまでのラフなルームウェアとは全く違っていて。


「っ!?」
 濃紺の地に白いラインで縁取られた特徴的な形の襟、白の身ごろ、赤いスカーフ。同じく濃紺のプリーツスカートは膝丈。そしてハイソックス。
 これでもかというほど王道の、典型的なセーラー服を着込んだ香凛が、そこにはいた。


 まさかこんなに早く実現されるとは思わなかったので、思わぬ刺激に目が痺れのようなものまで感じ出す。
 気持ちは分かるが、恥じらいながらしきりにスカートの裾を引っ張るはやめてほしい。
 諸々の感情の処理が追いつかない。


「な、なにか言ってよ」
 そう言われて慌てて言葉を取り出そうとはするが、この状況に適切な文言が出て来ず、
「その、一体どこで……」
 今訊かなくてもいいだろうということを口にしてしまっていた。
 素直に似合っていると言えば良かったものを。本当に似合っているのだから。
「最近は、割に何でも、売ってる」
 床に視線を落としながら、もごもごと香凛は答えた。
 ぺらぺらの化繊のものとは違う。安っぽさを感じさせない衣装。
「……変?」
 不安げに揺れる声。
「いや、そんなことは」
 学生の頃そのままの香凛だと思った。髪型も久々に見るツインテールだった。けれど痛々しさや幼稚さは全く感じない。
 最近は服装や化粧なんかで大人びた感じが多かったが、元々香凛は童顔なのだ。見せ方を変えれば、未成年と言っても誰もが信じるだろう。
 だが、その顔立ちを本人が気にしていることを知っているから、また“似合っている”とはっきり言い損ねる。
 けれど曖昧なこちらの物言いを、香凛は肯定的に捉えたようだった。


「ふふ、セーラーは初めてだけど、でも制服ってちょっと懐かしい気分になるね」


 そう、セーラー服姿なんて、初めて見た。香凛は中学も高校も制服はブレザーだったのだ。
 香凛が袖の裾をきゅっと握り込んで、自分の衣装を見下ろして、それから次はまっすぐこちらに顔を向ける。


「パパ?」


 久しくされていない呼び方。娘としての香凛。懐かしい感覚。
 けれどこの年頃の香凛は、既にオレへの気持ちを自覚し、それをひた隠しにしていた訳で。


「――――なんちゃって」


 それを思ったら、あまりに破壊力があり過ぎた。
 なけなしの理性が懸命に踏ん張ろうとするが、正直風前の灯だ。
 こんな光景を前にして、平気でいられる男が、果たして世の中に存在するのか?


「はぁあぁ……」
 堪え切れない感情を全て吐き出すように、肺の中を空っぽにする。胸が痛むくらい吐き出しても、それでもまだ身の内に籠る熱を追い出すには全然足りない。
「……やっぱりダメ?」
 けれどその溜め息は、何やら正反対の方向に解釈されてしまったらしい。
「イタかった? だよね、もうセーラーとか似合う歳じゃないよね。髪型も、あれだよね、いい歳してこれはないよね、分かる、ホントは自分でもそう思ってた」
 不安に揺らいだ焦った声が否定の言葉を捲し立てる。


 違う。そうじゃない。全く分かってない。
 ダメなところが一つもなくて、ダメなのだ。香凛がではなく、オレがダメなのだ。


「お、お披露目したし! 満足です! 着替えてく――――ひゃっ!?」
 くるりと背を向けた身体を後ろから抱き止める。このまま逃がせるはずがない。
「香凛」
 耳許で囁くように言う。
「似合ってる」
「っ……!」
 耳を掠めた吐息が拾い上げる微かな快感と、褒められたという喜び・気恥ずかしさに腕の中の身体が打ち震える。


「着替えるなんてもったいないこと言うなよ」
「でも」
「誰のための格好なんだ?」
 言ってて恥ずかしくなる問いかけではあったが、
「……征哉ゆきやさんの、ため」
 そう答えた香凛は観念したのか、腕の中で力を抜いた。


