上 下
41 / 54
【第四話】意中の騎士と遂に!ご成婚まで漕ぎつけたのでいちゃ甘初夜を心待ちにしていたら、式の最中に泥棒猫呼ばわりされた件について

【第四話】その6

しおりを挟む



 少し乱暴なスピードで、馬車は街中を駆けていく。
 エレノア嬢と二人の車内。さぁどうしたものかと思案する。


 オレはエレノア嬢と向かい合うようにして席に着いていた。
 そう、向かい合うようにして。
 ナイフは首筋から離れ、ぎっちり握り込まれた令嬢の手の中で小刻みに震えている。


「エレノア嬢」


 石畳を転がる車輪の音はうるさい。その合間を狙うようにして、声を掛ける。


「もう大丈夫です」


 俯いていたエレノア嬢の顔が弾かれたように上げられた。悲痛な色がそこには浮かんでいる。


「……っ、ルブラン騎士」
「大丈夫」

 オレが繰り返すと、彼女の表情は不安に突き崩され歪んだ。


「ごめんなさいごめんなさいっ」
 堰を切ったようにその唇からとめどなく零れ落ちたのは謝罪の言葉で。
「ごめんなさい、一生で一番の、大切で特別な日を」
「エレノア嬢、大丈夫」
「こんな台無しにするようなこと……!」
 少し躊躇はあったが、その肩に触れる。一定の、ゆったりしたリズムを心がけて、ぽんぽんと叩くのを繰り返す。
 そしてそっと握っていたナイフをその手から引き抜いた。
「大丈夫、最初はびっくりしたけど、ちゃんと分かってます」


  そう、最初こそ虚を突かれ驚いたし、反射でアレクを見返しもしたが、何から何にまで整合性のない展開だったので、途中からはこれがそのままの形で受け取るべき事態ではないと分かっていた。


「でもっ」
「落ち着いて。オレは分かっていてついて来ました。謝罪は要らないです。式なんて後で続きからすればいいんですから」


 そう、確かにオレは丸腰だったし、首筋に当てられた刃物だって危険は危険だった。
 でも、業物の扱いに慣れていない非力なご令嬢と現役騎士である。そもそも人質に取られるような相手ではない。
 エレノア嬢がこちらに向かって来るまでにだって取り押さえるタイミングはあったし、こちらに刃物を突き付けている状態でも形成を逆転する方法はあった。
 すぐ傍にいたアレクだって、突ける隙はいくらでもあったはずだ。あんなに近距離にいたのだ。
 エレノア嬢は全方位に注意を払わないといけないのに対し、こちらは彼女さえどうにかすればいいだけ。


 でも、そうしなかった。
 そうすべきではないと、直感したから。


「いいですか、貴女はただ是と言えば、それでいいんです」


 オレの首筋に刃物を突き付けた彼女の手はずっと震えていた。
 制御できない殺意があったからではない。殺意の有無などあれだけ密着した状態なら手に取るように分かる。大それたことをして、緊張していたからでもない。
 恐怖していたからだ。


 揺れる馬車の中で、オレは彼女の顔を覗き込むようにして問いを一つ。


「騎士の助けが必要ですね?」
「…………っ」



 彼女はまた泣きそうに顔を歪めてから、


「必要と、しています。助けてください」


 絞り出すようにそう懇願した。


「分かりました。騎士として、あなたをお助け致します。ではこれ以降、謝罪は必要ありません。何があったのか、教えてください」


 彼女はアレクを好いてなんかいない。
 オレを泥棒猫だなんて思っていない。
 式場に乗り込んで来る理由など、一つも持っていないはずなのだ。――――本来は。


 けれど彼女は実際乗り込んで来た。式を滅茶苦茶にして、オレを人質みたいにして連れ出した。
 そうしなければならない状況に追い込まれた・・・・・・


「ミアに、ミアに何かあったら!」
 まず最初に彼女はそう悲痛な声を上げた。
「ミアさんと言うのは?」
「わ、私の恋人です」
「ミアさんがどうされました。人質にでも取られましたか?」
 問いかけると、何度も頷く。


