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【第二話】意中の騎士とやっっっと恋仲になったのに何故か一向に手を出してこないので、ここらで一服盛ることにした件について

【第二話】その6

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 いや、でも勝手じゃないか?
 あんまり身勝手なのでは?


 翌日。
 まだ日も昇らぬうちに目が覚めてしまった。というか、眠りが浅くて眠っては目覚めるを繰り返していて、もう深く眠るのを諦めたと言う方が正しい。


 アレクとのあれこれについて、ここまでの流れを何度も繰り返しなぞってみたが、考えれば考えるほど理不尽というか、酷い話に思えてきた。


「アイツ、何もかもが一方的すぎる……」


 そもそもだ。
 オレはアレクへの長年の恋心を自ら明かした訳ではない。失恋したんだと思い込んでヤケにはなっていたが、昇進のこともあるし、不可避に近い状況のアレクのお見合いを壊すつもりだってなかった。


「それを向こうが乗り込んできて、説教かまして、ぐてんぐてんになってるオレに無体を働いたんだろーが」


 酔っぱらってるオレから容赦なく本音を引き摺り出して、散々にこの身体が悲鳴を上げるまで抱き潰して、そんでもって両想いだとのたまったのだ。


「この関係に持ち込んだのは、お前のクセに……!」


 なのに、蓋を開けてみればこれだ。
 釣った魚に餌をやらないどころの話ではない。釣ったこと自体なかったことになりかけている。いや、気付かぬ間に海にリリースされていたのかもしれない。


「そういう風に考えるとただの最低野郎……うぅ、アレク、お前がそんなヤツだとは思わなかった」
 オレの見る目がこんなになかったのも驚きだ。恋心を返してほしい。
「最初の一回だけなんてまるでヤリ捨てられたみたいじゃんか、うぅ……!」
 自分で言って、さらに傷付く。
 寝台の上で布団を抱き込み、唸り声を発することで耐えようとするが、そんなものでどうにかできそうにはなかった。


「はっきり言えばいいのに」


 どうしてあんな曖昧な態度を取るのだろう。心の隅で、アレクならもしオレとの関係を解消したくなったとしてもそれをはっきり告げて頭を下げるはずだと、未だに信じたい気持ちがそう囁く。それは単なる願望ではなく、今までの付き合いからの経験則でもあった。
 浮気疑惑は、正直確定ではない。非常に高い可能性の一つというだけだ。
 でも、オレから気持ちが離れている事実は、間違いなくある。


「つら……惨めだ……普通にめちゃくちゃ傷付くし、同じくらい納得いかなくて怒りたい気持ちもある」


 眠れない日の布団の中というのは、ロクな思考をもたらさない。どんどん煮詰まってくる思考に限界を感じたオレは、むくりと身体を起こした。


「このままじゃ、この先オレに安眠は訪れない。オレが悪い訳じゃないはずなのに、あまりに理不尽」


 ふつふつと湧き上がってくるこの気持ちは、煮詰めてはいけない。早く発散させなければ。
 まだ薄暗い窓の外へ、オレは据わった目を向ける。


「そうだ、このまますごすご引き下がるなんて絶対なしだ」


 一つの決意が身体中に漲っていた。
 ――――こうなったら、そこにあるのがどんな本音でも全て白状させてやる。





◆◆◆





 休日の大通りは午前中から人出が多い。
 人の間を擦り抜けて、一つ細い路地に入る。
 窮屈そうに向かい合う建物にひっそりぽつぽつと勝手口が並ぶ。手前から五つ目を数え、その扉を開けるとそこは建物の中――――ではなく、新しい路地裏が広がっていた。この辺りは時折こうして迷路のように路地裏が繋がり、内と外の順序が曖昧になっている。


「次は三つめ」


 新しく出た路地裏で、今度は三つ目を数えた小窓を軽く叩いた。


「お、久しぶりだな、坊」
 小窓からちらっと顔を覗かせたのは老年の男。と同時に、すぐ隣の細い木戸が高い声を上げる。
 許されて建物の中へ足を運ぶと、そこは壁三面にぎっしりと棚を詰め込んだ狭い部屋だった。
 棚には小瓶や小箱、その他にも古いものから新しいものまで実に様々なものが並んでいる。


