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42.英国紳士と甘い日々をこれからも
しおりを挟む便利な時代になったと思う。
ちょっとアプリを立ち上げれば、どれだけ遠く離れた海の向こうとでも繋がれる。顔を見て、言葉を交わすことができる。
「もしもし、エリオット?」
『リオ、聞こえてる?』
「聞こえてるよー」
莉緒は実家の自室でPCの画面に向かい小さく手を振る。少し遅れて、彼女の恋人も同じように手を振り返してくれた。
時差もあるのでこうして対面で連絡を取るのは週に二度程度。寂しいと感じることは確かにあるが、それでも莉緒とエリオットの二人は、上手く遠距離での交際を続けられている。
『そっちはもう春らしくなってきた?』
「うん、桜が今は見頃。冷え込む日もあるけど、随分過ごしやすくなったよ」
莉緒の帰国から二ヶ月半。
二人は遠距離ながらツールを駆使して、色んなことを話す。近況であったり、お互いが知らない過去の話であったり。
オンラインではあるが両親の紹介もできた。両親は今のところ、莉緒のグローバルな交際に関しては好意的だ。心配事はあるみたいだが、大きな反対はされていない。
『桜かぁ、綺麗なんだろうね』
「今度写真撮って送るよ」
会いたいという気持ちは募るばかりだが、その中に不安はほとんどなかった。遠距離故相手の気持ちや不貞を疑うなんてこともない。それはお互いにだ。
こうして顔を見て言葉を交わしていると、そういう心配が必要がないことがよく分かるから。
精々、エリオットが背後に映るベッドに横たわるウサギ型抱き枕に嫉妬するくらいのものである。
「あのね、今日は報告があるの」
『報告?」
画面の前、居住まいを正してから、莉緒は今日一日言いたくて言いたくて堪らなかった言葉を取り出した。
「私、仕事が決まったの。輸入食品を扱う会社。来月から出勤だから、あと半月? したら私も社会復帰だよ」
そう、この度遂に再就職先が決まったのである。
エリオットは一瞬目を瞠って、それからすぐに破顔した。
『そうなんだ! それはおめでとう。そうしたらリオも益々忙しくなるね。新しい職場って、まず馴染むところから始めないといけないし』
おめでとうの言葉には、本当にお祝いの気持ちがありありと込められている。
「エリオット」
でも、莉緒には分かるのだ。
彼はあまり不安を口にしない。
気になることがあっても、まずは飲み込んで自分で消化してしまおうとする人だから。
「輸入食品を扱う会社なの」
『ん? そう言ってたね、うん。具体的にどの国の、どんな食品を扱う会社?』
「紅茶とかお菓子とかだよ。最初のひと月は日本勤務なんだけど、その後は現地で仕事をすることになったの」
『……現地』
「うん」
なかなかチャレンジングな選択だったと思う。自分が海外勤務を視野に入れるだなんて、例えば一年前の莉緒には思いもつかないことだった。
『紅茶……茶葉? え、まさかインドとかスリランカとかだったりする?』
そこでまずその国名を思い浮かべるところが、エリオットらしいと言えばエリオットらしい。もっと先に思いつく国名があったはずなのに。
「ふふ、産地の方じゃないよ。ブランドから買い付けたり、それに合う現地のお茶菓子の販路を確保したり。支社がね、そっちにあるから」
『そっち』
オウム返しする彼には、どうもまだ届いてないらしい。
というより、信じられないのかもしれない。
「イギリスに」
『え……』
「イギリスに支社があるの」
莉緒がその国名を告げると、
『えっ!?』
向こうの画面が突然ブレた。直後ガタン! と大きな物音まで続き、どうやら椅子を倒したらしい。
『リオ……! え、嘘だ、えぇ、本当に? あぁ、どうしてオンラインなんだ、ここにリオがいないんだ、今すぐハグしたい気分なのに!』
エリオットと離れてみて、一人で一つ一つを改めて整理してみた。
自分の気持ちがどこにあるのか。自分にできそうなことは何か。
手放せないもの、こだわりたいこと、逆に執着のないもの。
会えない寂しさと、遠く離れていても少しも変わらない気持ちと。
「再来月にはそっちに行くね。今から準備に大忙しなの。まずは住むところを探さなきゃ」
自分の希望と合致した再就職先が見つかったのは、本当に幸運なことだったと思う。
『住むところなんてそんな、探す必要なんてないだろう?』
不安はあるけれど、その不安を一緒に抱えてくれる人がいる。それを確信できたから、この選択肢を決断するに至った。
離れていても、莉緒にとってエリオットはいつでも心強い存在だったから。
ちっともそれが揺らがなかったから。
『待って、リオ、今すごく浮かれてて、すごく自分に良いように解釈してるんだけど』
「してよ」
してほしくて、莉緒はこの選択をしたのだ。
「エリオットの一番幸せな解釈をして」
『リオ……』
「大丈夫、それ、絶対に外れてないから」
二ヶ月後、彼の傍にいる自分を莉緒は思い浮かべる。それだけで頬が緩むのをもう止められないのだから、彼は本当にすっかり自分の心を奪ってしまったのだなと思い知る。
莉緒は自分と同じようにすっかり緩んだ顔を見せる彼に、告げた。
「エリオットの幸せな解釈はね、イコール私の幸せになるの。知ってたでしょ?」
《了》
参考文献
増補改訂 イギリス菓子図鑑 お菓子の由来と作り方 羽根則子/誠文堂新光社
イギリスの家庭料理 砂古玉緒/世界文化社
イギリスのお菓子と暮らし 北野佐久子/二見書房
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