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【第二話】意中の騎士とやっっっと恋仲になったのに何故か一向に手を出してこないので、ここらで一服盛ることにした件について

【第二話】その14

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「――――で?」


 ヤってしまった……とあからさまに凹んでいるアレクセイ・ウィストン氏に、俺は冷えた声をお送りした。
 事後に示す態度ではない。散々出すもの出しておいて、それはない。


「お前、本当にいい加減にしろよ? 上手く隠せてない時点で、それ以上にどうこうできると思うな」
 痺れの残る腰をさすりながら、詰問を再開する。
「改めて訊くけど、手籠めって何? あんまり不名誉な言われようなんだけど。どこからそんな発想が出て来たよ」
「…………実は」
 アレクもさすがに観念する気になったらしい。
 のそりと寝台から身を起こして、神妙な面持ちで重い口を開いた。


「シオン、シオンの親父さんにオレとのことがバレている」
「……え」


 オレの、父親。


「はぁ!?」
 まず会話に出てくると予想していなかった人物に驚く。
 驚いた後、特に報告した覚えもないのに、関係を把握されていることにも衝撃を受ける。
「い、いや、別に構わないけど。オレとしては、やましいことは何もないし」
 ないが、自分の親に恋人関係を把握されているというのは、妙に恥ずかしい。
 何せ、大変申し上げにくいのだが、オレは親に恋人を紹介したことがない。
 というか、まともに恋人がいたことがなかった。
 相手が前の恋人と関係が切れておらず間男認定されて危うく刃傷沙汰になりかけた経験と、付き合った途端に相手が豹変して激重束縛監視系恋人になった経験ならあり、幼い頃からの数々のトラブルと青春時代のその経験が、オレを完全に色恋から遠ざけたのだ。この二件についても交際期間は非常に短く、親が知ったのは事が事件化してからだった。


 まぁつまり、こちら今お付き合いしている人です、なんて紹介をしたことがないのである。


「父さんが知ってて、それが何って言うんだよ」
 でもまぁ大した問題ではない。必要な時期が来れば、オレだって両親に交際相手の紹介くらいちゃんとする。
 先に父親に知られていたのは驚いたが、それとここしばらくのアレクの態度に因果関係が見えず首を傾げていると、アレクは重苦しい空気を纏ったまま続けた。


「親父さんは、お前が俺と付き合うことに反対だ」
「……はい?」


「俺は、お前を、手籠めにした」


 そうして、例の単語を繰り返す。


「はいっ!?」
「手を出した最低野郎だと思われている。それについては、俺も思うところがない訳ではない。無理矢理こういう流れにした自覚が、俺にはある」
「いや、いやいや、それ二人の間で解決してるじゃん!?」
「息子に相応しくないやつだと思われてるんだ」
「っていうかなに、どういうこと、その口ぶりだとウチの父親と対面で話す機会があったって訳?」
 問いかけると、アレクはそうだと頷いた。


 一体、いつの間にどういう流れで父親とそんなことに。
 だが、普通にお付き合いを始めたつもりだったのにとんでもない単語がアレクの頭を占めていると思ったら、これはもしかしなくてもウチの父親がその言葉をアレクに向けたと、そういうことではないだろうか。


「お前に、それを言えなくて」
 なるほど、予想しない答えだったが、反対されていたことがアレクの心に引っかかっていたことまでは理解した。
「いや、父さんが反対してたら、オレに手を出せないことになる、その理由は?」
 が、そこが分からない。
「息子に欲情して無理矢理手を出したと、お前の見た目につられただけの人間だと、そう思われてるんだ」
「まずそこだよ。弁解しろよ、っていうかもちろんしただろ?」
 否定してくれればいい話である。オレだって訊かれたら秒で否定する。
 父親だってそんなにめちゃくちゃな人間ではない。きちんと説明できれば、いい年した息子の交際関係になんて、そう口出ししないはずだ。
 だが、頭を抱えながらアレクはのたまった。
「…………言い澱んで、しまって」
 それでコイツは黒だと認識されてしまったらしい。
「いや、いやいやいや」


 が、やはり間違っている。
 反対されたのは、誤解が生じたのは不幸なことだ。父親がアレクに不当に不快な思いをさせたなら、申し訳ないとも思う。
 でも、そもそも。


「言ってくれても、良かったじゃん」


 最初からちゃんとオレにも話してくれていたら。


「言ってくれないで、手も出されないで、付き合えたと思ったのに素っ気なくされたら、後悔してる、やっぱオレじゃ違うかったって思うに決まってるじゃん!」
「それは、その通りだ。本当にすまない。本末転倒なことをしていた」
 そうである。本末転倒である。報連相がなっていない。
「というか別に手は出していいだろ!」
「いや、どこで見られているか分からないと思ったら下手なことができなくなって。ルブラン法務官は非常に優秀な目を沢山持っておられる。城内はもちろん、街中でも油断はならない。品行方正な男であると、誠実であることを示さなければと」


 確かに。
 ルブラン家と言えば中堅どころの貴族で、家格は特別高くも低くもない。代々お家柄として得ているような役職もなく、まぁウチは割と文官寄りだよねという程度なのだが、父親は一族の中でもやり手で現在は法務官としてなかなかの地位を得ていた。
 だから優秀な目が沢山いる、というアレクの発言は理解できる。
 父親には自分の手足となって動いてくれるような情報提供者があちこちにいるのだ。誰がその提供者なのかなんてのは、第三者からはそうそう分からない。


「いや、だからさ」
 が、やはりである。
「それも含めて言ってくれれば良かったんだって。そうしたらオレだってあんなに思い悩むこともなかったのに……」
 アレクが正直に話してくれていたら、ここまでのことにはならなかったと思う。
「どうしてそう独りよがりなことになっちゃった訳? アレクらしくもない」


 怒りではなく、純粋に疑問があった。
 そうだ、全くアレクらしくない。


 アレクは上官が自分の娘と婚姻させて囲い込もうとしたことからも分かるように、優秀な騎士だ。
 騎士というのは、ただ武道に優れていればいいというものではない。回転の速い頭脳、求心力、協調性、交渉力等々求められるものは多い。それがこの男にはちゃんとあるはずなのに。


「お前の家は」
「なんだよ」


 アレクは小さく溜め息を吐いてから、言った。


「家族仲が、とてもいい」


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