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【第四話】意中の騎士と遂に!ご成婚まで漕ぎつけたのでいちゃ甘初夜を心待ちにしていたら、式の最中に泥棒猫呼ばわりされた件について

【第四話】その3

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「お兄さま、綺麗」
「素敵」
「とっても凛々しい」
 妹たちがオレを取り囲んで口々にこそばゆい褒め言葉を並べる。
「タキシードもいいけれど、こちらもまさに王立騎士団の騎士! って感じで素敵だわ」


 さて、あれよあれよという間に、本日は式当日である。
 式場の控室で、オレは王立騎士団が式典の時に身に付ける正装に身を包んでいた。
 騎士の清廉・高潔な精神を表しているという白を基調とした騎士服は、黄絹で編まれた肩章、同じく黄絹の飾緒が彩りを添える。
 詰襟の部分や袖口の縁取り、前面に並ぶボタンは金。胸元には階級章と家紋、左胸を飾るブートニアは青と白の花でまとめている。
 騎士団の正装は礼装扱いなので、この国ではこうして式で着用するのも普通なのだ。


「三人もドレス、似合ってる」
 薄水色、淡い黄色、パステルグリーンのドレスがそれぞれ部屋に華やかさを加えていた。
 けれどそう言ったオレに、妹たちはくすくす笑う。
「有難う、お兄さま」
「でも今日の主役はお兄さまなのだから」
「私たちのことはいいの」
 そうだ、と長女のレイラが部屋の隅へドレスを引き返し、そうしてすぐに戻って来る。その腕には包みが一つ。
「お兄さま、ささやかだけれど、これは私たち三人から結婚のお祝い」
「え」
「今日、新居に帰ったらきっと開けてね」
 手渡されたそれはふわふわしていて軽かった。布ものかな? とは思うけど、それ以上には推測できない。


 でも、嬉しくて。


「お兄さま、待って、泣かないで」
「まだ早いわ」
「式で目を腫らしてちゃ何事かと思われちゃう」


 単に贈り物が、という話ではない。
 妹たちがこんなにも心を込めて祝福してくれて、とびきりの笑顔で自分を囲んでくれているというこの状況がもう涙腺をどうしようもなく刺激する。


「本当にシオンはレイラ、リーゼ、ルリアの三人には弱いな」
 苦笑したのはフェリクス兄さんだった。オレの胸元のブートニアの位置を調整しながら、でも本当に感慨深いなぁと呟く。
「きっといい式になるな」
 そんな兄の発言に、
「えぇ、本当に。シオン、今日は佳い日ね、本当に本当に、私たち皆にとって最高の日よ」
 母さんも涙ぐみながら頷く。
「ね、あなた、そうでしょう?」
 オレがあれこれ飾り立てられている間、所在なさげに隅の方にいた父さんがこちらと目を合わせた。
 アレクとはまだ笑顔で談笑するような感じではないが、それでも結婚の報告をした時には“幸せになりなさい”とちゃんと言ってくれた。


「結婚というのは、互いに支え合って成り立つものだ」


 今更素直にはなれないというのはあるのかもしれないが、反対されていないことは今はもうオレにも分かる。


「驕ることなく、感謝を忘れず、相手を大切にしなさい」


 ぽんぽんと腕を優しく叩かれる。
 父さんは事あるごとにお前に息子を幸せにできるのかと、アレクに凄んでいたと思うけど。
 でも、オレにも言うのだ。


 アレクを支え、向けられるものに感謝し、大切にしなさいと。


 過去を振り返ると、沢山の嫌な記憶がある。
 幼少期はただただ恐怖し、思春期にはそれなりに荒れた。自分の在りようを憎んだし、周りに迷惑をかけることに苦悩した。嫌われたくないと恐れた。
 大切な人に面倒だ、迷惑だと嫌がられることに恐怖した。


