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【第三話】美貌の騎士に中身込みで惚れたんだが、親友ポジから身動き取れなくなってるうち娼館に走られた件とその後の顛末について

【第三話】その5

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 結局、シオンに俺の助けなど必要なかった。
 たった三ヶ月でどうしようというのだと思っていたら、シオンはやたらめったら“決闘”をするようになった。


 決闘――――正規の手続きを踏んで、互いに条件を掛け、騎士の名の下に行う闘争。


 なるほど、これならば規則の内で相手を思う存分伸すことができる。
 と同時に、何て軽率なことをと肝が冷えた。


 だってそうだろう、勝てることが前提だ。
 勝ってる間はいい。でも、負けたら?
 決闘の前には誓いを立てる。騎士の誓いは絶対だ。内容を保証する立会人もつく。
 シオンの場合は、一切のつきまとい、手出しの禁止などを上げるが、となると相手はシオンの身柄を要求したり、恋人になってくれと言い出したりする。
 元々その見た目で舐められているから、勝てばシオン・ルブランを好きにできるらしいと噂になって、決闘の件はあっという間に騎士団内で広まった。
 そうなると、シオンは連日連戦することになる。体力の面での負荷も大きい。段々と疲れが溜まってくる。それ狙いのヤツだって、もちろんいた。
 それにいくらシオンの腕が立つからと言って、この世で一番強いという訳ではない。
 挑んでくる人間の中には、もちろんシオンより実践経験豊富な者、ずっと体格のいい者もいた。中には決闘中、決闘前に姑息な手を使ってくる者も。
 何度もひやりとさせられる場面があって、正直こんなものどこかで負ける、上手くいかないのではと思った。


 だが、シオンはやり切った。
 相手の名誉とプライドを恋愛フラグと一緒に折りまくって、シオン・ルブランに決闘を挑んでも恥を晒すだけ、対シオン・ルブラン敗戦リストに名前を刻まれて城内城外問わず晒される、アイツは見た目天使だが中身は猛獣等々噂されるようになり、シオンに決闘を挑む者、邪な行動を実行する者は段々と減っていった。
 三ヶ月後、つまり入団からは丁度半年、配属が言い渡される頃にはシオンは自分の周りの環境を何とか落ち着かせてみせたのだ。
 そうして、当初の希望通り第四騎士団への配属が決まった。


 もちろん、その数がゼロになった訳ではない。生きている限り人間関係というのは更新されていくし、そうなるとまた似たようなことは起こる。
 その度にシオンは大変そうではあったが、乗り切って来た。
 そんな姿を見ているうちに、気が付いたのだった。
 シオンのことを、好ましく思っていることに。
 好ましいの中身が友情を超えていて、既に恋情に寄っていることに。





◆◆◆






「そこの片付け終わったら昼休み入っていいぞー、西の倉庫は午後からで構わないから」
「はい!」
「了解しました!」
 後輩に声を掛けて、自分も演練で使った道具を用具入れに押し込める。
「昼食はシャワーを浴びてからにするべきか……」
 すんと鼻を鳴らしても自分の匂いというのは今一つ分からないが、汗をかいたことは確かだ。


 シオンの父であるヴィクトー・ルブラン法務官に呼び出されてから、一週間が経っていた。
 先日の緊急魔法通信使用の件については、その発端となった(ということになっている)違法薬物の密輸の主犯がちょうど昨日摘発された。
 摘発部隊には組み込まれなかったので、現場の様子は人伝に聞いただけだが、怪我人も出さずに無事犯人を摘発できたらしい。オレ、徹夜なんだぜと目をしょぼしょぼさせながら、朝に引継ぎをした二グラスが零していた。
 これで表向きには、例の一件は片付く。
 だが。


 立てかけたままだった予備の剣を手にしたところで、その声は掛かった。
「すまない」
「っ!」
 演武場の入り口にいたのは、知った顔。
「シオンを呼んでもらえるかな。ちょっと渡したいものがあってね」
 フェリクス・ルブラン。
 ルブラン家の長男で、シオンとは五つ年の離れた兄に当たる。
 一気に緊張感が走った。
 シオンとの関係については、家族間で共有されているに違いない。つまり、恐らくフェリクス氏にも俺はよく思われていないと思って間違いない。
「シオンは少し前に別の班の演練を終えたので……恐らく今は隊舎で着替えている最中だと思います。問題がなければ預かり、渡しておきますが」
 にこり、社交上の当たり障りのない笑みが浮かべられる。いや、そういう風に思ってしまうのは、こちらに先入観があるからか。
 フェリクス氏はシオンの兄ではあるが、二人が並んでもあまり共通点は見つけられない。挙げるとしたら、金の髪色くらいなものだろうか。
 そもそもシオンと比べるのがどうなのだという話ではあるのだが、フェリクス氏は非常に中庸な顔つきをしていた。いや、その平凡というか、地味というか。
 つまりそう、特別華やかなタイプではない。比較的細身で、身長は平均より僅かに高い印象。人畜無害という言葉がふと浮かぶ。
 総務部人事局に勤める身で、役職だけを見ればそう高い職位ではない。が、堅実な仕事ぶりであると聞いている。人と人との間に紛れ気配を沈めるのが上手いらしく、それ故人事査定などでは重宝されるのだとか。
「いや、気持ちは有難いんだが」
 そんな特技・隠密なフェリクス氏は俺の申し出をやんわりと辞退した。
「そのまま昼を一緒にと思っていて」
 にこり、またその笑みに圧を感じる。