 いつ来てもぎゅうぎゅうの部屋だ。
 閉所恐怖症の人間には耐えられないのではとも思う。


「で、今日は何用だい?」
「今から言う効能のあるものを用意してほしい」


 店主に問われて、オレは耳元でそっと望みの品を囁いた。


「今まで欲しがってきたのとは、ちょっとまた用途が違うものをご所望だね」
「そういうこともある」


 ここは薬店だ。
 こんな路地裏に隠れるようにあるから、潜りの店だと思われるかもしれないが、これで違法な売買はしていない。
 少なくとも、オレが知っている限りは。


「うんと強いやつにしてくれ」
 合法すれすれという言い方もできるが、ここの店主は腕がいいのである。なまじ抜群の効き目の薬を作れるから色々と面倒な客も沸いてしまい、今はこんな風に隠れるように、基本的には顔なじみに相手にしか薬は売らない。
「悪いことに使うんじゃないだろうね」
「店に迷惑がかかるようなことはしない。散々お世話になってるんだ、ここがなくなったらオレも困る」
 互いに信用がなければ成立しない売買だ。
 正しく、合法の範疇で効いてもらわなければ客も困るし、おかしな用途に使われれば店主が困る。
 何に使うか知らないけどね、と店主は続けた。
「最近は腕っぷしだけでどうにかなってるじゃないか。知ってるよ、お前さん、騎士としての腕前も随分知られるようになったから、前ほどではないだろう?」
「そりゃ十二、三の頃とは確かに違うけど」


 ひっそりと商いを続ける薬屋。そんな相手に子どもの頃から世話になっている。
 理由は一つ。
 誘拐、つきまとい、非合意の行為。
 まだ子どもで体格も出来上がっていなかった頃、抵抗の術は少なかった。そんな時、ここの薬に助けられたのだ。
 もちろんこちらが非を問われない範囲ではあるけど、睡眠薬をはじめ催涙剤など色々と用意してもらった。おかしなものを口にしてしまった時の中和薬なんかも、用意してもらったものの中にはある。



「まぁ坊のことは信用してるけどねぇ」
「その坊っての、いつまで続けるつもり? オレ、もうとっくに成人したけど」
 奥の小部屋から小さな紙袋を手に、店主が戻って来る。
 示された金額を小皿の上に置いて、引き換えにソレ・・を受け取った。
「年の差ってのは死ぬまで埋まらないからね、こっちにとっちゃもう死ぬまで坊は坊さ」
 そう言われてしまえば、もうどうしようもない。一生坊呼ばわりなのだろう。
「ま、いいさ。深入りしないのはお互い、いつもの約束だ。酒と一緒に飲ませないようにだけ気を付ければ、特に問題はない。効果は数時間といったところだが、相手の体格によって多少左右はされるよ」
「分かった。ありがとう」


 じゃあまたそのうちに、と軽く挨拶を交わして、入って来たのとは反対側の小さな扉から外に出る。
 建物と建物に切り取られた狭い空はこちらの気分とは反対に快晴で、じつにいい日和の休日だった。


「まだ早い時間だよな……」
 昼食にするには早いが、真っ直ぐ家に帰るのももったいない気がする。そこら辺の店でコーヒーでも飲んで、少し気持ちや考えを整理するのも一つかもしれない。
 そう考えながら大通りに戻れば、時折立ち寄る店は既に人でいっぱいだった。
「もう少し向こうにも、確か大きめの店があったはず」
 そこなら座席も埋まり切っていないかもしれない。そう考えて、人並みに乗って歩き出す。


 店で受け取った薬は、上着の胸ポケットの中だ。
 手に入れはしたものの、どこでどう使うのかは問題だ。お誂え向きのシチュエーションは、簡単に巡っては来なさそうなので。


 罪悪感があるだろうかと自問すれば、なくはないと胸の内から答えが返ってくる。


「でも仕方ないだろ、オレはちゃんと手を尽くした。真正面から、恥を忍んでぶつかって、それであぁもはぐらかされたんだから」


 手段を絞ったのはオレではない、アレクだ。


「!」
 そう思った時だった。
 人並みに、燃えるような赤髪を見つけ出す。
 天然の赤毛は、この国ではそう多くいない。中でもアレクの髪色は燃えるようで、陽の光を浴びると艶やかに輝きを宿すのだ。
 あとアレクの身長が高いので、人並みの中にいても頭一つ飛び抜けて目立つ。見間違いたくても、見間違えるのが難しい。
「……やっぱり、間違いない」
 少し距離は離れていたが、ふと見えた横顔は間違いなくアレクセイ・ウィルストン氏その人だった。
 早朝から用事があるというのは、嘘ではなかったのかもしれない。
「でも、そこが問題なんじゃなくて」
 どこで、誰と何をしているのかが問題なのだ。
「…………」


 尾行なんてよくない。
 まず真っ先にそう思った。
 自分がされたら嫌だ。守られるべきプライベートというものが人間にはある。
 それでも。


「疑惑を、晴らせたら」


 あるいは、確信を得られたら。


 胸元に忍ばせたこの薬を、そもそも使わなくても済むかもしれない。
 使わずに済むなら、きっとその方がいいから。


 そう言い訳をして、オレは大きな背中をこっそり追いかけた。



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