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【第四話】意中の騎士と遂に!ご成婚まで漕ぎつけたのでいちゃ甘初夜を心待ちにしていたら、式の最中に泥棒猫呼ばわりされた件について

【第四話】その8

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 真面目で誠実な人だと、内面を見てくれる人なのだと、最初にそう思ったのだ。


 出会ったのは全ての市民に開かれた城下の王立図書館。
 通い始めた理由はただの時間潰しだったが、いつの間にか習慣になっていた。特別申請を経て入るような閉架や人通りの少ないエリアは避けるようにしていたが、場所を選べばそれなりに平穏に過ごせる。
 それにどうせ時間を潰すなら、身になる潰し方がいい。
 本を読むのはそれほど得意ではなかったが、数をこなすうちに少しずつ苦手意識がなくなっていったのは嬉しい誤算だった。


 その頃のオレは、分かりやすくやさぐれていた。
 何もかもに嫌気が差していたし、憤っていた。


 オレにまともに接してくれるのは、下心なく優しさを向けてくれるのは、家族だけ。心安らげる場所は家族の傍だけで、だけれど散々迷惑をかけているのに大切にしてもらうことに申し訳なさが勝ってきて家にも居づらくなるという始末。


 十五歳、多感なお年頃というやつだ。
 誘拐も、変質者も、おかしな商売に利用されそうになるのも、腹は立つけどもう慣れっこだった。
 だが、この頃になると“恋愛”というものがオレの人生を危うくしていた。
 求愛、つきまとい、実際は存在していない交際虚言
 今までにもなかった訳ではないが、その比率はぐっと上がった。
 同年代は皆、色恋を自分事として捉えるようになったからだ。


「最近はクラヴィス家のご令嬢の婚約者を寝取ったんだっけ……」
 三日前にはそんな言いがかりをつけられ、公衆の面前で糾弾された。
 言いがかりだ。
 そもそもオレはそのご令嬢の婚約者の顔すら知らない。
「うんざりだ……」


“どうして無視するの”
“ずっと一緒って言ったよね”
“君のことを誰より愛してる”
“オレの恋人になることの何がそんなに不満なんだ?”


 向けられた身勝手な言葉が頭の中でこだまする。


 自宅に訳の分からない贈り物をされることもある。今はもう滅多に手元に届くことはないが、使用人がこっそりとそれを片付けていることは知っていた。
 夜中、両親が頭を抱えて“どうしたら安全な環境をあの子に与えられるか”と悩んでいることも知っている。


「こんな顔じゃなかったら……」
 面の皮一枚で人生に困難が満ちている。人に迷惑をかけまくって生きている。
 否定はしたくないと思っていた。オレは悪くないし、この顔自体が悪いのでもない。
 そういうことを言えば両親が気に病むのも分かっていた。
「でも」
 書架の合間、窓ガラスに映る自分の顔を眺める。


 憎たらしいくらいに整っている。
 自慢じゃない。ただの事実だ。どうしようもない事実。


「いっそ」


 いっそこの顔に傷のひとつでも入ってしまえば。


 そんなどうしようもない考えが過る。
 でもそれで波が引くように皆がオレから離れて行けば、オレはその事実にまた傷付くのだろう、と思った。
 勝手に寄ってたかってきていたクセに、顔が傷ものになれば価値がないのだと分かりやすく見せつけられたら。
 それしか見るべきところはないのかよ、ときっと思う。
 顔がなければオレという人間に価値はないのかと。 
 どうして一方的にそんな風に値踏みされて、望んでもないのに心を荒らされないといけないのだと。


「でも、傷をつけるなんて結局現実的じゃない。誰も幸せにならない」


 できるだけ人と関わり合いにならない。
 対処療法だが、それだけができることだ。


 言い聞かせて、窓から目を背けた時だった。
「おっと」
「えっ」
 振り向きざまに人とぶつかりそうになる。
 そんな傍にまで誰かが接近していることに全く気付かなかった。
 警戒の色を濃くして確認すれば、相手は自分より背の高い青年。
「すまない」
 少しクセのある柔らかな黒髪の向こうで、薄緑の瞳が柔和な笑みを宿した。
「そこの本を取ろうとして、思ったより迫ってしまったみたいだ」
 指し示されたのは自分の頭より二段ほど上の書棚。オレでは少し厳しいが、彼なら余裕で届く高さだ。
「っ、すみません」
「いや、こちらこそ。ちゃんと声を掛けておけば良かった」
 お互いに謝りあって、軽く会釈をした後にオレからその場を離れた。


 最初はそれだけ。本当にそれだけ。
 それが、セルゲイ・ゲイツとオレの出会いだった。





◆◆◆





 それからもセルゲイとは時折図書館内ですれ違うことがあった。
 オレは常に警戒モード全開だったので決して自分から近寄るようなことはしなかったし、その姿を見かければ気付かれる前に書架と書架の間に逃げ込むことも多かった。自意識過剰な反応に思われるだろうが、会釈一つ命取りになることはある。


 相手を勘違いさせてはいけない。
 気があると思わせてはいけない。
 誘惑してはいけない。
 隙を、見せては。


 外を生きるのには制約が多かった。それなのに完全に引きこもるようなことをしなかったのは、一重にオレがとんでもなく負けず嫌いな性格だったからだと思う。


 オレは悪くない。
 普通だし、まともだし、皆と何ら変わらない。
 皆と同じように生活する自由や権利がある。
 意固地になって呪いのようにそう言い聞かせていた時期があった。


