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【第二話】意中の騎士とやっっっと恋仲になったのに何故か一向に手を出してこないので、ここらで一服盛ることにした件について

【第二話】その10

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「シオン」


 アンナさんからオーナーに話を通してもらって、陽のある時間ではあったが部屋を貸してもらった。
 一般的な広さの客室だが、アレクは体格がいいのでちょっと圧迫感を覚える。


“お店が始まる時間までは好きにして“
 そう言われている。
“痴情の縺れの末に物騒なことにさえならなきゃ、何シてもいいわよ“
 縺れるような痴情が向こうにはまずない可能性すらあるのだが、含みを持たせた彼女の言葉はこちらを見透かしている気もした。
 ちなみにエレノア嬢とはあの場で別れている。
“秘密はある程度まではスパイスですけれど、過ぎれば身を滅ぼしますわ“
 とは、別れ際に彼女がアレクに向けた言葉だった。


「シオン」
「なに」


 部屋の隅に用意された小さなライティングテーブル。セットの椅子に腰掛けて、親友を見遣る。


「彼女とは本当に何もない。以前あの宝飾店のある通りを歩いている時に、偶然声を掛けられた」
「あぁそう」
  座れば? と言えば、アレクは寝台に腰を下ろした。木枠のしなる音が部屋に響く。
「腕のいい宝飾人を探していたんだが、彼女、心当たりがあると。だから口利きをしてもらっただけだ。確かに、見れば誤解をさせるような状況だったかもしれない。それは謝る、済まなかった」
 視界の端に頭を下げるアレクが映る。
 まぁ本当なんだろうな、とは思った。見かけた瞬間は心が竦んだが、彼女とは何もないのだろう。
「オレは」
 テーブルに頬杖を突いて何をどう言うのがベストなのか思案しながら、慎重に言葉を取り出す。
「言いたいことはないってさっき言ったけど、訊きたいことなら色々とある」
「……訊きたいこととは」


 今から、自分を傷付ける作業をしていかなくてはならない。


「後悔してる?」
「後悔?」


 順を追って少しずつ慣らしていかないと、みっともないところを見せてしまいそうだ。
 せめて見た目上はあっさりと終わらせたい。泣いたり、縋ったりなんてのは言語道断だ。絶対にそんなことはしない。


「何を?」
 アレクはここまで察しの悪い男だっただろうか、オレはこういう男を好きになったのだろうか。
 はっきり口にしないと伝わらないらしい。
「オレに手を出したこと」
 気が進まないが、ぼかした言い方をしたところで気鬱な時間が長引くだけだ。
「は……?」


 素直に言ってくれればそれでいい。それで終わり。


「思ってたのと違ったなら、そう言ってもらえると有り難いんだけど」
「はっ!?」


 素直に、言ってくれれば。


「そんな訳ないだろ、後悔なんてしてない、する訳がない」
 なのにアレクは否定する。素の反応に思えるから、また憎らしい。
 言ってることとやってることの言動が不一致すぎるのだ。
「じゃあなんでまともに手を出してこないんだよ」
「それは……」
 だがこう訊けば、途端に口ごもりだすのだ。
 まさか両想いになってお付き合いがスタートしたら、急に気恥ずかしくなって……とは言い出すまい。最初にあんな激しい欲を見せておいて、今さら奥手なフリなど通じないからな、と思っていると、


「それは最初、お前には随分と無理をさせたから、反省すべきだと思って」


 と尤もらしいことをアレクは述べた。
 が、これも通じない。確かに己の行いを後から反省することはあるだろう。オレにだってそんなことはしょっちゅうだ。
 だが、この男、その無理をさせられたオレ自身がお誘いしたのまで躱しまくったのである。それでもまだ“無理をさせたから~”なんて言うのなら、それはただの独りよがりだ。
 よって、これも本当の理由ではないと判断する。


「アレク、オレを舐めすぎ」
 もっと何かあるに違いない。
「そんな取り繕いましたって見え見えの言葉、聞きたくなかった」
 オレはいつだって、お前の本心が知りたかったのに。
 それがオレにとって、どんなに都合の悪いことだったとしても。
「オレはお前の漢気気溢れるところ、好きだったけど」
「“だった”って……」
 溜め息一つと過去形の言葉をお見舞いしてやる。
 まぁ少しの意趣返しくらい、いいだろう。
 本当は今も好きだけど、そう告げるのはあまりに癪だ。
「シオン、待て、待ってくれ。確かにここしばらくお前との過度な接触を避けていたのは認める」
 椅子から腰を上げたオレを見て、帰るつもりだと焦ったのだろうか、アレクは慌てて言い募り出す。
「忙しかったのも事実だが、それとは別に節度ある付き合いをだな」
「節度ぉ?」
 オレの方はと言うと、帰る気はまだないのでアレクの前を通り過ぎて、寝台サイドのチェストの上に用意してある水差しを手に取った。グラスに注いで、一口煽る。清涼な液体が喉から胃の腑に流れ落ちる感覚。
「ヤることやらかした方が、今更勝手なこと言うな」
 手順をさっと頭の中で巡らせて、オレはグラスを片手を左手に持ったままアレクを振り返った。
「アレク」
 ギシっと寝台が軋む音。オレがアレクの足と足の間に入り込み、マットレスに膝を付いたからだ。
 こうすると、オレの方がアレクを覗き込む形になる。近距離で見下ろされ、アレクは自然と顎を上げる。
 うん、いい角度。


「シオン」


 アレクが口を開いた瞬間だった。


「!?」


 オレは素早く右手に隠し持っていた薬をその口に含ませる。
 互いの身体が迫っていて、体勢を変えるには相手を無理に突き飛ばすしかない。けれど、きっとオレが相手なら一瞬くらいは判断が鈍る。
 その隙にオレはもう一口だけ水を口にして、勢いが命と言わんばかりの素早さで相手の唇に口付けた。



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