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【番外編】美貌の騎士とガチムチ騎士の犬も食わない系の話とかこっちは必要としてないんですけど、アイツら何故かオレに声をかけてくる件について
【番外編】その1
しおりを挟む「サス、折り入って相談がある」
「断る」
あぁ、怪しいと思った。
「なんで! しかも即答すぎない!?」
朝、出勤するなりこそっと近寄って来て、今日飲みにいかないか? なんてシオンが言い出した瞬間から、何かしら面倒なことになるって分かっていた。
「オレには荷が重い」
「いや、こっちはまだ何も相談してないんですけど?」
お綺麗な顔に不満の色を乗せたシオンを横目に、オレはつまみのチーズを口に放り込む。うん、このチーズ、塩気が絶妙だな。出してもらったワインにもすごく合う。美味しい。
「シオン、こっちの食ってみろ、すごく美味い」
「それは頂くけど。なぁ、もしかしてこのまま流そうとしてる?」
「流す? 何を?」
もちろん流そうとしている。だって相談の中身なんて、折り入られなくても大体想像がつく。
「あ、すみません、このほほ肉のワイン煮込み、追加でお願いします」
「ほほ肉のワイン煮込みですね、かしこまりました」
本日、シオン・ウィストンと訪れたのはワインのラインナップが豊富な店。
二人きりでの飲みというのは、シオンが結婚してからは初めてだ。
コイツの激重独占欲旦那は、珍しいことに出張である。迎えた養子の息子はシオンの実家へ泊りらしく、久々に一人きりの夜とのこと。
妹たちにもみくちゃにされていないか心配だと言いながらも、もみくちゃにされるくらい可愛がられる経験も必要だと思う、色々ある子だけど決して人嫌いな訳じゃないからとこの店に来るまで色々と言っていた。慣れないことだらけと言いつつ、実際そうなんだろうけど、でもシオンも養父としてあれこれ考えているのだろう。
「あのな、サス」
さて、その自由時間を得ているシオンだが、オレの拒絶もどこ吹く風、聞かせてしまえばこっちのものと言わんばかりに話し出す。
「お前も見た目に反して大概図太いよな」
「見た目がコレだから、図太くなきゃやってられなかったんだよ」
「なるほど」
確かにそうかも、と思った。
シオンは見た目に反してガッツがある。しぶとい。やられたら、ちゃんとやり返す。そういう気概がある。そういうものがなければ、とっくにどこかで心が折れて病んでいたかもしれない。
「とにかくだな、オレがサスに相談したいことって言うのはアレクのことで」
「それ以外何があるって言うんだ」
まぁオレも律儀にお誘いに応じてしまった時点で、半ば諦めていたのである。何か面倒なことをきっと言い出すぞ、と。でもきっと、それを聞いてしまうんだろうなと。
アレクほどのポジションにはいないが、これでもシオンとはそれなりに信頼関係のある友人の自覚はあるのだ。
さて、どんな犬も食わない系の相談をされるのだろうか。
「あのな、サス」
友人のよしみで聞くくらいならする、とは思ったオレだったが。
「何かアレクをぎゃふん! と言わせる考えをくれ」
「…………」
何だって?
と思わずオレはシオンの顔を見返した。
至極真剣な顔で、シオンはオレからアドバイスをもらおうと全力待機している。いや、そんな期待に満ちた目で見られましても。
「ぎゃふん」
「うん、そう、ぎゃふん」
何と言うか、抽象的だ。
“ぎゃふん”ってつまり、どういうこと?
どうしてまたそんな話に?
「えーっと、ごめん、流れがちょっと見えないかも?」
「え、あ、そうだよな」
シオンはグラスのステムの部分をいじいじしながら、オレとは目を合わせずに説明を始めた。
「うーん、何と言うかその、こう、いつもオレってアレクにしてやられてばかりじゃん」
いや知らんがな、という話である。
「主導権がないというか、いや、こっちばっかり言い包められてるというか、身を切っているというか、恥ずかしい思いをしてるというか!」
が、気付く。
待て、これ本当に犬も食わない系の話では。
「不平等とは思わないか?」
いや、知らんがな。
オレは再び心の中で繰り返す。
「仕返ししたい!」
シオンはもちろんオレの心のツッコミになど気付くはずもなく、力強くそう主張してはぐびーっとグラスの中身を煽った。
「たまにはアレクも身を切るべきだ!」
「なるほど、そういう“ぎゃふん”ね……」
「そう!」
主導権、言い包められる、身を切る、恥ずかしい。これだけ揃っていれば誰でも察する。要するに夜のお話だろう。
いや、同僚のそういうの、知りたくないんですけど。知りたくないけど、まぁ想像はつく。
シオンはこれで交際経験は少なさそうなのでピュアなところがあるだろうだし、情に脆く割にチョロいところもあるので、気が付けば相手の要求を呑むハメになっているのだろう。
一方でアレク。
うん、アイツ、どう見てもむっつりだしな。押しも強いし、しぶとい、しつこい。下手に空気が読めるので、アプローチを変えたり一旦引く素振りを見せたりして、最終自分の意見を通してそうではある。
「そこでお前にお知恵を拝借」
が、そう言われても困るのである。
「何でオレから知恵が拝借できるという結論に? 全然お力になれそうにないんだが?」
というか、アドバイスしたくない。アドバイスする過程で色々二人のことを知ってしまいそうで嫌だ。
例えば“こうしたら?”と何か提案して、それはもう試したとか言われたら、二人がそれを経験済みだと知ってしまう。
知りたくない。繰り返すが、別に知りたくないのである。
「だってサス、恋人と長いから、色々経験してそうだし」
「いやぁ……」
確かにオレにはもうずっと続いている恋人がいる。手放す気なんて欠片もないから、そりゃまぁマンネリ回避のためにも色々と工夫を凝らすことはある。良好な関係を継続するための努力は必要不可欠。
シオン、コイツ結構いい目の付け所してるな。
オレに声を掛けたというのは間違いでなかったかもしれない。
いや、背後に控えてる旦那が怖いから、オレはお前にあんまり余計なことを言いたくないんだけどな?