 でも、オレは本当に家族には恵まれて。


 本当に贅沢なくらい大切にしてもらった。
 こうして今日も祝福してもらえている。
 どれだけの理不尽や恐怖があっても、オレは幸福が何かを知っている。
 笑って、怒って、泣いて、甘えて。心を隠さずにそういったことができる。
 それは間違いなく、今日までこの家族に囲まれて来たからなのだ。誰一人、欠けていては、今オレはこうして存在していないと、そう思う。


 ヤバい。
 ぐしゃぐしゃな顔で臨む訳にはいかないのに、アレクにはいい顔を見せたいのに、本当に涙腺が崩壊しそうだ。


 オレがぐぬぬぬと必死に涙腺を制御下に置こうと奮闘していると、控え目なノックが部屋に響いた。


「どうぞ?」
 母が率先してそう声を掛けると、そっと小さく扉が開かれる。隙間から顔を覗かせたのは、黒髪の少年。
「カイル」
「シオンさん」
 ネイビーのスーツを着込んだ、年の割に華奢な身体。
 今八歳だというカイルは、例のアレクの従兄弟の息子だ。
 本人としっかり話す機会を設け、話を理解した上で彼が望んだので、両親の元から引き取ることになった。この式が終わって、オレが正式にウィストン姓になった暁には、すぐに養子の手続きを取ることになっている。
 まだまだ関係を構築中ではあるが、今日までに数度顔を合わせ寝食を共にした間柄。
「こちらの準備は終わりました。シオンさんの方はどうですか」
「そんなところにいないで、こっち入っておいで」
 決して入室せずに、廊下から声をかけてくる少年を手招きする。
 カイルは逡巡する素振りを見せたが、結局は室内に足を踏み入れた。


 八歳という年齢にしては、かなり大人びている。あと、賢い。
 そして人の顔色を窺うクセがついている。
 その性格に元々の本人の素養だけでなく、育った環境が影響しているのは明らかだ。


 別に明るく朗らかなのが子どもらしくて良いです、なんて言うつもりは毛頭ないが、カイルのそれは不当に委縮している状況が含まれている。一朝一夕で解決できるようなことではないが、オレやアレクの方がマシな選択だと判断したからカイルは養子になることを選んだ。
 その決断に応えられる大人でいたいと思う。
 オレにとってそうだったように、家族の傍が安心できる場所になればと。


「いいなぁ、弟、可愛い」
「下に男の子がいるって未経験だものねぇ」
「私は上ばかりだもの」
 妹たちは小さな男の子というのがまず珍しいのだろう。
 まだ身内の顔合わせで一度しか会ったったことはないのに、自分達姉妹が戯れるのと同じ距離感で接するので、カイルは途端にたじたじになってしまっていた。
「こらこら、囲まない。あと、弟じゃなくて甥っ子な」
 三人の間に割って入り、カイルと目線を合わせる。
 髪と同じ黒曜石の瞳は、まだどこか不安そうな色でオレを見つめる。
「カイル、こっちも大丈夫。アレク達にそう伝えて。あ、職場の同僚と最後ちょっと話があるから、やっぱりあと数分ほしいかも」
「分かりました」
「伝言役、ありがとな」
 本当は頭でも撫でたいところなのだが、基本接触は控えている。
 多分、手を伸ばした瞬間に反射で飛び退くだろう。カイルの置かれていたロクでもない状況には、理不尽な暴力も含まれていると聞いている。
 ぺこり、頭を下げてからカイルは踵を返したが、何故か途中で急ブレーキをかけた。
「ん?」
 振り返った顔は何とも言い難い表情をしている。


「あ、あの」


 何度か言葉をつっかえさせてから、カイルは小さな声で言った。


「シオンさん、綺麗でカッコイイです」


 ともすれば聞き落としてしまいそうなほど。言うだけ言うと、そのまま急ぎ足で部屋を出て行く。


「…………いな」
 思わずにやけてしまった。
「本当に」
「分かる、根がとてもいい子なのが伝わってくるわ」


 全員でカイルの可愛さを噛みしめて和んでいると、またしてもノック音。


「シオン、式の直前に悪い」
「今行く」


 先ほどカイルに言っていた、“同僚の話”である。
 これが終わったらもう行くから、先に式場へ入っておいてと家族を送り出す。
 入口でウチの家族と会釈を交わしているのは、サスと他二名。その二名は騎士は騎士でも所属している団が違う人間だ。


