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第3話 2人はやっぱり分かってない

2人は分かってない【香凛社会人編】 その13

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「そっちの荷物、大丈夫か」
 分厚いファイルの入った段ボールを持ち上げる。
 隣で同じように、だけど確実に私より沢山の荷物を抱えた永田先輩が、それでもこちらを気遣ってそう言ってくれる。
「だ、いじょうぶです」
「声がぷるぷるしてるぞ」
 大丈夫だと答えたのに、小さく笑われた。よいしょ、と荷物を抱え直して、負担の少ない持ち方を探す。
「こっちにいくつか乗せるか?」
「いえ、もうこの状態から動かすの、そっちの方が大変なんで。大丈夫です、抱え直したら安定しました」
「じゃあ行くぞ」
「はい」
 先輩を先頭にして、フロアを出て廊下を進む。目指すは保管庫だ。今回先輩のプレゼンのアシスタントについていたのだけど、その発表資料に使った過去資料を戻しに行くところなのだ。
「しんどくなったら言えよ~、荷物、降ろしていいからな」
「はい」
「無理して落としたり、自分が落ちたり、こんなんで労災になる方が大変だからな。オレの同期で、意中の相手に対してマッチョを装って無理した結果、階段で力尽きて腕を骨折したヤツがいる」
「ひえ」
 道すがら、気を紛らわす意味もあるのか、先輩が小話を披露してくれる。


 永田先輩は、一年目の頃から雪原先輩という女性の先輩と一緒に、私の面倒をよく見てくれた先輩だ。
 まだまだひよっ子な私のフォローを今もよくしてくれる。気さくで、話しやすい先輩。


「だけどそいつはそれを教訓に、マッチョを偽ったことを深く反省し、その後本当にマッチョになった。それ、人事の小畑なんだけど」
「え!」
 新人研修の時に、担当者として何度か当たったことがある。元からあぁいう体格の、ごりごりの体育会系の人なのかと思っていたのだけれど。
「すごいムキムキだろ」
「はい。スーツなんか、ぱんぱんですよね」
「ちなみにマッチョとモテは比例しないと、最近はそればっかり嘆いてる」
「ふふっ」
 確かに比例はしないだろう。体格の良い人が好きって人はいるし、好みの筋肉だったら他のことには目を瞑る! っていう人もいるかもしれないけれど、性格とか、お互いの常識とか価値観とか、細かい所作だったり、恋愛において気になることは他にも沢山ある。


「おっ、しまった」
「先輩?」
 辿り着いた保管庫の前で、先輩が声を上げる。
「社員証、ポケットに入れたままだった。手に持っておけば良かったな」
 保管庫には電子ロックが掛かっていて、社員証と暗証番号を押すことで開けることができる。私は首から社員証を下げいたけれど、当然両手が塞がったこの状態では一度荷物を降ろさなければならない。
 私が動くより先に、先輩が荷物を降ろすために屈む。
「ロックか?」
 けれど、そこに第三の声が割り込んだ。


 聞いた瞬間、身体に緊張が走る。


「あぁ、高山さん」
 それは例の高山さんの声だった。


 何でこんなところに、このタイミングで。


 そうは思うけれど、ここは別に特段人通りが少ない場所ではない。見渡せば廊下には幾人もの社員がいる。たまたまだ。


「開けておくよ」
 そう言って、彼は荷物を降ろそうとしていた先輩を制止して、自分の社員証を機械に翳した。読み込み音の後に、ピッピッと暗証番号を押す音が続く。
「すみません」
「いや、これくらい別に」
 私達は両手が塞がっているので、解除の後は扉も開けてくれた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
 先輩と一緒に軽く頭を下げながら、保管庫の内に足を踏み入れる。


 けれど。


「ご苦労さん」
「!」


 扉を潜るその瞬間、背中にぽんと触れられた。ぞわりと肌が粟立った。


 私は女性だ。親しくもない男性に、背中に触れられて何とも思わない訳がない。
 だって、触れた背中、衣服の下には下着があって。ブラのラインに当たっている。指が、離れる時に狙ったようにそこを滑った。


 バッと反射的に振り返ってしまったけれど、その時には既に相手はこちらに背を向けて歩き出していた。
 ゆっくりと閉まり行く鉄の扉が、その背中を私の視界から閉め出す。けれど、私の足裏には根っこが生えたみたいにその場から動けない。
 バタン! と扉が閉まっても、その向こうに続いているはずの景色を凝視してしまう。明日香が教えてくれた話が頭の中を駆け巡る。指先が、冷たい。冷たい冷たい冷たい。


「宮木?」
 先輩の呼びかける声が、そんな膠着状態を解いた。
 ぎこちない動きにならないように身体に言い聞かせながら、私は身体を反転させる。
「…………いえ、何でも」


 違うと思いたかった。私の気にし過ぎだって。
 でも、無理だ。これはもう、私の中ではアウトだ。
 気のせいだって、たまたまだって、意図はなかったんだって、そう思おうとしていた。思いたかった。でも、やっぱり変だ。それに嫌だと感じたものは嫌なのだ。向こうにそんなつもりがなかったとしても、アウト。


 そして、確信した。標的に、されている。




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