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第2話 香凛はなんにも分かってない

分かってない【パパ編】 その12

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 オレはこの十年、香凛のことを娘として扱ってきたつもりだし、正直そういう感覚は今も当然残っている。十歳の頃から守るべき対象として見てきたのは紛れもない事実なのだから。


 十年の月日は、重い。


 だから香凛を見て"大きくなったなぁ"とか"こういうことを言うようになったか"と、親目線で思うことは未だに多い。


 だが、香凛との関係性は今やはっきりと変わった。
 親の目線に、新たに男としての視線を向けることを許されている。
 自分の気持ちを抑えなくて良くなってからは、それまでとは全く違う意味で香凛が可愛くて可愛くて仕方がない。


 世の男共がよく今まで妙な真似をしなかったなと不思議に思うくらい、贔屓目を差し引いても香凛は男がぐらつく要素を持っていると思う。
 本人は十四でこちらへの恋心を自覚して以来、全く他の男には靡かなかったようなので付き合った経験は皆無のようだが、しかしよくよく訊いてみれば告白されたりなんかはいくらかあったらしい。


 そのどれもを跳ね除けて、香凛はこの腕に飛び込んで来た。


 強引な真似をする馬鹿がいなかったのと、一途に香凛がオレを想い続けてくれたからこそ、贅沢にもオレは今、香凛のあらゆる"はじめて"を堪能させてもらうことができている。


「それで、何味にするんだ」
 ガラスケースの前で促すと、まだ少しご機嫌斜めながらも香凛はぼそぼそ答える。
「…………クッキークリーム」
「シングルでいいのか」
「じゃあ、あとピスタチオ。カップがいい」
「済みません、カップのダブルでクッキークリームとピスタチオ、それからカップのシングルでモカコーヒーお願いします」


 何でもそれで済むとは思っていないが、少しの不機嫌なら甘いものが大体解決してくれる。
 思った通り、アイスが半分に減る頃には香凛の機嫌も大方直っていた。


「それで、他に買い物は?」
「あー、今日ここのモールのスーパー、キャベツ一玉ものすごく安いんだけど」
「お前、キャベツって……」


 靴とかカバンを想定していたのに、予想外の単語が飛び出て来た。


「でも一玉買って使い切れるかな」
 やりくり上手なのは美徳だが、これが一応デートの体を為していることを意識できているのだろうか。


 香凛と連れ立って出かけると、どうしてもどこか日常感が出てしまう。
 既に生活を共にしているから、何をしても非日常感というものが得られにくい。大抵のことは親子としてだが、一通り経験してしまっている。
 それに、どこに行きたいと訊いてみても、ランドやら人気のパンケーキ店やら何やら、そういう若者がデートスポットとして好みそうなところを、香凛はちっとも候補に挙げないのである。
 こうやって大型モールに買い物とか、精々映画とか美術館とか。良くて何か美味しいものが食べたいと言われて、ちょっと高級感のある店に連れて行くくらいである。


 どう考えても気を遣われている。


 オレが場違いだと居心地の悪さを感じるかもしれないところを、香凛は極力選ばない。それはさっきの試着するかどうかのやり取りからも明らかだ。
 恋人ができたらしてみたいと思っていたことを、色々と我慢させてるんじゃとよく思う。


「……欲しかったら買えばいい。冷凍ストックに回せばいいだろ」
 意識をキャベツの購入問題に引き戻して、そう言う。


 何故デート中に買おうかどうか迷うのが、キャベツなのだ。
 キャベツを買ってやっても全く格好がつかない。そもそもそれは普通に家計の財布から出る支出だ。


「今冷凍庫も結構ぱんぱんなんだもん」
 まぁ、香凛が危惧しているその理由は分かる。


 次の休みから、旅行に出かけるのだ。
 二泊三日の温泉旅行。


 冷蔵庫の食材を上手く使い切っておきたいのだろう。


 温泉旅行は、こっちで勝手に企画した。
 香凛は多分オレとのデート先にテーマパークなんて絶対に選ばないだろうし、それなら向こうが遠慮しないだろうチョイスで贅沢をしようという話である。
 二人で旅行に行くこと自体随分久しぶりで、提案したら香凛の方も二つ返事で飛びついた。


 まぁ、たまにはいいところを見せたいという、オレのしょうもない見栄も含まれているのだが。


「キャベツ尽くしの一週間にするか? レシピは色々あるだろ」
「ロールキャベツ」
「お好み焼き」
「キャベツと豚肉のミルフィーユ蒸し」
「とんかつのお供、キャベツの千切り。――――まぁまぁ使えるんじゃないか。味にバリエーションあるから飽きも来なさそうだし」
「うーん、じゃあ買っちゃおうかなぁ」


 多少所帯じみているというか家庭感が強く出ているが、香凛との関係は良好だ。


 それもそのはず。
 意識の切り替えが難しいという問題はあるが、何せスタート地点で既に同棲している状態なのである。
 長年こんな身近で暮らしていればお互いの駄目なところも見えていて、今更小さなことが一々気になったりなんかしない。気になっても、口に出して指摘ができる。気心が知れている。喧嘩になることなどほとんどなく、小さな口論はしてもすぐに収束する。
 例え大きく揉めることがあっても、仲直りする術を知っているのだ。


 安定感は、十分にあった。


 ただ、その安定感が物足りなさに繋がらないか、オレは密かに危惧している。
 そんな心配をしているなんて、隣で今週の献立をあれこれ考え込んでいる香凛は、きっと全然分かっていないのだろうが。




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