 駄目だ。
 ルブラン法務官に“お前に息子はやらん(※意訳)”宣言をされてから、落ち着かない日々を過ごしている。
 せっかく成就させた想いをこんなところで不意にはできない。
 見せろと言われた誠意は、どうやって示せばいいものか。
 いや、見せろということは、こちらはお前のことをいつでも見ているからなという意味ではないのか。
 色々と“目”を持っていると、あの日ルブラン法務官は匂わせた。
 目の前のこの兄も、その“目”の一つではないのか。
 ――――正解が、分からない。


「わ、分かりました。今から私も隊舎に戻るので、シオンに声を掛けてきます。こちらでお待ちになられますか」
「いや、外の門のところで待たせてもらおうかな」
「では、そう伝えます」
「……うん、宜しくお願いします」
 軽く頭を下げてから、その場を後にする。
 穿った物の見方をし出すと、何もかもが怪しく見える。
「参ったな……」


 成就させるのが、まず難しい恋だった。
 自分の中にある好意が恋情だと理解した時、でもこれは隠しておかなければと思った。
 シオンとは配属が同じだったこともあり、その後も同僚として、友人として付き合いが続いていた。自惚れでないのなら、同期の中で自分が一番シオンと距離の近い友人だと思っていた。
 それが何故か、分かっていた。


 信頼があるからだ。
 信頼とはつまり、コイツは自分のことを邪な目で見ない、見た目で差別したりしないという信頼。


 それを、なのに。好きとか言い出したら。


 今まで築いてきたものを全て台無しにしてしまう。
 お前も所詮そこらのヤツらと同じだったんだな、と言われてしまう。


 そういう風に思った。だから、具体的な一歩など踏み出せなかったのだ。
 俺はシオンが思っているほど大したヤツではない。その実ただの臆病者なのだ。


「時間をかけて、もっと積み重ねていく必要があるって思ったんだ」


 きっと信用が、信頼がまだ足りない。
 シオンのことは美しいと思う。けれど好きなのは見た目だけでは決してない。中身込みで惚れているのだ。それを疑いようのない状況にしたい。
 だから俺は、シオンの前ではおくびも恋心を出さず、ただただ友人であることに徹した。シオンが今までの経験からそう簡単に恋人は作らないだろうと確信を得ていたからこその、長期的作戦だった。
 そのうちに無事親友と呼べるポジションを獲得したのだ。くだらないことからちょっと真剣な相談までできる間柄。他の人間相手には絶対にしないのに、俺の部屋にだけは警戒なく来てくれるようになった。その部屋で酒も飲む。何なら、泊まりさえする。
 それはもう、十分に特別な位置だった。他の誰にも、シオンはこんな風に心を許したりしない。


「上手く行っていると思ってたんだがな」


 信頼を積み重ねる以外に、もう一つしていることがあった。
 シオンは入団当初の決闘である程度周りを牽制しはしたが、人事異動による入れ替わりや新人の入団時期、また騎士団の外の人間との関わりにおいてやはりその後も時折問題は起きていた。
 シオンはその度自分の手でどうにかしようとして、実際表面化したものについては大体独力で処理していた。
 が、根本的に人間一人に対して向かってくる有象無象が多いのである。シオンだけでは正直手が回らない。
 何かあったらと想像して、ゾッとすることはしょっちゅうだった。シオンに一度こてんぱんにやられた人間の中にだって、時には諦めの悪いヤツがいるのである。
 その宜しくない奴らがシオンに手出しする前に、どうにかするのも日常の一部になっていた。
 ルブラン法務官がいい目を持っているのと同じである。俺には俺の、情報網・監視の目があった。


 シオンに手を出せば、アレクセイが黙っていない。
 シオンとどうこうなりたかったら、アレクセイを倒してからにしろ。
 死にたいヤツだけ、シオン・ルブランに手を出せ。


 とは、界隈ではもはや暗黙の了解のようになっているフレーズだ。
 もちろん、シオン本人にそれを知らせてはならない、もセットである。


 かくして俺はシオンとの距離を詰めに詰め、周りには常に目を光らせ、後はどこでどうタイミングを図るか、というところまで来ていた。向けられる信頼があまりに厚くて、親友ポジから身動きが取れなくなっていたとも、まぁ言えるのだが。
 そんなこんなしているうちに、見合いの話がやってきた。
 受けるつもりはさらさらなかったし、どうにか穏便に、相手の令嬢にも角が立たない方法で話をご破算にしなくてはと思っていたら。


「まさか、シオンがそれを把握しているとは思わなかったんだよな……」


“シオンが娼館に入った! 非常事態だ! あり得ない!”