 あぁ、やっぱり。彼女は大切なものを盾にされて、こんなことをするしかなくなったのだ。
 色恋沙汰どうこうで乗り込んで来た訳ではない。


「あの子と街中を並んで歩いている時に、男二人組に路地裏に引っ張り込まれました。その男たちがミアを人質に取って、刃物を突き付けて」
「男たちは知っている相手でしたか」
「一人は知らない男でしたが、もう一人はそれなりに知った人間です。ウチの屋敷で雇用していましたが、家の金銭を着服していることが発覚しクビになりました。父はその男を訴えると言っていたのですが、その前に男の方が行方をくらましてしまって。今日までどこで何をしているのか分からない状態でした」


 なるほど、シュライフ家に対する怨恨がある男の犯行らしい。


「……馭者ぎょしゃの男は仲間ですか」
 こちらの問いかけに、エレノア嬢は頷いた。
「そうです。でも、お金で雇われただけの者のようです」
 小窓からそっと馭者の様子を確認する。荒い運転は通行人を撥ねやしないかとひやひやさせられるが、スピードを出すことに集中しているからかこちらを特別気にする様子は見えない。
 馬車が道行く音は随分うるさいし、こちらも声を極力潜めているので、このまま会話を続けても問題はないだろうと判断する。
「あの男、クレイグと言いますが、クレイグはウチの家を逆恨みしています。着服が発覚した時に皆の前でそれが明かされたことも恨みに思っているようでした。父はあの時本当に怒っていて、強い言葉で糾弾しましたから」
「クレイグの目的は、では何でしょう。何を要求されました?」
「……父に恥をかかせることが目的ではないかしら」
 少し考えてから、エレノア嬢はそう口にした。
「出席している部下の式に娘が乱入して、錚々たる参列者の前でみっともなく騒ぎを起こせば、いくらか醜聞は立つでしょう。あと、この後戻れば、ミアと一緒に多分私のことも拘束するつもりです。それできっと身代金でも要求するつもりではないかと。顔も割れていて、騎士団を敵に回すような真似をして、上手くいくようには思えませんが、そこはもう失敗前提なのかもしれません」


 捕まっても、シュライフ長官にある程度ダメージは与えられる。娘の乱入事件で恥をかかせ、人質に取った娘を傷ものにしたり、殺してしまうことだって最悪できる。
 腹いせに何かを壊したいだけなら、目的を遂げることは可能だろう。


 だが、まだ違和感が残る。


「流れは何となく掴めました。では、そのクレイグが式に乱入しろと? 式の予定はどこから聞いて把握したのでしょうか」
 シュライフ長官に恥をかかせたいのは分かる。
 それにこの式を利用しようと考えたのも、結果から逆算すればまぁ使えるイベントだっただろうなとは思うのだ。


 だが、どこでどうやって今日のオレたちの式を知った?
 これを使える・・・と判断した?
 どうして、エレノア嬢はただ騒ぎを起こすのではなく、オレをあの場から連れ出した?


「どうして、オレが必要だったんでしょうか」


 オレを引き摺って来たエレノア嬢に、馭者の男は何も言わなかった。つまり、これは予定された流れ。
 初めからオレは連れていかれなければならなかった。
 彼女がオレを犯人の元に引っ張って行っても、犯人たちはそれを助けを呼んで来たとは見做さないということ。


「……ルブラン騎士、あなたを、連れて来るように言われました」
 エレノア嬢の瞳が涙に揺れる。彼女は次の瞬間深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、あなたと引き替えにミアを解放すると。ごめんなさい、ごめんなさい、あなたを勝手に天秤にかけた」
「大切な人を人質に取られて条件を突き付けられれば、従う外ありません。それに何の武器も武道の嗜みもない女性と騎士のオレを比べれば、オレの方がまだどうこうできそうだって普通に思うものです」
「……けれど、ひどく勝手な行為です」
「エレノア嬢」
 先ほど言いましたよ、とオレは繰り返す。
「騎士として、あなたを助けるとお約束した。そして謝罪は必要ないと」