 それでも向こうも図書館に通い詰めているのか、どうしても鉢合わせることはある。
 どうしようもない時は、素っ気なく会釈は返した。
 同じように彼もそれ以上には何も示してこなかった。


 最近トラブル続きだったから過敏になっていたかも、別に人類が皆自分に気を取られる訳ではないし、そんな風には思い上がっていない。普通の、きっと普通の人だ。
 そのうち、そう思うようになった。
 初めての邂逅から半年ほど経った頃には、談笑するくらいにはなってしまっていた。
 何がきっかけだったのかは、もうよく覚えていない。


“セルゲイは何でこんなに図書館に通ってるの?”
“ここにしかない資料があるんだよ。持ち出し不可のものも多いから”


 セルゲイは三つ年上で、王立大学で植物学を専攻しているのだと言った。腕に抱えている重そうな本は、確かにいつもその分野のものだった。
 どちらかというとインドアタイプの見た目ではあったが、フィールドワークにもよく行くと言っていたので、それなりに筋力はついているようだった。山中で夜を明かすこともある、危険もあるけど美しいものにも出会えるからと笑って話した。


 ある日、図書館の中で別の利用者に絡まれたことがあった。
 オレが自力であしらったところで、遠くから騒ぎに気が付いたセルゲイが慌てて駆け寄って来た。
 心配してくれたセルゲイに、その時オレは訊いたのだ。


“オレのこの顔、どう思う”
“どうって……綺麗だなと思うよ。本当に綺麗だ、誰よりも”


 セルゲイの感想は他の人間と変わりがなくて、でもそれは単に事実なのだろうなとも思った。
 だけど顔がいくらきれいでも。
 別に中身は特筆すべきところもない平々凡々なものだし、聖人君子でも天使でもないのにな、と思う。
 だから。


“でもまぁその綺麗だ、美しいっていうのはシオンを構成する一要素であって、全部じゃないし”


 続けてそう言われて、オレは多分その時に心を許してしまったのだと思う。


 セルゲイはオレが訊いたから答えはしたが、そっちからオレの見てくれに対して何を言うこともなかったし、フィールドワークに一緒に行ってみないかと誘われて断ってもそれをすっと受け入れてくれた。オレが警戒して図書館以外では会おうとしないのを理解して、それ以降どこかへ行こうと誘いをかけて来ることはなかった。


 踏み込まれすぎない安心感がそこにはあった。
 会う場所は図書館だけだったけど、親密にはなっていった。


“シオン、ごめん、こういうことを言われるのは嫌かもしれないけど。シオンのことが好きなんだ”


 だからさらに半年後、セルゲイからそう言われた時、即刻一刀両断するようなことにはならなかった。受け止めて、考える余地があるとさえ思った。
 それはオレにとってはとてもとても珍しいことで。


 申し込みに、是と返したのは告白されてから一か月も経った後。
 遅すぎる返事にも関わらず嬉しそうな顔を向けられて、少しホッとしたのを覚えている。きっと大丈夫だと、そう思ったのだ。


 好き、とは少し違ったかもしれないと、後になってからは思う。


 ただ、この人はいい人なのだ。間違いなくいい人なのだ。
 オレを見た目で判断していないし、オレをおかしな方向に扱かったりしないし、ただただ普通に接してくれる。そういう特別な人なんだと思った。


 ――――まぁ、とんだ大間違いだったのだが。





◆◆◆





 交際期間は三ヶ月に満たなかった。
 最初のひと月くらいはまぁ普通だったと思う。今までの友人付き合いの延長線上にあるような日々を過ごした。


 少し引っかかりを覚えたのは二ヶ月を過ぎた頃。
 オレのやることなすことを何もかも心配するようになった。
 どこに行くのにもついて来たがるし、それができなければこちらの予定を完璧に把握したがる。
 オレは他人との不用意な接触は避けていたが、どうしたって全くのゼロにはならない。
 例えば図書館で司書さんと、喫茶店で店員さんと、通りすがり道を譲ってくれた相手に会釈を。
 それくらいは当然生活していれば発生する。
 でもセルゲイはそう言ったものにも目くじらを立て出した。


 心配している、と本人は言っていたか。
 そう、心配している。オレを。
 だからオレに対してどうこう言うのではない。


“いやらしい目でシオンを見ていた”
“必要もないのに秋波を送ったりして”
“あんな風に声をかけるなんて失礼だ”


 落ち着いた方がいい、ちょっと変だよ、と言うとその場では謝る。でも、同じことはすぐ起こる。
 これはちょっとまずいかもしれない。一度きちんと話し合いの場を持つべきだ。
 そう思った矢先だった。


 珍しい蒐集本が手に入ったからウチに見に来ないか、と誘われた。
 家ならば他者が割り込む余地がない。セルゲイも落ち着いていられるのでは、しっかり話ができるのではと思った。


 大馬鹿者である。もうめっちゃくちゃに阿呆の思考だ。
 本当に当時の自分の甘ちゃんな判断が信じられない。
 あれだけおかしいなと相手に不安になるようなところがあったのに、その先にどんな危うい可能性があるのか分からない訳でもないのに、なのにそんな迂闊な判断をして。


“いらっしゃい、シオン”


 家でオレを出迎えたセルゲイは穏やかな笑顔を浮かべていた。
 そのことにホッとした。
 手に入れたという本を見せてもらい、紅茶片手に談笑を交わして。
 何もない、平穏な時間にさらに安堵したのを覚えている。
 馬鹿。もう本当に馬鹿。


 そしてホッとしたのと引き換えに、オレはここで一旦意識を手放すことになる。



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