 連絡を飛ばして来た、二グラスのひっくり返った声を思い出す。俺自身、喉から潰れた呻きが漏れ出た。


 シオンが、娼館?
 男も女もなく、あんなに色恋を避けていたシオンが?
 今まで見回り以外で花街に足を踏み入れたことがなかったシオンが?


 緊急事態である。非常というか、異常。何がシオンにあったと言うのか。
 というか、シオンが。俺以外の誰かと。


 俺以外の誰かとどうこうなるなど許せないなんて、そんな考えはこれまでシオンに無体を働いてきたヤツらと何も変わらない。分かっていた。
 でも、信じられなくて。おかしなことに巻き込まれてるんじゃないかと思って。
 シオンがどこの店が良いか、同僚にそれとなく聞いていたという情報が追加で回って来た時には、頭を殴られたかのような衝撃が走った。


 どういうことだ。自らの意思でということか。
 俺にそれを止める、邪魔をする権利はあるのか。
 シオンにだって、様々な自由があるべきで、俺はそれに口出しする権利を一切持っていないのに。それなのに。


 結局動揺を押さえきれずに現場に乗り込んでしまった。
 そこには見たこともないくらいにべろんべろんに酔っぱらったシオンがいて。
 案の定、店中の女性陣に囲まれていて。
 あろうことか、一人の女性といやに密着していて。
 シオンが娼館に入った! というあの一報が現実なのだと教えられた。


 別に誰と一緒の様子でもない。一人で来たようだった。
 シオンらしくもないと言えば、説教するなと怒る。酔っぱらっていることを差し引いても、そんな風にシオンが俺に怒りや不快感を示すことは珍しく、本当に焦ったのだ。
 これは、何か取り返しのつかないことが起きているのではないか、と。
 まぁその後、シオン相手に取り返しのつかない無体を散々敷いたのは、俺だったのだが。


「両想いじゃなかったら、ただの強姦だ……ルブラン法務官の言うことは、見方によっては真実だとも思う」


 俺はたまたま、後からシオンに許されただけ。それだけ。


「シオン、シオン?」
「んー? 呼んだ?」
 更衣室を覗くと、予想通りその姿があった。着替えはもうすっかり済んでいる。
 俺に向ける笑みに、心臓が騒ぐ。
 仕事場ではシオンとの関係を伏せている(もちろん俺によって裏では情報が共有されているので、一部の人間、少なくとも第四騎士団内ではバッチリ把握されているのだが)
 今は勤務中でもあるし、だから特別変わったところなどどこにもない。ないはずなのだが、時折こうして向けられる笑みに、少し緊張した様子が混じるのだ。どうも俺と恋人同士であるということを意識してしまうらしい。
 可愛い。実に可愛い。可愛いと言うときっと怒られるので控えているが、もう一日に三十回くらいは腹の中で可愛いと繰り返しては、笑みを反芻して噛み締めている。
「さっき、お兄さんが訪ねて来たぞ」
「え、フェリクス兄さんが?」
「渡したいものがあると。あと昼を一緒に摂りたいと」
「そうなんだ」
 シオンはパッと笑顔を咲かせた。
 俺に向けたものではないが、これも可愛い。守りたい、この笑顔。
「兄さん、最近忙しいみたいなんだけど時間取れたのかな。家でもなんかバタバタしてるんだよな」
 ギクリとする。特に人事異動が激しい時期でもない。なのに、家でまで。
 それは家では家で対策会議を開いているからではないだろうか、なんて邪推してしまう。
「門のところで待っていると」
「そっか、分かった。行ってくる。伝言役、ありがとな。お前もちゃんと昼休憩、取れよ」
「あぁ」
 ぽんぽんと労うように俺の二の腕を叩いて、更衣室を出て行くシオン。


 シオンは多分今、幸せなのだ。
 悲観的、否定的でいた自分の恋が実って。
 家族とも上手くやっていて。
 望んだ第四騎士団で仕事も続けられている。
 きっと、ほとんどのことが上手く行っている。


 そのシオンの幸せに水を差したくない。守りたい。
 なのに、自分自身がシオンの幸せにおける不穏分子になってしまうとは。


「誠意を、見せろか」


 相手はシオンの家族だ。シオンと別れるなんて選択肢はこの世に存在していないから、つまり彼らは切って切れるような相手ではない。俺にとっても大切な存在だ。


「ない信頼は、一つずつ積み重ねていかなくては」


 かくして俺は、シオンの家族にばかり目が行って間違いを犯していくのである。



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