 オレのため。
 そうであるならば、存分に堪能させて頂かなければもったいない。
 恥ずかしさを耐えに耐えて、袖を通してくれたのだから。


「香凛」
 おとがいに手をかけて、顔だけこちらに向かせる。
「っふ」
 軽く食むようにすれば、合図を受け取った唇はそっと薄く開かれる。


 別に制服フェチという訳ではない。
 もちろんそそられるものがあるのは認めざるを得ないが、格好がどうこう以前に、自分のためにこうして一生懸命になってくれるその気持ちがこちらを煽る。


 最近、忙しさにかまけて、本当に色んなことが疎かになっていたのだ。
 家の中のことはもちろん、香凛のために時間を割くことはほとんどなかった。一緒に出掛けるようなこともなかったし、単純なスキンシップさえ取っていなかった。先日香凛から仕掛けられ身体を重ねたが、それも随分久方ぶりのことだったのだ。
 だが、ここしばらくの生活に香凛が不満を零したことはなかった。健康面を心配するような発言はあったが、それだけだ。


 昔からそうだ。甘えたに見えても、それは慎重に甘えるべき瞬間を見計らってしているのであって、香凛は本来とても慎重で忍耐の塊みたいな存在なのだ。
 負い目があるから、育ててもらっている身だから、自分を常にマイナスの要素として捉えているから、不満も要望もしつこく訊かなければ口にしない。何かを望むことは全てイコールわがままなのだと、そう思っているのではないかと思う。



 分かっている。本当は随分寂しい思いをさせていたのだ。
 だからこんな慣れないことまでして、オレを誘ってみせるのだ。



「んぁ」
 まるでコミュニケーションを取るように、忙しなく舌を絡めたり解いたり。押し入って頬の内をぐるりと探れば、逆に向こうがこちらの口腔に忍び込み、必死になって吸い上げる。


 上衣の裾から内側へ忍び込む。下着の上から胸のふくらみに触れる。手の平に収まる柔らかいふくらみ。
「あ、んっ……やぁ」
 恥じらいが零させる中身のない否定は、やけに甘い声色だった。
 こっそりと腿を擦り合わせたその動作に気付き反対の手を割り込ませれば、下着は既にしっとりと湿っていた。
「もう濡れてるな?」
「そんな、まだ」
「嘘は良くない」
 布を押しのけ、秘められた場所に直接指を忍ばせる。
「あぁ……っ」
 くちゅり、とあからさまな音が鳴って、指先がたっぷりと蜜を掬い上げる。
「ゆ、び……」
「指がどうした」
 刺激に震える身体を抱きかかえ直しながら秘裂の間をなぞってやると、香凛は恍惚と零した。
「気持ち、い」
「っ!」
 言われて、下腹に熱が集中する。馬鹿みたいにソコが昂ぶって来る。


 あまりに素直な発言だった。
 まだ存分に理性が残っている状態でそんなことを言うなんて、香凛にしては珍しい。
 いや、そう言いたくなるほど、オレが香凛をほったらかしにしていたと、そういうことか。


「あ、っふ、んんう!」
 不甲斐なさとただの欲情と愛しさがないまぜになって、身体を突き動かす。
 蜜を零す花弁を割りながら、官能を刺激するように何度も指を往復させる。存分に濡れたその指を花芽にまで伸ばしてぐりぐりと刺激してやれば、華奢な身体が跳ねた。
「あ、もう、それ……!」
 刺激に耐えかねた身体が傾ぐ。後ろから抱きすくめる形だったのだが、そうやって身体を折り曲げた香凛はダイニングテーブルに上半身をぺたりと預けた。
「っは」
 視覚の暴力だ、と思った。
 そんなつもりはないのに、背後から押さえ付けているような形になる。無理矢理しているみたいで、非常に宜しくない。
 けれど、今日はもう既に理性の箍が外れかけていた。
 ただこの甘い身体を貪りたい。寂しかったと決して言わない、けれど隙間だらけのこの身体に、注げるだけの熱を注ぎたい。
 誰が見ている訳でもないのだ。香凛がセーラー服を着ていようが、シチュエーションが無理矢理しているような形になっていようが、丸ごと全て頂いてしまえば良い。