「……お前がするなら何でも喜ぶんじゃね?」
返答に困って、適当にそう言う。いや、適当と言いつつ、間違ってはいないはず。アイツはシオンが何を仕掛けて来ても大体全部喜ぶだろう。
が、もちろんシオンはそんな適当で中身のない返事では満足しなかった。
「もうちょっと! 真剣に考えて! あと喜ばせたいんじゃない、ぎゃふんと言わせたいんだよ」
「そうは言われましても……」
アレクをぎゃふんと言わせる妙案など、オレにも特にない。
シオンはワイングラスの残りを煽りながら、ぼそりと言った。
「こういうこと相談できるヤツ、ほぼいないんだよ」
「いや、オレだってされても困るけど。専門外だぞ」
ボトルを差し向けると、ありがとと空になったグラスを差し出される。
「これでも恥を忍んで訊いてるんだ……お前が何か困った時尽力するからさぁ」
何かあった時に尽力すると言うが、こんな犬も食わない系の相談の対価にするのはどうなんだとも思う。割に合わなくないか。
が、仕方がないなぁと、赤い液体を注ぎながらオレは渋々口を開いた。
「……単純に、やられたこと、させられたことをアレクにも強要すればいいんじゃ? お前が戦略的に上目遣いキメつつおねだりしまくれば、そのうち陥落するだろ」
「そうかぁ?」
「お前がアレクに弱いのと同じように、アイツだってお前に弱いよ。戦略的にいけばどうとでもなるだろ」
「うーん、なるほど?」
が、すぐにシオンはでも、と顔を曇らせた。
「し返すって言っても、そもそもアレクには向かないものも多いというか……」
普段一体何をさせられてる訳だ?
いや、想像したくないけど。したくないですけども。
「まぁ単純にし返すなら」
体格差の不利はあるかもしれないなと思いつつ、周囲に聞こえないようにオレはシオンを手招いてその耳にこそっと囁いた。
「焦らして寸止め繰り返すとか。向こうが懇願してくるレベルになるまで」
「な、なるほど」
まぁその後返り討ちに遭うだろうけど、という続きの言葉は飲み込んだ。
だって仕方がない。アレク相手にシオンが一方的に勝ちを上げるには無理がある。
「お待たせしました、カモ肉のワイン煮込みです」
「ありがとうございます」
「わ、美味しそ」
そこへウェイターが注文していた品を運んで来た。
こっくりとしたソースを纏った、僅かに赤みの残る肉。匂いにもそそられ、じゅるりと口の中に唾液が分泌される。
「こちら、デザートの季節のフルーツパルフェです」
と、別のウェイターの声が耳についた。近くのテーブルの注文らしい。見目麗しい一品が運ばれて行くのが目の端に映る。
「シオン、ちょっと耳貸せ」
少し思いついたことがあったので、鴨肉を味わう前にオレはもう一度ちょいちょいとシオンを手招いた。
「……!」
耳打ちすると、シオンは顔を赤らめつつも熱心に聞き入ってくる。
「ま、あくまで一例ということで」
「いえ、大変参考になりました。……ところで、あの、サス」
「ん?」
あぁ、友人に相談されたからってオレは何を言ってるんだろうと羞恥と後悔を感じていたら、これを勧めてくれたってことは……とシオンが少し躊躇いがちにこちらを見た。そして、一言問うてくる。
「……嗜んでいらっしゃる?」
「――――シオン」
なんだそのドキドキを押し殺した視線は。
オレは無理ににっこりと笑みながら、圧を込めた声を発してやった。
「お前が何か知恵を授けてほしいって言うから提案してやってるんだろ……!」
「そ、その通りです! その通り! 余計な詮索は控えます……!」
オレの実情はどうでもいいのである。いいったらいいのである。
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