「ごめん、どうだった」
「大丈夫、今のところ問題ないぞ」
 訊けば、手元のチェックボードを眺めながらサスが答えた。
「式場の周りに不審物、不審者なし」
「式場の準備業者に、昔城に出入りしてた業者でお前に懸想してたヤツが一人潜り込んでたけど、それはもう片付いてるし、式の準備物に不備がないことも確認済み」
 と報告を上げた男は、入団当初オレに行為を迫った過去がある。
「トリス家の令嬢は今日はルーベル家の奥方からのお茶会に呼ばれてるし、商家のラルフは仕入れで国外に行くよう事前に仕組んでる。他にもこのリストに載ってる人間の予定は把握している。街中は治安維持部隊が昼間の見回りを強化してくれてるよ」
 と述べた男は、新人時代オレの私物に手を出した経歴ありだ。


 まぁ良い思い出のある二人ではないのだが。


「お前ら……」


 今回式を挙げるに当たって、第一に上がった懸念事項。
 それは式に誰かが乗り込んでこないか、ということだった。
 というのも、実はアレクとの関係がオープンになってから、オレの元に何通か闇落ちした恋文と明らかな脅迫文が送られてきていたからだ。もう少し正直に告白すると、どうして自分以外の人間と結婚するのだと凶器を手に迫られた件、オレではなくアレクが誑かしやがって、アンタのせいでと襲われた件もある。
 二人とも今現在ピンピンしていることから、それらは全て大きな怪我なく治められたのだが、まぁ式の直前からこんな感じだったので、式当日に乱入者が出る可能性は実に高かった。


 そこで同僚及び有志の士が、当日までの安全確保を買って出てくれたのである。
 で、その中に少なからず過去に遺恨のあった相手もいて、当初はかなり警戒したのだが。


「今まで正直最低ゴミクズ野郎って思ってたけど、ほんのちょっとだけ見直した……」


 オレには恨みを買っている自覚がある。
 人から向けられる“好意”、そこから派生した感情を拒否するというのは、どうしたって逆恨みされるリスクを生む。正直、その恨みすらお門違いではあるのだが。
 過去揉めた経験のある相手を手放しで信じられるようになるかと言われれば、程度によるかもしれないが、正直難しい。
 でも揉め事が起こる度に理不尽なと憤ると同時に、また何か勘違いさせるようなことを自分がしたのでは、不備や隙があったのではという思いが過っていたのも事実で。


 どういう風に考えるのが正しいかは分からない。でも、他人や自分を責めるばかりの人生は疲れる。
 そして人間は間違いを犯す。自分だって正しいことだけをして生きている訳ではない。
 もちろん、超えてはいけない一線はあるし、無理をして許す必要も絶対にない。


「まぁ罪滅ぼしにもなんないって分かってるけど」
「できること他にないし、ここまで来たら無事に式を終えて欲しいし。いや、おこがましいこと言ってるかもだけど」


 だが、許せる・拘らずにいられると心が思えるなら、そうすることも人生を楽にする一つの方法だと思うのだ。
 もちろん、相手に更生の余地ありの場合に限る。


「じゃ、シオン」
 サスがオレの肩を軽く叩く。
「オレらももう行く。また後で、式場でな」
「オレらは式の最中も見回りしてるから」
「うん、頼む」


 色んなことがこれまであったし、今だってオレのせいで色んなところに普通だったら必要のない負担をかけている。
 でも、その負担を引き受けてくれる人がいる。こうして祝いの場に集まってくれる人が沢山いる。


「……こんな風に、自分の想いが叶うことがあるなんて」


 式の直前、オレはただただ幸せで。
 まさか、この後あんなことが起きるとは、夢にも思わなかったのだ。



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