 一方的に利用された、巻き込まれたという憤りは別にない。


「オレを連れて来いとは、そのクレイグという男が?」
「いいえ」


 だって、おかしいから。
 まだきっと、何かあるから。


「もう一人の、男が」
 そう、主犯たる男は二人組なのだ。
 自身を落ち着けるためだろう、エレノア嬢が深く深く息を吐く。それでも、またその手はカタカタと震え始めていた。
「あなたを巻き込むことに抵抗がありました。要求された時、躊躇ったのです。そうしたら……っ」
 男はミア嬢の髪を掴んで、一息にナイフで切り落としたのだと言う。


“お嬢さん、死なない程度に痛めつける方法なんていくらでもあるんだぜ?”


 従わなければ、一つずつ傷をつけていくと脅されたのだ。
 指、爪、耳、腕、目だって二つあるんだから片方くらいなくなったっていいだろう? と。


 どこまで本気かは分からない。だが、実際に髪を躊躇なく切り落とされたのだ。目の前でそんなことをされれば、口だけではないのだと、男たちの暴力性に信憑性が増す。
「あの子が今もまだ無事でいるかどうかも定かじゃない……! 自分のことだけだったら、まだどうとでもやりようはあったのです。でもあの子を盾に取られてしまったら……!」
「人質は、その身が無事だからこそ人質の価値があります。負傷させれば足手まといになりますし、傷つけるぞと脅して相手と有利に交渉しようとするのですから、むやみやたらに怪我を負わせたりはしません。エレノア嬢、貴女は今ちゃんと犯人たちの指示に従っているのだから、ミア嬢を不用意に傷つける必要は犯人の側にもないはず。……もう一人は知らない男だと言っていましたが、何か特徴は」
「……前髪が長めの黒髪の男でした。瞳の色は薄い緑」
「…………」
 髪と瞳の色だけでは同じものを持つ人間はいくらでもいる。
 だが。
「身長は高めだったと思います。あと、そう、特徴と言えば首筋にあったほくろが目に付きました。喋り方が少しだけ特徴的というか、イントネーションに時折の東部の訛りのようなものが」
 が、それを追加で聞いて、思わず頭を抱える。



「――――心当たりが、あります」


 シオン・ルブランを連れて来いという要求があった時点で覚悟はしていた。
 でも、よりによってアイツ・・・がここで出てくるとは。


「予想が正しければ、その男はセルゲイ・ゲイツ。昔トラブルがあった相手です。どこでクレイグと出会ったのか」
 ヤツが直接乗り込むのでなく、エレノア嬢が出てきた理由もこれで納得できる。
「アイツは直接オレには近付けないので、貴女を利用したんでしょう」
「……ウチの事情に巻き込んでしまって。クレイグの件がなければ、きっともう一人の男はこんな無茶なマネしなかったのでは?」
「さぁ、それはどうでしょうか」


 経緯は知らない。全部想像だ。
 だが、シュライフ長官に恨みがあった男とオレに未だ拘りがある男が出会って、お互いの暗い欲望を共有し合って。
 そこに今日の結婚の話が聞こえてきて。


 死なば諸共の腹いせなのかもしれない。
 誰かを害することだけが目的の。
 であればこんな先のなさそうな計画であるのも頷ける。


「クレイグが先に企みを持ったのか、もう一人が画策したのか、どちらが先だったかは分からない。オレの事情に貴女を巻き込んだのかもしれません。……だからまぁ、半分ずつだったということにしましょう。そもそも我々は負い目を持つ必要はない。というか、こっちは別に一つも悪くないんです。こんなことを仕出かしたヤツが絶対的に悪い」