「あっ……」
 柔らかな双丘に猛りを押し付ければ、ビクリと震えて、それから切なげな吐息が零れる。
 ちらり、こちらを振り仰いだ瞳は羞恥に潤みながらも、どこか期待の色を宿していた。
 熱を、快感を、惜しみない愛情を求めてやまない素直な視線。
 三年以上が経っても、香凛は未だオレにこんなにも心を傾けてみせる。飽きもせず、愛想も尽かさず、好きなのだとその甘く柔らかな心を差し出してみせるのだ。


 香凛がそうして惜しみなく好意を示し続けてくれることにオレがどれだけ内心ホッとしているか、きっとこの娘は全く気付いていないだろう。
 自分を抱くこの男が、本当は弱腰で情けない男だということにも、きっと気付いていない。


「んっ!」
 前を寛げて、柔らかな太ももに自身を捩じ込む。
「や、だ……」
 拒絶の言葉と一緒に香凛は羞恥に身を捩るが、そんなことをしても机に押さえ付けているこの状況では逃げ場などなく、更に強く挟み込むことになるだけだ。
「じゃあやめるか?」
 やめてと言われてもやめる気はないクセに、口だけの言葉が突いて出る。
「それもやだぁ」
 けれど熱の籠った身体を持て余している香凛に、嘘や本気を見分ける余裕は残っていない。


 あぁ、その甘い声が好きだ。
 もっとぐずぐずに溶けて、好きなだけ欲しいものを強請ってくれればいい。
 身体が感じたことをそのまま言葉にしてくれればいい。
 言葉にならない嬌声も、悩ましげな吐息も、全てが欲しい。


「わがままだな」
 耳許で囁いてから、自分は上半身を起こし、細い腰を左右から掴む。
 避妊具を取りに一旦身体を離すのも、それどころか下着をずり下ろすのすらその手間が惜しかった。
「うぅ、んぁっ、ふっ」
 直接に触れた方がお互い気持ち良いのかもしれない。だが、一度衝動に身を任せてしまえば止まることの方が難しい。
「や、だ……め、だめ、きもちぃ」
 荒々しく腰を打ち付ければ秘所のぬかるみは深さを増し、布地はどんどん重くなる。ぐちゃぐちゃと慎みのない音を盛大に鳴らす。
「あぁ、待っ、」
 ぶるぶると震える身体。香凛は必死に襲いかかる波に耐えようとする。
「や、もう……! ね、もう、イっちゃうぅ」
 何故、耐えようとするのか。
「イケよ、香凛。遠慮なんて要らないだろう?」


 いくらでも達すればいい。求められればきちんと応える用意はあるのだから。


 畳み掛けるように抜き差しする動きに激しさを加える。
 ナカに沈めるのとはまた違う快感が、こちらにも与えられる。柔らかな内ももはしっとりと蜜に濡れ、吸い付くような感じも覚える。
「香凛っ」
「あう、や、あぁ―――――っ!」
 机の上で香凛の身体がびくんびくんと跳ねる。まるで打ち上げられた魚のように。
「ん、ふぅ…………」
 脱力した身体は、けれどのろのろとほんの少し持ち上げられ、こちらを振り返った。
「香凛?」
 だるそうに、重そうに、腕が伸ばされる。
 求められている気がして、その腕を取って正面から抱き上げた。くたりとこちらに預けられる体重。
 甘えるように肩口に頬を擦り付けられる。


 そして、香凛は言った。
 とっておきの秘密を打ち明けるように、こちらの耳許で囁いた。



「……好き、大好き」



「――――っ!」
 本当にどうしよもない。
 オレをどうしてくれるつもりなのだ。
 達した直後にそんな甘い声でそんなことを耳許で囁くなんて、どこでそんな手管を身に付けてくるのだ。



 手加減が、できなくなるじゃないか。




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