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【第二話】意中の騎士とやっっっと恋仲になったのに何故か一向に手を出してこないので、ここらで一服盛ることにした件について

【第二話】その9

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「アレク、何かオレに言いたいことある?」


 感情的になっても仕方がない。
 自分への素っ気ない態度と娼館のお姉さんとの逢引きだけでは、不貞の証拠とは言い難い。決定的にアウトな瞬間を見た訳でもないのだし。
 ただ、一つ一つの行動がこちらへの興味や恋情の薄さを教えるというだけの話で。


 主導権は取られるな。
 それだけを心の中で繰り返し唱えてから出した声は、自分でも怖いくらいに平坦だった。感情がどこにも乗っていないような。


「シオン」


 アレクの声は硬かった。
 後ろめたいことがあるからか、単にこの状況を飲み込めていないからか。


「どうしてエレノア嬢とこんなところに」
 アレクはこの状況で何を言うのだろう。
 色々と予想を立てていたのに、とんでもなくガッカリな第一声だった。
「今、真っ先に出てくるのがそれなのか? 自分の状況の説明ではなく?」
 どうでもいいことだ。珍しい取り合わせだろうが、この状況の主題ではない。
 オレに説明を求めるより先に、自分の方にこそ開示するべきものがあるのではないか。
「シオン、何か誤解してないか」
 苛立ちポイントが加算される。
 言い訳ではなく、説明がほしい。誤解されるような状況にあると思うのなら、まずはそんな風に思わせて悪かったとか、そういう言葉があってもいいような気がする。


「誤解されるようなことを、ここしばらくずっと重ね続けてきたのはそっちだ」


 オレが求めすぎなのだろうか。面倒な重い恋人と化しているのだろうか。
 何が普通で、どこからが過度なのか。
 オレにはもう何も分からない。


「オレは何度かサインを出した。真正面からぶつかったつもりだよ」
 はぐらかして、応えようとしなかったのはアレクなのだ。
「だからオレはもう、何も言いたいことはないかな」


 駄目なところがあったなら、言ってほしかった。
 でもきっと、そんな価値すらなかったのだ。
 お姉さんとやましい間柄でなかったとしても、そんなのもう関係ない。
 恋人らしいことは全部断られた。オレばっかりが本気だった。よく分かった。


「帰る。見かけたのはたまたまとは言え、後を尾けるような真似をしたのは悪かった」
 木製の椅子の脚が、タイルの上を音を立てて滑る。
「後ろ暗いところは何もない」
 店を出ようと思ったのに、すれ違いざまに腕を取られた。
「はぁああぁあ?」
 いっそコイツは開き直っているのでは? と思うほどの淡々とした物言いに、冷静でいろと囁く理性が軋み出す。
「いい加減にしろよ、アレク。この二ヶ月と半分、自分の行動を振り返ってみろよ。怪しくて最低で後ろ暗そうなところしかないだろーが」


 エレノア嬢とお姉さんが固唾を吞んでこちらを見守っている。
 あぁ、こんなところ他人には見せたくない。ないのに。


 アレクが何か言おうと薄く口を開くのが見えた、けれどその前に言葉を被せてしまう。


「後ろ暗いところはない? でも確実に隠し事があるだろ。それを白状しろよ。言えないのか。何もないって言うなら、どうして手を」


 出してくれないんだよ!


 さすがに外で、それもご婦人方の前では言えなくて口を噤んだ。


「――――」


 これ以上は駄目だ。他のお客さんにも迷惑になる。
 掴まれた腕を振り払ってみた。――――びくともしない。
 引き剥がそうと、その手を掴む。――――びくともしない。


「アレク、放せ」
「嫌だ」
「放せって」
 バカ力なのだ。純粋な腕力だけを比べると、悔しいことに敵わない。
「彼女とは何もない」
「ねぇ、あのね、頼まれ事をされていただけなのよ。それ以上でも以下でもないわ。本当よ」
 助け船のつもりなのだろう。お姉さんも言い募る。
「そういうことならそれでもいいです。でも、コイツは! 今日のこと以外にももう十分、態度で色々示してくれてるんで」
 オレは指を引き剥がす作業を再開する。こんなに強く掴んでくるなんて、絶対二の腕には手形が付いているに違いない。
 今さら、もうどんな痕跡もほしくないのに。


「お待ちになって」
 次に声を上げたのはエレノア嬢だった。
「場所、一旦場所を変えましょう、ね?」
 ここは人目があるし、移動している間に多少は気持ちも落ち着くだろうから、という意見はごもっともだった。
 どこか、別の場所。周りを気にしないで、アレクときっちりじっくり話せる場所。
「――――アンナさん」
 少し考えてから、オレはお姉さんに声を掛けた。
 こんな時だが、彼女の顔がパッと輝く。
「あら嬉しい、あの時あんなに呑んでたし、店の子沢山いたのに名前を覚えててくれたの?」
「一番印象に残ってたから」
 あの女性陣の中で一番優しい、寄り添う言葉をくれた人だった。仕事なのだからというのは百も承知の上で、それでも印象に残ったのだ。
「まぁ、お上手ね」
 あの時あそこにアレクが乗り込んでこなかったら、致したかどうかは別として、オレはその場を収めるためにこのお姉さんを指名していただろうことは間違いない。
「浮気相手でも、客としてでも相手にしてない、本当にただ頼まれごとがあっただけって言うなら、ちょっとお願いがあるんだけど」
「どうぞ、聞かせて?」


 胸ポケットにしまった例の薬のことがまた思い返される。


「どんなに狭くてもいいから、店の部屋を一室貸してほしい」


 どうやら、やはりコイツには出番があるらしい。



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