 馭者の様子を気にしながらもそっと外を覗き、街並みを観察しながら現在地を予測する。
 少し考えてから、階級章を一つ外した。
 本来、雑な扱いは決してできないものだ。それに馬車はスピードを出しているので通行人への危険も考えなければならない。
 だが、慎重にタイミングを計って窓の向こうへと手放す。


「大丈夫」
「どうして、そう言えるのです。私は犯人に言われるままあなたをとんでもない危険に晒しました。治安維持部隊に駆け込むのでもなく、あなたを差し出すことを選んだのに」
「そうかもしれませんが、こちらは分かっていてついてきた訳です。貴女をあの場で押さえることもできたのに、それをしなかったのはこちらの判断だ」


 もしかしたら、そこまで犯人側の計算のうちだったのかもしれないと思う。
 そもそも計画がザルだ。エレノア嬢を使うのは目眩ましにはなるが、その場で虚を突いて刺すならともかく、彼女の細腕で男一人を引っ張ってくるなんて現実的ではない。
 異変を感じ取って、彼女の事情を汲もうとしてきっとオレが乗ってくる。そういう風に読んでいた方がしっくりくるものがある。
 それに、とオレは続けた。


「貴女はヒントを沢山置いてきた」
 彼女は、ただただ犯人の言いなりになった訳ではない。
「あそこに、どれだけの人物がいるかちゃんと分かった上で」
 制限された状況下で、できる精一杯をした。この状況に追い込まれて、あれだけ機転が利くのはさすがだ。
「大丈夫、今頃もうアレクたちは間違いなく動き出してます。それにご心配なく。戦場も、不審者も、誘拐も人質も、普通の人間よりはずっと多くの修羅場を経験してるので、経験値で言えば圧倒的にオレが有利ですよ」
「ルブラン騎士……」


 アレクはきっと動いている。あの場にはオレよりずっと経験豊富な上官たちもいる。
 きっとすぐに状況を把握して、こちらの居場所も掴むだろう。
 それまで、エレノア嬢とミア嬢の安全を確保して時間を稼げばいいのだ。


「あともう一つ」
 緊張は思考も身体も硬直させてしまう。少しでもそれを緩めようと、オレはエレノア嬢に微笑みかけた。
「エレノア嬢、良ければシオンと名前で呼んでください」
「え……」
「ご存知でしょう? オレ、この後すぐにウィストン姓になるんですよ。アレクとの区別も必要ですから、ぜひ」


 何も気に病まなくていい。
 きっとすぐに解決する。
 その後式を仕切り直して、そうしたら晴れてシオン・ウィストンだ。それは十分実現可能な、すぐ先の未来の話。


「――――分かりました」
 エレノア嬢はこちらの伝えたいところを理解してくれたようだった。
 にこり、動揺を抑え込んで麗しい笑みをその顔に乗せる。


「シオンさん、ではどうかミアのためにそのお力を貸してくださいませ」
「……はい、任されました」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
ご感想をいただけたらめちゃくちゃ喜びます! ※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

初夜の翌朝失踪する受けの話

春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…? タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。 歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け

【短編】睨んでいませんし何も企んでいません。顔が怖いのは生まれつきです。

cyan
BL
男爵家の次男として産まれたテオドールの悩みは、父親譲りの強面の顔。 睨んでいないのに睨んでいると言われ、何もしていないのに怯えられる日々。 男で孕み腹のテオドールにお見合いの話はたくさん来るが、いつも相手に逃げられてしまう。 ある日、父がベルガー辺境伯との婚姻の話を持ってきた。見合いをすっ飛ばして会ったこともない人との結婚に不安を抱きながら、テオドールは辺境へと向かった。 そこでは、いきなり騎士に囲まれ、夫のフィリップ様を殺そうと企んでいると疑われて監視される日々が待っていた。 睨んでないのに、嫁いだだけで何も企んでいないのに…… いつその誤解は解けるのか。 3万字ほどの作品です。サクサクあげていきます。 ※男性妊娠の表現が出てくるので苦手な方はご注意ください

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...